2010/11/06 - 2010/11/06
59位(同エリア1691件中)
エンリケさん
エジプト旅行4日目。
ギザの三大ピラミッドとスフィンクスを見物した後は、ナイル川を渡ってエジプトの首都カイロへ。
トルコのブルーモスクを模して建てられたという壮麗なムハンマド・アリ・モスク、雑多な民族で賑わうハーン・ハリーリのバザール、そしてカイロタワーから眺める美しい夜景。
これまでの超古代の足跡をたどる旅とは違った、大都市カイロならではの観光を満喫することができました。
<旅程表>
2010年
11月3日(水) 成田→関空→
11月4日(木) ドーハ→ルクソール
11月5日(金) ルクソール→(夜行列車)
○11月6日(土) →ギザ、カイロ
11月7日(日) ギザ、カイロ→ドーハ
11月8日(月) ドーハ→関空→成田
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 2.0
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
11月6日(土)
ギザの三大ピラミッドとスフィンクスを見学した後、午後はエジプトの首都カイロへ向かいます。
お昼時のギザ市内は大渋滞でしたが、高速道路に乗ってしまえば一気に飛ばせます。
このままナイル川を渡って東岸のカイロへ。
高速道路では荷台に人を乗せた三輪自動車も走っていたりして・・・。 -
カイロではまず中心部よりやや南に位置するシタデル(城塞)に向かいます。
そこに建っているのは壮麗なムハンマド・アリ・モスク(ガーマ・ムハンマド・アリ)。
途中、こんな切り立った崖の上に建つ家々が見えます。
ガイドによるとこの辺りはかつてピラミッドなどに使う石材を産出した石切り場だったそうで、そのあとがこんな形になっているのだそうです。
カイロは人口700万人、ギザなども含む都市圏では1,100万人の人口を誇る世界でも有数の大都市ですが、郊外を少し走るとこんな荒野の景色が広がっており、砂漠の真ん中のナイルのオアシスに街や人がギュッと詰められているといった印象です。
それでもこんなふうに家を建てて住んでしまうなんて、いくら人口が増えて土地が足りないからといって、こんなところを開拓してしまう人間の力はすごいですね。 -
道路の左側にシタデルにそびえたつムハンマド・アリ・モスクが見えてきました。
このモスクは、エジプトをオスマン・トルコから半ば独立させ、近代化の基礎を築いたアルバニア系の軍人ムハンマド・アリの命で建造が開始され、1857年に完成しました。
イスタンブールのブルーモスク(スルタンアフメット・ジャーミィ)を模して建てられたというこのモスクは、大小いくつもの白いドームと鉛筆形の2本のミナレット(尖塔)が印象的で、とても美しいシルエットをしています。 -
シタデルに到着し、車を降りてムハンマド・アリ・モスクへ。
シタデルはそもそも、アイユーブ朝(1169-1250年)の創始者でイングランドのリチャード1世とも戦ったサラーフッディーン(サラディン)が、対十字軍の拠点として1176年にムカッタムの丘に築いた城塞です。
カイロ市内を一望できる好立地にあるため、その後も政治の中枢として機能し、ムハンマド・アリはここにモスクを築くこととなりました。 -
少し歩いて、ムハンマド・アリ・モスクにたどり着きました。
天を突き刺す2本のミナレット。
ミナレットはほとんどのモスクに付随しているもので、礼拝時刻の告知(アザーン)を行うのに使われます。
イスラム教の建築物をしげしげと眺めるのは1999年のスペイン・アンダルシア紀行以来ですが、キリスト教のカテドラルとはまた違った、静かで均整のとれた魅力があります。 -
入口から中に入ります。
靴を脱いではだし(靴下)になります。
入口脇に座っているひとがいますが、特にバクシーシ(喜捨)はなしです。 -
まずは中庭から。
床はピカピカで、柱や壁面にはアラバスター(白色の鉱物)を使用しており、とても美しいという印象です。
この印象的なアラバスターから、別名アラバスター・モスクとも呼ばれるそうです。 -
上を見上げると、青い空に鉛筆状のオスマン様式の尖塔が映えています。
-
