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パリ滞在中の4月の週末、フランス・ドイツの国境の2州、アルザス・ロレーヌを訪れた。ベルリンでベルリンフィル/ラットルの第九を聴いた日の夜行列車でパリに戻る途中、アルザス州の州都ストラスブールとロレーヌ州の州都ナンシーで下車した。いずれの街もユネスコ世界遺産に登録されている。私はドイツもフランスも同じぐらい好きだが、その両国が領土争いを繰り広げた地域として見逃すことはできない。 <br /><br />ストラスブール訪問は2回目、フランスとドイツの両方の文化が融合した美しい街だ。かつてはドイツの神聖ローマ帝国に属したが、近世初頭にドイツの混乱に乗じてフランスが侵略して併合する。以降、ドイツとフランスが領有権を争った。言語や文化の上ではドイツ系であるといえるが、1944年以降フランスに属し、州、都市名もフランス語となった。現在はEUの本部、欧州議会が置かれ、欧州統合の象徴となっている。1994年より非常に斬新なデザインのトラムが導入され、都心の景観整備などトラム導入を軸とした都心再開発で名高い。2007年にTGV東ヨーロッパ線が開業、パリとは2時間20分で結ばれた。 <br /><br />ナンシーはロレーヌ公国の首都として栄えた。18世紀、ロレーヌ公の地位にあったポーランド王スタニスラス1世のもとで、街の景観が整えられた。現在も街の中心にはスタニスラス広場の名が残されている。 <br /><br />アルザス・ロレーヌと言えば2つの小説が思い出される。アルフォンス・ドーデの「最後の授業」とヴェルコール「海の沈黙」である。 <br />「最後の授業」は1873年に出版された「月曜物語」の第1編、普仏戦争でフランスが負けたため、アルザスはプロイセン王国(ドイツ帝国)領エルザスになって、フランス語の授業が禁止となり、アメル先生もこの学校を辞めなければならないことになった。これがフランス語の最後の授業だと語り、普段は熱の入らなかった生徒も大人も授業に熱心に耳を傾ける。終業のラッパが鳴ると、先生は挨拶をしようにも言葉が出ず、黒板に「Vive La France!(フランス万歳!)」と書いて、無言のまま最後の授業を終える。 <br />しかし「最後の授業」には普仏戦争時のフランス人の意識を高揚させるための誇張が隠されている。アルザスの生徒達はドイツ系のアルザス語が母語であるため、フランス語を学校で習わなければならない状態であった。アメル先生はアルザス人に対し、フランス語を「自分たちのことば」ないし「国語」として押しつける立場にあったものであり、本小説においてはこの点が隠蔽されている訳である。 <br /><br />「最後の授業」に対し、いわゆるレジスタンス文学の代表作であるヴェルコールの「海の沈黙」は、ナチスのパリ侵攻の時代、もう少しリアルであり生々しい。 <br />ナチス・ドイツ占領下の1941年の冬、一人のドイツ軍青年将校が現れ、2階の部屋を借りにやってくる。ヴェルナー・フォン・エブレナック(Werner von Ebrennac、明らかにドイツ系でない)と名乗る将校は、敵国の将校に対して「海の沈黙」をもって抵抗の態度を示す伯父と姪の二人に対して、正確なフランス語で、「私は祖国を愛する人を尊敬している」と礼儀正しく一人語り続ける。将校は、戦地で片足を負傷していた。 <br />私の大好きな一節を原文(河野興一訳)のまま紹介する。 <br />『イギリスと言えば直ぐシェークスピアを考える。イタリアならダンテ、スペインならセルヴァンテス、それから我々なら、いきなりゲーテ。その次はと言うと考えなければ出ません。じゃあフランスは、と言えば、さあ誰が直ぐと浮かびます?モリエール?ラシーヌ?ユーゴー?ヴォルテール?ラブレ?それとも他に誰か?みんな推し合っています。芝居の入り口のようです。誰を真っ先に入れていいかわかりません。 <br />しかし音楽となると、そりゃあ私達の国です。バッハ、ヘンデル、ベートーヴェン、ヴァグネル、モーツァルト…、どの名が初めに出ますか?』 <br /><br />その後も、将校は、彼自身がもともと作曲家であること、フランスの民話『美女と野獣』の話、バッハに対する敬愛、シャルトル大聖堂を攻撃した話、元フィアンセと破談になったエピソード、『マクベス』の物語など、さまざまな話を連日のように話すが、話の内容はどれもドイツとフランスの融合を願い、同時に自らを目の前の二人に受け入れてもらうことを願っているかのようだった。 <br />春になり、パリへの2週間の休暇が許された将校は、以前から憧れていたパリに出かけ、ナチスドイツの正体を知るようになる。絶望した彼は、二人に別れを告げ、戦地へと発って行く。 <br /><br />もう少し時間的な余裕ができたら、アルザス・ロレーヌを時間をかけて歩いてみたい。美しい風景とともに、忘れてはならない歴史の舞台となった地域だからだ。 <br />

