1996/05/22 - 1996/05/24
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yasyasさん
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ソフィア・・・・ 華麗なフォ−クロア・郷土料理ケバプチェ・ニセ旅行者との出会い
ドゴ−ル空港で五時間あまりを過ごしやり、やっと搭乗時間を迎える。この便もエ−ル・フランス機で、さすがに日本人乗客は私だけである。定刻より少し遅れて午前十時ごろ出発。隣席には、大きなテレビカメラを持った若い男性と中年女性の二人連れが乗り込む。「テレビ放送関係の方ですか?」と尋ねると、「彼はテレビカメラマンです。」と女性のほうが答える。二人はしきりに仕事のことらしい内容をブルガリア語で話し込んでいる。その間、飲みものや昼食が運ばれ、二時間半の飛行で現地時間の午後二時前ソフィア空港に到着する。
首都ソフィア
ブルガリアの首都ソフィアは、上空から見ると周囲を山で囲まれた盆地の中にある。着陸して誘導路を走る機内の窓から飛び込んできたのは、停止している航空機の傍で銃を肩にした一人の女性兵士が監視している風景である。そのものものしさに、一瞬ドキッとさせられる。それにしても、この空港は意外と殺風景である。それは、「おや、これが首都の空港?」と思うほどタ−ミナルビルなどの空港施設が小さく、しかも、それらがうらぶれた様子を呈しているせいだろうか。経済成長未発展の苦しい国情を伺わせる。
もちろん、エプロンの乗降施設はないのでタラップで地上に降り立ち、そこから歩いてタ−ミナルの入国審査ゲ−トへと向かう。気温二十五度で、歩き出すとすぐに汗がにじむ。屋内も殺風景で、すべてが古びて痛んでいる。入国審査に行列ができているので、その間に横手にある両替所で十ドル分の両替を行う。そして地図を見せながら、「ホテル・ブルガリアへ行くのですが、最寄りのバス停はどこでしょうか?」と尋ねると、「ここならユニベルシテト(ソフィア大学前)で降りるとよい。」と教えてくれる。英語が通じるのだ。
こうしている間に行列はなくなっており、一番どん尻に並ぼうと進んで行くと横のテ−ブルに何やら用紙が無造作に置いてある。「ひょっとしたら出入国カ−ドかな?」と思って覗き込むと、案の定そのカ−ドだ。普通、このカ−ドは着陸前に機内で渡され、そこで記入するのが通例だが、それが渡されないので不思議に思っていたのだ。カ−ドに急ぎ記入し、最後の一人になった私を待っている係官に「ドバル デン(こんにちは)」と声を掛けながらパスポ−トとカ−ドを差し出す。すぐに手続きは終わり、「ブラゴダリア(ありがとう)」といってロビ−の方へ出る。
ホテルへ
ロビ−とはいっても、狭いうらぶれた田舎の待合所みたいな感じである。首都の空港とはいえ、その設備の広さや美しさの点では長崎空港に遠く及ばない。そんな思いで辺りを見回していると、ホテルの案内所が目に留まる。ここなら英語が通じるだろうと、「バスのチケットはどこで買うのですか?」と係に問い掛ける。すると、「バスの中で買えます。」という返事。「おかしいなあ、ガイドブックには車内で買えないと書いてあるのに……。」と、いぶかしがったが、現地の人がいうのだから間違いなかろうと、教えられたバス停のほうへ歩き出す。
玄関から外に出ると、待ち構えていたように数人のタクシ−ドライバ−が駆け寄ってきて、「タクシ−? タクシ−?」としきりに誘い込む。首を横に振りながら誘いの波をくぐり抜けると、向こうのほうに古びたバスが一台止まっている。あれだなと思いながら急ぎ足で近づくと、八十四番の番号表示が目に留まる。ガイドブックにあるとおり、市内行きはこのバスに間違いない。
ここでは空港往復のリムジンバスがないので、この路線バスを利用するしか手がないのだ。そろそろ発車しそうな気配なので走り出すと、あと十メ−トルのところでバスが動き始める。そこで手を挙げて振りながらバスを止め、やっと飛び乗る。この息をはずませながら駆け込んできた東洋系の老人に、小人数の乗客の目が一斉に注がれる。