中庭の中央にはマイダアー(清めの泉)があり、もともとはモスクに入る前に体を浄めるための水が貯めてあったのだそうですが(両手、口、顔、右腕、左腕、髪、足の順に清めるのだそうです。)今は故障して使えず、外にある新しいマイダアーを使用しているのだそうです。
そして奥にはムハンマド・アリがルクソール神殿のオベリスクをフランスに贈ったお礼としてフランス王ルイ・フィリップから贈られた時計が見えます(エジプト紀行(3)参照)。
今は故障してしまって動いておらず、ガイドによると、エジプト人は皆オベリスクを贈らなければよかったと思っているんだとか。 -
続いてドームの中へ。
すでに国内外からの多くの観光客でいっぱいです。
天井は高く、吊り下げられた巨大なシャンデリアや円を描くたくさんのランプなど、壮麗な空間に圧倒されます。 -
こちら側もこんなに観光客がたくさん。
みんな座ってゆっくりくつろいだり、立ち尽くしていたりと、思い思いの格好で壮麗な内装を眺めたり写真を撮ったりしています。
エジプトは古代遺跡の内部や博物館内は写真撮影が禁じられているのに、意外にもイスラム教建築についてはドーム内も含め写真撮影は自由。
ここでもかなりの写真を撮りまくってしまいました。 -
天井にはこんな細密紋様がほどこされ、金色に輝いており、豪華。
四隅の円の中のアラビア語はイスラム教の聖典コーランの一節を表しているそうです。
その文字は芸術性さえ感じられ、まさにアラビア世界の“書道”ですね。
ちなみにイスラム教では偶像崇拝が禁じられており、モスクには偶像をまつる代わりに細密紋様や文字が飾られ、こちらの方の芸術性が進化していったものと考えられます。 -
壁の一角にはミフラーブとミンバルが設けられています。
ミフラーブとは、イスラム教の聖地メッカ(教祖ムハンマドの生誕地)のカーバ神殿の方向を示すアーチ状のくぼみで、その右側にあるミンバル(金曜の集団礼拝で使用される説教壇)と通常セットになってすべてのモスクで設けられています。
このときも実際にカーバに向かってお祈りをしている人がいました。 -
ドーム内を満喫して外に出てきました。
頭上には青空が広がっていて少々暑いですが気持ちのよい天気です。
青空をバックに天に向かってそびえるムハンマド・アリ・モスクの姿もまた壮観。 -
モスクのわきはテラスになっていて、シタデルの高台からカイロの街並みを見渡せます。
向こうには高層ビルも見えますが、シタデル周辺は土色のエジプトらしい街並みが広がっています。 -
左の方向には静謐な中庭と回廊を持つ9世紀の古いモスク、ガーマ・アフマド・イブン・トゥールーンも見えます。
(この翌日に訪れる予定)
このモスクは初期アラブ型の螺旋形のミナレットを持っていて、現存するのはイラク・サーマッラーのムタワッキル・モスクなど3例のみとのこと。
参考〜“世界のイスラーム建築”(深見奈緒子著、講談社現代新書) -
そして右手にはガーマ・スルタン・ハサン(左)とガーマ・リファーイー(右)。
ムハンマド・アリ・モスクの鉛筆状のミナレットと違い、こちらは中世エジプト形の分節形(多層のバルコニーで分節し、頂部に宝珠を戴く)のミナレットを有しています。
こうして多様なモスクを見ていると、イスラム建築にはまってしまいます(笑)。 -
ムハンマド・アリ・モスクを別の側面からパチリ。
重厚感あふれる大モスクです。 -
シタデルの一角には軍事博物館や警察博物館もあり、この日は休日で子どもを中心とした多くの地元の観光客で賑わっていました。
1時間ほど壮麗なムハンマド・アリ・モスクと土色のカイロの大パノラマを満喫し、次の目的地、考古学博物館へと移動です。 -
車での移動途中、渋滞の中、イスラム地区でこんな露店市場を発見。
カイロは高層ホテルや大規模なショッピングセンターも立地している近代的な大都市ですが、小さな路地の一角にはまだまだこんな昔ながらの一面もあります。 -
渋滞の中、ようやくカイロ新市街の中心、タフリール広場の近くまでやってきました。
ここには珍しく(笑)信号があります。
カイロは広い割に地下鉄など公共交通の整備が不十分で、車での移動が中心になってしまうので、どうしても渋滞が激しくなってしまいます。
向こうにはカイロタワーも見えます。 -
タフリール広場のすぐ近くにある考古学博物館に到着です。
右端の女性は母娘でしょうか、友人同士でしょうか、スカーフをしていると年齢不詳に見えてしまいます。
