2010/11/06 - 2010/11/06
74位(同エリア262件中)
Toshさん
以前、南寧には、観光スポット限らていると書いた。揚美古鎮はその数少ないスポットの一つ。旅行案内をみると、揚美古鎮は3方向をぐるりと川に囲まれ、清の時代までは地の利を活かして物流の要所だった。しかし、陸路が発達してくると、徐々に主役の座を奪われていき街自体は衰退した。今でも、その良き時代の建物は多く残っているとあった。一見の価値は有るだろう。
体調:ここ数カ月間同じ症状が続いている。また、時折もどってくる症状も同じだ。これからは以下に現在の症状を挙げおき、30日もどってこなかったら消していこうと思う。
9月から学校に通いながら、自分の身体が、仕事が出来る状態になっているか試してきた。授業を長く聞いていると頭が痛くなった。そんな時、午後授業に出るのが辛かった。そんな時は、睡眠を少し取ると、授業に出れるような状態になった。また普通に生活をしているものの、時折ワケも分からず寝こんでしまったりすることが何度か会った。現在はまだ、日本の就労時間に適応できる状態ではない。1週間続けて職場に居る自信はない。たぶん、週に1、2度休むだろう。
消えた症状:無し
感覚:「喜」が戻りつつある
10月25日現在の状態:
左脳に鈍い痛みがある。左側の頭、背中、肩のリンパ球がうずく。
時折戻ってくる症状:
右半身:
眼の奥が痛くなり、耳とこめかみの間に鋭い痛みが走る。そんな時は腕の筋肉が痙攣することが多い。痙攣後は筋肉が痛くなる。脳から背中にかけて時折鋭い痛みが走る。首から肩にかけても同じことが言える。
左半身:
朝起きると脳がしびれていることがある。そんな時は小指、中指、また二の腕が痛くなる。
感覚:
全然ない:「暑さ」「疲れ」
時折なくなる:「眠い」
※ 代わりに頭が痛くなったり、身体が動かなくなったりする。
感情:
喜怒哀楽の「怒」が戻った。「楽」もたまにある。無いのは「喜」のみとなった。
大学での諸経費
中国語半年コースを採る際にかかった費用(9-翌年1月まで5ヶ月間)
・授業料:6,000元
・寮費: 1,800元(300元は敷金ゆえ出る際に返金)
・保険料: 300元(大きな病気や事故に遭った時にしか効かない)
・教科書代:100元弱
・学生ビザ取得費:400元
・Lビザ取得に費やした総額:1,300元(Lビザ自体は160元)
コース費用計:9,900元
毎月の生活費
・飲食費:40元×30日=1,200元
・電気料:25元
・インターネット接続費:50元
・雑費:200元
計:1,475元 / 5ヶ月間合計:1,475元×5=7,375元
5ヶ月間コースにかかる費用計:17,275元
円換算は下記URLにてお願いします。
http://ja.exchange-rates.org/
旅する"ワケ"
http://4travel.jp/traveler/ichayaiouno/album/10448441/
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝日がきれいだ。
揚美へ出発!
この日は実は、ベトナム人5人と学校を出て、南寧駅でウェンと待ち合わせだった。しかし、1日前つまり、前日に彼らは気が変わり急遽キャンセル。1週間前から計画を立てて何度か確認を取ったのにもかかわらず、約束は実らずじまい。「遠いから行かない」とのことでキャンセルとなった。まあ、国民性が違うので仕方ないのだろうか?