なんと古びた、ガタピシのポンコツバスなのだろう。もちろん、ク−ラ−はない。だから車内は強い日差しを受けて、サウナのようにムンムンしている。上着を脱いでも汗が止まらない。シ−トに座り、ハンカチで汗を拭いながら窓外の様子を眺めると、空港周辺は荒れたままに放置された未整備の状態で、なんとも殺風景この上ない。市街地が近づくにつれて家並みは多くなってくるが、道路を含めた街並み全体が何かしら薄汚れていて、うらぶれた街といった印象が強い(こういっては失礼なのだが……)。やはり経済力の差なのだろうか。
ブルガリアのこと
ブルガリアの人口は約九〇〇万人。正式国名はブルガリア共和国で、宗教はブルガリア正教が八五%を占める。紀元前五世紀ごろ、この地に初めて定住したのが彼らの祖先トラキア人である。それ以後、ロ−マ帝国、ビザンチン帝国、オスマントルコなどの支配下に涙をのみ、二十世紀初頭になってロシアの手により初めてトルコから独立を手にする。
九世紀末には高僧キリルらによって英語のアルファベットとは異なる独特のキリル文字が発明され、それが現在でも使用されている。第二次大戦ではドイツ側について敗戦、その後はソ連の衛星国として共産党内閣による政治体制がしかれる。八九年、ベルリンの壁崩壊による民主化の波が押し寄せ、九一年には市場経済へ移行する改革が始まった。
だが、商店など中小サ−ビス業の民営化は進んだが、大規模な製造業の民営化は、他の中欧諸国に比べ遅れている。現在、一、五〇〇社以上の国営企業の民営化が計画されているが、銀行の倒産が相次ぐなかで、それに必要な資金は外国からの投資に頼らざるを得ない状況になっているという。ところが金融、電話、道路などのインフラ(社会基盤)の未整備が障害となって、外国からの投資も進んでいない。おまけに、マフィアと呼ばれる地下組織による経済の暗部が、外国資本に二の足を踏ませているという。
例えば、車に何種類かのステッカ−が貼ってある。それは損害保険に加入している印なのだが、この保険に加入しないと、車を盗まれたりこわされたりする被害に遭う頻度が高くなり、保険に入ってステッカ−を貼った途端、被害はなくなるという。それが、裏でマフィアとつながっている証拠だという。(この項、九六年四月二十五日付、朝日新聞記事による。)
また、私が旅行に出発する五月に入って、ブルガリアの通貨不信が拡大、年初の一ドル=七〇レバが一三〇レバ台まで下落した。通貨暴落で、首都ソフィアなどでは預金者が銀行に殺到する騒ぎが起こる始末。国立銀行は基準金利をこの四月に年四九%から六七%に上げたが通貨下落に歯止めがかけられず、五月十日になってそれを一気に一〇八%に引き上げた。なんと、この数値は一年間の預金利子だけで倍以上に増えることを意味する。
同国の通貨危機は、社会党(旧共産党)政権の経済政策が成果を上げず、国際通貨基金が新規の融資や信用供与に難色を示していることが背景にあるという。(この項、九六年五月十一日付、日本経済新聞記事による。) このことは、ドルを持参する私にとっては幸いなことで有難い。それだけドルの交換比率が高まるのだから。ちなみに、私が現地両替所で交換したドルのレ−トは一ドル=一三八レバ、したがって一レバ=〇・七八円となる。
こんなことを考え合わせると、街の様子に輝きがないのは当然のことかも知れない。蒸し風呂のようなバスは、車体をきしませながら市内中心部へと入って行く。目指す停留所も間もなくだろうと思い、近くに立っている女子高生風の二人連れに「カデ ユニベルシテト?(ユニベルシテトはどこですか)」と尋ねると、二人で話し合いながらあちらの方だと指を差す。バスの進行方向と違うので心配になり、バスを指さしながら「ユニベルシテト OK?」と尋ねると、首をかしげてわからない様子。その時、横から上品な婦人が私の肩を叩くので振り向くと、「ツ−・ステ−ション!」と教えてくれる。ここから二つ目の停留所らしい。