エジプトはイスラム世界の中でも比較的戒律がゆるく、若い女性はスカーフやロングスカートで全身を覆ってはいるものの、ヴィヴィッドでタイトな服を着て体の線をささやかながら出したりしている人もいて、けっこうセクシーです。
文明の十字路で混血も進んでいるのでしょう、目鼻立ちもくっきりした美人が多く、さすがクレオパトラを輩出した国だなと感じました。
さて、博物館内部は撮影禁止で、カメラは窓口に預けなければなりません。
展示品は、写実的な書記座像やカ・アペル像(村長の像)、小さなクフ王座像、力強いカフラ王座像、女性的な体つきのセクシーな宗教改革王アメンホテプ4世像、きんきらきんのツタンカーメンの黄金のマスクや玉座など、素晴らしいものばかりでした。
さらに別料金(100£E=1,500円)のミイラ室ではラメセス2世やハトシェプスト女王などのミイラもおがめ、時空を超えてあり続けるその姿に圧倒されました。
つくづく撮影禁止だったのが惜しまれます。 -
15時30分、考古学博物館の見物が終わり、本来であればギザのホテルに戻される予定だったのですが、もう少しカイロ観光をしたいとガイドに伝え、カイロ一の大バザール、ハーン・ハリーリまで連れて行ってもらうことにしました。
ガイドブックによるとハーン・ハリーリは日曜はお休みとのことで、何としても今日(土曜)のうちに行っておかなければ。
やはり渋滞の中、16時にハーン・ハリーリ手前のタクシー乗車場に到着。
ここでガイドと運転手とはお別れ。
ルクソールのガイドと比べ、まさに天と地ほどの差で、詳細なガイドや撮影、両替等の気遣いをしてもらい、とても楽しい時間を過ごすことができました。
これならチップも全然惜しくありません。ルクソールのガイドと同じでごめんねと思いつつ10ドルずつ渡して別れを告げました。
さて、これから自由行動。
写真に見えているミナレットはガーマ・ホセインのもので、その左側に迷路のようなみやげ物屋街があります。
横断歩道はなく、地下道を通って向こう側に渡ります。 -
地下道入口正面にはガーマ・アズハルの分節形ミナレットがそびえていました。
夕日を浴びて赤茶色に輝いています。
ガーマ・アズハルはファーティマ朝時代(909-1171年)の970年、将軍ゴウハルにより創建され、988年にはファーティマ朝第4代カリフ・ムイッズにより付属のマドラサ(高等教育施設)が建設されました。
このマドラサが現代まで続くイスラム世界最古の大学、アズハル大学(アル・アズハル大学)となったのです。 -
ガーマ・アズハルの周辺にもたくさんのおみやげ屋が店を構えています。
ただ、ハーン・ハリーリとは通りを一つ隔てているせいか、それほど活気はありません。
ちなみに、ガーマ・アズハルの創建者であるファーティマ朝(チュニジアで成立)のゴウハル将軍は、969年にエジプトを征服した後、この辺りを東西約0.9km、南北約1.2kmの城壁で囲み、当時のカリフ・ムイッズの名をとって、“マディーニト・イル・カーヘラ・ムイッズィー”(ムイッズの勝利の町)という城塞都市を建設しました。
これが現在のカイロのイスラム地区の中心で、“カーヘラ”(勝利者)のイタリア語読み“カイロ”が、城壁の外も含めたこの町全体を表す都市名として定着していくことになります。 -
地下道を渡ってハーン・ハリーリ側へ。
ここから見えるガーマ・アズハルとその隣のガーマ・アブル・ダハブ(オスマン・トルコ時代の1774年に建設)も壮観です。
“アブル・タバブ”とはお金持ちという意味で、ミナレットもまた四角形の独特の様式を備えています。 -
少し歩いてガーマ・ホセインへやってきました。
現在の建物は鉛筆状のオスマン・トルコ様式のミナレットを持つ19世紀のものですが、もともとは12世紀のシーア派(第4代カリフでムハンマドの娘ファーティマの婿だったアリを真の指導者とする一派)であるファーティマ朝時代に、アリとファーティマの次男ホセイン(その末裔がファーティマ朝のカリフ)にちなんで建てられたものだそうです。
ガーマ(モスク)の周りは広場になっていて、涼しげな夕べを楽しむたくさんの地元の人々や観光客で賑わっています。 -
ガーマ・ホセインの隣は欧米調のオープンカフェになっていて、アズハル通りを隔てたガーマ・アブル・ダハブもこんなふうに見えます。
