1994/02/14 - 1994/02/22
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yamada423さん
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雪のセントラルパーク The Pond in the Snow 1994.2.19
今回は17年前の冬のニューヨークの思い出話を紹介します。
1994年2月 初めて出張でニューヨークを訪れたのは、空港が一時閉鎖されるほどの記録的な大雪の後で、前週に細川首相とクリントン大統領との首脳会談が行われたときだった。
ロスアンゼルスでCVT新型車の評価会を終えて金曜日にニューヨークへ移動した。大雪で空港出口の狭くなった道路で、私が乗った小柄なコロンビア人のタクシーと大男のインド人タクシーとが、優先争いで二人とも車から降り、今にもつかみ合いになりそうな一触即発の場面に出くわした。
窓から大声で止めさせ、事が済んで市内へ向かう車中、運転手は自国コロンビアの面積、人口、その他諸々の豊富な知識を自慢げに披露してくれた。インド人のことは決して良くは言わなかった。
出稼ぎ外国人が複雑な人種構成の大都会で生きてゆくということはどういうことかを垣間見る思いだった。
出張先のBWA社が不案内な私のために予約してくれたホテルThe Pierreはセントラルパーク南端の五番街に面しており(5th Ave. E61 St.)、後でわかったが有名芸能人がよく利用する格式の高いホテルだった。
金・土2日間泊るのでレートを尋ねたら400(ドル)といわれ、思わずper night?と聞いてしまった。Yes Sir !
エレベーターに乗り合わせた黒人のメイドがHallow Mr. Yamada と挨拶するので、なぜ名前知ってるの?と聞くと、Because you are a nice guy だとさ。サービスの本髄を感づかせてくれた一言だった。いまだになぜかわからないが、宿泊客の情報を皆で共有しているのかな?
土・日はおのぼりさんを決め込んだ。
土曜日は午前中に雪のセントラル・パークを散策してから五番街に沿って歩き、エンパイヤーステートビルの展望階に登った。
さすがに見晴らしが良かったが、鉄柵が恨めしい。
土曜日の午後はニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art, New York)でミロ、モネ、セザンヌ、ピカソ、スーラ、キリコ、ゴッホなどたくさんの作品を見て、いささか疲れた。
このときは入社25年、50歳、NY初出張という記念の年だったので記念品にロレックスを買うことにした。5th Av, E55th StのWEMPEでコンビのモデルを選び、文字盤faceは見やすさを優先してシルバーに替えた。
Tax込みで$4140は2枚のカードで支払った。(\/$ 109)
充実したニューヨークの休日を過ごし夕食は久しぶりの和食を味わった。いったんホテルへ戻り、週末のニューヨークを楽しもうと、コンシェルジュに調べてもらったホテルから歩いて10分もかからないジャズクラブへ行った。期待以上の楽しいひと時を過ごした。日中の日射しで溶けたセントラルパーク沿いの凍りついた雪道を帰る道すがら、心のうちは満ち足りた気分で温かかった。
日曜日の午前中は前日にJTBに予約した日本語ガイド付きの半日観光バスツアーで世界貿易センター(WTC)ビル(ツインタワー)、マンハッタンの名所いろいろ、フェリーからの自由の女神像など見て回った。バスを降りたチャイナタウンは春節のさなか、爆竹のすさまじい破裂音と警備の警察官とが事件の発生と勘違いさせるほどだった。
掲示写真の青空を切り裂くように聳えるプラチナ色に輝く世界貿易センタービル(World Trade Center)ビルは、その後の世界を震撼させる大惨事で今は記憶の中にだけ存在している。
9.11のツイン・タワーに関わる思い出は下記のURLで別途公開済みです。
http://4travel.jp/traveler/810766/album/10488691/