その親切な婦人に「ブラゴダリア(ありがとう)」とお礼を述べ、ほっとしながら胸を撫で下ろす。間もなくユニベルシテトに到着、席を立って運転席の方へ移動する。そして「ティケット」といいながら十レバ紙幣を差し出すと、運転手は怪訝な顔をするだけで取り合おうとしない。もう一度促してみるが、やはり取り合わない。
その時、一人の婦人がジャケットを持ってきて運転手に差し出しながら何か話している。運転手はそれを受け取り、運転席の前に無造作に置いている。それは乗客の忘れ物らしい。それをふと見ると、見覚えのある柄ではないか。ハッとしてよく見ると、なんとそれは自分のジャケットなのだ! 暑くて脱いだ上着を座席に置き忘れていたのだ。即座に、運転手に「それは自分のものだ。」と手振りで示すと、上着を渡してくれる。
自分のうかつさと、切符を買えない焦りで狼狽しながら躊躇している間にも、バスはドアを開けて降りるのを待っている。この行き詰まった局面を打開するには下車するしかないと、思い切ってそのまま降りることにする。「ブラゴダリア!」といいながら下車すると、バスは何事もなかったように走り去る。こんなところでタダ乗りとは、なんということをしでかしてしまったのだろう。バス賃わずか十レバ(八円足らず)だというのに……。経済困窮状態にある国で、まさかこんなお世話になろうとは! やはりチケットは車内で買えないのだ。もし、検札官に見つかったら罰金ものだ。
とにかくほっとしながら辺りをみまわすと、空から粉雪のように白いフワフワしたものが通り一面に降り注いでいる。街路樹の“たちやなぎ”の木が花吹雪を降らせているのだ。異国で見る珍しい光景である。目に入らないように気をつけながら、小型バッグ一つを肩に負い、ゆっくりと歩き出す。ホテルのある通りは多分この筋と思うが、確かめなくては無駄足になる。早速、通り掛かった男性に地図を示しながら「ここはオスボボディテル通りですか?」と尋ねると、少し考えながらうなずいてみせる。そこで、ホテル・ブルガリアは知らないかと尋ねると、知らないと首を横に振る。
人通りの少ない昼下がりの通りを少し歩いて行くと、小さな広場に軍服姿の人物の騎馬像が見える。ここで、記念写真第一号を撮る。
そして、出会った紳士にもう一度ここはオスボボディテル通りに間違いないかを確かめる。それを確認して安心しながら、先へどんどん歩み続ける。すると、とある辻の間から金色に輝くド−ムが見える。あれがガイドブックにあるアレクサンドル・ネフスキ−という寺院に違いない。だが、それは場違いなほど豪華な建物に見える。これも写真に収めておこう。
もうホテルの看板が見えるころだがと注意しながら歩くが、なかなかそれらしきものが見えない。ここらで一度確かめてみようと、「カデ ホテルブルガリア?(ホテル・ブルガリアはどこですか)」とビルの前に立っている男性に尋ねると、ここだと指をさして教えてくれる。偶然にもホテルの玄関前に来て尋ねているのだ。我ながら、おかしくなってしまう。それにしても、建物の表にはホテルらしい様子も見られないし、看板も出ていないのだ。後になってよく見ると、玄関前の大きな柱に「ΧOTEL БЬЛГaРИЯ(ホテル ブルガリアと読む)」とキリル文字で書かれているだけなのだ。これでは、分かるはずがない。
とまれ、無事到着して「予約しているムカイですが。」とフロントに申し出ると、台帳を調べて「はい、たまわっております。」といいながら、記入カ−ドを差し出す。これに住所、氏名などを記入して渡すと、パスポ−トも見せてくれという。記入を終えるとキ−だけ渡すので、パスポ−トもくれというと、これは必要だからといって渡してくれない。
「ところで、リラ(国際列車の切符販売所)へ行きたいのだが、場所を教えてくれませんか。ブカレスト行きの切符を買いたいのだが。」と尋ねると、そちらのインフォメ−ションに聞いてくれという。その場所はフロントの向かい側にあり、英語が達者なオバサンといった感じの婦人が座っている。そこで再び尋ねてみると、「リラ」の発音が悪いのかなかなか通じない。