アルザス・ロレーヌ:「最後の授業」と「海の沈黙」

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2002/04/29 - 2002/05/02

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ハンク

ハンクさん

パリ滞在中の4月の週末、フランス・ドイツの国境の2州、アルザス・ロレーヌを訪れた。ベルリンでベルリンフィル/ラットルの第九を聴いた日の夜行列車でパリに戻る途中、アルザス州の州都ストラスブールとロレーヌ州の州都ナンシーで下車した。いずれの街もユネスコ世界遺産に登録されている。私はドイツもフランスも同じぐらい好きだが、その両国が領土争いを繰り広げた地域として見逃すことはできない。

ストラスブール訪問は2回目、フランスとドイツの両方の文化が融合した美しい街だ。かつてはドイツの神聖ローマ帝国に属したが、近世初頭にドイツの混乱に乗じてフランスが侵略して併合する。以降、ドイツとフランスが領有権を争った。言語や文化の上ではドイツ系であるといえるが、1944年以降フランスに属し、州、都市名もフランス語となった。現在はEUの本部、欧州議会が置かれ、欧州統合の象徴となっている。1994年より非常に斬新なデザインのトラムが導入され、都心の景観整備などトラム導入を軸とした都心再開発で名高い。2007年にTGV東ヨーロッパ線が開業、パリとは2時間20分で結ばれた。

ナンシーはロレーヌ公国の首都として栄えた。18世紀、ロレーヌ公の地位にあったポーランド王スタニスラス1世のもとで、街の景観が整えられた。現在も街の中心にはスタニスラス広場の名が残されている。

アルザス・ロレーヌと言えば2つの小説が思い出される。アルフォンス・ドーデの「最後の授業」とヴェルコール「海の沈黙」である。
「最後の授業」は1873年に出版された「月曜物語」の第1編、普仏戦争でフランスが負けたため、アルザスはプロイセン王国(ドイツ帝国)領エルザスになって、フランス語の授業が禁止となり、アメル先生もこの学校を辞めなければならないことになった。これがフランス語の最後の授業だと語り、普段は熱の入らなかった生徒も大人も授業に熱心に耳を傾ける。終業のラッパが鳴ると、先生は挨拶をしようにも言葉が出ず、黒板に「Vive La France!(フランス万歳!)」と書いて、無言のまま最後の授業を終える。
しかし「最後の授業」には普仏戦争時のフランス人の意識を高揚させるための誇張が隠されている。アルザスの生徒達はドイツ系のアルザス語が母語であるため、フランス語を学校で習わなければならない状態であった。アメル先生はアルザス人に対し、フランス語を「自分たちのことば」ないし「国語」として押しつける立場にあったものであり、本小説においてはこの点が隠蔽されている訳である。

「最後の授業」に対し、いわゆるレジスタンス文学の代表作であるヴェルコールの「海の沈黙」は、ナチスのパリ侵攻の時代、もう少しリアルであり生々しい。
ナチス・ドイツ占領下の1941年の冬、一人のドイツ軍青年将校が現れ、2階の部屋を借りにやってくる。ヴェルナー・フォン・エブレナック(Werner von Ebrennac、明らかにドイツ系でない)と名乗る将校は、敵国の将校に対して「海の沈黙」をもって抵抗の態度を示す伯父と姪の二人に対して、正確なフランス語で、「私は祖国を愛する人を尊敬している」と礼儀正しく一人語り続ける。将校は、戦地で片足を負傷していた。
私の大好きな一節を原文(河野興一訳)のまま紹介する。
『イギリスと言えば直ぐシェークスピアを考える。イタリアならダンテ、スペインならセルヴァンテス、それから我々なら、いきなりゲーテ。その次はと言うと考えなければ出ません。じゃあフランスは、と言えば、さあ誰が直ぐと浮かびます?モリエール?ラシーヌ?ユーゴー?ヴォルテール?ラブレ?それとも他に誰か?みんな推し合っています。芝居の入り口のようです。誰を真っ先に入れていいかわかりません。
しかし音楽となると、そりゃあ私達の国です。バッハ、ヘンデル、ベートーヴェン、ヴァグネル、モーツァルト…、どの名が初めに出ますか?』

その後も、将校は、彼自身がもともと作曲家であること、フランスの民話『美女と野獣』の話、バッハに対する敬愛、シャルトル大聖堂を攻撃した話、元フィアンセと破談になったエピソード、『マクベス』の物語など、さまざまな話を連日のように話すが、話の内容はどれもドイツとフランスの融合を願い、同時に自らを目の前の二人に受け入れてもらうことを願っているかのようだった。
春になり、パリへの2週間の休暇が許された将校は、以前から憧れていたパリに出かけ、ナチスドイツの正体を知るようになる。絶望した彼は、二人に別れを告げ、戦地へと発って行く。

もう少し時間的な余裕ができたら、アルザス・ロレーヌを時間をかけて歩いてみたい。美しい風景とともに、忘れてはならない歴史の舞台となった地域だからだ。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス 飛行機
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配
  • ストラスブール大聖堂

    ストラスブール大聖堂

  • ストラスブールの街並み

    ストラスブールの街並み

  • ナンシーの凱旋門

    ナンシーの凱旋門

  • ナンシー市庁舎とのスタニスラス公像

    ナンシー市庁舎とのスタニスラス公像

  • ナンシーの大聖堂

    ナンシーの大聖堂

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