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アメリカ、サンアントニオ赴任中の2005年の8月、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンDCの東海岸の3大都市を訪れる旅に出た。ニューヨークで主要な観光地を見て、サンアントニオにおける親友ジェームズのフィラデルフィアの実家をたずね、ワシントンDCでスミソニアン博物館とアメリカの政治の中枢部分を子供たちに見せたかった。<br /><br />サンアントニオからはコンチネンタル航空でニューヨークに飛んだ。ラガーディア空港に到着する手前で、ニューヨークの摩天楼のスカイラインを鮮やかに見ることができた。ニューヨークにはJ.F.ケネディ空港、ニューアーク空港と合わせて3つの巨大空港がある。2009年1月15日、ニューヨーク発シャーロット経由シアトル行きのUSエアウェイズ1549便がバードストライクのため両エンジンが停止し、ニューヨーク市マンハッタン区付近のハドソン川に不時着水して、墜落を免れたが、この航空機が離陸したのはラガーディア空港である。<br /><br />ニューヨークの見所は尽きないが、今回は中学生の息子と小学生の娘を連れての社会見学が目的であるので、自由の女神、9/11のWTC跡地であるグラウンド・ゼロ、エンパイアステイトビルディング、映画で知られるようになったニューヨーク博物館、それに家内の希望で、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの自宅だったダコタ・ハウスなどを訪れた。<br /><br />自由の女神像はアメリカ合衆国の独立100周年を記念して、独立運動を支援したフランス人の募金によって贈呈され、1886年に完成した。アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴であるとともに、19世紀以来絶えることなく世界各地からやってくる移民にとって新天地の象徴ともなっている。1984年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。マンハッタンのダウンタウン端にあるバッテリー公園から自由の女神像行きフェリーに乗ると、自由の女神像のあるリバティアイランドを訪れ女神像を間近から見ることができる。このバッテリー公園にはLVなどのニセブランド品を売る外国人がたむろしている。いつでも撤退できるように風呂敷のような布の上に売り物を置いており、時々手入れの警官が来ると、サッといなくなるところが面白い。<br /><br />「グラウンド・ゼロ」とは何か?これまで広島と長崎への原爆投下爆心地や、核実験での爆心地を「グラウンド・ゼロ」と呼ぶのが一般的であった。しかし、アメリカ同時多発テロ事件(2001年9月11日の航空機を使った4つのテロ事件)で、テロの標的となったニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)が倒壊した跡地が、広島の原爆爆心地(原爆ドーム)を連想させるとして、WTCの跡地を「グラウンド・ゼロ」とアメリカのマスコミで呼ばれるようになった。実際に訪れてみると、あの事件の衝撃を思い出す。本土を攻撃されたことのないアメリカにとって、神風自爆テロによる9/11がいかに衝撃であったか、想像に難くない。しかし残念なことは、アメリカ人にとってこの事件は、真珠湾攻撃に重なって見えることだ。今でこそ友好国の日本であるが、まだまだ原爆投下や真珠湾奇襲について腹を割って話せるか、と問われると答えはNoである。<br /><br />次に訪れたのは「ダコタ・ハウス」、セントラルパークに面する高級アパートである。1980年12月8日夜、レノンとヨーコの乗ったリムジンがアパートの前に到着し2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたマーク・チャップマンは拳銃5発を発射、レノンは病院で死亡した。ビートルズファンにとって衝撃の事件であり、この地は特別な場所である。<br /><br />ニューヨークを後にしてフィラデルフィアへの移動はアムトラックを使った。アムトラックは、アメリカで1971年に発足した、全米をネットワークする鉄道旅客輸送を運営する公共企業体。正式名称は、「全米鉄道旅客公社」で、連邦政府出資の株式会社である。アムトラックの名称は、&quot;America”と”track&quot;の2つの語から合成された。<br /><br />「アセラ・エクスプレス」はいわゆるメガロポリス(巨大都市圏)であるボストン〜ニューヨーク〜フィラデルフィア〜ワシントンD.C.間で2000年に運行開始。フランスの「TGV」、ドイツの「ICE」、スペインの「タルゴ」、イタリアの「ペンドリーノ」、スウェーデンの「X2000」といったヨーロッパの高速列車が候補であったが、最終的にはTGVの技術をベースにした車両(カナダのボンバルディアとフランスのアルストムの合弁)が導入された。車体はステンレスに一部青い塗装がされている。チケットは他列車に比べかなり高いが、高速列車専用の施設は無く在来線を走るため、最高速度は240km/hに抑えられている。この列車のほか、メトロライナーはもう少し本数が多く、低価格でこの4大都市を結んでいる。今回はフィラデルフィアまで約2時間、$53であった。ニューヨークを出発してしばらくは、廃墟のような無人の崩れかけたビル街を通過してゆくことが印象に残った。

