2006/11/11 - 2006/11/11
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kotetsupatapataさん
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以前住んでいた信州の備忘録です
信州も11月の中旬になると里にも紅葉が下りてきます。
紅葉巡りの終盤戦 今回訪れたのは「信州の鎌倉」
とも呼ばれている塩田平・別所温泉です。
-
いきなりですが蕎麦屋からです。
信州には美味しい蕎麦屋が沢山ありますが、
今回訪れたのは上田市の別所温泉近くにある
「美田村」という店です。
土曜日でしたので、外にまで順番待ちの人が並んで
いました。
ちなみにこの店、「お子様お断り」という張り紙が
他にも店内にいろいろ注意書き等あって、ちょっと(>_<) -
肝心の蕎麦でございます。田舎ざる蕎麦を頼みました。
美味しいですよ〜(^。^)y-.。o○
でも蕎麦って高いですよね〜
量は大人の男性にはすくないのに(>_<)
こちらも大変美味しかったのですが、
ざる1枚で1200円でした。
う〜ん(*_*)そう度々は食べられないですよ -
別所温泉駅です。
公共の交通機関だと、上田駅から上田電鉄というローカル
線に乗り終点下車です。
片道11.6?でおよそ30分の列車の旅です。
ご多分に洩れず赤字続きで存続が危ぶまれていますが、
何とか頑張って欲しいものです。
写真の列車は昭和61年までここの路線を走っていた「丸窓
電車」を模した「まるまどりーむ号」です。
昔は東京の東急線で走っていたお古を払い受けされた
ものです。 -
こちらがその「丸窓電車」です。
今はここ別所温泉駅に保管・・・というか
放置されています。 結構ボロボロ(>_<)
何とかしてやれよ〜(怒) -
☆北向観音堂☆
北向観音常楽寺は825 年(天長2年)三楽寺(安楽寺・常楽寺・長楽寺)の一寺として慈覚大師円仁により開創されました。969年(安和2年)平維茂が一山を修理し三楽堂、四院、六十坊を増築したと伝えられます。1182年(寿永元年)木曽義仲の戦乱により焼失し、安楽寺の八角三重塔、常楽寺の石造多宝塔を残すのみとなり、その後、建長年間に復興され現在に至っています。
北向観音堂本尊は千手観音菩薩。御堂が北に向いていることから通称北向観音と呼ばれる。御本堂が北に向いてるのは、観音様の「北斗星が世界の、よりどころとなるよう我も又一切民衆のよりどころとなって済度をなさん」という、お告げによるものだそうです。善光寺と向き合っているので、「裏善光寺」とも呼ばれ、南向の長野の善光寺に詣り「未来往生来世の利益」を 願い、北向観音に詣り「現世の利益」を祈願します。「片方だけでは片詣り」になるとされています。 -
★安楽寺★
伝承では天平年間(729 - 749年)、行基の建立とも言い、平安時代の天長年間(824 - 834年)の創立とも言うが、鎌倉時代以前の歴史は判然としない。
安楽寺の存在が歴史的に裏付けられるのは、鎌倉時代、実質的な開山である樵谷惟仙(しょうこくいせん)が住してからである。樵谷惟仙は、信濃出身の臨済宗の僧で、生没年ははっきりしないが、13世紀半ばに宋に留学し、著名な禅僧の蘭渓道隆(鎌倉建長寺開山)が来日するのと同じ船で寛元4年(1246年)、日本へ帰国したという。2世住職の恵仁は宋の人で、やはり樵谷惟仙が日本へ帰国するのと同じ船で来日した。
鎌倉時代の安楽寺は北条氏の庇護を得て栄えたが、室町時代以降衰退し、古い建物は八角三重塔を残すのみである。室町時代、天正8年(1580年)頃、高山順京(こうざんじゅんきょう)によって再興され、以後曹洞宗寺院となっている。 -
★安楽寺★
国宝に指定されている「安楽寺八角三重塔」です。
全高(頂上から礎石上端まで)18.75メートル。構造形式は八角三重塔婆、初重裳階(もこし)付、こけら葺である。(四重塔にも見えるが一番下の屋根はひさしに相当する裳階(もこし)である。)この塔は日本に現存する唯一の八角塔であるとともに、全体が禅宗様で造られた仏塔としても稀有の存在である。
ちなみに当長野県には国宝に指定されている建造物が5か所あります。
・善光寺(長野市)
・松本城(松本市)
・仁科神明宮(大町市)
・大法寺三重塔(青木村)
とこちら安楽寺八角三重塔です。 -
別所温泉のあるこの辺りは塩田平(長野では俗に言う盆地の事を“平”と言います)といい、別名「信州の鎌倉」とも呼ばれています。
1227年に鎌倉北條氏の一族である北條義政は、出家して「塩田庄」の独鈷山のふもとに居館を構え、それから北條氏の滅亡まで三代五十七年間にわたりこの地域を治めていました。この時代に、塩田地域には北條氏の庇護のもとに仏教文化が栄え、現在でも数多くのお寺や仏像が、穏やかな自然のなかに佇んでいます。 -
☆常楽寺☆
常楽寺は、別所温泉にある天台宗の古いお寺で、常楽・安楽・長楽という「別所三楽寺」の一つです。平安時代のはじめ624〜834(天長年間)、慈覚大師という方によって開かれ、その後塩田北条氏や海野氏が建て直したといわれています。有名な別所北向観音をお守りする寺で、今は天台宗の別格本山となっています。鎌倉時代に塩田地方は「信州の学海」と呼ばれていたのですが、この常楽寺もその頃、宗教・学問を勉強する場所であったようです。 -
☆常楽寺宿造多宝塔☆
多宝塔というのは、上下二重の屋根がある塔です。下の屋根の上に饅頭形という丸いふくらみがあって、その上にまるい塔身があり、二つの屋根がその上にのっています。
なお、その上に相輪という柱のようなものが立っています。この多宝塔には木造のものと石造のものがあって、木造のものでは重要文化財になっているものがいくつもあります。しかし、石造で重要文化財のものは、常楽寺のこの塔の外には滋賀県にある塔だけです。 -
★中禅寺★
-
★中禅寺薬師堂(国指定重要文化財)★
信州最古の木造建造物で、鎌倉時代初期の建立と言われています。
茅葺き屋根のどっしりとした造りが、鎌倉時代初期の阿弥陀堂の様式を伝えているそうです。 -
★無言館★
正確には「戦没画学生慰霊美術館 無言館」といい、
その名の通り、太平洋戦争に出征して志半ばで亡くなった画学生達の絵画や作品、愛用品や遺品が展示されています。
全く無名の作品ばかりですが、圧倒的な迫力があり、美術に全く興味がない小生のような者でも心が打たれます。 -
☆生島足島神社☆
(いくしまたるしまじんじゃ)と読みます。
生島大神・足島大神の二神を祀る。生島大神は生みの神、足島大神は満たす(足る)神とされる。社伝では、御名方命が出雲から当地へ下って来た時、両神が粥を奉仕したとあり、この伝承の通りであればこの地方の地主神と考えられる。しかし、宮中で奉斎される二十二座の中に同じ名前の二神があり、信濃国造の多氏らが国魂の神として勧請したものとみられている。
平安時代初期の大同元年(806年)には時の平城天皇の神封戸の寄進があったとされている。 -
☆生島足島神社☆
-
道中にもう1車両丸窓電車が停まっていました。
こちらは先ほどとは大違いで、綺麗に整備されています。
長野計器という会社の前に展示してあり、中に入る事もできます。
内部はちょっとした資料館になってます。
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