2011/03/10 - 2011/03/14
760位(同エリア1984件中)
ミモザさん
インド旅行最終日は、また長時間のバスに揺られてデリ−に戻り、デリ−の観光となります。
デリ−では、イスラムの戦勝記念塔クトゥブ・ミーナール、タ−ジマハルのモデルとなったフマユ−ン廟などを見学しました。
今回のインド旅行、途中の日本の悲しい出来事もありましたが、お天気にも恵まれ体調も崩さずとても思い出残る旅行となりました。
5日間という短い旅行でほんのインドの有名なところしか行きませんでしたが、まだまだ奥深いインド、またいつの日か訪ずれたい国の一つになりました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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6時半にはホテルを出発です。ホテルのドアマンと記念撮影。
朝は少し涼しいです。 -
途中の車窓から、インドの女性は頭に荷物を載せて運びます。
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デリ−に近ずくにつれ、交通も多くなりますが道路は舗装がいいようです。
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クトゥブ・ミーナールが見えてきました。お、高い塔です!
イスラムの力を空高く宣言する勝利の記念碑です。 -
未完のアラーイ・ミナール
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アラー・アッデーンは、この地のモスクの拡大を図ると共に、第2の塔、アラーイ・ミナールを建てて、再び「イスラムの勝利」を祝おうとした。
しかし、第一層が完成しないうちに、1316年暗殺されてしまう。基部の直径は25m。完成すれば100m以上の塔になっていただろうといわれている。 -
ここにもリスが、ツア−の人がお菓子をあげると美味しそうに食べていました。
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クトゥブ・ミーナール
ニューデリーの南15kmの郊外にあるインド最古のイスラーム遺跡群。1192年、後に奴隷王朝を打ち立てるクトゥブ・ウッディーン・アイバクが、北インドを制圧した記念に建立したのがクトゥブ・ミナールです。
本来は礼拝の時を知らせるためのものですが、国内のヒンドゥー教徒たちに対するイスラームの勢力誇示という意味合いが強かったようです。 -
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ヒンズー様式とイスラム様式が混在しているモスク
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モスクの中庭にそびえるチャンドラヴァルマンの鉄柱。4世紀に鍛造された高さ約7.2mの鉄柱ですが、雨ざらしにもかかわらずほとんど錆びていないのは、100%に近い高い純度の成せる業とか。真ん中にはまだ文字も見られます。
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今は鉄柱の周りに柵があり触ることはできません。
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壁を覆うレリーフ彫刻が見事です。
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クトゥブ・ミナ−ルの入り口
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ミナ−ルは5層からなり高さ72.5m
中に379段の階段が頂上まで続いているが今は使用禁止。
コーランの内容を図案化した模様が刻まれていました。
もとは100mほどあったようですが、飛行機事故で今の高さになったとか。 -
1993年世界遺産登録
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インド最後の食事は、バイキングスタイルではなく、コ−ス料理で。
地元でも有名なレストランとか。
先ずはタンドリ−チキンとミニハンバ−グのようなもの。
タンドリ−チキンにはミントソ−スをつけて。 -
カレ−はほうれん草、豆、野菜、チキンカレ−、どれもマイルドで美味しかったです。インドのカレ−は、もっと辛いと思っていたけど、日本のインドカレ−のお店の方が辛い。デザ−トはアイスクリ−ムでした。
インドの食事は、必ず紅茶が付くので良かったです。
お土産やさんで出されたミルクティ−、とっても甘くて美味しかった。
アッサムは、濃い紅茶なのでミルクティ−に向いていて、ダ−ジリングはそのまま飲む紅茶とか。
私もお土産に紅茶を購入、自宅で美味しくいただいています。 -
フマユーン廟は、ムガール帝国第2代皇帝フマユーンの墓で、ペルシャ出身の妃ハージ・ベグムが亡き夫を偲んでデリーの南部郊外、市の中心部から3kmほどのヤムナ河の畔に建設したもの。完成したのは皇帝が死んでから9年目の1565年であるという。
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少し急な階段を登ると基壇に出ます。
白大理石と赤砂岩で造られた壮麗な廟は、タ−ジマハルの祖型になったと言われています。 -
フマユーン廟から西門を臨む、ここも幾何学模様の四分庭園になっています。
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高さ38mのドーム屋根、基壇は一辺90mある。
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この廟には、約150人もの死者が埋葬されている。 フマユーン帝のほか、妃ハージ・ベグム、王子ダーラー・シコー、そのほか重要な宮廷人たち・・・。これらの時代にインドのイスラム建築は栄光の頂点に達したようです。
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公園にもなっていて、市民の憩いのオアシスです。
木陰に入ると気持ちがいいです。お昼寝をしている人もいました。 -
インド門周辺はニューデリーの官庁街になっています。インド門の大通りの先には大統領官邸もあり道路も広くきれいです。
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インド門 (車窓から)
第一次世界大戦のインド兵士の戦死者の慰霊碑、高さ42m -
第一次世界大戦、北西部国境地帯での紛争、第三次アフガン戦争で命を落としたインド人兵士延べ8万5000人の名前がひとつひとつびっしりと刻まれています。1931年に完成しました。
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周りは公園になっており人々の憩いの場として絶えずにぎわっています。特に今日は日曜日だから多いのかな。
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ラージ・ガート(Raj Ghat):インド独立の父マハトマ・ガンジーを記念して造られた公園があります。
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1948年、デリーで暗殺されたガンジーを茶毘に付した場所で黒大理石でできた慰霊碑が置かれており、台座には彼の最後の言葉「ハレラマ(おお神よ)」が刻まれている。今も、ガンジーをしのんで、インド各地から多くの人々が参拝に訪れている。
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一般の人は中に入ることは出来ませんが、きっとガンジ−関係団体の方の参拝でしょうか?
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インド滞在中、あまり若い女性を見ることは少なかったのですが、美しい女性グル−プに写真をお願いしました。若い人はサリ−よりこのような服装が多いのかもしれません。
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世界遺産のレッド・フォ−トは車窓からでした。
17世紀に、ムガール帝国第5代皇帝のシャー・ジャハーン(1628〜1658年)によって築かれた壮大な赤砂岩の建築物群です。 -
あっと言う間のインド旅行でした。インドは期待以上に良かったので、今度はベナレス、アジャンタ・エロ−ラの方にも行ってみたいです。
予定通り成田に行けそうなので、20時20分デリ−を発ちました。帰りは7時間半の飛行時間です。
(^o^)/~~インド
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