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歌書よりも軍書にかなし吉野山(支考)吉野の桜は上代から多くの和歌に詠われているが、この吉野の地は古い時代から歴史の世界に登場する。源義経が弁慶や静御前、そして少数の従者と共に多武峰に落ち延びてくる。南北朝の時代は後醍醐天皇が足利尊氏から逃れ吉野に拠点を開いた。さて、この日は天候は曇り時々雨。朝6時に我が家をでて80キロあまり車を走らせて1時間20分ほどで現着。ほとんどが高速道路なので走りやすい。現地の駐車場は標高400メートルと駐車場の管理員が教えてくれたが寒い。下の千本は既に落花、中の千本と上の千本が満開・・・との話。小雨の中カメラを提げて歩き出す。間もなく吉野山のシンボル「蔵王堂」が見えてくる。正しくは「金峰山寺」という。天平時代に行基が建立したというが何度も焼けて大正8年に大修理された。さすがに上の千本まで歩くと桜は満開。これで天気さえ良ければ申し分無いのだが。

一目千本「吉野の桜」を見に行く。

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2011/04/20 - 2011/04/20

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pontyanさん

歌書よりも軍書にかなし吉野山(支考)吉野の桜は上代から多くの和歌に詠われているが、この吉野の地は古い時代から歴史の世界に登場する。源義経が弁慶や静御前、そして少数の従者と共に多武峰に落ち延びてくる。南北朝の時代は後醍醐天皇が足利尊氏から逃れ吉野に拠点を開いた。さて、この日は天候は曇り時々雨。朝6時に我が家をでて80キロあまり車を走らせて1時間20分ほどで現着。ほとんどが高速道路なので走りやすい。現地の駐車場は標高400メートルと駐車場の管理員が教えてくれたが寒い。下の千本は既に落花、中の千本と上の千本が満開・・・との話。小雨の中カメラを提げて歩き出す。間もなく吉野山のシンボル「蔵王堂」が見えてくる。正しくは「金峰山寺」という。天平時代に行基が建立したというが何度も焼けて大正8年に大修理された。さすがに上の千本まで歩くと桜は満開。これで天気さえ良ければ申し分無いのだが。

  • 金峰山寺(蔵王堂)の北側入り口。

    金峰山寺(蔵王堂)の北側入り口。

  • 階段を上がると仁王様。

    階段を上がると仁王様。

  • 境内へ入り本堂を拝観。正面七間、側面八間、入母屋造2層の大建築。

    境内へ入り本堂を拝観。正面七間、側面八間、入母屋造2層の大建築。

  • 南側から見た風景。

    南側から見た風景。

  • 上の千本の景観。

    上の千本の景観。

  • 吉野山の桜風景のハイライト。高台からの景観は見事である。

    吉野山の桜風景のハイライト。高台からの景観は見事である。

  • 桜を見るにはこの日より5日ほど前が良かった。

    桜を見るにはこの日より5日ほど前が良かった。

  • つつじと椿が咲く。

    つつじと椿が咲く。

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