アメリカ東海岸の旅No.1 : ニューヨークで9/11跡地の「グランド・ゼロ」を訪れる

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2005/08/07 - 2005/08/10

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ハンク

ハンクさん

アメリカ、サンアントニオ赴任中の2005年の8月、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンDCの東海岸の3大都市を訪れる旅に出た。ニューヨークで主要な観光地を見て、サンアントニオにおける親友ジェームズのフィラデルフィアの実家をたずね、ワシントンDCでスミソニアン博物館とアメリカの政治の中枢部分を子供たちに見せたかった。

サンアントニオからはコンチネンタル航空でニューヨークに飛んだ。ラガーディア空港に到着する手前で、ニューヨークの摩天楼のスカイラインを鮮やかに見ることができた。ニューヨークにはJ.F.ケネディ空港、ニューアーク空港と合わせて3つの巨大空港がある。2009年1月15日、ニューヨーク発シャーロット経由シアトル行きのUSエアウェイズ1549便がバードストライクのため両エンジンが停止し、ニューヨーク市マンハッタン区付近のハドソン川に不時着水して、墜落を免れたが、この航空機が離陸したのはラガーディア空港である。

ニューヨークの見所は尽きないが、今回は中学生の息子と小学生の娘を連れての社会見学が目的であるので、自由の女神、9/11のWTC跡地であるグラウンド・ゼロ、エンパイアステイトビルディング、映画で知られるようになったニューヨーク博物館、それに家内の希望で、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの自宅だったダコタ・ハウスなどを訪れた。

自由の女神像はアメリカ合衆国の独立100周年を記念して、独立運動を支援したフランス人の募金によって贈呈され、1886年に完成した。アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴であるとともに、19世紀以来絶えることなく世界各地からやってくる移民にとって新天地の象徴ともなっている。1984年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。マンハッタンのダウンタウン端にあるバッテリー公園から自由の女神像行きフェリーに乗ると、自由の女神像のあるリバティアイランドを訪れ女神像を間近から見ることができる。このバッテリー公園にはLVなどのニセブランド品を売る外国人がたむろしている。いつでも撤退できるように風呂敷のような布の上に売り物を置いており、時々手入れの警官が来ると、サッといなくなるところが面白い。

「グラウンド・ゼロ」とは何か?これまで広島と長崎への原爆投下爆心地や、核実験での爆心地を「グラウンド・ゼロ」と呼ぶのが一般的であった。しかし、アメリカ同時多発テロ事件(2001年9月11日の航空機を使った4つのテロ事件)で、テロの標的となったニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)が倒壊した跡地が、広島の原爆爆心地(原爆ドーム)を連想させるとして、WTCの跡地を「グラウンド・ゼロ」とアメリカのマスコミで呼ばれるようになった。実際に訪れてみると、あの事件の衝撃を思い出す。本土を攻撃されたことのないアメリカにとって、神風自爆テロによる9/11がいかに衝撃であったか、想像に難くない。しかし残念なことは、アメリカ人にとってこの事件は、真珠湾攻撃に重なって見えることだ。今でこそ友好国の日本であるが、まだまだ原爆投下や真珠湾奇襲について腹を割って話せるか、と問われると答えはNoである。

次に訪れたのは「ダコタ・ハウス」、セントラルパークに面する高級アパートである。1980年12月8日夜、レノンとヨーコの乗ったリムジンがアパートの前に到着し2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたマーク・チャップマンは拳銃5発を発射、レノンは病院で死亡した。ビートルズファンにとって衝撃の事件であり、この地は特別な場所である。

ニューヨークを後にしてフィラデルフィアへの移動はアムトラックを使った。アムトラックは、アメリカで1971年に発足した、全米をネットワークする鉄道旅客輸送を運営する公共企業体。正式名称は、「全米鉄道旅客公社」で、連邦政府出資の株式会社である。アムトラックの名称は、"America”と”track"の2つの語から合成された。

「アセラ・エクスプレス」はいわゆるメガロポリス(巨大都市圏)であるボストン〜ニューヨーク〜フィラデルフィア〜ワシントンD.C.間で2000年に運行開始。フランスの「TGV」、ドイツの「ICE」、スペインの「タルゴ」、イタリアの「ペンドリーノ」、スウェーデンの「X2000」といったヨーロッパの高速列車が候補であったが、最終的にはTGVの技術をベースにした車両(カナダのボンバルディアとフランスのアルストムの合弁)が導入された。車体はステンレスに一部青い塗装がされている。チケットは他列車に比べかなり高いが、高速列車専用の施設は無く在来線を走るため、最高速度は240km/hに抑えられている。この列車のほか、メトロライナーはもう少し本数が多く、低価格でこの4大都市を結んでいる。今回はフィラデルフィアまで約2時間、$53であった。ニューヨークを出発してしばらくは、廃墟のような無人の崩れかけたビル街を通過してゆくことが印象に残った。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
3.5
グルメ
4.0
ショッピング
3.5
交通
4.0
同行者
家族旅行
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
鉄道 レンタカー 飛行機
航空会社
旅行の手配内容
個別手配
  • ラガーディア空港に着陸する寸前の飛行機からの眺め、マンハッタン橋などが鮮やかに見える

