2011/02/17 - 2011/02/17
40位(同エリア156件中)
Toshさん
とうとう中国に突入、景洪に到着。
…結構いいところでないの?
ここで2日間休もう。
まずは宿探し。
宿を探しながら、
…南寧に居たときに、中国人の友人から生活に役に立つ中国語を教えてもらったっけ。部屋が決まったら、まずはその復習から始めよう…
と考えている矢先、タイやラオスで気が緩んだせいか、馬鹿な事をしてしまった。
体調:
好調だった。
時折起こる症状:
左脳の頭痛。眼の奥が痛くなり、痛みが歯に達することがある。左腕裏側の筋肉が痙攣。仰向けに寝転がると、左腕の親指が痺れてくる。右脳のシビレ。左側の頭、背中、肩のリンパ球がうずく。
感覚:
「暑い」と言う感覚も戻っていた。ただ、時々感覚が頭痛に変わるらしい。気温が30度を超えている中、歩いていてもなかなか汗が出てこない。呼吸が苦しくなるだけ。
感情:
「楽」がなかなか戻ってこない。というか、大勢の中でで楽しんでいる最中、頭が痛くなりその場に居られなくなる。
出費合計: 448元+110,000K
出費内訳
宿:
「失意のため名前が思い出せない」
1泊43元
必要条件未満:インターネット無
交通費: 110,000K
ルアンナムター市街地 − ルアンナムター・バスターミナル 10,000K
ルアンナムター − 景洪 100,000K
飲食費: 5元
雑費:400元
円換算は下記URLにてお願いします。
http://ja.exchange-rates.org/
旅する"ワケ"
http://4travel.jp/traveler/ichayaiouno/album/10448441/
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ボーダーをどのように越えようか色々考えた。街中のターミナルからボーテンまで行こうか?それとも、郊外のターミナルからモンラーへ?
結局、中国タイ族のたくさんいる景洪へ行くことにした。
バスが1便しかないので、ソンテウを利用して。ターミナルへは早めに到着。
ソンテウに乗る時だが、運転手と交渉の際、一人で乗ると20,000Kと言われた。
もう一人来るのを待って乗り込んだ。
ターミナルに到着し、切符を買おうとした。
が…窓口が開いてなーい!
フアイサーイのバスターミナルで会ったオーストラリア人の夫婦と合流。
…旦那とは、前日、マニチャン・ゲストハウスのバーでバッタリ会った。その時、ヴィエンチャンとチェンマイの経験を生かして、「乗れないかもしれないから、ターミナルへは出発の1時間前には行ったほうがいいよ!」と言ったっけ…
彼らは、自分が到着したすぐ後にソンテウに乗ってやって来た。
到着するなり、挨拶をすると、
「誰も居ないじゃんか…」と突っ込まれた。
…ははは…失礼…余計なこと言わなければ良かった…
「チケット売り場、今から開くんだよ」
と訳のわからぬ言い訳をして、一件落着?
その後、すぐに窓口が開き、切符を購入した。出発まで、食事をするだけの十分な時間があったので、ごまかしたあとは、開き直って皆で食事した。俺は、ソーセージとカオニャオ(計7,000K)とラオコーヒー(5,000K)を注文した。他の人達は、フランスパンのサンドイッチ(バインミー:15,000K)とらおコーヒーを注文した。
8時ちょっと前、バスはやって来た。
「これが景洪行きのバス?」今度は奥方が俺に質問。
「そう」と言うと、
「ミニバンじゃないの…」
ボクシングに例えると、さっき旦那にボディブローを打たれ、イタイと思っているうちに奥方が右ストレートを“パーン”と打ってきたという感じ。
キゼツスンゼン
…まあ、結局乗れたんだからいいでしょ?許してチョー!… -
1時間ほど走ったあと、ガソリンスタンドでエネルギー補給。
-
スタンド周辺には大きな建物がポツポツと建っている。
国境は近いのか?
