2010/06/10 - 2010/06/11
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frau.himmelさん
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アーヘンの大聖堂は、カロリング朝フランク王国のカール1世(シャルル・マーニュと言ったほうが通りがいいかも…)が、785年ごろ宮廷付属の礼拝堂を造る目的で建築を命じたものです。
その頃、彼は軍を率いて遠征を行い、西ヨーロッパ一帯の領土を支配するようになっていました。
800年ごろ、弱体化しつつあったローマ教皇から庇護を求められ、800年12月、サンピエトロ大聖堂で帝冠を授かり、西ローマ皇帝に即位することになりました。
そしてカール大帝と呼ばれるようになった彼は、都をパリからアーヘンに遷すことにしました。
◆◇◆
プロビデンスの目(写真)
アーヘン大聖堂の外壁に描かれていました。
これはピラミッド型のものの上に目玉がある形をしたマークのことで、まわりを栄光の光によって囲まれる3角形の3つの目で監視する、という意味があるそうです。
神の目で人類を監視していることを示しており、都市伝説として、フリーメイソンの象徴ともされているようです。
(Wikipediaより)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
-
アーヘンの伝統的なお菓子であるプリンテンの老舗、ノビスの先の方に大聖堂の豪華な建物が見えてきました。
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ここは805年に完成した八角形の礼拝堂です。
聖歌隊のホールとして造られた、大きなステンドグラス張りの豪華な建築です。
大聖堂の最も東側に位置しています。 -
大聖堂の入口に向かう前に出迎えてくれたこの像の正体は?
カール大帝はもっと威風堂々としていましたね。 -
入口はこちら。と案内があります。
-
入口には大聖堂のミニュチュアが…。
いろいろな建築様式が混じりあい、拡張されてきました。 -
中に入ると目に付くのはこの巨大なシャンデリアがある部屋。
ここがさっきの八角形の部屋になります。
まずこの部屋に入る前に、写真撮影料として2ユーロ払いました。
何か目印をくれたのですが、何だったかな…? -
このシャンデリアはバルバロッサ(神聖ローマ皇帝・フリードリヒ1世)のロウソク立てです。
1165年、カール大帝の聖遺物を黄金の棺に移し変える時にフリードリヒ1世が奉納したものです。
直径4.2メートルの青銅製で48個の燭台がついています。 -
シャンデリアが架かっている2階部分にはパイプオルガンがあります。
写真が暗くて見えませんね。スミマセン… -
八角形の聖歌隊ホールを支えている大理石の柱。
786年、ローマやラヴェンナから運ばれたものだとか? -
大理石の柱の前には、聖母マリアの像も奉られていました。
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シャンデリアの上の方を見上げると、32メートル高さのところに八角形の形をしたドームの屋根があります。
素晴らしいモザイク模様が施してあります。
ところでどうして8角形なのか?
NHKの世界遺産でやっていました。
「八」は復活を意味する数字、
割礼は生後8日目、
ノアの箱舟で助かったのは8人、
など中世キリスト教では象徴的な数字だそうです。 -
この礼拝堂は2つの部分に分かれていて、八角形の部分と、この眩いばかりに輝いている内陣部分です。
内陣部分は、15世紀のゴシック様式で造られています。 -
黄金に輝く祭壇などは、11世紀から伝わる金箔技術が使われているようです。
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別な角度から祭壇を眺めます。
中央にある黄金の宝物箱。
(ひどい写真ですみません。) -
東方三博士に由来する、エルサレムからの贈り物が納めてある宝物箱だそうです。
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奥の方にも金色に輝く小さな箱が見えます。
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カール大帝の聖遺物箱です。
145の七宝焼きと400個の宝石で飾られています。
1215年、シュタウフェン朝のフリードリヒ2世が、カール大帝の聖遺物をこの箱に移しました。 -
黄金の聖母マリアのリース。
上から吊り下げられています。
ここは後ろの高さのあるステンドグラスも見事なのですが、あまりにもひどい写真なので説明は省略します。 -
低いほうの天井部分
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大理石の壁。
これも見事ですね。 -
別なところに移動します。
ここは 聖ニコラウス礼拝堂。 -
Taufstein、洗礼盤
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Taufstein、洗礼盤下部
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司教の納骨堂
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じゃ、これ司教のお墓?
