2010/08/28 - 2010/09/04
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aino8888さん
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2010年8月28日〜9月4日まで、LOOK JTBの「イタリア満喫8」コースでイタリアを巡って来ました。
旅行社主催のツアーに参加される方の参考になればと思い出来るだけわかる範囲で旅行の内容を記載していきます。
なお、旅行記の執筆にあたり、旅行時のメモ、及び下記の書籍を参考にさせていただいています。
「プロの添乗員と行く イタリア世界遺産と歴史の旅」
著者 :武村 陽子
出版社:彩図社
初版 :2009年5月
価 格:1333円+税
★★書 評★★
上記の本はイタリア旅行を計画されている方には参考になるので
おススメします。見所や歴史などを分かりやすく書いてあります。私が旅行で聞いた内容とほぼ同じことが書かれていました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- KLMオランダ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
8月28日(土)の午前7時半に関西空港に到着、すぐに4階(国際線出発)の旅行社のカウンターの集まる区域にあるJTBの団体受付カウンターへ向かい、今回案内してくれた添乗員さんから説明を受けました。今回利用するのは、オランダ航空なので、チェックインカウンターへ。
チェックインを済ませた後、さっそく出国審査を済ませ、免税店を回った後、搭乗口で待機していました。
午前9時半から搭乗手続きが始まり、午前10時半には大阪を離陸して一路経由地のオランダのアムステルダムへ向かいました。
飛行時間は約12時間と私には十数年前のアメリカ旅行以来の長いフライトとなりました。
オラン航空の乗務員はほとんどが外国人(オランダ人かは不明)、日本人乗務員も3名程度乗務していますので、安心です。
機内設備は、ゲームやビデオをみることができるので、時間を持てあますことはないですが、見ることのできるビデオを限られているので、本や携帯ゲームなどを持ちこむと退屈しのぎにはなると思います。
機内食ですが、予想していたより美味しいもので、和食と洋食のどちらかセレクトできます。パンも温かいので美味しかったです。 -
オランダ空港に着いたのは現地時間で午後3時ぐらいでした。日本との時差はサマータイム時期なので-7時間となっています。オランダは大阪と比べて気温が低く、到着した時は身ぶるいをしてしまいました。大阪では35度でしたが、こちらでは20度程度だったと思います。
オランダにキンポール空港で、初めてツアー客全員と合流し始めて14名のつアーであることがわかりました。この時期にこんな少ないのは、理由があり、今回のツアーの売りの一つが航空機でのペア席を確約していることです。ヨーロッパでは、ご存知の方もおられると思いますが、夏のバカンスの時期が長く旅行等で移動する人が多いのです。つまり予約が多く、なかなか座席を並んで確保するのが難しく、この日程で確保できたのはこの数しかなかったからということを後で聞きました。
この少人数というのは、40名とかの大人数ツアーと比べて小回りがよく順調に予定通りこなすことができました。
オランダ空港では、入国審査があり、それを終えてイタリアのミラノ行きの飛行機の搭乗口へ向かいました。こちらの飛行場も広く移動に時間がかかるので、ほんとゆっくりと空港内のショップを見ている時間がありませんでした。ですが、オランダのお土産もたくさん売っているので興味のある方は覗いてみてはどうでしょうか。
なお、空港内の売店でサンドイッチを買っておいた方が良いとの添乗員さんの薦めで何個か買いました。というのも、ミラノに着くのは夕方6時ごろなので、そのままホテルに直行することになります。ですので、食事をする時間がないとのこと、おまけにホテルはミラノの外れたところにあり付近に売店やコンビニがないどうです。お腹が空いた時に困るので買っておくようにとのことでした。 -
ミラノでの宿泊ホテルは、「レオナルドダヴィンチ」です。外観はやや古い感じで、内部のエレベータとかも古い感じでしたが、周囲が静かなので落ちつきやすいホテルです。