ここってボーテン? -
ガソリンスタンドから15分も走らないうちに出国手続きとなった。
…ルアンナムターからボーデンって思っていたより近いんだ!… -
手続きが終わり、国境を見る。
…何だあのラオスのお寺みたいな建物?中国側の建物か?…
再びバスに乗る。 -
建物の前でストップ。
中に入ると…予想的中!
中国側の建物は立派だった。 -
中国の国境でまたまたバスに乗る。
国境を越えてから道路の両脇にはずらりとお店が並んでいた。
5分もしないうちにモーハンのバスターミナルに到着。 -
お?
景洪まで61元か?
確かルアンナムター街中のターミナルからからボーテンまで20,000Kだったなあ。
ということはボーテンからモーハンまで歩けば安く付くわけか…
ま、その間の距離が分からないが… -
モーハンの街並み。国境方向をパチリ!
街路樹で見えないけど、店屋がずらりと並んでました。 -
ここはどこだろう?
看板には「マン・ショウ・チュウ・??」とかナントカ書いてある。 -
しばし停車したので、外に出てぶらぶら歩く。
麺の販売か…いくら払うのか見ていると、3元から4元だった。安い! -
モンラーのバスターミナルに到着。
ここで40分のお昼休憩になった。 -
モンラーの街中。
期待していたよりは小さかった。
誰かの旅行記にビエンチャンよりはモンラーの方が大きいとあったようなきがしたが、バスターミナルから眺める限り、ビエンチャンの方が断然大きかった。 -
駅の真ん前にある小さな食堂。麺類と餃子屋、肉まんを売っている。
ココで食事をすることにした。 -
店の中はこんな感じ。
店には、バスの中で一緒だった、広州あたりからやって来たという、漢民族でない中国人女性とアメリカ人男性のカップルがいて、先に食事を採っていた。 -
餃子(4元)を注文し、別なテーブルに座ると席を空けてくれた。
アリガトー!
そういえば、国境で女性が俺に聞いてきたっけ、
「今、ラオスKIPの両替をしないかと聞かれたんですが、どうしたらいいですか?」
その時、俺は、
「多分、景洪に両替所があるから大丈夫でねえの!?」と答えた。
しかーし、到着後、俺の知ってる限りでは…なかった!!!
…これもごめんなさーい!後でまたラオスに行ってね…そして、また…会ったら…ぶっ叩かれるか??? -
景洪までの道のりはこんな感じ、はげ山の上に家が建ってる。
…この家…大雨が降ったら地面と共に谷底まで滑り落ちないんだろうか? -
街が開けてきた。景洪だ!
…瀾滄江(メコン川)の水は、ここでは透明なんだ…この川に船を浮かべてラオスやタイと交流しているんだよな…海で外国とつながる日本では考えられないよな…そういえば、"海外"っていう単語はイギリス(英語圏内も)や日本では使われるけど、他の国では主に“外国”を使うものなあ… -
景洪バス駅に到着。
今日のお宿は、4トラ仲間のハロンさん紹介の「西双版納(中国語読みで"シー・シュアン・バン・ナ")学院」内にある宿舎。1泊15元でネットにつながるということで決定。 -
駅前の道路へ歩き出し、オーストラリア人夫婦に声をかける。
「今日のお宿は、決まってるの?」
「うん、決まってるよ。バナナ宿舎だよ…」
「は?」
「シーシュアン・バナナ学校」
「へ???」
…あ、もしかして俺と同じか?…
そう思って、
「シー・シュアン・バン・ナ学校?」
と確かめたところ、やっぱりそうだった。嫁さんはニコニコしていた。
…おもろい冗句。俺も使おう!…
「へえ、同じところなんだ…じゃあ、あたしたちに従いてくるが一番だよ。地図持ってるし。」と言って、手に持っていたロンリープラネットの旅行本を挙げてみせた。夫婦の他に、朝ソンテウに一緒に乗って来たイギリス人も同じ方向に行くことになり、合計4人で歩きだした。
ターミナルの前の道を南に歩き…あ、看板…Halonさんによると、たしか民航路に入り、いきあたりのT字路を右折だよな…
と俺が考える一方、夫婦は立ち止まって本で方向を確かめる。
俺のちょっと前を歩くイギリス人が言った。
「俺、一度この街に来てるから何処にあるか知ってるよ!」
とのことで、一同、イギリス人に従いていくことにした。 -
やって来ましたバナナ学校!