なんとなくトルコチックな雰囲気? -
ガーマ・ホセインを前に井戸端会議の女性。
どこの国でもこういうのは同じですね(笑)。
ちなみにガーマ・ホセインの前に立っている巨大な鉛筆のようなものは、日射しが強いときは傘のように開いて日陰をつくってくれるそうです。 -
ハーン・ハリーリを散策です。
狭い迷路のような小道におみやげ屋が軒を連ね、“コンニチワ”、“ニーハオ”とか“ヤスクスルヨー”とか(笑)、声をかけられっぱなしです。
ちょっと目をつけた若いお兄さんがいる店で、MADE IN EGYPTのカップとポーチを買いました。
日本の電化製品は壊れないから日本人は好きとか、いろいろとおだて話をしているうちにどんどん安くしてくれ、最終的に28£E(420円)まで下げてくれました。
ここでもおつりがないと言うと、25£E(375円)でいいということになりました。
価格交渉だけでなく、日常の会話も楽しめ、エジプト人の人柄や生活の感覚も知ることができて本当におもしろかったです。
ルクソールと違って商品を押しつけてこないので安心できます。
都会チックな現地の人との会話を楽しめるという意味でも、ハーン・ハリーリのバザールは本当におすすめです。 -
ハーン・ハリーリの雰囲気を楽しんでいたらあっという間に1時間もたってしまい、気付いたら17時30分。
いつの間にか辺りは暗くなっていました。
ガーマ・ホセインもライトアップされていき、行き交う人もどんどん増えているようです。 -
みやげ物屋はこんなに混雑。
遠くからはツーリストポリスが見守っており、自分も、おみやげを地面に置いて撮影していたら“これは何だ”と尋ねられました。
ハーン・ハリーリのフセイン広場では2009年2月に爆弾テロ事件が発生し、フランス人観光客1人が死亡したほか外国人を含む約20人が負傷するなどしていますが、テロに対する警戒も厳重になってきているようです。
【外務省:海外安全ホームページ〜エジプト】
http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=94#header -
ガーマ・ホセインのライトアップの光は緑色っぽく見えます。
教祖ムハンマドのターバンが緑色だったこと、また砂漠気候においては緑は植物=生命を象徴することから、イスラム教では緑色は神聖な色とされており、ライトアップの光もこれにのっとったものなのでしょう。 -
次はカイロタワーから夜景でも見ようかと考え、タクシーを拾おうとアズハル通りに出ると、ガーマ・アズハルとガーマ・アブル・ダハブもライトアップされていました。
闇に浮かぶその姿はなかなか壮観です。
さて、タクシーを呼び止め、地球の歩き方に載っている値段の目安を頼りに“カイロタワーまで20£E(300円)”と交渉してみますが、“渋滞だからそんなんじゃダメだ、30£E(450円)じゃないとダメだ”と断られます。
仕方なく次のタクシーをつかまえようとしましたが、この時間帯は乗車競争がはげしく、なかなか次のタクシーがつかまりません。
ようやく次のタクシーをつかまえると、“カイロタワーは知らない”と言われてしまいます。
“それならタフリール広場まででいい”といい、30£Eで乗せてもらうことにしました。 -
渋滞の中タクシーの外を眺めると、通りや広場は若者をはじめ大勢の人々でにぎわっており、カイロは都市圏人口1,000万人を超える世界の大都市だな〜と改めてそのパワーに感じ入りました。
タクシーがタフリール広場まで来たとき、ドライバーがカイロタワーに気づき、そこまで送ってくれました。
その結果、こちらも上乗せしないわけにはいかないので、10£Eプラスして40£Eを支払うと、ドライバーが“チップは?”と聞いてきます。
もうないと言って要求を無視して立ち去ると、ドライバーもそれ以上追及してこず、車で走り去って行きました。・・・まったく。
もしかして最初にカイロタワーを知らないと言ったのはタクシー代を釣り上げるための作戦だったのかもしれません・・・。 -
タワーの敷地の床はピカピカで、きれいな雰囲気です。
チケット売り場で入場料70£E(1,050円)を払ってタワーの中へ。
エレベーターで昇っていきますが、レストランのある途中の階どまりで、その上へは階段であがります。
