2011/04/30 - 2011/05/04
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mimi-dさん
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3月11日以来、帰りたくて帰りたくてたまらなかった。
家族、親戚、友達と無事なのはわかっていたが、一目会うまでは・・・。
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-
夜行バスで仙台に着いた。
まず出迎えてくれたのは、こののぼり。
前に進もう。本当にそう思う。 -
ペデストリアンデッキから見た仙台。
比較的、人も多いように思えた。
その人の数だけ家族があり、ドラマがある。 -
自宅近くでも、ブルーシートの家をよく見かけた。
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おじいちゃんちの前の踏み切り。
原型をとどめているだけ、マシなんだよね・・・。 -
松島。
道路なんかは比較的きれいで、みんな頑張ってきれいにしたんだなぁと胸が熱くなる。 -
仙石線は東塩釜までしか通っていない。
5月下旬に高城町まで開通するそうだ。
その先・・・野蒜あたりはまたあの場所に駅を作るんだろうか。
路線が変わってしまうんじゃないだろうか。 -
初めてのあおば通駅。
私が生活していたころは仙台駅が終点だった。 -
多賀城駅前。
おそらく長崎屋があったところ。
沖縄の自衛隊の人たちがお風呂を提供していた。 -
昔住んでいた、町前に行く途中・・・ダメになった車や信じられないところに津波の跡が残る家々を見た。
多賀城なんて、そんなに海を感じながら生活する場所じゃなかったのに・・・。 -
昔住んでいた、町前のマンション。
住人の方とお話させてもらった。
45号線にかかる歩道橋の上で、150人とか200人とかが津波が引くのを待っていたらしい・・・。
多賀城ジャスコはひどい有様で、私が免許を取った北日本自動車学校も波に飲まれてしまったらしい。 -
産業道路。
嘘だろ。 -
楽天、ベガルタの勝利が復興を後押しすると信じています。
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同級生夫婦の住む名取へ。
壮絶な話ばっかりだった。
生きてるってなんなんだろう。 -
数日しかいなかったけど、会いたい人たちに会えた帰省でした。
今年の初めに資格試験に受かったので、何か自分にご褒美を買いたいと思っていた。
思い切って、仙台三越で奮発してピアスを買った。
お金も使わなくちゃいけない。
次は七夕でまた帰省したいと思う。
東京で、こちらに避難してきている方たちへのボランティアができたらさせてもらいたいと思っている。
神戸が地震になった時、ただただ泣くばかりだったけど、今回は何かアクションを起こしたいと思う。
アーケードに書いてあった「私たちは負けない」の文字に目頭が熱くなった。
地下鉄の駅には「あの時からくじけることはなかったと、子供たちに伝えようじゃないか」とポスターが貼ってあった。
がんばろう、東北。がんばろう、宮城。私たちは負けない。
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