-
イギリス人が中に入り、宿情報を確認。
-
しかーし!
宿はもうやってないとのこと。
…サワンナケートでルームシェアをしたイギリス人は、去年の2月から3月頃にここに1ヶ月間ここに泊まっていた。今でも、まだあると思っていたのに…
元受付があった場所には、取り壊され、彼女達がいた。
彼らは去年卒業したばかり。彼らは英語科を卒業したので英語が話せた。今はこの建物で携帯通話の契約を取っているとのことだった。
真ん中のお姉ちゃんはとてもフレンドリーだった。 -
ということで、我々は別な宿を探すことにした。
当然土地感があるイギリス人が先頭を切って歩く。
景洪市は、東南アジアのムードが漂う”大きな街”だった。
近くに何も観光する所はないが、街中は清潔で緑が溢れていた。 -
大きくて洒落たビルもたくさん並んでいた。
…いいねえ… -
さて、宿探し!
オーストラリアン夫婦は旅行本を頼りに、イギリス人は昔の記憶を頼りに歩く。そして、バナナ学校以外調べてなかった俺は、彼らに只々従いていくだけだった。
…知らないときは、旅行本を持っている人について行け!…教訓その2
いつも、こんなふうにテキトーに旅をしている。
宿がずらりと並んでいる通りに出た。
ここでイギリス人はペースを上げ、俺とオーストラリアンは引き離された。仕方ないので、テキトーに宿探し。彼らは中国語が話せないので、自分が交渉に当たる。
…きれいで、インターネットができる所…
が条件だった。
右手に綺麗な宿があった。中へ入って話を聞く。受付は意外にも男。
ツインでもダブルでも1室60元のところがあった。部屋を見せてもらうと結構良かった。
他に何件か廻った。先に行ってしまったイギリス人が宿泊する部屋も見てきた。だが、オーストラリアンは、再びこの宿に返ってきた。俺も、ここにしようと宿泊手続きをした。
手続きの際、オーストラリアンの旦那に、
「俺達はここへ止まるけど、アンタは別の所を探してもいいんでない?」
と言われた。
…たぶん、一人なら同じレベルで安い宿もあるよ…
彼はそう言いたかったのだろう。
手続きの途中、気が変わり、別の宿を見つけることにした。
そして、この宿までやって来た。
…ここの名前は彼らのガイドブックにも載ってるし…まあ、ここでいいか…
…で…泊まることにした。1泊50元。
ウエストポーチから財布を…と思ったところ…アレ???…脇の下から冷や汗…ない…なくなった!!!
財布は何処を探してもなかった。
あ…もしかして、さっきの宿に置き忘れたのかも…そういえば、手続きの最中に財布を出した気がする…アリマスヨウニ…
ショックのあまり無言で宿を出る。そして、オーストラリアンのいる宿へ向う。
宿に着き、受付の男に尋ねる。
「財布をみなかった?」 …少しホッ…
すると、男は夫婦が持って行ったと言った。
部屋の番号を教えてもらい、彼らの部屋へ行く。
…コンコン!…
ノックをすると、ドアを開けてくれた。
「財布をみなかった?受付の台に置いて行っちゃったと思うんだけど…」
見てないとの事。結局、財布は見つからなかった。
…あーあ!やっちまっただよ!…財布なんて戻ってくるはずがねえべよ…
オサツこそ100元がたったの4枚。失ってもショックを受けない金額。たぶん、そのせいで財布の存在を軽く扱っていたのだろう。しかし、そこには良く使うカードが数枚入っていた。
…お金が降ろせねえべよ!…ならば、リュックの中にかくしてある、切り札のクレジットカードだな!…
リュックの中を探る。しかし、これもなかった!そういえば、どこぞで、カードを全て財布にまとめた覚えがある。
…吾はカミを手放した…そしてカードも全てなくなった!…
オーマイゴッド!
