2010/05/08 - 2010/05/08
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いなごろーさん
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藤の香りを胸いっぱい吸い込んで、思う存分満喫したら後は帰るだけです。
有名なおせんべい屋さんや、生野銀山にも寄り、言葉通り、幸せいっぱい胸いっぱい~な日帰り旅でした。
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車を止めさせてもらった道の駅のお向かいにある農協の野菜売り場でこごみをGET!家でも天ぷらにしてもらおうっと。
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道の駅めぐりその1
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道の駅めぐりその2
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道の駅めぐりその3
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明延鉱山跡です。
明延鉱山(あけのべこうざん)とは、兵庫県養父市大屋町でかつて操業していたスズ、銅、亜鉛、タングステンなどの多品種の非鉄金属鉱脈をもつ鉱山。特にスズは日本一の鉱量を誇っていた。
(ウィキペディアより) -
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ムーセ旧居は、明治4年12月ごろから翌年以降にかけて生野鉱山に建設されたであろう五棟の外国人宿舎のひとつであり、そのうちの一番館(二階建て)と二番館(平屋建て)は、生野鉱山から少し離れた白口にあったものです。後に神子畑に移築されたのが二番館であり、現在のムーセ旧居です。神子畑鉱山の開発にともない、明治20年にこの地に移設され、事務舎、診療所として利用され、これまで、ムーセ旧居の名称で親しまれてきました。
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ムーセ旧居・ムーセハウス写真館
TEL・FAX/079-677-1717
住所/朝来市佐嚢1826番地の1 -
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神子畑鉄橋の看板
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明治のはじめに神子畑鉱山から生野の精錬所への鉱石運搬のための道路が必要となり、神子畑〜生野間の16.2kmに馬車道(鉱山道路・鉱石の道)が建設され、多くの鋳鉄橋がかけられました。
神子畑鋳鉄橋はそのうちの一つで、明治18年、馬車道(鉱山道路・鉱石の道)が神子畑川を横切るときに架けられました。
神子畑〜生野間の馬車道(鉱山道路・鉱石の道)には、当時それぞれ構造の異なる5つの橋が架けられていましたが、現存する鋳鉄橋は、神子畑鋳鉄橋(橋長16mの一連アーチ橋)と羽渕鋳鉄橋(橋長18mの二連アーチ橋)の2つだけとなり、ともに美しい洋式橋の姿を残しています。
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