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宝物殿に移動しようとして見つけました。
大聖堂の壁にあった「プロビデンスの目」。
ピラミッド型の三角の上に目玉がある形をしたマーク、これは「神が全てを見通す目」という意味で、フリーメイソンの象徴としても使っているとか?
どうしてここにこんなマークがあるのでしょうね? -
宝物殿の入口です。
この中は、600?の広さがあり、後期古典主義、カロリング朝時代、オットー期、シュタウヘン期時代の芸術品が多数展示してあります。 -
ファサードのマリア像を拡大します。
優しい神々しい聖マリアの顔です。 -
入口で入場券を購入します。
一人4ユーロ。
ネットで調べたら写真撮影は禁止だって書いてあったので、係員に聞きました。
「カイン・プロブレム、問題ないよ!」って。
もしかして私が大聖堂のカメラ許可のシールを、そのまま貼っていたからかしら?(笑) -
撮影許可をもらったので、じゃんじゃん撮りますよー。
だけど暗いところの撮影が苦手なので惨憺たる写真です。
素晴らしいお宝がいっぱいあったのになー。 -
見にくいでしょうが、こんなものがあったということだけご紹介します。
アーヘンの祭壇。
中央に磔刑のイエスが描かれ、前面に聖母マリアとマグダラのマリアの姿も見えます。
中央の目立つところにある白いお尻は馬のお尻ですから、お間違いなきよう…(笑)。 -
ローターの十字架。
回りにびっしり宝石が貼られ、中央には初代ローマ皇帝アウグストゥスの横顔が。 -
贅沢な祭壇天蓋がついた三塔聖遺物はこ。
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カール大帝の胸像。
一部金製。
中にはカール大帝の頭骨聖遺物が入っている。 -
黄金製の手。
写真が見にくいですが、腕の方にある長方形の窓からカール大帝の腕の一部の聖遺物が見えます。 -
白い大理石に彫刻を施したベルセフォネの石棺。
カール大帝の聖遺物が、大聖堂の黄金の棺に移されるまでこの中にあった、という情報もありましたが…。
真偽のほどは? -
中はこのようにゆったりと飾ってあります。
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ビザンティン様式の聖母子像。
この頃の幼子イエスは怖い顔をしています。 -
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そこへ2人の修道士(?)さんの登場。
何とも、この場の雰囲気にピタッとはまっているのです。
ムリにお願いして写真を撮らせてもらったのはいいのですが、なに、この写真!って感じですね(泣)。 -
司教の被り物?
なんと言うものかわかりません。 -
大聖堂に見当たらないと思ったら、ここにありました。
神聖ローマ帝国歴代の皇帝が戴冠式を行う時に座ったと言われる椅子。
2000年前にエルサレムから運ばれたこの椅子は、周りは大理石なのですが椅子自体は木でできています。
この椅子は、931年のオットー1世から1531年のフェルディナント1世まで歴代の皇帝30人の戴冠式を見つめてきました。
この椅子の存在がある故、歴史的に大きな意味を持ち、世界遺産第1号の栄誉にも輝いたといわれています。
それにしては地味ですね。 -
大聖堂、宝物館と、黄金の嵐に目がクラクラになりながら、外に出ました。
さっきの修道士?さん達が行く先は…。
Domsingschule、大聖堂の合唱隊の学校があるのかしら?
じゃあ彼らは合唱隊の人? -
大聖堂の北側に出てきました。
こうやって改めて大聖堂を眺めると、やはり素晴らしいですねー。
ケルンやマインツの大聖堂ほど大きくないかもしれないけど、歴史的に担った役割を考えると…。
うーん、やっぱり大っきいー!!。 -
反対側を見ると、市庁舎の歴史的な古い建物がどーんと…。
さすがに、アーヘンってすごい町だったのねー、って言うのが感想です。
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