(写真と説明文の内容の多くがここと重複していることを予めお断りしておきます。)
撮影 CANON AE1-P FD50/1.4 yamada423
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セントラルパークは雪に覆われ、水鳥が池The Pondの周りで日向ぼっこをしています。
右端のホテルの屋上に赤い文字でESSEX HOUSEと見えます。
地震で地面が傾いたわけではありません。カモと広い空も画面にいれようとしたらこうなってしまいました。広角レンズがほしい場面です。 -
セントラル・パークは雪で覆われていましたが、観光客は笑顏です。
前の週はニューイングランド地方(アメリカ東部)を寒波が襲い、細川首相がクリントン大統領との首脳会談のため大雪を推して来ていた。
しかし私の休日は天候に恵まれた。気温は6〜8度の感じです。 -
セントラル・パークの東南隅にある池 The Pond
高層の建物はセントラル・パーク沿いの59thストリートにあるホテルESSEX HOUSEなど。
写真には見えませんがこの通りのThe Pondの向かいがプラザ合意で有名なプラザ・ホテルです。
プラザ合意(プラザごうい、英: Plaza Accord)とは、1985年9月22日、G5(先進5ヶ国蔵相・中央銀行総裁会議)により発表された、為替レート安定化に関する合意。呼び名は、会場となったアメリカ・ニューヨーク市のプラザホテルにちなむ。
歴史的な会議ではあったが、事前に内容は決められており、会議自体の所要時間はわずか20分程度であったといわれる。(Wikipedia) -
セントラルパークは雪に覆われ、水鳥が氷の浮いた池The Pondで羽を休めていた。
鳥たちを見ていると大雪のあとの穏やかな日差しを楽しんでいるようにも感じました。
公園や広場のハトのように餌を求めてあくせくしていません。 -
雪明けの晴天の下、木の上で何やら食べているリスのなんと愛らしい!
-
エンパイヤステートビルの屋上からの眺め。 右手にクライスラービル
柵が無ければいいとは思いますが飛び降り防止には不可欠でしょう。 -
土曜日の夜、ジャズクラブのメンバーのブレイクタイム
ホテル ザ・ピエール The Pierreのコンシェルジュに紹介してもらったジャズ・クラブはブロード・ウェイ63th St.のエンパイヤ・ホテルの地下にある良い雰囲気の店で、テーブル席を確保でき、22〜23時の間に5曲聴けた。料金はスコッチの水割り2杯$11.85込みで16ドルと驚くほど安かった。これがニューヨークだ! -
世界貿易センタービル南タワー(Two world Trade Center)のプラチナ色に輝く雄姿
空気が澄んでいるため昼間でも星が写りました。次の写真にも写っています。 -
南タワーの展望室から見た北タワー (One world Trade Center)の最上部
2001.9.11のNHKテレビで見た、アンテナが傾きもせず崩落する様子が瞼に残る。
ツイン・タワーの思い出は別途公開済みです。
http://4travel.jp/traveler/810766/album/10488691/ -
スタッテン島行きフェリーから見た貿易センタービル。
手前の植栽はマンハッタン南端のバッテリー・パーク。
ビル群を映すハドソン川の水面は波がほとんど無く穏やかでした。
この穏やかさが反映された社会が続いていれば・・・・・。
国の指導者の責任はこの高層ビルの大きさとは比較にならないほど大きいことを指導者自身が認識しているのでしょうか。
2つのビルの攻撃に逆上してアフガン、イラクなどで無益な戦争を引き起こし多大な犠牲者を生んだ行為は、歴史が正当な評価を下すのにそう長い年月を必要としないと思います。 -
南タワーの展望室から北を望む。
中央の尖塔のあるのはエンパイヤー・ステートビル。
エンパイアステートビル
Empire State Building (1931)
●鉄骨の総重量:6万トン
●ロビーから102階までの階段数:1,860段
●窓の数:6,500
●エレベーターの数:73機
