2010/09/12 - 2010/09/12
359位(同エリア401件中)
あきこさん
ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボとモスタル、クロアチアのドブロブニクへの一人旅です。
◎このページは2日目のサラエボの旅行記です。
<日程>
1日目 成田→ウィーンで乗継→サラエボ
2日目 サラエボ
3日目 サラエボ
4日目 サラエボ→モスタル(バス移動)
5日目 モスタル→ドブロブニク(バス移動)
6日目 ドブロブニク
7日目 ドブロブニク→ウィーンで乗継→成田(8日目着)
※両替について。
日本からユーロを持って行き、サラエボでKM(兌換マルク)に両替する予定でしたが、結局最後まで両替はしませんでした。
小さな商店でもユーロでの支払いが可能だったし、ユーロで支払っても、お釣りはKMでくれるお店が多かったです。
お釣りはユーロがいい?KMがいい?と聞いてくれるところもありました。
1ユーロ=2KMなので計算もわかりやすいです。
モスタルでも同様でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- オーストリア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
第2次世界大戦の戦死者を悼む聖火。
-
フェルハディヤ通り。
歩行者天国だが、日曜の朝9時前だからか、人通りがとても少なく静か。 -
カトリック大聖堂。
-
フェルハディヤ通りはヨーロッパ風だったけど、こちらはアジア風の通り。
-
ガジ・フスレヴ・ベイ・ジャミーヤ。
-
セビリ。
ものすごい勢いで顔を洗っている男性と、野良犬がいて近寄りにくい。。。 -
国立図書館近くからの眺め。
国立図書館は修復工事中で、シートに覆われていた。 -
ミリャツカ川沿いを走るトラム。
これはきれいな車両。よく走るな…という感じの古く汚いものもあった。 -
11時ごろ、なんとなく眺めていたレストランからやしさそうなおじいちゃん(店主だと思う)が出てきて手招きしてくれた。さらにテラス席の椅子を引いてここに座れというしぐさ。
お昼にはまだ早かったので、コーヒーだけでもいい?と聞いたらOKと言うので、コーヒーをいただくことにした。
テーブルの上のメニューをパラパラ見ていたら、ガイドブックで予習したパラチンケ(クレープのこと)があったので、小腹も空いたし注文することにした。
パラチンケにはチョコレートソースがかかってあり、日本のクレープより厚みがあってもちもちしていて、とてもおいしかった。
(料金) パラチンケ 4KM
コーヒー 2KM -
パラチンケを食べ終わったあと、おじいちゃんが、「自家製のバクラヴァを召し上がれ!」と大サービスをしてくれた。
ガイドブックには濃厚な甘さと紹介されていたので恐る恐る食べてみた。
あれ!?程よい甘さ!とってもおいしい!!
おじいちゃんに、ドブロ!(おいしい)と伝えたら、そうでしょうってな感じで頷いてくれた。
←ごちそうになったバクラヴァ -
お会計を済ませて、トイレを借りてお店を出ようとしたら、おじいちゃんが店内のテーブルを指さすので見てみると、日本の国旗が置いてあった。さらに、店内にはたくさんの写真が飾ってあり、このレストランに来たビル・クリントンさんやハリウッドスターと一緒に写るおじいちゃんだった。
特にクリントンさんとの1枚がお気に入りのようだった。
最後に店内の写真を撮っていいですか?と聞いたら(つもりだったが)、もちろん!と言いながらおじいちゃんがポーズを取るので、1枚撮らせていただいた。
とてもキュートなおじいちゃんだった。
おいしいバクラヴァをありがとう!!
←追加で注文したボサンスカ・カファ(2KM) -
お腹も満たしたし、今度は、オスマン朝時代の要塞跡に行ってみることにした。
高台にあるので、写真のような階段の道を歩いて行った。 -
汗をかきかき、かなり急な上り坂を随分歩いてきたところで気付いたが、道を間違えていたようで要塞跡が墓地を挟んだ向こう側に見えた。
かなり高いところまで来たので、眺めが良くサラエボの町が見渡せた。 -
日ごろ運動不足のため体力に不安があったが、上ってきた坂道を引き返して、また別の坂を上がって、息も絶え絶え要塞跡までたどり着いた。
城壁が連なり城門が2つあったが、城門の中はガラスで囲われどこかの会社の事務所ができていた。
ちょっと残念な気がした。。。
町へ戻る坂を下りながら、広がる墓地を眺めると没年は1993〜1995年が多く見てとれた。 -
バシチャルシャに戻りまた散策することにした。
セビリのある広場ではハトのエサを売っていた。 -
レストランが並ぶ通り。
-
お土産屋さんの並ぶ通り。
-
ランチはモリチャ・ハンで。
店の内装が凝っているとガイドブックに書いてあったので中庭のようなテラス席に見向きもせず店内を覗いたが、電気もついておらず真っ暗!!