ホテル到着後、添乗員さんから部屋のカギを受け取り、翌日の出発時間、食事時間、部屋に入ったら確認すべき点などが書かれた紙を渡され説明を受けました。ヨーロッパのホテルでは、よく水が出ない、お湯が出ない、タオルが足りないとかの問題が起きるので、チェックを最初にして下さいとのことでした。
今回の添乗員さんは添乗経験が豊富な方なので、このような注意点もしっかりアドバイスしてくれます。 -
部屋の中は結構広くて、旅行かばんなら二つぐらいは開くことができるスペースがあります。ベットも快適で気持ち良く寝ることができました。
-
翌日、朝5時半に起床して、ますは身支度を整えて、朝食前にホテルの近辺を散策しました。
朝食は7時からで、地下1階のレストランでビュッフェ形式で取ります。
ハムやベーコン、パンやヨーグルト、ジュースやコーヒーなど一通りの料理は揃っています。ただ、サラダがないのはちょっと残念でした・・・。 -
朝食を終えて、ホテルのフロントでチェックアウトした後、ツアー全員揃ったところで、添乗員さんから、イヤホンガイドが配られました。
これは小型携帯用受信機みたいなもので、この受信機があれば添乗員さんや現地ガイドの説明を少し離れていても聞くことができるものです。
片耳しかイヤホンはありませんが、小さな声でも聞き逃すことはなく、団体のツアーではよく使われています。
添乗員さんから使い方の説明を受けてから、ホテルの裏側の駐車場から大型バスに乗り込みミラノ観光へ出発。
15人(添乗員込)しかいないツアーなのに50名乗れるバスで移動なので、ゆったり乗れるのでいいのですが、ちょっと勿体ない気がしました。
早朝、8時それも日曜なので市内は交通量も少なく静かなものでした。添乗員さんからミラノについての概要説明と、今日は日曜日なのでお店のほとんどはお休みであることを聞きました。カトリック教徒が多いイタリアでは、日曜は安息日で、休むことになっており教会のミサに行くなど休息をとるそうです。
最初の観光地は、ミラノにあるお城、「スフォルツェスコ城」です。14世紀に建造されたお城で、ミラノ公国時代に領主であったスフォルツファ家の居城だったところです。
このお城の前でバスを降りて、現地ガイドさん(日本人)と合流し、さっそく中に入りました。 -
このお城は、写真で見るよりも実際見てみると、かなり大きいお城です。城壁も高くて堅牢な造りをしていることがわかります。このお城は、18世紀にオポレオンの遠征で占領された時に破壊されたそうで、現在あるのは近代になって修復されたものだそうです。
あとこのお城の中は美術館もあり、中には有名な彫刻家、ミケランジェロが亡くなる直前まで製作を続けていた彫刻が展示されているのだとか。時間がある方は是非、中に入って鑑賞してみてはどうでしょうか。
私達の場合、ツアーには含まれておらず、素通りしてしまいましたが、ちょっと見たかったと残念な思いをしました。 -
この絵は何か分かりますか?
この絵(紋章)は、ミラノ市の紋章なのです。由来は、ミラノを統治していたヴィスコンティ家(スフォルツファ家の前の領主)の紋章であったそうです。良く見ると蛇が書かれています。ガイドさんの話によると、イタリアの有名な車のエンブレムにも使用されているようです。 -
このお城は、建造時に当時活躍していたレオナルド・ダ・ヴィンチも設計に関わったと説明がありました。当時の領主、スフォルツファ家が文化的に素養が高くイタリア各地から芸術家を招聘したことで、レオナルド・ダ・ヴィンチもミラノに滞在することになったそうです。
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この銅版はお城の中に展示してあったものです。昔のミラノのを描いています。地図の中心は、ミラノで一番有名な大聖堂「ドウモ」があり、上には、「スフォルツェスコ城」があります。市街は、城壁で囲まれていたことがこの図で良くわかります。ちなみにこの図にはドウモを向かって道路ができていますが、ドウモ建設時はすべて水路であったとのことです。この水路を使って建築用石材を運搬していたとのことです。
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この日は、天気が良く、お城の写真も綺麗に撮ることができました。時間が限られていたので、お城の写真を撮る時間がなく限られた場所しか撮ることができませんでした。でも、城壁や塔はどれも立派で規模も日本とは比べることができないなと感じました。
