2010/10/25 - 2010/12/27
146位(同エリア262件中)
Toshさん
ガイドブックにもインターネットにも街の情報は殆ど無い。いったい何を基本にして歩いていいものか、また、どこをどう歩いていいものか見当がつかない。まあ、土日に限らず、散歩がてらに街をぶらぶら。これが一番かな?南寧で生活する期間に撮った写真の中から、印象に残ったものを少しずつアップしようと思う。
体調:ここ数カ月間同じ症状が続いている。また、時折もどってくる症状も同じだ。これからは以下に現在の症状を挙げおき、30日もどってこなかったら消していこうと思う。
9月から学校に通いながら、自分の身体が、仕事が出来る状態になっているか試してきた。授業を長く聞いていると頭が痛くなった。そんな時、午後授業に出るのが辛かった。そんな時は、睡眠を少し取ると、授業に出れるような状態になった。また普通に生活をしているものの、時折ワケも分からず寝こんでしまったりすることが何度か会った。現在はまだ、日本の就労時間に適応できる状態ではない。1週間続けて職場に居る自信はない。たぶん、週に1、2度休むだろう。
消えた症状:無し
感覚:「喜」が戻りつつある
10月25日現在の状態:
左脳に鈍い痛みがある。左側の頭、背中、肩のリンパ球がうずく。
時折戻ってくる症状:
右半身:
眼の奥が痛くなり、耳とこめかみの間に鋭い痛みが走る。そんな時は腕の筋肉が痙攣することが多い。痙攣後は筋肉が痛くなる。脳から背中にかけて時折鋭い痛みが走る。首から肩にかけても同じことが言える。
左半身:
朝起きると脳がしびれていることがある。そんな時は小指、中指、また二の腕が痛くなる。
感覚:
全然ない:「暑さ」「疲れ」
時折なくなる:「眠い」
※ 代わりに頭が痛くなったり、身体が動かなくなったりする。
感情:
喜怒哀楽の「怒」が戻った。「楽」もたまにある。無いのは「喜」のみとなった。
大学での諸経費
中国語半年コースを採る際にかかった費用(9-翌年1月まで5ヶ月間)
・授業料:6,000元
・寮費: 1,800元(300元は敷金ゆえ出る際に返金)
・保険料: 300元(大きな病気や事故に遭った時にしか効かない)
・教科書代:100元弱
・学生ビザ取得費:400元
・Lビザ取得に費やした総額:1,300元(Lビザ自体は160元)
コース費用計:9,900元
毎月の生活費
・飲食費:40元×30日=1,200元
・電気料:25元
・インターネット接続費:50元
・雑費:200元
計:1,475元 / 5ヶ月間合計:1,475元×5=7,375元
5ヶ月間コースにかかる費用計:17,275元
円換算は下記URLにてお願いします。
http://ja.exchange-rates.org/
旅する"ワケ"
http://4travel.jp/traveler/ichayaiouno/album/10448441/
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
青秀山風景区に行った帰り、やって来た場所とは別の出口から出てきた。
その時、結構人が集まるところがあった。結構面白いところがあったので乗せることにした。以下は山から降りてきてバス停に着くまでの流れを遡りながら紹介してみる。
直接行く場合はこのバスに乗る。
降りる先は写真を拡大してください。 -
バス停の近くに、漢方薬の入ったドリンクが売っていた。
ココにはポツポツではあるが、ひっきりなしに人が入っていたな。
今度行ったときに入ってみよう。 -
近くに市場があった。
何かおもろいものはないか探してみた。 -
すると、あった!
これは樽酒だ…
中国映画でよく見たよなあ…この壺!
値段が安いこと…壺と値段に釣られて…ついつい…いやダメダメ…でもなあ…
結局、山から降りてきて売店で買ったばかりの500ml入ったジュースを飲み干して、容器にぶどう酒入れてもってしまった。5元。
写真で見ると、度数は30度以上しかない。多分ぶどう酒もその位の度数だったんだろう。甘いのでグイグイと調子に乗り400mlくらい飲んでしまった。そしたら、その後1週間ほど頭が痛かった。
どこかから…
お前まだ完治してないだろう?いいかげんにしろ!
