2011/05/02 - 2011/05/06
224位(同エリア593件中)
アーサーさん
ひょんなことから 息子とはじめての二人旅。
8年近く前の 四国遍路完遂以来 お礼の高野山参りも気になっていたし、
折に付け 熊野の情報に接する度に 自然豊かな熊野を歩いてみたいと夢見ていた。
最近では白洲正子の展覧会を3月 世田谷美術館で見たのも 神仏混合の興味を改めて持たせた。
妻と息子の嫁に勧められ 決断した二人旅 4泊5日の紀伊半島の車旅行の記録。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1)−1 5月2日(月)
ゴールデンウィークの真っ只中
東京インターを朝5時前に通過 、ほぼ渋滞無く 伊勢自動車道に入り 最後のところで
伊勢方面に間違え、王城インターで高速を出る。
それでも 最初の目的地「滝原宮」には予定通り 12時過ぎ到着。(運転二人は楽チン。)
滝原宮は想像通り 初期「神宮」の雰囲気を残していた。
写真は木立の参道 神域に入る風情。 -
1)−2
簡素な 自然を残した それでいて どこと無く懐かしい 神宮。 -
1)−3
参拝に訪れる人も少ない。
(近くの道の駅「木つつ木館」で昼食。) -
1)ー4
国道42号を南にくだり 道の駅「紀伊長島マンボウ」「海山」などに立ち寄りながら
尾鷲の三重県立「熊野古道センター」を見学。立派な施設。
地元の人が 熊野を大切にしているのが理解できる。
写真は「古道センター」の概観。 -
1)−5
朝が早かったので 5時前に早く宿に入る。
本日の宿は 52号沿いの ビジネスホテル「なみ」(熊野市)
写真はホテルの部屋。
一泊二食 一人7000円。
残念ながら 私の部屋からは 海は見えなかった。
(綺麗な風呂からは 海が見えたが。) -
2)−1 5月3日(火)
ホテルを8時に出発して 最初に 獅子岩を見て、
「七里が浜」で車を降りる。広大な浜であることは分かり
昔の人が「伊勢路」の「浜街道」」を明るい気持ちで歩いたであろうことを共感できたが
2ヶ月前のを東日本大震災の津波を思い出し 短時間で立ち去る。 -
2)−2
近くの「花の窟」神社に参拝。
「日本書紀」「国産みの舞台」に登場する 日本最古の神社らしいが
海岸に近く 神社の横を国道が通っているので落ち着かなく 雰囲気に浸るわけにはいかなかった。
ただ 海から望めば この巨大な岩は 昔の人にとって 灯台のような目印にはなったであろうことは
容易に想像できた。
写真は大岩の下部の窪み -
2)−3
それから 内陸山間部の「丸山千枚田」に向かう。
写真のように遠くから眺めると 美しい。日本の源風景の一つ。
近づいて車をを降り 棚田を少し散策してみると 維持することの困難さを想像する。
その労苦を思い 観光資源、遺産として 何らかの見学有料負担でも良いのではないかと思う。 -
2)−4
10時出発の「熊野川参詣道 川船くだり」に遅れて 乗船は出来なかった。
(古人の気分を味わいたかったが。)
新緑の川のほとりで 途中無人販売所で3個100円の立派な夏蜜柑を購入していたので
それを 食べ ゆったりした清流の豊かさを見ながら 代わりに満足した。 -
2)−5
熊野川沿いに 国道168号を南に下り、 「熊野三山」の一つ「熊野速玉大社」に参拝。
駐車場が 現代のお寺、神社の団体旅行の利便も考慮して 参道の最後に横から直結しているスタイルが多く見られるが
ここも その例の一つ。
本来は 小さくても 川を渡り 身を清める意識を持ち、参道を歩み なだらかにカーブする先に「門」が見えてくるところで
気分が変わるのが好ましいが、カーブの後で 駐車場から 「こんにちわ」では気分が乗らない。
神社の赤い塗料が新しく 古代から平安時代に一挙にワープした気分。
境内で若い神官さんの説明があり、私たちも聞かせてもらったが楽しかった。
神話の世界が現実味を帯びて来る。大和朝廷の勃興期を想像する。
それから
熊野三山の中で「新宮」は新しく出来たからと思っていたが、「元宮」から社殿を移したことから「新宮」と称したそうで
三山の中では一番古いのだそうだ。一つ納得。 -
2)−6
隣接する「川原家横丁」で休憩。
当初 勝手解釈で旧蹟「川原家」の屋敷跡とその横丁(町並み)と誤解。どこに屋敷があるのだと探したら
昔 川原で簡易に建てた建築様式の おみやげ横丁でした。
