2010/12/15 - 2010/12/21
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おやゆびひめさん
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十数年ぶりにベトナム・サイゴンとカンボジアのアンコール遺跡群へ行ってきた。 この10年でサイゴンはすっかり変わっていた。 主な交通の足だったシクロは、観光スポットを除いて無くなり、バイクタクシーがとってかわっていた。 そのためサイゴン市内はとてつもない交通混乱状態だった。
寝ながら客待ちをするシクロドライバー、白いアオザイを着て自転車に乗る女子高生、野菜を満載した荷車、天秤棒を担いでサイゴン川の渡し舟に乗る人々など、1998年に見られた旅情溢れる風景は無くなっていた。 私は発展することで失ったこれらに強い郷愁をおぼえた。
一方、カンボジアは観光関連を除いて、経済発展もできず、一部の特権階級だけが豊かになっていた。 郊外では人々は相変わらず椰子の葉で拭いた家に住み、裸足の子どもたちは学校へ行かず物売りや子守りをしていた。 何故、第二次世界大戦後に独立し同じ社会主義国なのに、このような差がベトナムとカンボジアで生じたのか、私は考えた。
ガイドの話によると、ポルポト時代にほとんどの知識人が殺され、多くの人が教育を受けていないため正しい情報が得られず、1993年の第1回総選挙以降も、政権は変わらず、独裁国家のような状態が続いているとのことでした。 豊かな生活を享受するには、国民への教育が重要であることに、今更ながら気づいた旅でした。
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2003年、タイ、チェンコンからラオス、フェイサイへメコン河を渡り入国。 チェンコンの出入国事務所
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南部には1994年にタイ=ラオス友好橋がタイのノーンカーイからラオスへかかり、タイの物資がラオスに流入している。
2011年ノーンカーイのゲートは長いトラックの列があった。 -
1998年のサイゴンには白いアオザイを着た女高生がいたけど、2011年はまったくいなくなっていた。《写真はビデオ撮影》
自転車の代わりにバイクと自動車が道いっぱいで渡ることもできない。 -
1998年サイゴン川で渡し舟を使う人《写真はビデオ撮影》
今はもうそんな風景は無い。さみしいよぅ〜〜 -
2010年、信じられないほどの渡し場の変化 あの光景はどこへ行ったの?
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ベトナム料理は変わらず旨いけど・・・
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2000年、トンレサップ湖へ行く道は牛馬だった。/カンボディア
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2011年、今も、カンボディアは変わらず貧しい。
社会主義は等しく民を豊かに出来ないようだ。
でも、日本も格差社会だけれど・・・
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