と声が聞こえた。 -
市場を通り過ぎ、バス停方向をパチリ。
市場の周りには人が集まる。
ここも例外ではなかった。 -
街はドンドン郊外へ伸びていく。
小さな流れに沿って道が走り、道路沿いには小規模な集合住宅がずらりと並んでいる。
もし、住むならこの規模の住宅に住みたいなあ。 -
更にまっすぐ進み、後ろを振り返るとこの看板が。
看板の後ろには建設中のビルディングがズラリ。
いくつ建設中だったのかなあ…たぶん10棟はあったと思うなあ。 -
大きな交差点にぶつかる。
青秀山方向への道を進む。
左の土手の上には飲み屋がずらりと並んでいる。 -
どの飲み屋も人気らしく、まだ夕方になろうとしている時間帯なのに続々と人が店に入っていく。
ココは一番上の飲み屋。この先は青秀山入り口だ。
どうやらこの店が一番人気らしい。
駐車場に立って街を見渡すと…よかったんだよね…景色。 -
「中山路」の隣に「共和路」がある。あまりパットしない通りだが、前を走るバス停に「共和国口路」という名前が付いているのできっと有名なのだろう。気になったので行ってみた。入り口には臨時市場と書いてある。ここは元々は市場なのだろうか?
-
通りを歩いてみたが、あっという間に終わってしまった。露天の数はあまり多くなかったので市場と呼べるほのだろうか?臨時とあるのでどこぞに市場が建設中で、露天はどこか別の場所に散っているのだろうか?
店が尽きたようなので、右折して中山路へ。 -
中山路を歩くと、途中で大きな交差点に出会う。前法には近代的なビル。1階には銀行や店が入っている。こういった通りは日本で腐るほど見ているので、あえて右折して路地に入った。
近代ビルが立ち並ぶ通りを"光"とすると、近代化に取り残された路地は"陰"の部分だ。
路地には古い建物が並んでいて、取り壊しが行われていた。 -
俺はこの路地で衝撃的な"映像"を見た。たぶん、このシーンに出てくる老婆の生き方はこれからの自分人生に影響を与えるであろう。
何気なく通りを歩いていると、前方にの乞食がいた。しかし、まえを通りすぎると、彼女が乞食で無いのがわかった。
…おばあちゃん、ゴメンナサイ…
白くなった頭髪、コブの着いた背中、靴を履いていない足、赤い袋を持つ左手には指が3本しかない。その袋の中に無言でゆっくり木炭を入れてた。隣には彼女の服よりも酷く傷んだリアカー。たぶん、彼女は毎日のように年老いた華奢な身体で、リアカーに炭を積み、ココにやってきて売っているんだろう。何も言わずに黙々と炭を入れる姿を見てると涙が出そうになった。
彼女の若い頃は共産主義だったろう。もしそのままの状態だったら援助はもらえたはず。たぶん、資本主義の波が中国を飲み込んでいったのは彼女の肉体が衰え初めてからだろう。
彼女を見てると、実家にいる、今年94歳になる祖母を思い出す。祖母はおふくろや親父に面倒を見てもらいながら生活している。彼女はどうなんだろう?この身なりで仕事をしているということは、一人で生きているのだろうか?だとしたら、自分の祖母のように、もし動けなくなったらどうなるんだろう?いろいろと考えてしまう。
彼女は、そんな俺の考えをよそに、目の前でモクモクと炭を入れている。
…どう見られようと、こうやって生きれる限り生きて行くしかないわな…
彼女にはそんなオーラが出ていた。
彼女であったことで、自分の考え方が変わった。自分は、日本にいるとき、遊びまわるのに十分なお金が無いとか、安定した老後は送れるだろうかとか、こんな仕事じゃ恥ずかしいとか、いつも"豊か"な社会で不満をもらしていた。また、閉鎖的な田舎に住んでいたので、周りの目を気にしながらビクビクしていた。今でもそのシガラミがとりついて止まない。
自分は社会の変化について行けずに"鬱"になったのだろう。潰れた俺はどうしていいか分からない。頭の中は真っ白。とても不安。
でも、これからはすべてを捨ててもう一度自分を立てなおして見ようと思う。何事にもにこだわらず、自分のできることを見つけだし、生きれる限り生きていこうと思う。
日本では、「生きる力」と学校教育でずーっと騒ぎ立てている。しかし、生活が保証されている学校の先生にはこの力は教えられないと思う。彼女のような人こそ、この力を教える"先生"に成り得ると思う。
おばあちゃん、"生きる力"をくれてありがとう!