ここで 「めはりずし」(目を張る寿司)を購入して食べたが 値段には目を張ったが 普通の菜っ葉おにぎり。落胆。
横丁の奥で 現代の「熊野比丘尼」が当時の衣装で熊野那智参詣曼荼羅を前に 絵解きの説明をしていて 途中から加わる。
昔もこんな勧誘だったかと想像して 私は楽しかった。記念の「ナギ」の葉っぱを頂く。
現代の比丘尼が吉永小百合に どこと無く似ていて写真を撮りたかったが 息子の手前もあり 諦める 残念。
代わりに 写真は「めはり寿司」 -
2)−7
新宮駅前の 「徐福公園」をちらっと見て、同じ駅前の「徐福寿司」で昼ご飯。
名物の「さんま姿寿司」「昆布寿司」を食べる。店は満席だったが 名物に美味いものなし。期待はずれ。 -
2)−8
国道42号を海沿いに走り、途中で「那智駅交流センター」に立ち寄り、
直ぐ近い 「補陀洛山寺」参詣。隣は「浜の宮王子」。 -
2)ー9)
展示されていた「補陀洛渡海船」の模型。
「末法思想」の時代に
何人かの僧侶が観音浄土を夢見て 船出した気持ちを思い 結果が分かっている現代からみると 少し複雑。 -
2)−10
それから 県道46号で「熊野那智大社」に向かう。
大門坂の駐車場で車を降り、暫し 「古道」の雰囲気を楽しもうと期待する。
写真は大門坂の入り口。 -
2)−11
入って直ぐの「夫婦杉」巨木。 -
2)−12
石畳の登り道。所要時間は30分と短いが 登り道の為か 若い人が中心。平安時代の貸衣装を借りた女性の姿も。 -
2)−13
最後は 結構急な坂。 -
2)−14
道なりにお土産屋さんの軒を通り、更に階段を登っていくと 着いた先が「熊野那智大社」
参拝客が多い。 -
2)−15
神社の境内から 登ってきた下を見ると 結構 高くまで登ったのを実感。 -
2)−16
下に隣接する 「青岸渡寺」西国巡礼の一番札所。瞬時 霧雨になる。
写真は門前に列を成す参拝者 -
2)−17
お寺の境内から 「那智の滝」が見えてくる。 -
2)−18
道を下り 滝に近づく。滝が新緑に映える。 -
2)−19
滝全景。落差日本一。自然崇拝の気分を共感。 -
2)−20
それから バスで大門坂の駐車場に戻り、本日の宿 湯川の「なぎさや」に向かう。
本日も5時前に 宿に入れた。
写真は「なぎさや」の部屋から海を臨む。
料金一人14700円、ゴールデンウィークの真っ只中で納得。
海を見ながらの露天風呂にも満足。 -
2)−21
夕食は 海の幸を満喫。女性の給仕も優しさ満点。 -
3)−1 5月4日(水)
朝 食事の前に 海辺を散策。海水が透き通り 新緑の緑を映し、気分が清清しい。 -
3)−2
ホテルを8時に出発して、国道42号を 海沿いに更に南下。
本州最南端 台風報道でよく聞く「潮岬」に向かう。
写真は灯台のところで。 -
3)−3
眼下の海は 黒潮の巨大な流れと紀伊半島の豊かな雨、暖かさが森を育て、川の流れとなって海に注ぎ、
合流形成した 魚たちの自然の宝庫となっているのが なんとなく分かる。「豊饒の海」 -
3)−4
来たついでに 「紀伊大島」のトルコ軍艦遭難記念館に寄っていく。 -
3)−5
それから 来た道を戻り、鯨の町 「太地」で昼飯用の弁当を買いに寄る。
地元の弁当店はなく 残念だが コンビ二で弁当を購入。
写真は「くじらの博物館」の近くのモニュメント。 -
3)−6
それから 昨日 千枚田から来た道 熊野川沿いを 走り、「熊野本宮大社」を目指す。
途中 那智勝浦から高速用の新道を利用。
新宮南ICで降りたが 次の最終出口で出るのが正しかった。
熊野本宮大社では 熊野川の駐車場に車をとめる。写真の通り 結構車で一杯。 -
3)−7
発心門へのバス出発時間に余裕があったので 付近を散策。
写真は大斎原の鳥居。(熊野川の堤防の堤から)
実際は現代の水田風景が広がり かなり想像をたくましくしないと 神域のイメージは作れない。 -
3)−8
「世界遺産熊野本宮館」建物と「熊野本宮大社」の森
(同じく熊野川の堤防の堤から)
熊野本宮前の 街並みの整備が始まっているのは理解できたが 熊野らしさは感じなかった。
むしろ「箱物」と観光地値段だけが先行の感。 -
3)−9
約40分遅れで 2時過ぎに 最終の発心門行きのバスが到着。(田辺市内の渋滞の為とか。)
40分あれば 「くじら博物館」の見学が出来たのに と少し立腹。歳の所為?