図々しく中に入るのはやめて、中庭の席に座ることにした。
メニューを見ながらサルマ(ロールキャベツ)にしようかドルマ(肉詰め玉ねぎ)にしようか悩んでいると、店員のお兄さんが、May I help you?と声を掛けてくれたので、迷った末、サルマをお願いした。
すると、お兄さんは私の悩みを察したのか、外国人観光客にはとりあえず勧めているのか、サルマやドルマのコンビネーションはどう?と言ってきた。
1度にいろいろ食べられるコンビネーションと、飲み物はレモネードを注文した。 -
お兄さんお勧めのコンビネーションはサラエヴスキ・サハンと言うそう。
在ボスニア・ヘルツェゴビナ大使館の食事案内には「3〜5種類ほどを1つの鍋に盛り合わせたもの。数種が混ぜ合わされてる様は民族混在ボスニア・ヘルツェゴビナの象徴とも言える」とあった。
予想以上においしくてスープまでペロリと食べてしまった。 -
食後には、とても気に入ったボサンスカ・カファもいただき大満足!
カファにはロクムという、日本のゆべしに似たお菓子が添えられていたのだが、写真を撮る前に食べてしまった。
甘くてとてもおいしいのでおかわりしたいくらいだった。
(料金)サラエヴスキ・サハン 10KM
レモネード 3KM
カファ 1.5KM -
セルビア正教会。
-
セルビア正教会の前を歩いていたら、男性の大きな声が聞こえたので、そちらの方へ近寄ってみると、大きなチェスをする男性たち。
かなり白熱してる様子。
写真を撮らせてもらおうとカメラを手に近づいたら、一人のおじさんが、ここから撮りな、という感じで手招きしながら場所をあけてくれた。 -
マーシャル・チトー通り。
-
アリ・パシナ・ジャミーヤ。
-
サラエボ冬季五輪施設を見に行こうと、コシェヴォ通りを北に15分ほど歩くと墓地が広がる。
サラエボ五輪スタジアムの補助グラウンドだったが、紛争の犠牲者を埋葬する場所となってしまったそうだ。
そのさらに北にあるのが写真のゼトラ(オリンピックスケートリンク)。
砲撃により廃墟と化したが、1999年に復旧している。 -
ゼトラの近くにあったサッカー場。
写真中央のピンク色のシャツの男性が監督なのか、選手たちを大声で怒鳴り散らしていた。
サッカー場の隣にはテニスコートもあった。 -
ゼトラ付近からの眺め。
-
ゼトラのさらに北にあるのがコシェヴォ・スタジアム(オリンピックスタジアム)。
隙間からちょっと覗き見してみた。 -
コシェヴォ・スタジアム付近からの眺め。
-
コシェヴォ通りもずっと上り坂になっていたので、この時点でかなりへばって膝がガクガクしてしまった。。。
帰りはゼトラの前の散歩道のような所(写真の道)をのんびり歩いて帰った。
途中、コシェヴォ・スタジアムの方へ向かう若い男性のグループ数組とすれ違った。
よく見ると、みんなエンジ色のスポーツタオルを首から下げていたり、ベルトに括りつけている。
私がコシェヴォ・スタジアムへ行った数時間後にサッカーの試合が行われたようだ。どおりで、覗き見したスタジアム内にTVカメラのようなものがあったり、警備員らしき男性たちが大勢いたわけだ。
夜、ホテルのテレビでサッカー中継を見ていて気付いた。
エンジ色のエンブレムはFKサラエボ。
もう少し遅くコシェヴォ・スタジアム見学へ行っていたらエンジ色の集団に巻き込まれる所だった… -
帰り道、アリパシナ通りの左側が緑地になっていたので、ベンチでひと休みした。
地元の方たちが犬の散歩をしていたり、子供たちが駆けまわったり、カップルが仲良くしていたり、とてものどかな雰囲気だった。
この日は欲張ってあちこち行きすぎた(しかも上り坂ばかり!)ようで、夕飯も食べず17時頃ホテルへ帰りさっさと寝てしまった。
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