…俺はどうすりゃいいんだよ!… -
その後、俺は何をしたらよいのかも分からず、途方に暮れて、宿の並ぶ通りを行ったり来たりした。一度訪れた宿の前を通り過ぎると、「○×△!」と声がかかる。多分「マケてやるからウチに泊まれ」と行っているんだろう。俺は、ポケットに手を突っ込んで有り金全部かき集めて宿主に見せた。たった43元しかない。宿主は「それでも良い」とかナントカ言って俺を泊めてくれた。ショックが大きすぎて、泊まった宿の名前は覚えていない。写真も撮る気力が残っていなかった。
俺は、宿に入り、ネットにつなぎ、カード紛失時の連絡先を調べた。中国元もカードない。この時使えるお金は一銭もないことに感じた。
…腹が減った…どうしよう…あ、そういえばオーストラリアン夫婦が夕方、角の飲み屋に来いと言ってたっけ…
全てが終わり外出することにした。
しょんぼりとして、彼らの前に行くと、
妻のコルビー(右端)が、
「何処行ってたの?一銭も持ってないのに…宿はどうしたの?なければ、私達のところに泊まりなさいよ!」
ポケットの有り金全部はたいて、宿を確保したことを伝えると、
今度は夫のミッチ(右から2番目)が、
「まあ、ビールでも飲めよ、俺がおごるから!あ、飯は?」
「まだ」だというと飯もご馳走してくれた。
やがてビールも飯もやって来た。ありがたくて、涙が出そうになった。
写真左からは、スペイン人、イギリス人。 -
翌日、中国銀行有り金全部を元に両替。
所有金額
70米ドル
100香港ドル
400台湾ドル
100タイバーツ
500,000ラオスキープ
このうち、ここで両替できるお金は米ドルと香港ドルだけだった。
手元には、やっとのこと500元あまりができた。
これからどうしようか?
ここで働くか? -
銀行を出て、道を歩いていると、ちょうどいい具合に求人の看板があった。
…おお?此れはイイゾ!…
看板の前には写真の女の子がいた。
俺は、一か八か、
「仕事は有りますか?」
と尋ねると、
「有るよ。ついてきて。」
との事。
彼女は道路沿いを歩き、T字路を横切り… -
駐車場に入っていった。
裏口からビルの中に入り、3階?へ連れて行った。
オフィスへ入ると、そこは派遣会社?だった。偉そうな男の人が3人居た。
「景洪で働きたいんです。仕事は有りませんか?」
それだけしか中国語は出来ない。そして、この言葉の一点張り。
やがて、係の男の人は、日本語をできる人に電話をかけた。
女の人の声で、
「ビザは大丈夫ですか?係の人はビザがないと働けないと言っています。仕事に着いたら最低3ヶ月は働き続けなければなりません。
「ビザは15日ごとにボーダーに行き取ってくる」と伝えると、係員に変わってくれとのこと。
係員は話を終え、今度は別の人に電話を掛けて、俺に渡した。
今度は、男の人だった。
「仕事はありますが、紹介料として1万円いただきます。3日間で仕事が見つからなかったら、お金は返します。ここはそういうところです。」とのこと。
…あやしい…
「お金は財布ごと取られてしまった。今は500元しかない。後で払うので仕事をください。」
と言うと、あっさり断られてしまった。
ちょっと、期待していたが…ガックリ…まあ、こんなもんだろう…
でも、彼は、
「お金をなくしたら、日本大使館に行くといいですよ。なくした分のお金をもらえます。大使館がなければ警察でしょう。」
と教えてくれた。 -
…ということで、警察へ行った。
「財布を取られた」
というと、
「いくら入っている?」
と尋ねてきた。
「400元だ。でもカードが入っている。」
と答えると、しばし考えた後、
「たったの400元か…」
とガックリした顔で言う。
…悪かったな!…
そして、その後、
「???通りには、外国人トラベラーがたくさんいる。彼らにどうしたら良いか尋ねてみなさい。ここは盗難報告書を書くところです。」
…おいおい…それじゃあ、ここに来た意味がないだろう?…まあ、いいや!せっかく来たんだから報告書だけでも書いてもらおうか…何かの役に立つだろう…
「わかりました。じゃあ、報告書だけでも書いてください。」
というと、
…沈黙…
…おいおい、お前仕事しないのか?…
…しばらく沈黙…
…もういいや!もう、ホントにドイツもコイツも…
結局、警察署は何の役にもたたなかった。
…ガックリ… -
仕事も見つからない。警察も助けてくれない。
しからば、昆明へ行くしか無い!