地元の係りの人は精一杯対応してくれていたが。
写真は発心門に到着したバス。
乗客の中には 本格的なトレッキングスタイルの人も。
愛玩犬を連れた散歩スタイルの人も。 -
3)−10
発心門王子に参拝して 参詣路の一つ「中辺路」の最終行程で熊野古道の触りを体験。 -
3)−11
なだらかな道を下り中心に歩む。現代の山間生活道も通りながら 木立の中も歩む。 -
3)−12
途中の「水呑王子」で水を頂き。 -
3)−13
段々 山中へ。少し気分が出てくる。 -
3)−14
出発から1時間後
ほぼ中間地点の現代の休憩所「大阪屋」さんで 持参したコンビニ弁当を食べさせてもらう。
応対が親切。冷コーヒーを頂く。美味い。リーゾナブルな価格。 -
3)ー15
伏拝王子から 本宮方面を望む。
疲れは殆んど無い。努力をしていない分 昔の人の感動はない。
藤原定家が京からの道を辿り着き「感涙禁じがたし」と記しているそうだが 私は想像するのみ。 -
3)−16
最後に見晴らし台へ 一旦 古道を逸れ、本宮が見れる場所に立つ。
「大斎原の鳥居」がはっきり見える。 -
3)ー17
現代の古道は
「熊野本宮大社」へは裏の勝手口から「こんにちわ。」と御用聞きに行く気分で 神社と対面。興ざめ。
約2時間の私の古道歩きは無事に終わった。
手頃だが 物足りなかったのが正直なところ。
実際の本宮大社の社殿は杉木立を背景に
檜皮葺きの 歴史を感じさせる 地味でいて 堂々たる風格のものであった。
門内は写真が禁じられていたの写せず。
代わりに その前に隣接する神社で記念撮影。こちらはどこにでも見る現代風。 -
3)−18
それから 車で 古い歴史を持つ「湯の峰温泉」を見学して、本日の「川湯まつや」さんへ。
料金一人 8360円。価格は安い。
息子と泊まるなら 許容範囲の部屋の狭さだが 他人とは無理。従業員用の個室の感。
年寄りの夫婦も困難。(食事を館外に出て二軒目のみどりやさんで食べるため。)
風呂はみどりやさんの川の露天風呂を利用させてもらう。
半分混浴(女性は浴衣を着用しているが 男性はタオルのみ)で 人も多く落ち着かない。
食事はバイキング方式で 鮎の塩焼きが美味しかった。(写真参照)
私達は利用しなかったが ホテルのサービス「古道トレッキング」への送迎も実施しており
上手く利用すれば バス便より便利。(宿泊の翌朝利用。) -
4)−1 5月5日(木)
川を見渡す 食堂の窓際で バイキングの朝食。野菜が美味しい。
朝 8時ホテルを出発。
一路 紀伊半島の真ん中 国道166号を北上して 高野山へ向かう。
写真は 朝食のバイキング。 -
4)−2
途中 奈良県の十津川温泉でダム湖を写す。水が豊かで 森が深く、美しい。
国道166号も観光道路として 開発が進んでいた。これから 更に走り易くなると思う。
将来も観光資源として大切にして 豊かな自然を残して欲しく思った。 -
4)−3
道の駅「十津川郷」で足湯を楽しむ。予想していたより熱いお湯で 全身まで熱くなる気分。 -
4)−4
谷瀬の吊り橋を見下ろす カフェで休憩。水も空気も美味く ゆったりと満ち足りた気分。 -
4)−5
参詣道「小辺路」近くの野迫川村の山道から 高野山「奥の院」に入る。
途中 1000Mを超える山々をいくつも越えて 人里を離れて 歩いた昔の人が偲ばれる。
山桜がまだ所々で散見できた。吉野を彷彿させる。
写真は奥の院入り口、中の橋の枝垂桜。 -
4)−6
奥の院御廟橋の所で記念撮影。(以降の写真撮影は禁止。)
近くに「力石」のリフトアップを試すところがあり、息子が挑戦して 難なく成功。
40年近く前 私が親父の前で成功した記憶の場所。息子に引き継がれたと勝手に満足。 -
4)−7
門前の食堂でうどんを食べ、(まずい、高い)金剛峰寺に参拝。有料で内部には入場せず。
写真は 金剛峰寺 -
4)−8