ちょっと非効率な感じが。しかもエレベーターは1基しかありません。
この日はシーズンオフだからか、それほど客はいませんでしたが、混んでいる日はエレベーター待ちがたいへんでしょうね。 -
階段を昇って高さ187mの屋上までやってきました。
外に出ると・・・ライトアップされた美しいカイロの夜景が眼下に広がります。
カイロタワーはナイル川の中州であるゲズィーラ島にあり、西側にはラムセスヒルトンホテルなどの高層ビル群のほか、ナイル川や停泊するクルーズ船、そして車がひっきりなしに走るタフリール橋が見えます。
こんな交通量の多い橋ではロードローラー作戦はムリですね(笑)。
(またジョジョネタですみません。) -
南側には二つに分かれる前の太いナイル川やライトアップされた現代美術館が。
ナイル川に突き出た高級ホテル“ソフィテル・エル・ゲズィーラ”も見えます。
タワーの頂上ではまた、何組もの地元カップルが適度な距離をとりあって思い思いの時を過ごしていました。
お邪魔にならないうちに退散します。 -
せっかくナイル川沿いに来たので、スーフィーダンスやベリーダンスショーも楽しめるクルーズ船に乗ろうと、某ガイドブックにもあるナイル・マキシム(Nile Maxim)へ。
カイロタワーからだと近いようで遠く、15分ほど歩いて到着。
途中はお店もなく人通りが少ない寂しい道だったので、不安な方はタクシーを利用した方がいいかもしれません。
わたしはタクシーにぼられるのが嫌で歩いてしまいましたが。。 -
19時20分、特に予約せずにぶらりと訪れたのですが、受付の方に歓迎され、中に入れてもらえました。
クルーズが始まるのは20時15分からでしたが、それまでメインデッシュとヴァイキング形式のサラダがふるまわれ(セット料金で300£E=4,500円)、ショーが始まるのを待ちます。
ここでエジプト産のステラ・ビール(別料金で46£E=690円)も注文。この旅最初で最後のビールになりました。
やっぱり旅先でのビールは最高!今まで飲む機会がなかった分、一気に気持ちよくなってきます。
船内も次第にいろいろな民族が集まり満席になってきました。 -
20時15分、船は岸を離れ、クルーズが始まりました。
窓の外では別のクルーズ船やカイロタワーが見えます。
船はゆっくりとナイル川を進んでいきます。 -
クルーズにあわせてショーも始まりました。
まずはスーフィーダンス、俗称タンヌーラと呼ばれるエジプト独特の踊りから。
大きなスカートをはいた男の踊り手が数十分間同一方向にくるくると回り続ける不思議な踊りです。
もともとはスーフィーというイスラム神秘主義の団体が精神修行のために行っていたもので、回転を続けて一種のハイな状態になることで神との交流を図るというものらしいです。
ちなみに、“スーフィー”という言葉は、“羊毛(スーフ)のぼろ着をまとって修行に励む人”ということから来ているようです。 -
踊り手は本当に20分以上もまわり続けています。
見ているとこちらが気持ち悪くなってしまいそうです。
途中、照明が消され、スカートを頭を包むように捲くしあげ、全身に付着していたライトを発光させながらまわっていったりもします。
まわっているのを見続けて気持ちが悪くなり出したころにこんなサプライズがあり、観客も拍手拍手。
こんなにまわっていては、終わった時に倒れこんでしまいそうなものですが、ショーが終わると倒れずに普通に去っていきます。
きっと修行の成果なのでしょう(笑)。 -
続いて少し間を置いてベリーダンスが始まりました。
ちょっと胸を加工していそうな(?)グラマラスな金髪美女が出てきて、途中一度のお色直しを挟みつつ約30分間の激しいダンスを披露してくれました。
ダンサーよりも観客の反応がおもしろく、アメリカ人ぽい人は陽気にダンサーに近づいて写真やビデオを撮ったりしていたのですが、現地(?)のアラブ系の男性はむっつりして黙ってダンスを眺めているだけ。
ほかにスカーフを巻いた現地の女性たちが興味深そうにじっと見つめているのが印象的でした。 -
21時30分、約1時間のクルーズが終わり、クルーズ船をあとにします。
ほろ酔い気分になり、まだホテルに帰るのはもったいないと思い、ゲズィーラ島北部の大使館が並ぶ高級住宅街を散策。