身体に気お付けてくださいね。 -
路地をそのまま真っ直ぐ進むと川に出た。
川の向こう岸には濱江公園がある。 -
川べりには小奇麗な公園がある。
公園にはお巡りさんがなぜか居た。
きれいだが、陰に隠れたところは所々小便くさい。
夜はボヘミアンの溜まり場か?
まあ、いいや、せっかく思ってもいない公園にぶつかったのでチョットぶらぶらしてみよう。 -
公園にはガジュマルの木が塀に張り付いていた。
アンコールワットのタ・ブロームの真似をしようとしているのか? -
川には橋がかかり、川辺には船が停まり、釣り人が糸を垂れてる。
うーん、理想的と言えば理想的だが…川縁に緑が欲しいなあ。 -
これから数枚は揚美古鎮に行く前に行く前に下調べをしたときに撮った写真。
古鎮へはバスの他に鉄道でも行けると聞いた。
南寧駅は学校から遠い。地図を見ていると、近くに南寧南駅なるものがあった。
まず、そこまで行って明日の時刻表を見てこよう。そして、南駅から乗車できるのか確かめてこようと思った。
結局、いくら探しても駅はなかった。
駅はあるかと道行く人に、地図を片手に通じない中国語で尋ねると、
「メイヨウ」
写真は終点の「南寧南駅」の兵の前で停るバスの写真。 -
実際には、学校から駅まで直通のバスが会ったわけではない。
駅の数カ所手前まで行くバスがあり、そこで降りて駅まで歩いた。
その間に中国らしい風景があった。
ここは、数十年前の中国にタイムスリップしてきたような感じの所。
歩道横の土が見えるところにびっしりと野菜が生えていた。
前を行く女性は、これを刈り取ったのか?
どこぞで売るんだろう。
付いて行ってみよう。 -
予想通り。
路上に市が出来ていた。
人が集まるから市が開かれるのか、市があるから人が集まるのか分からないが、人の流れと市場は切っても切れない縁で結びついている。 -
「人民東路」と「友愛南路」の交差点から朝陽広場近辺まで歩いてみた。
-
朝陽広場まで良く途中に目に着いたのがウイグル族の経営する”パン”屋さん。
焼き立てを1枚買った。2元。
香ばしくて美味しかった。
串焼きと一緒に食べるともっと美味しいので聞いてみると、中華路で売っているとのことだった。 -
中華路では無いが、以前チェックした所に、肉をゲットしに行く。
ここは、地図には乗っていないが、ケンタッキーと中国のファストフードショップの間にある路地。位置的には朝陽広場の隣を走る「新華路」の1本向こう側にある。
不定期ではあるが、朝陽広場の横にあるこの細い路地で時々カバブ?を売っている。 -
いた。3本注文。1本1元。
…へえ南寧にもウイグル族が結構いるもんだなあ…
ということで、記念撮影。
いー・あー・さん!
この通りには他にも中国人の経営する串焼き屋さんがあった。ここでも3本買ってみた。
肉が違うのか、スパイスが違うのか分からないが、何故かこちらのほうが旨かった。 -
路地はこんな感じ。
ここには、安宿が沢山あった。
通りを歩けば、1泊15元から果ては100元を越えるまで多種多様の部屋が見つかる。 -
ここは、朝陽広場から地下に降りるとズーっと臨江路まで続いている地下街。
主に衣服の店が多いかな?しかもチョット高めかな? -
民主路と民族大道のぶつかるところは公園。
何故か車はこの下を通っている。 -
民主路を眺める
-
民族大道の東側を眺める。
-
民生広場へ降りて行ってみる。
-
広場はこんな感じ。
-
人が少なくて快適。
-
チョット一休み。
ここに、石で出来た机とテーブルがある。
誰でもピクニック気分で食事ができる。
ただし、テーブルは人気があり、だいたいは埋まっている。
埋まっていないときはゴミが溜まっているので、まずは食べる前に片付けて、掃除しなければならないのが珠に傷。
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