この「キャンセル」事件には上記、ベトナム人の「急遽キャンセル」する国民性と、もう1つ、「平気で矛盾を言う」という中国の国民性が見れた。
前日、仲間と教室で揚美古鎮に行くことをとき、クラスの担当教師が話にわって入ってきた。
「揚美古鎮に行くのなら、国際交流オフィスにでその旨を祇に書いてから言ってください。」とのこと。
彼女は以前、「南寧市内を出る時は」という条件をつけていた。この際、目的地は市内にある。なので、
「南寧市内にあるのに、なぜ知らせなければいけないのですか?」とくってかかった。
すると、
「南寧市内でも、遠いところは申し込み用紙を提出していかねばなりません。」多少困惑気味に主張。
…まあ、ズバリ的を射られて困ってるんだろう、生徒の前で顔を潰されるのが嫌なだけだろう…
俺は納得しないので、こんなインチキ命令など聞くつもりはななかった。だが、コレを聞いていた一人のベトナム人が、急遽気が変わり、行かないと主張。それに釣られて、他も行かないということになった。
中国では、自分の吐く言葉に責任がない。どんなお偉方でも平気で矛盾したことを言う。法律なんてあってないようなもの。法律にしがみついても仕方ない。これは、L-Visa取得でも経験済みだ。
これからは、何か事を行ないたい場合には、あまり周りの人に言う事無く、つまり、情報を外部に漏らさずに、実行するようにしようと思う。
まあ、よーく周りを見ると、地元の人達はハナッから奏してるわな…ははは。郷に入っては郷に従おう。
そう考えると、中国も"気楽"で"自由"な国だよな! -
南寧駅でウェンと8時に待ち合わせをし、切符を買い、本当は列車で行くはずだった。
しかしながら、列車は待ち合わせ前に出てしまったとのこと。
…へ??8時半でなかった??…ナヌー?またやっちまったか??…
列車情報が載っている地図を見ると…やはり、8時半とある。今回は地図のせい。中国の情報はアテにならんわ…同時に、俺の記憶もアテにならないか?ははは。
ということで、バスで行くことにした。バス・ターミナルは駅を背にして、駅前の通りを右に曲がり、300mほど行った「華強路」沿いにある。 -
華強路に入ったらすぐ左手にこのターミナルが見える。
-
ターミナルに入ると、丁度バスが出発するところだった。
動き出してるバスを止めて中に飛び乗る。
中に入ると既に満席。自分とウェイは通路にお風呂で使うようなビニールの椅子を置いてそこに座った。その間に更に人が入ってきて、ご覧の通り立ちっぱなしの人が何人か出た。
バスの営業時間は8:00-17:00とある。
どうやら1日に何本も出ているらしい。
やがてバスが出発し、運賃を集めに来た。古鎮への料金は10元。南寧市内なのにちと高いのでは?地図情報を再び見ると"観光"の文字があった。なるほど、観光バスね…想像を絶していた。
バスは、市内を抜けて郊外に到達。道は舗装されてはいるものの、細く、とても凹凸が激しかった。やがて土埃が舞い始めた、外をみると植物が茶色に染まっていた。「揚美古鎮30km」表示が見えた。…このままダート道が最後まで続くのか?…と思っていると、再び舗装になった。今度は「江西」とという部落にさしかかった。本当は、列車でここまで来るはずだった。「揚美古鎮16km」と言う看板が踏切で出迎えていた。バスは江西の埃っぽい小さな街を過ぎて揚美に向かった。途中、なだらかにうねる丘があり、一面にバナナ、サトウキビ、とうもろこしが植えてあった。
窓から入る風の質や臭いが南寧市内の下とは違っていた。間もなく揚美古鎮だ。 -
バスが古鎮へ入ると、2人の青年がバスの中に入ってきた。手に何かを持ち、乗客からお金を巻きあげては、手に持ったものを差し出した。手に持った紙が差し出した時の空気の圧力でペロリと曲がり、文字が見えた。
…なるほど、入場券を売りに来たのか…
ウェイと俺は、隣の座席が2つ空いたのでそちらに移った。
隣の席でウェイは言う、
「10元なんて高い!」と。 -
バスは古鎮の中心街に到着した。
乗って来たバスはこのボロボロのマイクロバス。
細くてでこぼこの道を走るには(会社にとって)最適の車だろう。 -
さて、地図を見てと…
手元の入場券にも地図が描いてあればいいのに…不親切だよな。 -
いよいよ散策
-
古い建物だ。
そういえば俺の小さい頃、実家でもこんな雨戸を使っていたっけなあ。 -
老人が家の前で日向ぼっこ。
これぞノーマルライフって感じ。 -
おや?古い家が自由解放になっている。
チョット入ってみよう。 -
中国宗時代の建物が残されているとあったけど、これが宗かな?
-
中国って感じ
-
中はレストランになっているんだ…へえ…
まあ、個人の家だから当たり前か。
ご主人は、日本人並に合理的な考えの持ち主なんだろう。 -
街のメインの船着場へ…いい雰囲気。
-
目の前の川で採れる魚が売っていた。
ウマそうなので2匹買ってウェンと一緒に食べた。
予想どおり旨かったんだなあ…コレが。
日清製粉唐揚げ粉を使っているのか? -
この階段はズーっとズーっと昔に水運で栄えた時の名残か…
-
昔の人もこんなふうに荷物の積み下ろしをしていたんだろうなあ…
ココは時代劇の撮影でも使えそうな場所だよな… -
川の水は綺麗だし風景もまんざらでもない。
-
空気も済んでいるし、おまけに今日はいい天気だ…良いんでない?…
-
メインの港から旧繁華街へと続く門
-
旧繁華街
歩きながらウェンが言った、
「ココの石畳はもう2百年以上前からのものなんだよ」 -
明代(1368-1644)から建っている家か…
行ってみよう。 -
立派だ。
やはりこういう家でないと次世代まで残らないのか?