そこで、ガイドブックを取り出し、スペルを見せると、「オゥ リラ」といってわかってくれる。「リ」にかなりの強いアクセントを付けないと通じないのだ。彼女は親切にも地図を書いてくれ、リラに電話した上、ブカレストまでの料金と外貨支払いは不可ということまで聞いてくれる。この切符購入は、ソフィアに着いたら真っ先にやるべき優先事項なのだ。
部屋に案内されて中に入ると、ゆったりした空間にキングサイズのダブルベッドが置かれている。でも、部屋の様子やバスル−ムなどもやや古い感じである。これで一泊七千円(朝食付き)である。やっと旅装を解いてトイレに腰を下ろすと、ぐらっとして倒れそうになる。なんと便器が固定されておらず、ただ床に置いてあるだけなのだ。こんなことは初めてである。トイレットペ−パ−も茶色っぽい厚手の紙でバサバサと使いにくい。こんなところにも、その国の経済情勢が反映しているのだろうか。
リラでチケット購入
一服する間もなく、すぐに地図を持ってリラへ出かける。その前に、隣の両替所で運賃分をマネ−チェンジする。教えられた道を行くと、工事中や放置されたままのガタガタ道で、途中何度か道を尋ねながらリラに到着。歩いて十分とかからない。中に入ると、国際線を取り扱うだけあって、カウンタ−の窓口には「予約」と英語で書かれている。
他の客は一人もおらず、ひっそりとしている。そこで、「日時・ソフィアからブカレストまで・一等寝台の下段を一枚」と英語で書いたメモ紙を差し出しながら、お願いしますと係に渡す。この窓口では英語が通じるので有難い。運賃は二、六〇〇レバ(約二、〇〇〇円)と、かなり安い。これで、ブカレスト行きが確保できて一安心だ。
ホテルへUタ−ンすると、再びインフォメ−ションで「リラの僧院」行きのことについて尋ねてみる。親切な係のオバサンは、ツア−を主催する会社に連絡してみてくれるが、七人以上の人数が揃わないと催行しないという。自分で日帰り旅行ができるだろうかと尋ねると、バスの便が一日二便しかないので、滞在時間を考えるとちょっと無理だろうと頭をかしげる。
この僧院は、十世紀にリラ山の奥深くに開かれたブルガリア正教の総本山で、ユネスコの文化財にも指定された見応え十分のフレスコ画(塗り立てのしっくいの上に描かれた水彩画)で埋め尽くされているという。バスで三時間のところだ。ここはなんとか見たいと思っていたのだが、やはり一人の日帰り旅では無理らしい。交通の便さえ良ければ問題ないのだが……。残念だが、僧院行きは断念することにする。
そこで今度の旅のもう一つの目的、今夜のコンサ−トについて尋ねてみる。すると彼女はすぐに電話で問い合わせてくれ、運よく今夜はオペラハウスで歌劇「セヴィリアの理髪師」があると知らせてくれる。六時半開場、七時開演でチケットはオペラハウスで買えるからという。ノ−ネクタイで入れるかと聞くと、かまわないという。それでは、今夜の予定はオペラ鑑賞といこう。それからもう一つ、明晩のフォ−クロアショウ(民族舞踊のショウ)の予約も頼んでおく。夕方までたっぷり時間があるので、部屋に戻りシャワ−を浴びて仮眠することにする。成田出発以来、時差のためほとんど眠っていないのだ。
オペラ鑑賞
しばしまどろんだ後、そろそろ外出準備にかかる。その前に腹ごしらえをと思い、ホテル一階にあるティ−ル−ムでケ−キ一切れとジュ−スでお腹を満たす。オペラハウスの道順を聞くとすぐ近くだ。「カデ オペラハウス?」と二、三回道を尋ねながら七分ぐらいで劇場に到着。七時半前とあって表玄関はまだ開門されておらず、建物の前には三三五五と集まってきた聴衆が立ち話している。その中に一人ポツンと突っ立って、みんなの様子をうかがう。男女のほとんどがきちんと着飾って来ているが、一部にはラフなシャツ姿の若者たちも混じっている。
