2011/04/12 - 2011/04/19
39位(同エリア424件中)
めるくんさん
2011年4月12日から19日までの8日間、南イタリアへ行ってきました。
1日目 成田⇒ローマ⇒ナポリ(ナポリ泊)
2日目 ナポリ⇒アマルフィー(アマルフィー泊)
3日目 自由行動(アマルフィー泊)
4日目 アマルフィー⇒マテーラ(マテーラ泊)
5日目 マテーラ⇒アルベロベッロ(アルベロベッロ泊)
6日目 自由行動(アルベロベッロ泊)
7日目 アルベロベッロ⇒バーリー⇒ローマ(機中泊)
8日目 ⇒成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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【4月15日】
この日は午前7時45分に滞在していたアマルフィーのホテルに、送迎車が迎えに来ることになってます。次の目的地は同じく世界遺産の町マテーラです。朝食を頂こうと思い7時過ぎにホテルのロビーに下りたのですが、朝食は8時からだと断られました。しょうがないので持参の緑のたぬきにお湯を入れてもらいました。 -
送迎車はアマルフィー海岸を東に進み、サレルノという大きな町に到着しました。アマルフィーからサレルノまでは1時間弱の距離ですが、殆どが断崖絶壁のワインディングロードでした。
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サレルノ駅のホームです。サレルノ9時35分発ターラント行きの電車を待ちました。駅員に言われたとおり4番ホームで電車を待ったのですが、4番ホームの電光掲示板に乗るはずの電車が表示されず、かなりパニックになりました。
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定刻どおり4番ホームに到着した電車には、どこにも行き先が表示されておらず、乗ってよいものか相当迷いました。偶然近くにいた駅員にチケットを見せたところ、これに乗れとのことでしたので、乗るしかありませんでした。電車は超ガラ空きで更に不安になりましたが、暫くして乗務員がチケットの確認に来て問題なさそうだったので、これで間違いないと確信しました。この旅行で最大のピンチでした。
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最大のピンチを乗り越えた後は、世界の車窓をのんびりと楽しみました。
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電車に乗ることおよそ2時間30分、フェッランデーナという駅に到着しました。既に送迎車は待機しており、マテーラを目指し車に乗り込みました。世界の車窓をのんびりと楽しんだ後でしたが、送迎車のイタリア人ドライバーが狂ったかのように飛ばす、追い越す、スピードメーターを見ると150キロ以上・・・この旅行でニ番目のピンチでした。
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暴走する車に乗ること30〜40分、世界遺産の町マテーラに到着しました。画像は宿泊先となるサックス・バリサーノというホテルです。マテーラの洞窟住居サッシを改装したホテルです。世界遺産そのものに宿泊できるので、相当楽しみにしておりました。
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おぉっ〜、これが洞窟住居サッシか・・・。
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ロフトのベッドルームです。かなりお洒落なような気がしますが・・・。
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ロフトから見下ろしたお部屋の全景です。キッチンもあれば食卓テーブルもあります。お料理もできるよう食器や包丁なども全部揃ってます。他人の家を借りて生活している感覚になりました。
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ホテルにエントランス・ロビー・ホールなどは全くありません。扉を開ければすぐ外です。ルームサービスなどもありません。☆☆☆のホテルですが、自分の今までの海外旅行の中で、間違いなくナンバー1のホテルだと思いました。
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宿泊したお部屋のテラスからの眺めです。洞窟住居サッシが建ち並んでます。まさにこの瞬間、世界遺産の中にいることを実感できました。
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宿泊したお部屋からの別方向の眺めです。一瞬ですがお天気も良くなり、かなりテンション上がりました。
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遅めの昼食をホテルのテラス・・・というよりは庭先というか、ただの駐車場というか、とにかく外で頂きました。この旅行で最初で最後、屋外でお食事を頂きました。実は旅行滞在中は寒い日が多く、シャツ一枚になれたのはこの一瞬だけでした。
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昼食を頂いた後、マテーラの旧市街の散策に出かけました。マテーラの洞窟住居サッシは、カルスト地形の谷間に築かれた古い町です。サッシのあるグラヴィーナ渓谷には、元々自然の侵食により洞窟ができており、いつの日からか人が住み始めたそうです。
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サッソ・バリサーノ地区の光景です。遠くにマテーラのドゥオモが見えます。
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恐らくサッソ・バリサーノ地区北側に位置するサンタゴスティーノ教会です。マテーラの旧市街には教会が沢山あり、写真を見ても思い出せません。
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マテーラの町の中心ヴィットリオ・ヴェネト広場です。この広場の東側が洞窟住居のある旧市街で西側が新市街です。
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ヴィットリオ・ヴェネト広場の地下部分にも洞窟らしき遺跡がありました。
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散策途中に立ち寄ったカフェです。
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洞窟住居サッシを改装した雰囲気の良いカフェでした。
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1993年ユネスコ指定の世界遺産に登録されたマテーラの旧市街です。
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洞窟住居サッシが沢山建ち並んでいますが、半分以上は人が住んでいなく、そのまま放置されているようでした。