    ラガーディア空港に着陸する寸前の飛行機からの眺め、マンハッタン橋などが鮮やかに見える

  • ラガーディア空港に着陸する寸前の飛行機からの眺め、エンパイヤーステイトビルディングが見える

    ラガーディア空港に着陸する寸前の飛行機からの眺め、エンパイヤーステイトビルディングが見える

  • リバティアイランドに聳え立つ自由の女神像

    リバティアイランドに聳え立つ自由の女神像

  • 自由の女神像に近づく

    自由の女神像に近づく

  • 自由の女神像の近景

    自由の女神像の近景

  • リバティアイランド(自由の島)へ向かう船からのウォーターフロントの眺め

    リバティアイランド(自由の島)へ向かう船からのウォーターフロントの眺め

  • 「グラウンド・ゼロ」、アメリカ同時多発テロ事件で標的となったニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)が倒壊した跡地が、広島の原爆爆心地を連想させるとして、WTCの跡地を「グラウンド・ゼロ」とアメリカのマスコミで呼ばれるようになった。

    イチオシ

    「グラウンド・ゼロ」、アメリカ同時多発テロ事件で標的となったニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)が倒壊した跡地が、広島の原爆爆心地を連想させるとして、WTCの跡地を「グラウンド・ゼロ」とアメリカのマスコミで呼ばれるようになった。

  • セント・パトリック大聖堂、ローマ教皇ピウス9世によって1850年7月19日にニューヨーク司教区が大司教区にあげられたことを記念し、この土地に建設された。設計はジェームズ・レンウィック・ジュニアがおこないゴシックスタイルにより建設が始められた。南北戦争中には一時中断したが、1878年に完成、翌年5月25日に式典がおこなわれた

    セント・パトリック大聖堂、ローマ教皇ピウス9世によって1850年7月19日にニューヨーク司教区が大司教区にあげられたことを記念し、この土地に建設された。設計はジェームズ・レンウィック・ジュニアがおこないゴシックスタイルにより建設が始められた。南北戦争中には一時中断したが、1878年に完成、翌年5月25日に式典がおこなわれた

  • セント・パトリック大聖堂の別アングル

    セント・パトリック大聖堂の別アングル

  • エンパイアステイトビルディングからの夜景

    エンパイアステイトビルディングからの夜景

  • ジョン・レノンとオノ・ヨーコの自宅だったダコタ・ハウス。1980年12月8日夜、レノンとヨーコの乗ったリムジンがアパートの前に到着し2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたマーク・チャップマンは拳銃5発を発射、レノンは病院で死亡した。

    ジョン・レノンとオノ・ヨーコの自宅だったダコタ・ハウス。1980年12月8日夜、レノンとヨーコの乗ったリムジンがアパートの前に到着し2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたマーク・チャップマンは拳銃5発を発射、レノンは病院で死亡した。

  • ニューヨーク、セントラル地下駅のアムトラック、メトロライナー

    ニューヨーク、セントラル地下駅のアムトラック、メトロライナー

  • アムトラック、メトロライナーの車内

    アムトラック、メトロライナーの車内

  • ニューヨークセントラル地下駅のアセラ・エクスプレス

    ニューヨークセントラル地下駅のアセラ・エクスプレス

  • 「アセラ・エクスプレス」、ボストン〜ニューヨーク〜ワシントンD.C.間で2000年に運行開始。フランスの「TGV」、ドイツの「ICE」、スペインの「タルゴ」、イタリアの「ペンドリーノ」、スウェーデンの「X2000」といった候補の中で、最終的にはTGVの技術をベースにした車両が導入された。高速列車専用の施設は無く在来線を走る。最高速度は240km/h。

    「アセラ・エクスプレス」、ボストン〜ニューヨーク〜ワシントンD.C.間で2000年に運行開始。フランスの「TGV」、ドイツの「ICE」、スペインの「タルゴ」、イタリアの「ペンドリーノ」、スウェーデンの「X2000」といった候補の中で、最終的にはTGVの技術をベースにした車両が導入された。高速列車専用の施設は無く在来線を走る。最高速度は240km/h。

  • メトロライナーと併走する私鉄列車

    メトロライナーと併走する私鉄列車

  • メトロライナーニューヨーク発フィラデルフィア行きのチケット

    メトロライナーニューヨーク発フィラデルフィア行きのチケット

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