2010/08/08 - 2010/08/08
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ソフィさん
2010年8月8日(日)
バルカンは、かつて「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれた。
たくさんの文明が入り混じりながら、十分に融和していない。
今回の旅の楽しみの一つは、その文明の混在する味を体験することだった。
ところでスロベニアは、バルカンと言ってもほんの入口で、しかも文明間の対立の少ない地域である。
だが、昨日バルカンの入口スロベニアに入ったばかりなのに、今朝からリュブリャナの街を歩いただけで、バルカンが以前より急に身近になった感じがする。
旅の効用は凄い。
バルカン半島はヨーロッパに接し、黒海、エーゲ海、アドリア海と、三つの大きな海に取り囲まれている。
ヨーロッパ大陸とそれぞれの海は、それぞれの立地条件に応じて、さまざまな情報・文化・物資を運び、人間社会の発展に深く絡んできた。
古くからさまざまな民族が流れ込み、交錯したと考えられる。
今から4千年ほど前、ギリシャ系の民族が半島を南下した。
3千年ほど前、鉄器時代前期の住居跡が、半島の所どころに残っている。
トラキア人、スキタイ人、イリュリア人などの跡で、イリュリア人はバルカン文化の基層に深い影響を残したと考えられる。
下って紀元前5世紀ごろ、ペルシャ戦争に勝ったギリシャは、全盛期を迎える。
紀元前4世紀には、アレキサンダー大王が広大な版図にギリシャ文化を広め、ヘレニズム時代を築く。
その間バルカン半島の各地には、ギリシャ系の植民都市が開発されていた。
それからややあって、紀元前2世紀には、ギリシャ社会がローマの属州になる。
黒海に面するルーマニア(当時のダキア)辺りまでローマが征服したのは、紀元前106年とされる。
その後4世紀の終わりころローマが東西に分割したとき、その境界はバルカン半島を東西に分け、カトリックとギリシャ正教とが布教を争そう場となった。
この記事の写真は「ソフィーさんのマイページ」(訪問56カ国、文章1,750件 写真8,000枚)、にあります。
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(片瀬貴文 2010.10.05)
- 旅行の満足度
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- 観光
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- ホテル
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- 4.0
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