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お城の中庭を抜け城の外に出ると、大きな公園が見えてきます。この公園は19世紀に英国式の公園として整備され、ミラノ市街で一番大きな公園とのことです。前方に見えるのが、平和の門(通称:凱旋門)と呼ばれ1807年にナポレオン遠征時に建てられたそうです。門はフランスの方角に向いているそうです。
この公園を観光して、「スフォルツェスコ城」の観光は終わりです。時間にして1時間もかからないほどです。
バスに乗る途中、現地ガイドさんが言っていたのは、ミラノでも花粉症が発生するのだとか。但し、日本と違いヨモギの花粉症が多いとのことでした。
また、近年の気候変動で、ミラノも秋が短くなったとのことで、夏が終わるとすぐに気温が下がり、冬が来たように感じると話していました。 -
「スフォルツェスコ城」のある公園を出ると付近は、住宅街ですが、さすがに歴史のある街だけあって住宅も写真に撮りたくなるほどです。
住宅(アパート?)の屋根の高さも均一がとれていて見ていても綺麗なものです。 -
「スフォルツェスコ城」からバスに乗り、約10分ほどで次の観光地である
オペラ劇場として世界的に有名なスカラ座のある広場にやってきました。
スカラ座の前はちょっとした広場となっており、前の道路にはちょっとレトロな路面電車が走っています。
このレトロな電車はこの古い街並みに合って異和感がありません。やはりここにもイタリア人のこだわりがあるのでしょうか。 -
この広場は、スカラ座に面しており「スカラ座広場」と呼ばれています。
正面の銅像は、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」と四人の弟子の像です。
レオナルド・ダ・ビンチの30歳頃を模して造られたそうですが、ちょっと
老け過ぎじゃないかと思うほど、遠くで見ると老人に見えてしまいました。
なお、この広場にある建物も古いのですが、現在も市庁舎として使用されて
いるそうです。 -
上記の写真の広場に道路を面して建っているのがスカラ座です。
このスカラ座ですが、日本でも映画館の名前でスカラ座と付くものが多いのですが、ここから来ているとの説明がありました。
歴史はそんなに古くはなく、1776年〜1778年に建てられたそうで、元々は教会があったそうです。その教会の名前が「サンタマリア・デッラ・スカラ教会」だったのでスカラ座と命名されたそうです。
なぜ、このスカラ座がゆうめいなのかというとオペラが初めて上演された劇場であり、現在もハイレベルなオペラを上演することから有名になっています。中は博物館も併設されており、オペラの歴史や道具に関して展示されています。また、公演がない場合は、舞台も見学できるようです。 -
スカラ座広場から歩いてすぐのところにブランドショップやカフェ、ホテル、その他ショップが並ぶ有名なアーケード「ヴィトリーオ・エマヌエーレ2世のガッレリア」です。19世紀に12年の歳月をかけて作らrました。
天井がガラスなので、温かい陽射しが入り明るいアーケードになっています。床も紋章や絵が描かれており、歩いていても楽しいところでした。
ちなみにこちらにもマクドナルドがあります。このマクドナルドのトイレは無料とのことでした。
ミラノに限らずイタリアのトイレは公衆トイレは有料で、お店のトイレもなかなか貸してくれないのです。ですから、添乗員さんとか現地ガイドは、フリータイムが近づくどことどこにトイレがあるのか教えてくれます。まずは無料トイレから、有料トイレの場所まで教えてくれます。
お店のトイレを借りる(主にBAR≪バール≫と呼ばれるカフェ)ことがありますがその時も、コーヒーやカプチーノなどを注文するのが良いとかアドバイスしてくれました。 -
このアーケードのお店の中には上記の説明で書いたように誰でも知っているブランドのお店が入っています。アーケード自体も古いので、一層上品な雰囲気に包まれており、お店も外見上は高級そうに見えてしまいました。
-
アーケードの中心は広めの広場のようになっており、天井はガラスのドームになっています。
ドームの下には建物が角に四つ向き合うように立っていて、建物の上にはフレスコ画が描かれています。 -
フレスコ画はミラノから見た四方の世界を描いています。
高い位置にあるので、見上げて見なくてはならず、じっと見ていると
首が少し辛くなりました。 -