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サンタ・マリア・デ・イドリス教会付近から見たマテーラ旧市街の眺めです。
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グラヴィーナ渓谷の斜面に築かれたマテーラの旧市街です。
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徐々に空が暗くなり夕暮れの時間を向かえました。
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町の街灯に明かりがつきました。マテーラで楽しみにしていたのが夜景です。
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サンタ・マリア・デ・イドリス教会付近の夜景です。空の濃紺と建物のオレンジ色の組み合わせが、とても綺麗でした。
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照明自体は沢山ありませんでしたが、ライトに照らされる洞窟住居サッシと、石造りの道路が美しかったです。
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マテーラ旧市街の町並みです。石造りの道の先にサンタ・マリア・デ・イドリス教会が見えます。
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高台から見た旧市街の夜景です。世界遺産の夜景です。こ、これがマテーラの夜景か・・・。
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町の中の狭い路地です。殆ど人には合いませんでした。
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マテーラ旧市街の路地は非常に複雑です。路地が狭い上、先が見えなかったり、道がいくつにも枝分かれしてたり、行き止まりがあったり。
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本当に狭い路地です。急に人が出てきたらちょっぴり緊張しそうです。
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洞窟のトンネルがあったりもします。
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マテーラの町の中心ヴィットリオ・ヴェネト広場から見たマテーラ旧市街の夜景です。
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ヴィットリオ・ヴェネト広場の噴水も綺麗にライトアップされていました。
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夜景を楽しんだ後、洞窟のレストランに入りました。サーロインステーキを注文したのですが、非常に美味でした。個人的な食感ですが、この旅行で一番美味しかった料理は、ピザ・パスタではなく肉でした。この日から三日連続で夕食は肉が続きました
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レストランでお食事を頂いた後、宿泊先のお部屋へ戻りました。お部屋からの夜景も大変綺麗でした。
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【4月16日】
この日はマテーラでの宿泊先サックス・バリサーノを午前10時にチェックアウトし、昨日に続き町散策にでかけました。マテーラの次の滞在地はアルベロベッロですが、午後3時にサックス・バリサーノに送迎車が来ることになってます。 -
この日は土曜日だったので、ヴィットリオ・ヴェネト広場には沢山の出店が並んでいました。
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ロイヤルコペンハーゲンの年代物のイヤープレートが無造作に重ねられていました。確かイヤープレートは最低でも5000円程度、プレミアとかつくと数万から数十万はするはず・・・本物かと疑ってしまいました。
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マテーラは意外にも人口5万人以上の町です。出店には八百屋さん・果物屋さん・肉屋さん・お菓子屋さん・魚屋さんなどが軒を並べていました。
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こちらは魚屋さんです。南イタリア内陸部のマテーラですが、どんな魚が並んでいるのでしょうか。
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サービス精神旺盛な魚屋さんです。本日一番のお勧めはビックサイズのロブスターだそうです。
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ヴィットリオ・ヴェネト広場に面する教会です。結婚式が行われているようです。
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教会前に止められていたアルファロメオです。白い布で飾りつけがされていました。
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勝手に教会の中へ入りました。結婚式には関係者・無関係者含め100人以上はいたと思います。
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名前すら分かりませんが、末永くお幸せに…。その後、教会を後にして送迎車がやってくるマテーラの宿泊先に戻りました。送迎車は午後3時にマテーラを出発し、およそ1時間程度でアルベロベッロに到着しました。
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アルベロベッロに到着後、宿泊先となるチャーミング・トゥルッリに案内されました。トゥルッリとは円錐状のとんがり屋根の建物です。アルベロベッロにはおよそ1000軒程のトゥルッリがあり、マテーラのサッシ同様に世界遺産に指定されています。ここでの滞在も世界遺産そのものに宿泊できるとのことだったので、相当楽しみにしてました。画像奥の白いとんがり屋根が宿泊するトゥルッリです。自分が想像していたトゥルッリとは少し異なりました。
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宿泊するトゥルッリの外観を見たとき少し不安になりましたが、室内に入り不安が払拭されました。素晴らしい・かわいいの二言です。
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部屋もかなり広かったです。1LDKのお部屋ですがリビングダイニング15帖・寝室10帖・キッチン5帖といった感じです。東京の感覚だと充分に生活できるサイズです。