昆明には、知り合いがいる。
とにかく、彼に相談してみよう!
循環バスに乗り、バスターミナルへ。
今見ると、バス停は洒落ていたんだなって言うことに気付かされる。 -
しばし、待った後、バスがやって来た。
街中を通りぬけ、昨日到着したバス駅に着いた。
切符を買う。このときの時刻5時。バスは8時に出発する。
3時間あるので、知人のヒロさんに電話を掛けることにした。
駅内のインフォメーションに、電話は何処で掛けられるのか聞いてみた。
すると出入口右にあるキオスク?で掛けれるとのことだった。
電話を掛ける…繋がらない…また掛ける…繋がらない…
結局3回掛けてもつながらなかった。
…しゃあない…
そう思い立ち去ろうとすると、
「おいおい、何処へ行く?金を寄こせ。3元だ!」と怒鳴った。
「つながらかったのになんでお金が必要なんだ?」と言って立ち去ろうとすると、今度は腕を取って引っ張った。
「壊れてるんじゃないのか?まず、検査しろよ。きちんとつながったら金は出す。」
…話がつながらないのか、なかなかケリが着かなかった…
やがて、警察を呼び出し、
「コイツが金を払わない。電話は通じている。」とぬかしやがる。
「じゃあ、つながるかどうか試してくれよ。」
携帯から固定へはつながった。
「つながるだろう。壊れてない。」と店のオヤジ。
「なら、今度は固定から携帯へつなげてくれよ。つながったら払う。」
その後、固定から携帯へも試した。初めはつながらなかった。そのとき、警察官は「○×△」と言った。再びダイヤルすると。今度はつながった。
俺は、金を置き、「悪かったな」と言って立ち去った。
すると、激高したオヤジが追い掛けてきた。
…なんだコイツ??…
知らんぷりして、歩き続けると、俺の手を取り、
「5元だ!」と言い出しやがった!
…ふざけやがって…
俺はオヤジの腕をおもいっきり振りほどきながら、
「3元だ!」
と言い、ギロリとオヤジを睨みつけた。
…コノヤロー!!…
と思ったとき、警察が、
「3元もらったんだろ!もう終わったろう!」
と鶴の一声を発した。
…景洪か…
初めの印象はよかった。だが、出て行く時の印象は最悪だった。
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この旅行記へのコメント (7)
-
- keitarouさん 2011/03/07 21:49:02
- 大丈夫ですか?
- おー、災難でしたねえ。なんとかカードの紛失届、再発行手続き済みましたか?トラブルが解決し、旅行が続けられることを、雪の長野から祈っています。
- Toshさん からの返信 2011/03/08 13:02:04
- RE: 大丈夫ですか?