上記の写真の説明で、このアーケードの床にはモザイクタイルで絵が描かれていると書きましたが、イタリアの主要な州の紋章も描かれており、この写真はピエモンテ州の紋章である牡牛が描かれています。ピエモンテ州の州都がトリノで、2006年に冬季オリンピックが開かれた都市でです。
この人たちは何をしているのか言えば、トリノは130年前にイタリアが統一された時に中心となった都市で、この紋章の中心を踵で踏み一回転すると良いことがあるという伝説があり踏みつけてくるりと一回転しているところなのです。多くの人に踏みつけられているので、かなりへこんでいました。 -
アーケードを抜けると、そこには巨大な大聖堂「ドウモ」が見えてきました。ゴシック様式で造られたドウモで、ゴシック建築で造られた教会ではイタリア最大規模の教会とか。建設は1386年代に始まり完成したのは1812年と約5000年もかかって造られました。
私達日本人には気の遠くなるような、時間をかけて建設された教会とあって細部にわたり細かい技巧が施されています。
現地ガイドから、ドウモの説明を聞いた後、中に入ろうとしましたが、日曜日なので、ミサが開かれており、団体ツアーでの入場やガイドが説明することができないとわかりました。仕方ないので、個別に入場して見学することになりました。
イタリアでは、日曜には、ミサが行われるので教会の見学では、このようなことがよくあるそうです。
ここで添乗員さんから見学を含めたフリータイムを1時間半ほど頂きました。
ツアー客は解散後、それぞれドウモの見学や、スカラ座の見学などに分かれて行動しました。 -
ドウモに入る際に、入口でチェックがあり、リュックサックとかはチェックされるようです。また、夏の間は女性はノースリーブであれば入場できませんので注意して下さい。肌の露出を禁じているところがイタリアの教会では多いのです。
あと、ミサの間は、祈っている人を撮影してはダメ、フラッシュを付ける、ポーズ写真は禁止など規則があるので注意して下さい。
この写真は高感度(iso3600)で撮影しました。フラッシュがつけられないので高感度で撮影したのです。
また、ミサの間は厳粛な宗教行事が行われているので静かに行動した方がいいと思います。
この写真は、本来はダメなのですがこっそりとミサの様子をパチリと撮っものです。 -
ドウモの中を見学した後、添乗員さんにドウモの上に登る方法を教えられたので裏側に回りました。ドウモの上に上がるのには階段とエレベータの二つの方法があります。私達は楽なエレベータで上りました。
ちなみにこのエレベータも有料で、1人7ユーロ(1ユーロは107円で換算)
と日本と比べて高めです。また乗っている時間は3分もないと思います。
上からはミラノ市街を一望できるのと、ドウモの屋根にある数々の彫刻をみることができます。 -
ドウモでの観光を終えた後、バスに乗ってレストランへ。この日のメニューはというと、リゾットとミラノ風カツレツです。
このお店は、巨大なピザで有名?らしいのですが、リゾットのお味は今一つであまり美味しいものではありませんでした。これなら、まだ日本のお粥の方が美味しいかもと思ってしまいました。 -
あとの一品がミラノ風カツレツです。味はまずますといったところです。でもトンカツが好きな私にはちょっと物足りない薄さでした。
ちなみにイタリアのレストランでは、お水は日本みたいに、タダではありません。ミネラルウォーターかコーヒーや、カプチーノ、ジュース、ワインなどを各自でオーダーしなくてはなりません。もちろんツアーの代金に含まれていないので自腹です。
ミネラルウォーターはご存知の方も多いと思いますが、炭酸ガス入りとガスなしがあります。ガスありは癖があり私はガスなしで注文しました。
値段は1ユーロから2ユーロ程度でした。 -
約1時間の昼食を終えて、トイレを済ませた後、バスに乗り次の目的地ベローナへ向かいました。
ベローナまで、高速道路で行きましたが、イタリアの高速道路には日本より早くETCシステムが導入されたそうです。日本の高速道路公団はイタリアまで視察に来たことがあると添乗員さんが説明してくれました。
この写真は、バスの車窓から撮ったものですが、イタリアの風景はどこか日本と似ているところがあり、少し親近感がわいてきました。 -
ミラノから高速道路を使って約1時間半ほどでベローナの近くに到着しました。さて、市内に入る前にドライブインに入ってトイレ休憩が30分ほどありました。