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かなりお洒落な寝室です。
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マテーラのサックス・バリサーノと同じくキッチンには食器・包丁・調味料・洗剤まで揃ってました。マテーラ同様に他人の家を借りているような感覚になりました。
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この旅行で始めてのバスタブです。旅行中かなり歩いており、非常に足腰がきつかったので、バスタブには感謝です。
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宿泊したトゥルッリの屋根に登りました。手前の白いとんがり屋根が、宿泊したチャーミング・トゥルッリです。かなり地元ローカルのトゥルッリに溶け込んでます。チャーミング・トゥルッリはアルベロベッロに7室(又は7軒)のトゥルッリを持つホテルです。7室のトゥルッリは町中に散らばってます。ホテルのインフォメーションセンターまで歩いて5分程度ですが、滞在中一度も訪れることはありませんでした。
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勾配のあるとんがり屋根は猫ちゃん達の遊び場でもあります。
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町散策と夕食を頂くため外出しました。アルベロベッロで一番大きな建物であるサンティ・コズマエ・タミアーノ聖堂です。
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聖堂の内部です。
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トゥルッリの観光化が進むモンティ地区にやって来ました。画像はトゥルッリの教会です。
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モンティ地区はホテル・レストラン・カフェ・お土産屋さんが軒を並べてます。全てトゥルッリです。
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ライトアップされたモンティ地区のトゥルッリです。
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トゥルッリは西暦1500年代にモンティ地区で40軒程造られたのがその始まりだそうです。
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観光用に綺麗に整備されたモンティ地区は、宿泊したトゥルッリのエリアとは、全く異なる雰囲気でした。
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トゥルッリのレストランで夕食を頂きました。
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画像はパスタとサラダのみですが、この後フィレステーキが運ばれてきました。昨晩のマテーラでのサーロインと同様に、アルベロベッロのフィレも絶品でした。日本ではあり得ない二晩連続のステーキです。
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【4月17日】
アルベロベッロの朝です。宿泊したトゥルッリの屋根に登り周辺を見渡しました。上々のお天気です。 -
実は宿泊したトゥルッリの裏手は、鶏小屋と兎小屋でした。本当に地元ローカルな生活に溶け込んでいるトゥルッリでした。
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快晴の空をバックにしたサンティ・コズマエ・タミアーノ聖堂です。
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朝食後、昨晩に続き再び町散策に出かけました。昨晩は観光化が進むモンティ地区を訪れましたが、今日は今でもトゥルッリを住居と使用しているアイア・ピッコラ地区を訪れました。
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アイア・ピッコラ地区にはホテル・レストラン・カフェ・お土産屋さんは殆どありません。トゥルッリの前に車があったり、玄関先にプランターがあったり、確かに人が住んでいる気配がありました。
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ただ、人が住んでいるトゥルッリは6割程度で、4割程度は無人で放置されているそうです。大切な世界遺産なので、大事に保存して欲しいものです。
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アイア・ピッコラ地区で一際綺麗なトゥルッリがありました。玄関ドアが開きっぱなしになっており、住人と思われるおじさんがトゥルッリの中を見ていけと言ってました。
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おじさんのトゥルッリです。娘と二人暮らしとの事です。娘は画像右下の箱の中です。お昼寝中のニャンちゃんです。
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おじさんのトゥルッリ公開は個人営業のようです。ダイニングの上にユーロ紙幣・コインが入った箱があったので、数ユーロ入れておきました。
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無人のトゥルッリに緑の文字の落書きがありました。世界遺産に落書きはいけませんが、落書きのデザイン自体にはセンスを感じました。
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トゥルッリとトゥルッリの隙間から、昨晩訪れたモンティ地区が見えました。
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昨晩に続き再びモンティ地区を訪れました。
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ガイドブックにアルベロベッロの町を歩くと、おとぎの国に迷い込んだようと書いてました。おとぎの国が具体的にどんな国か分かりませんが、このような町なのでしょう。
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トゥルッリの白い壁が眩しかったです。マテーラのサッシはどんより曇り空が良い雰囲気でしたが、アルベロベッロのトゥルッリは晴れた日に見た方が良いと思います。
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とんがり屋根には画像のトゥルッリのように、イラストが描かれているものがありました。鳥や魚やラテン文字など宗教的な意味合いがあるそうです。