まだ時間があるので横手のほうへ様子を見に行くと、そこの入り口が開いている。中に入ると、そこがチケット売場になっている。係の老女が示す座席表を見ると、シ−トの区分ごとに料金も示されている。その中で最も高額の二階最前列中央の席を指さしながら、この席をと注文する。この特等席でなんと五〇〇レバ(四〇〇円)である。現地の人たちにはこれでも高価とみえて、特等席は空いている。間もなく玄関が開き中に入ると、そこはオペラハウスらしくソデ付きの二層になったホ−ルだが、それほど広くはない。この最前列を除いて、ほぼ満席の盛況である。
超有名な「セヴィリアの理髪師」序曲の演奏で幕は切って落とされた。舞台下のボックスでオ−ケストラが奏でるその軽快なメロディに、うっとりしながら聞き惚れる。まだ十代のころから何度となく耳にしてきたこの序曲だが、オ−ケストラのなま演奏で聞くのは初めてだ。幕が上がり、舞台ではユ−モラスな散髪風景から始まる。主役ドンジョバンニの男性歌手の声量がやや劣る感じだが、ヒロインのアルトはなかなか聞きごたえがある。オ−ケストラを含め、ヨ−ロッパ超一流とまではいかないが、なかなかのレベルとみた。七時に開演したオペラは、幕間休憩をはさんで十時に終了する。
人通りの少ない夜道を一人急ぎ足でホテルへ向かう。昼間はあれほど暑かったのに、夜はひんやりとして上着が要る。ホテルの隣のレストランでは、若者たちで賑わっている。私もそこで夕食を取ろうと入りかけると、入り口に立っている青年が「すみません。ここはいまパ−ティをやっているんです。」と英語で制される。「学生さんですか?」と聞くと、そうだという返事。どこの国も同じで、若者たちはよく楽しんでいる。
奥に地下への階段があるので下りて行くと、そこにもレストランがある。ここには数人のお客がいるのみで、ガラ−ンとしている。早速、ブルガリア料理を食べようと、席につく前に「ケバプチェ OK?」とウェ−タ−に尋ねると、首を振りながら「ネ(いいえ)」という。畳み掛けて「キョフテ OK?」と尋ねると、今度はOKという返事。そこでこれを注文して席に座り、ビ−ルも注文する。辺りを見回すと、上のパ−ティの流れらしい学生のグル−プが近くのテ−ブルに座っている。その中に一人のモヒカン刈りの若者が見える。こんな旧社会主義圏の国にまで浸透しているのだから、若者の流行は早い。
しばらくすると、キョフテ料理が皿に盛られて運ばれてくる。一口食べてみると、なかなかいかす味で美味しい。これは豚肉や羊肉を荒いミンチにしてダンゴ状に固め、それを焼いたものでハンバ−グ料理と思えばよい。ナイフで切ってもコシコシした固めの肉ダンゴで、ほどよいスパイスがきいてとても美味しい。付け合わせのフライドポテトまで食べ上げると、お腹満腹。代金はビ−ルも含め全部で二七〇レバ(二一六円)。
これで、今度の旅の目的・・・お国料理と音楽を堪能できたと満足感に浸りながら部屋に戻る。バスタブはあるものの、栓がないのでシャワ−しか浴びれない。仕方なくお湯のコックをひねってみるが、ぬるま湯しか出てこない。いくら待っても熱くならない。昼間はまあまあの温度だったのに、夜にはこの有様だ。ガイドブックによれば、安ホテルではお湯の出に時間制限があるとのことなので、ひょっとしたらこのホテルもそうなのかと思い、あきらめて体を拭くことですませる。夜の冷やついた気温では、このぬるま湯ではちと寒すぎる。風呂に入ってさっぱりしたかったのに、誠に残念だ。心に悔いを残しながら、異国の初夜を迎える。
(この続きはこちらへ⇒ http://yasy7.web.fc2.com/ )
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- ヒッチハイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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