- カードは全て停止し、よく使う3枚だけ再発行してもらいました。現在は、新生銀行のカードのみ手元に有ります。2枚のクレジットカードは現在実家家に有ります。1枚のカードには保険が付いていたのですが、現在出発日から4ヶ月以上経ってますので、役目がおわりました。もう一枚は予備。クレジットカードは、前年4月に日本を発ってから、無理をして使わない限り、ほとんど使いませんでした。そうですね、ネットで航空券や、宿を予約する時に使ったぐらいでしょうか?両方共に、カードの番号と自分自身の情報を入れればOKなので、スカイプ他を利用して、親と連絡を取り、番号だけを教えてもらいました。
今は、4月19日に、ちょうど1年が経つので、そのころに一度実家に帰ろうかな?と考えています。やっぱ、桜が見たいですよ。長野も時期は同じでしょうか?予定は未定で、どうなるかわかりませんがね。
ではまた。
-
- Halonさん 2011/03/07 14:37:00
- バナナ学校、財布
- Toshさん
あれれ、バナナ宿舎、なくなっちゃいましたか。
早速クチコミをメンテしなきゃ。
でもまたの復活を願って、削除はしないでおこっ。
それにしても財布の件、大変でしたね。
なんて言ったらいいのやら、、、
いつも旅行に出かける前には、自分がもし盗難にあったら、まずカード会社に電話して、警察、それから大使館、、、と頭の中でシミュレーションはしますが、いざとなると目の前真っ暗、警察にくけりゃオヤジまで憎い、写真どころじゃなくなりますね。
僕もKLで緊急帰国しそうになってた間は、写真の枚数が減りました。
そんな中、宿の最新情報や現地での就活報告まで頂きお疲れさまでした。
昆明で中国語の勉強を開始されたようで、ほっとしました。
Halon
- Toshさん からの返信 2011/03/08 12:35:01
- RE: バナナ学校、財布
- Halonさん
> あれれ、バナナ宿舎、なくなっちゃいましたか。
> 早速クチコミをメンテしなきゃ。
> でもまたの復活を願って、削除はしないでおこっ。
そうですね。現在新しい宿舎が建築中ということですからね。
なくなったかどうかは、完成してからしかわかりませんからね。
> それにしても財布の件、大変でしたね。
> なんて言ったらいいのやら、、、
"カミ"が与えた一つの試練かもしれないですね。
「お前は、全部無くなっても、まだ中国語を勉強したいか?生半可な気持ちでは習得出来ないぞ!」と問われているのかもしれないですね。
南寧に入る前は、デジカメが壊れ、あと数日でビザが切れるところでした。そして、入った後も、体調不良がありました。
> いつも旅行に出かける前には、自分がもし盗難にあったら、まずカード会社に電話して、警察、それから大使館、、、と頭の中でシミュレーションはしますが、いざとなると目の前真っ暗、警察にくけりゃオヤジまで憎い、写真どころじゃなくなりますね。
ははは、そうですよね。時々、1つ嫌なことがあると、全てが嫌になることがありますよね。
> 僕もKLで緊急帰国しそうになってた間は、写真の枚数が減りました。
> そんな中、宿の最新情報や現地での就活報告まで頂きお疲れさまでした。
褒めていただいてありがとうございます。
悪い時も、良い時も、出来る限り、自分の生きざまを記録しようと思っています。そして、この情報が誰かの参考になればいいなと思っています。
> 昆明で中国語の勉強を開始されたようで、ほっとしました。
スンパイかけてすんません。
Tosh
-
- べ〜こんさん 2011/03/03 18:48:34
- 您好!
- 您好!
我喜欢这里...
国外在中国的研究,会就成功了!
Tosh的等你回来。
- Toshさん からの返信 2011/03/05 17:13:47
- RE: 您好!
- 現在昆明に居ます。
ここで5ヶ月間中国語を勉強します。
然后我想回来我的国家。
- べ〜こんさん からの返信 2011/03/05 20:39:51
- RE: RE: 您好!
- 这是伟大的!
我回到日本,我希望你找到一份工作!
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