このドライブインですが、高速道路沿いにあるサービスエリアとは違い、街中にあるお土産です。看板もなければ、案内もないので外から見ればお店とはわかりません。明らかに外国人向けの土産物屋なのははっきりとわかります。
ルックJTBのコースでは、今年から土産物屋に連れていかず観光に時間を割くことを宣言しています。私も今までツアーで不要な土産物屋に案内され時間が無駄になったと感じたことが多かったのでこのツアーを選びました。
では、なぜこのような土産物屋へ案内するのか理由はいくつかあります。
①観光地のトイレは、有料が多く不便であること
②観光ばかりで自由時間が少ないので、買物をする機会を設定する必要があった。
③言葉の問題なく買い物できる機会を設定する必要があった。
特に年配の方が多いツアーなので、少ない自由時間で歩きまわることが難しいのと言葉ができないので安心して買い物できないことを配慮しているのかもしれません。まったく買物する店に案内しないと、後でクレームを付ける
人がいるのかもしれません。
この店は日本人スタッフがいて試食や試飲もあり安心して土産物を購入できました。但し、値段はやはり地元のお店で買うより高めになっていたと思われます。
このようなドライブイン(トイレ休憩)はツアー中、何度かありましたが、1日1店程度と少なかったのと、確かに慌ただしくトイレすることもないので、休憩と思えばまぁ、仕方ないかと納得しました。
トイレ休憩後、バスは市内に入りましたが、中心部(城壁の内側)はバスの乗り入れが禁止されているので、バスから降りて観光することになります。 -
このベローナの街は古代ローマ帝国時代から始まり、北イタリアの交通の要衝として栄えてきました。当時の遺跡も発掘されてこのように保存されています。
この街にも規模は小さいもののローマと同じようなコロッセオが残っています。
この街が有名になったのはご存知の方も多いと思いますが、シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の舞台となったところです。
ベローナは、イタリア人の現地ガイドさんに案内してもらいました。もちろん日本語が流暢な方でした。 -
ベローナの街は小さく、このような細い道に古い住宅があり、街全体が世界遺産に登録されています。
地元住民は26万人ですが、旅行シーズンには内外から何倍もの人が訪れる観光地なのです。 -
ベローナで最初に訪れたのが、上記でも書いた「ロミオとジュリエット」の舞台となったジュリエッタの家です。
写真を見ていただくとわかりますが、内外から多くの観光客で賑わっていました。特に恋愛に関するスポットなのでカップルや夫婦連れが多かったです。 -
正面の入口から入ると、男性が入口の門扉に上り壁に何やらメッセージを書いています。
よく見ると壁一面、落書きだらけです。これは訪れた観光客が、残していった愛のメッセージなのです。ヨーロッパ人の恋愛にかける情熱には本当に脱帽します。
この落書きは、定期的に消されるのですが、すぐに壁一面落書きだらけになるそうです。 -
中に入ると、敷地は予想以上に狭く、多くの観光客で一杯でした。この写真はロミオとジュリエットに出てくる有名なバルコニーです。
このバルコニーに上がるのは有料なので私達は下から眺めるだけでした。 -
このバルコニーの下の敷地内にジュリエット(現地ではジュリエッタと呼ばれる)の像があり、右胸を触ると、幸せな結婚が出来ると言われています。
その為か、右胸はテカテカ光っています。 -
続いて訪れたのが、ベローナの官公庁の庁舎が集まったシニョーリ広場です。ベローナが独立した都市国家であった時代はここに政府があった場所なのです。建物自体は12世紀から16世紀に建てられたものが多いのですが、この写真の塔(ランベルティの塔)が一番古いそうで、83メートルの高さだそうです。
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この写真が、シニョーリ広場で、中心に建っている像は、歴史の教科書にも出てくる長編叙述詩「神曲」を書いたダンテの像です。神曲はイタリア文学で最大の古典と言われています。ダンテは文学家でもあり政治家でもありました。フィレンチェ出身でしたが、このベローナに亡命していたこともあり、像が建てられたそうです。
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広場から少し歩いた所にあるのが、このベローナを支配していたスカラ家の廟所です。スカラ家は13世紀〜14世紀にかけてこのベローナを支配していました。スカラ家と言えば、ミラノの観光でスカラ座を紹介しましたが、