壇上伽藍「根本大塔」を見学。無料。 -
4)−9
「金堂」で春の「結縁灌頂」の儀式を実施していたので飛び入り参加。約40分 密教の宗教的体験。
蝋燭の薄暗い雰囲気で紙の目隠しをされて、「 おんさんまやさとばん」の「真言」を唱える。
産まれる前の母の胎内の再現だそうだ。
「仏様の世界『曼荼羅』に向かって華を投じ、仏様と『結縁』(けちえん)、
阿闍梨様から大日如来の智慧の水を頭の頂より注いで頂く『灌頂』(かんじょう)ことによって、
仏の心と智慧を導き開く儀式」(パンフレット抜粋)
写真は金堂と結縁灌頂開壇中の幟 -
4)−10
それから 「高野山町石道」の最後の大門前に行き 昔の歩きを擬似体験。
写真は最後の曲がり角。
本来ならば下から歩いて お礼に来なければいけないが。 -
4)−11
大門の全景。
当時の人は ふもとから 標高800Mを越えるこの地点に このような大きな仏教施設を作ったものと感心する。 -
4)−12
本日の宿坊「恵光院」
奥の院「一の橋」の近く。一人料金10000円 -
4)−13
本日 予想以上によく歩いたので 疲れた。
夕食は定番の精進料理。健康的。
宿坊のお風呂は現代的。インターネットも無料で使えた。 -
5)−1 5月6日(金)
朝 6時半から本堂でお勤めに参加。
若い人を中心に30人ほど参加。(白人1名)
更に 7時過ぎから 毘沙門堂で護摩を焚く 儀式に参加。
それから
一汁一菜より ちょっと豪華な朝飯をいただいて 8時過ぎ出発。
宿坊での泊まりは日本文化の得難い体験。
写真は護摩祈祷の様子。 -
5)−2
花坂でかつらぎ町の方に道を取り、山道を高野山の麓の盆地「天野」の里に向かう。
「丹生都比売神社」(にうつひめじんじゃ)高野山の鎮守。
写真は太鼓橋から 神社正面を写す。 -
5)−3
事情を知らなければ 鄙には稀な 風格のある神社と驚いたと思う。
「世界遺産」だが 私が訪ねた時 参拝客も殆どいなく、社務所に人もいない静かな神社。
お寺の鎮守様・・お寺を守る神様。別段不思議でも何でもなかったのだろう。 -
5)−4
それから 紀ノ川に平行して出来た 新道バイパス沿いに 和歌山へ向かう。
道沿いの看板表示 ガソリン価格は下がって来て 嬉しいが、道路沿いの景観に失望する。
このペラペラの構築物と自己主張だけの看板類は 歴史にどう残るのだろうか?と。
時間に余裕があったので 「紀三井寺」(西国三十三番 二番札所)に立ち寄る。
写真は参道の階段。
中学生が写生に来ていた。 -
5)−5
本堂。建物は確かに江戸風。 -
5)−6
お寺の境内から
見下ろすと 海が近い。昔は良い景色だったのだろうと思う。
(現代は目障りなビル群が視界に入るが。) -
5)−7
和歌山駅近くで 和歌山ラーメン(井出商店)を試す。開店三分後で 店の前は数人の客の行列。
地元の人が並んでいるかはどうかは疑問。 -
5)−8
店内は狭くて 収容人数20人以下?
私には普通のラーメン。(息子は美味いと言っていたが。)値段はリーゾナブル。
一応 試食できて満足。 -
5)−9
それから 2時前のフェリーで徳島に渡り、高松に5時過ぎ帰省した。
写真はフェリーから四国を写す。
4泊5日の紀伊半島を車で巡る旅は無事に終わった。
神話の時代からの「日本神道」、中国から伝来した「仏教(真言密教)」、超自然的な「修験道」
その三つがが混在して融合しながら発展した 日本の精神文化の母体の紀伊山地。
短時間で 少しだけだが触れれて 良い旅だった。
最後に 息子曰く「また機会があったら、行こう。(子供が出来たら無理だけれど。)」
まぁ 私も息子がいたから出来た旅とお礼を言った。
(送り出してくれた 妻や息子の嫁にもお礼を言うべきだろうが。)
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