ウェンが解説を読んで説明してくれた、
「この家は大金持ちが立てたんだ。彼は山東省からの移住者。揚美は山東省からのやって来た人が多く、そのせいでここの言葉は山東省に近いんだ」 -
土塀がある。いつからのものだろう?
-
塀には陶器が埋め込まれている。
要らなくなった陶器は、こんなふうに再利用しているのか?
できてから何年くらい経っているんだろう? -
木陰で椅子に座って一休みしていると、背後から声をかけてくる人がいた。
振り向くと、俺の背中を指で差しながら話しかけている。
この日、俺はベトナムの地図が背中に書いてあるTシャツを着ていた。彼はそれを見て声を掛けたらしい。
「○×△…」なにやら言っているが分からない。仕方ないのでニコリと笑って「ニーハオ」と言ってごまかした。
俺の代わりにウェンが答えてくれた。二人の間には、たぶん俺がベトナム人かどうかという会話がかわされたんだろう。 -
ウェンとおじいさんが話している間に周りを散歩。
揚美古鎮は、観光地とは言うものの、港を周辺と見所数カ所をのぞけばただの村。
土が見えているところは必ずと言っていいほどと畑になっていた。 -
近くになにやら見所があった。
王氏の荘園…
…へえ…荘園主の家なんて見たこと無いなあ…入ってみよう… -
凄いねえ、やっぱ立派だねえ…
-
入り口の方から声を掛けてくるご老人がいた。
どうやら、この家の管理者らしい。
石臼の上に座ってウェンと話をし始めた。 -
チョット中に入ってみよう。
-
中国らしい絵だ。
これも、昔のままの状態なのだろうか?
そういえば、この建物の前の庭には門が6つあった。ウェンはそれを数えていた。何か門の数に意味があったんだろうな…きっと。聞いときゃ良かった。 -
裏には池があった。池の向こうにはさきほど休憩した木陰がある。当然ひょうたんもある。
-
再び別な港へ
-
揚美にはいくつも港がある。
これは水路がメインであることの証明だろう。
川の上流域の風景
船と人の服が違えば、遠い昔を思い出させる景色 -
下流域の風景
-
お寺?が有り、そこはサンセットポイントとでもあるというので行ってみた。
-
お寺には像が飾られていた。真ん中では僧が鬼に囲まれていた。
どうやら、ここには悪魔が沢山住み着いているらしい。 -
お寺の前は、広場に生っていて、そこから川に沈む夕陽を眺めることができる。
-
川に降りて水辺から眺めることもできる
-
下には牛が放し飼い。
カップルが下に降りていった。
きっと牛は彼らに語りかけているだろう…
「モー!ロマンチック!」 -
街の中では馬車車が移動手段?
…なわけないか。 -
バスの発着点にもどって来た。
そういえば、一面にバナナ畑が広がっていたっけ。
バナナのが1斤(500g)で5毛(6円)で売っている。
さすが産地とだけあってとても安い。 -
遠い昔の面影が残る街並み。
揚美古鎮の街は東西南北の3方向が1本の川で切り取られている。
反対側の岸部方向に行ってみる。 -
池の縁に立つ家。
水辺の家って涼しいんだろうな…
2階には誰か住んでいるんだろうか?
階段を見ると手すりがない。大丈夫か?
上り降りの際、バランスを崩したら池の中へドボンと行くだろうに… -
揚美では時折、住民の普通の生活が垣間見られる。
道路左側T字路近辺に箱が2つある。
ウェンが問う、
「何の箱か分かる?」
知らないと答えると、
「棺だよ。間もなくどこかで必要になるんだ。」 -
村のあちこちで壺に入っているレタスの漬物が見れる。
これは、揚美というか南寧の名産らしい。
味は酸っぱいらしい。
日陰で、壺の移し替えをやっていた。 -
ここは人は住んでいないが、揚美では村の中の家という家に入り込める。
たとえ人が住んでいてもだ。不法侵入ではないかと心配してしまうが、ウェンは構わず入っていく。 -
左側の文字が「寿」の旧字体だとウェンが教えてくれた。ここまで昔の文字は見たことがないので、写真に収めた。
-
ここは家族専用のお寺。
昔はお金持ちが家族のお寺を立てて利用した。しかし、今は違う意味で利用しているらしい。
現在は共産党の規制によって、自分の家族が行く寺以外は、お参りが許されないらしい。
古い家だ。だけど、どのくらい古いのかまでは分からない。 -
梁には立派な彫刻が施されている。
-
今では廃墟だが、きっと家族の血が絶えるまで、ずっとお参りしてたんだろうなあ。
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