2011年の今年の5月1日が80歳の誕生日になります。 -
マンハッタンを挟んでハドソン側と反対側(東側)の文字通りのイースト・リバーEAST RIVER
-
ハドソン川の対岸はニュー・ジャージー州
国内便の離発着が多いニュー・アーク空港やテーターボロー空港がありマンハッタンへのアクセスが便利である。 -
南タワーの107階展望室から見下ろすビル群と氷が浮かんだハドソン川。
昨年2009.2月に鳥と衝突した旅客機が不時着し奇跡的な救出劇が展開された。「ハドソン川の奇跡 」と呼ばれている。 -
フェリーから見た自由の女神像The Stature of Liberty
アメリカ合衆国の独立100周年を記念して、独立運動を支援したフランス人民の募金によって贈られ、1886年に完成した。
アメリカ合州国の自由と民主主義の象徴である。
この像の原型(ミニチュア版)がフランス革命100周年記念の1889年に、アメリカからパリに寄贈され、セーヌ川のグルネル橋側の「白鳥の小径」先端に立っている。
またこの年にはフランス革命100周年記念に開かれたパリ万博の象徴的建造物であるエッフェル塔が建てられた。 -
シルエットのカメラマンにとっても、忘れられない写真を撮ったことでしょう。
誰一人あの惨事を想像していなかったとよく言われますが、この時点(1994.2)は貿易センタービルの地下が大爆破されて(1993.2.26)、やっとのことで修理が終わって、それほど時間が経っていませんでした。
犯行はイスラム原理主義テロ組織アルカーイダ(オサマ・ビンラディン)とイスラム集団(オマル・アブドゥル=ラフマーン)が関与したとされている。
1991年の湾岸戦争において、クウェートに侵攻したイラク軍をアメリカを中心とする多国籍軍が撤退させた。アメリカ軍はその後も中東に展開しつづけ、「中東の憲兵」のようなその振る舞いは、反米勢力、特にイスラム原理主義の過激派を刺激するものであった。(Wikipedia)
その後の国家の指導者の外交・民族・宗教などの基本政策が何らかの影響を及ぼしたことは確かでしょう。 -
ロワー・マンハッタンのチャイナタウンは春節のさ中、爆竹のすさまじい破裂音と警備の警察官とが事件の発生と勘違いさせるほどだった。
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ボルグ・ワーナー社の社用機(双発の7人乗り小型機SUPER KING AIR)
とパイロット
ニューヨーク州中央部のイサカ市(コーネル大学園都市)のボーグワーナー社を訪れた際、送り迎えをしてくれた社用機の元ベトナム戦争で活躍したパイロットは、安定飛行に入ると宙返りをやってみようかと言ってくれたが、心臓への負担が大きそうだからと断った。
今思えば50年無事に生きてきたので、あとのことは考えずに体験すれば良かったと思う。
私が仕事の上で出会ったアメリカ人の親切さは、他の国の人々と比べて決して遜色はありません。
車で5時間もかかる距離を車で移動するVIPはいないそうです。
高速鉄道網が発達していないアメリカでは、社用機は贅沢品ではないようです。むしろ車で移動する方が贅沢かもしれません。 -
社用機のパイロットが見せに案内してくれた超音速旅客機コンコルド
<社内誌投稿記事抜粋>
JFケネディ空港へ近づくと、一足先に着陸態勢に入った真っ白く優美な姿のコンコルドを、はるか下方に見つけ教えてくれた。
着陸後は社用機の駐機場からはかなり離れたサテライトに着いたばかりのコンコルドのそばまで見に連れて行ってくれた。
そのとき、飛行中は空気との摩擦熱で機体が1フィートも伸びるのだと説明してくれ、まだ熱そうなコンコルドの写真を撮るのを待っていてくれた。
コンコルドの印象は胴体がすごく細く、スマートなことです。
1969年就航し2003.11.26退役した。ロンドン、パリとニューヨーク間を運行。総生産機体数は20機。
1965年にフランス南部のトゥールーズにあるシュド・アビアシオンの工場で試作中のコンコルドを見学したことがあり懐かしかった。
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