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本当にかわいらしい町です。大雑把な感覚ですが、マテーラは男子好みの町で、アルベロベッロは女子好みの町だと思いました。そういえばトゥルッリのお土産屋さんで日本人女性経営のお店がありました。陽子のお店と看板がありました。陽子さんと思われる日本人女性が忙しそうに働いていました。
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アルベロベッロのお土産といえば、実物のトゥルッリと同じ石材を使ったトゥルッリのミニチュアです。トゥルッリのミニチュアを造っている工房にお邪魔しました。
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TBSが数年前にこの工房に取材に来たようです。日本人建築家のコメントも工房に張られていました。
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指で摘めるくらいのサイズのミニチュアです。お値段は2〜10ユーロくらいです。自分用に一つ購入しました。
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こちらは照明まで用いた大作です。お値段見ませんでしたが、数万円はすると思います。トゥルッリと人と動物など、生活感がリアルに伝わってきます。
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素晴らしい技術です。ここまでいったらアートの世界です。日本で言えば人間国宝かなと思いましたので、ここでは人間世界遺産とさせて頂きます。
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モンティ地区、アイア・ピッコラ地区から少し離れた所にトゥルッロ・ソヴラーノという、唯一二階建てのトゥルッリがあります。
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西暦1700年代に建立された唯一の二階建てのトゥルッリは、当時この地方でかなり裕福な一家によって建てられたそうです。
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西暦1800年代に現在の所有者の先祖の所有となったようです。トゥルッリに置かれている家具や装飾品は、当時使用していたものそのままだそうです。寝室見学中に受付の女性が壁の肖像画は、おじいさん・おばあさん・ひいおじいさん・ひいおばさんだと説明してくれました。なるほど…この方がご子孫で、今でもこのトゥルッリを守っているのだと理解しました。
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夕暮れのアルベロベッロです。南イタリア旅行は今宵が最後、明日には帰国の路につきます。8日間の旅行は長期旅行と思ってましたが、移動日を除くと実質5日間です。あっという間でした。
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最後の晩餐はこちらのトゥルッリのレストランで頂きました。
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三日連続で夕食はステーキを頂きました。日本ではあり得ません。
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宿泊先に戻る途中に見た、ライトアップされたサンティ・コズマエ・タミアーノ聖堂です。夜闇に煌く聖堂のファザードはとても壮大でした。
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我が家…ではなく宿泊先のトゥルッリに戻りました。街灯一つが渋すぎます。二日間のトゥルッリ生活でしたが、すっかり住人になってしまいました。
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【4月18日】
午前3時起床、送迎車のピックアップは午前4時30分です。あまりにも朝早いので、このあたりの記憶が曖昧です。 -
アルベロベッロから車でおよそ1時間、バーリー空港に到着しました。道中真っ暗だったのでどんな町かは分かりませんが、空港はとても綺麗でした。
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アリタリア航空国内線にて、バーリー空港からローマフィウミチーノ空港へ到着しました。帰路のみの二日間は結構苦痛です。
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ローマフィウミチーノ空港のサテライトで、お食事・買い物で時間を潰した後、現地時間11時30分発成田空港行きのアリタリア航空機に搭乗しました。ここから再び十数時間のフライトですが、殆ど寝ておりました。
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【4月19日】
日本時間早朝7時30分成田空港到着です。初ヨーロッパ旅行は沢山の貴重な体験や感動や失敗がありました。これまでの数十年、海外旅行といえばビーチでしたが、次回はどちらの方向に行くのでしょうか。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- エルダーさん 2011/04/30 10:27:33
- 懐かしい!!
- めるくんさん、こんにちは。
私もおととしの11月にアルベロベッロに行きましたので
懐かしく読ませて頂きました。
陽子さんのお店でポルチーニ茸を買いました。
その時はたまたま日本人女性に呼び込まれたという感じでしたが
後日、NHKの「びっくり法律社」という番組で、けっこう長く
紹介されていたので、「あ!この人だ!」とびっくりしました。
No1と思えるホテルに出会って良かったですね。
私はオプショナルツアーで行ったので、残念ながら日帰り観光
でした。
めるくんさんの文章は、簡潔でユーモアが有って大好きです。
- めるくんさん からの返信 2011/04/30 15:04:15
- RE: 懐かしい!!
- エルダーさん、こんにちは、お久しぶりです。
いつも旅行記を見て頂きありがとうございます。
エルダーさんもアルベロベッロ訪れていらっしゃたのですね!
しかも陽子さんのお店も・・・奇遇ですね。。。
トゥルッリのお店の看板に、突然日本語で陽子の店ですから、
それはそれはびっくりしました!
お店ではニ階の眺望の良いテラスを見せてもらったり、
色々な物を試食させて頂きました。
買った物は小分けできるチョコレート二つです。
陽子さんと思われる方は、
旅行中に出会った唯一現地でご活躍されている日本人だったので、
とても印象に残っております。
しかし、テレビで紹介されている程の方とは存じませんでした。
旅行全般においては、初めてのヨーロッパ旅行だったので、
多少のミス・トラブル・ピンチもありましたが、
大変良い思い出になりました。
又のご来訪お待ちしております!
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