車の隙をみて大通りを渡り、水やおみやげなどを買いにこの辺りにあるというAlfa Marketという24時間営業のスーパーマーケットを探しますがなかなか見つからず・・・。
途中コンビニがあったので、そこで買い物を済ませることにしました。
ここでは商品に定価が書かれ、値段交渉の余地がないので店員のおにいさん二人組も猫のようにおとなしく、心の中で苦笑してしまいました(笑)。
結果、今まで値段交渉してきたよりも安い価格で買い物ができ、やはり高めで買わされてたんだなあと改めて認識しました。
ただ、これじゃあエジプトじゃないよなと交渉を懐かしがってみたり(笑)。
この後エジプトポンドが少なくなってきたので翌日に備え両替などもしてぶらぶらしていましたが、23時近くなってきたのでタクシーをつかまえてギザのホテルに戻ることに。
昼間お世話になったガイドがアラビア語でホテルの名前を書き残してくれていたので、タクシードライバーにすぐに伝わりました。
ゲズィーラ島からギザのホテルまでは15km超でしたが、50£E(750円)で交渉成立。ぼったくられていようが日本に比べれば格安のタクシー料金です。
タクシーのドライバーは走行中、タバコはどうだとか、日本は好きだとか、深夜営業だから家で子どもたちになかなか会えないんだとかいろいろと話しかけてきて、フレンドリーな様子を見せます。
こちらもいろいろと現地のこととか聞いて会話がはずみましたが、30分ほどでホテルに着き約束の50£Eを払うと、手のひら返したように“チップは?”と聞いてきます。
フレンドリーな様子を装ったのもこのためだったのか・・・と思いつつ、“もうお金はない”と無視して去りました。
やれやれだぜ・・・。
→TO BE CONTINUED...
(カイロ観光2日目に続く。)
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この旅行記へのコメント (3)
-
- waterlilyさん 2011/02/20 23:35:04
- おめでとうございます!
- エンリケさん、
本日の一枚、おめでとうございます☆
やはりエンリケさんのお写真はとっても素敵〜!!
今大変な情勢になっているエジプトですが、エンリケさんはぎりぎりで安全な時期に行けて良かったですね。
エジプトは今後どうなって行くのでしょう。
早く情勢が落ち着いて、平和にエジプト観光が出来るような時が来ると良いですね。
- エンリケさん からの返信 2011/02/20 23:56:26
- RE: おめでとうございます!
- waterlilyさん
いつもご訪問ありがとうございます。
今日はやけに投票が多いと思ったら、わたしの写真が“本日の一枚”とやらに選ばれているんですか??
本日の一枚はどうやったら見られるのでしょう??
実は4travelの機能をあまり使いこなせていないもので・・・。
エジプトは本当にいい時期に行けました。
エジプト人は観光客をボッタくったりチップを強要したりしますが、暴力的なことは一切見かけなかったのに、まさかあんな事態になるとは。
にこやかな顔を見せながら水面下では相当の不満がたまっていて、ちょっとしたきっかけであのようになってしまうのかと、改めて人々のパワーに感じ入りました。
我が国もひとごとでないのかもしれません・・・。
チュニジアやイエメン、リビアなどもそうですが、早く政情が安定して、平和に観光ができる日を祈るばかりです。
- waterlilyさん からの返信 2011/02/21 11:31:53
- RE: RE: おめでとうございます!
- 私も未だに4トラベルのことがよく解っていなくて、その殆ど、9割くらいは活用していないと思われるですが、今、探してみましたところ、
マイページの左下の方の「配信メール管理」欄の「メールマガジン」をクリックしますと上から3つ目に「新着お知らせメール(全体)」というメルマガ名があって、その「配信を再開する」をクリックすると配信停止中が変更になって配信されるのでは?と思います。
そのメルマガの中で、昨日はエンリケさんのモスクの天井のお写真が選ばれていたんですよ。
エンリケさんのお名前を見つけて嬉しくなってしまいました(^^)
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