2011/03/27 - 2011/03/27
779位(同エリア1293件中)
旅姿さん
かつての東海道第一の宿場町として栄えた「品川宿」周辺を、自転車で巡ってきました。
<さんぽコース>
① 御殿山~東海寺~品川神社
② 北品川宿~南品川宿~鈴ヶ森刑場跡---(旧東海道)
*品川宿の範囲
・江戸時代末の範囲は、北は八ツ山口、南は青物横丁と鮫洲の
境までの約2.4キロ。この間、「歩行新宿」(かちしんしゅく)
、「北品川宿」、目黒川を渡って「南品川宿」の3宿から構成されていた。
・現在は、歩行新宿と北品川宿を合わせて「北品川宿」と呼び
北と南を合わせ「品川宿」と呼んでいる。
----東京商工会議所発行の観光ブックより
また、八ツ山口から鈴ヶ森口までの合計約3.8キロには、古い東海道が残っています。
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八ツ山橋
八っ山橋と新八ツ山橋の間は八っ山アンダーパスで結ばれ
東海道五十三次の宿場名の石柱が立ち並んでいる。
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「東海道品川宿まち歩きマップ」の案内があります。
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京急電鉄が通る。
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踏切の手前にある碑
「 従是南 御代官築山茂左衛門支配所」
品川宿入口です。
。
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京急の踏切をわたると道しるべが--
ここから旧東海道に入ります。 -
北品川本通商店街の街並み
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旧東海道から海岸の八ツ山通りにでて、北品川橋から品川浦船溜まりを望む。
品川インターシティ、マンション群、古い木造2階建ての民家がみえます。
※江戸の品川宿というと、映画『幕末太陽傳』が思いだされます。
昭和32年の日活映画でフランキー堺主演で、石原裕次郎が髷を結って
でていました。落語「居残り佐平治」、「品川心中」などのはなしを
もとにした映画で川島雄三監督の名作でした。 -
猟師町です。
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旧東海道にもどると ”履物のお店”がみえます。
看板は右から読みます(丸屋) -
「一心寺」
真言宗の寺(安政2年建立)
--数多くある品川宿の寺で東海道より海側に建つのは
ここだけだそうです。 -
江戸三十三観音札所
第三十番に、ここ一心寺が認定されています。
ちなみに、第一番は浅草の浅草寺。 -
目黒川にでてきました。
上流に向かって川の右手が「北品川宿」、左手が「南品川宿」。 -
突然、目黒川をのぼる船が現れる!
チョット早い?「お花見クルーズ」のようですが! -
これからサクラが咲くと良い絵になりそうです!
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目黒川沿いにある「荏原神社」。
南品川、東品川の鎮守で和同2年(709年)創立という。
南品川は目黒川を渡ったエリア。川の北側に
この神社があるはどうしてかな---?
--昭和3年の目黒川改修工事で流れを変更したという。
品川宿における”南北問題”のようです。 -
地震の影響がでてKEEP OUT です。
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寒緋桜もおわりです。
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目黒川をわたり「南品川宿」に入ります。
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昔を感じさせるお店です。
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品川寺(ほんせんじ)・江戸六地蔵
像の高さは2.75m -
「銅造地蔵菩薩坐像」の詳細
宝永5年(1708年)に造立 -
品川寺のとなりに「海雲寺」が並ぶ。
この寺は火と水の神・「荒神様」(千躰荒神王)で有名で、毎年、春と秋に大祭が開かれるが、3月27,28日は中止ということでした。 -
大祭の日は行列ができ混雑するが、今日はひっそりとしています。
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2005年11月28日の大祭の写真
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2005年11月28日の大祭写真
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鐘楼
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修験道の開祖とされる役行者
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荒神様をでて、鮫洲(さめず)へ行ってみます。
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京急電鉄「鮫洲駅」前の街並み
--正面は「代書屋」さん
鮫洲は運転試験場があるため、この種の店が
多く並ぶ。看板がなつかしい! -
古い町並みが所々に残っています。
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鈴ヶ森刑場跡
ここは旧東海道と国道15号が交わる三角地にあり、
慶安4年(1651年)から明治4年まで続いた江戸の「お仕置き場」。
歌舞伎、演劇で有名な丸橋忠弥、平井権八、
八百屋お七、天一坊などがここで散っていったという。 -
首洗の井戸
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磔台
この穴に角柱を立てた。 -
火炙り台
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この穴に鉄柱をたてた。
処刑された人々を弔うために江戸時代末に
「大経寺(だいきょうじ)」がたてられた。
ここに来ると、違った空気が流れているようです。
---- 合掌----
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