スカラ座のあった場所に教会を建てたのが、このスカラ家からミラノの統治者ヴィスコンティ家に嫁いだ女性なのです。ですので、スカラ座の名前の由来を辿ればこのベローナの支配者の名前だったのです。
この廟所(墓所)には、石で出来た棺や立派な彫刻が施された塔があります。 -
廟所の観光を終えた後、大きな広場に移動しました。ここには観光客相手のレストランやお店が並んでいます。ここで20分ほどのフリータイムが与えられました。私達は、近くのお店を覗いてみたり、写真を撮ったりしましたが、20分はあっと言う間に過ぎてしまいました。
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フリータイムの後、バスの停まっている場所へ向かいしましたが、現地ガイドさんの案内で、観光客の多い通りではなく、裏通りを歩いて向かいました。裏通りですと、このように人が少なく楽に歩くことができます。
また、表通りとは違い、人に邪魔されず写真を撮ることができます。やはり古い町は住宅も絵になる被写体になるので、思わず撮ってしまいます。 -
バスに向かう途中、ベローナで最後の見所であるアレーナと呼ばれる円形闘技場を外から見ることが出来ました。アレーナはローマのコロッセオと比較するととても小規模ですが、2万5千人も収容できるそうです。
建てられたのが紀元1世紀というのでローマ時代に建てられたことになります。
ちなみにこのアレーナは現在もオペラ劇場として利用されており、夏は夜9時からオペラの上演が行われるそうです。ですので、夜になると大型バスでオペラを見に来る観光客が訪れるそうです。
古い文化遺産もまだまだ現役とは、イタリア人の古い物を大切に使う精神には敬服します。 -
バスが停まっている所まで歩いている途中、ベローナの城壁に沿って歩いていたのですが、城壁をみると無数の穴があいていることに気づきます。
ベローナは街全体が世界遺産でもあり、城壁を壊すことができません。そこで城壁の外側に建物を建て、城壁も穴をあけて利用しているそうです。
なので、城壁外側の建物が城壁にピッタリとくっついて建てられています。
内側には窓として穴が開けられたり入り口が作られたりしています。 -
ベローナでの観光を終えた後、私達はバスに乗り、次の目的地であるベネチアへ向かいました。バスで約1時間半ぐらいで、到着し滞在するホテルに入りました。ホテルは、ベネチア本島ではなく、橋を挟んで対岸(本土)にあるメストレ地区にあります。ホテル名は「ベストウエスタン ボローニャ」です。
ツアーでは、ほとんどベネチア本島のホテルではなく、この対岸(本土地区≪メストレ地区≫)にあるホテルを利用することが多いそうです。
ベネチア本島は狭くてホテルの数が少ないのと、建物自体が古く、ヨーロッパ方式のホテルがほとんどで、施設が快適ではなないことが選ばれない理由になっているようです。
今回宿泊したホテルは、鉄道のメストレ駅のすぐ側にありますが、付近には買物できるしスーパー(小さな商店はあるようですが)はなくやや不便な場所にあります。
ホテルは小さいながらも、内装は最近改装を行ったとのことで、部屋は綺麗で快適した。
ホテルに入った後、添乗員さんから部屋のカギといつものように、翌日の予と注意事項が書かれた紙を渡され一旦解散しました。 -
部屋の内装も綺麗でテレビも最新の薄型テレビが置かれており、洗面所や浴室も綺麗で満足のできるレベルです。
ちなみにこのホテルではロビーにパソコンが数台置かれており、宿泊者は自由に利用することができます。但し利用する際は、フロントでIDとパスワードをもらわないとできません。
また、日本語のホームページは見ることができますが、日本語で入力することができず検索やフリーメールを使用することができませんでした。
このパソコンを使いインターネットで天気予報を確認したお陰で、翌日は大変助かりました。それについては、ベネチアの観光のところで書きたいと思います。 -
ホテルで一休みした後、夕食(夜8時から)まで時間があったので、ホテル付近を散歩しました。
まずは、ホテル近くの駅に向かいました。イタリアでは駅には改札がなく出入り自由になっているようで、私達も中にに入っていきました。駅のホームは夕方なので、人はそれほど多くなく、田舎の駅みたいな感じでした。 -
ホームに入ると、何本か電車が入ってきました。ホームや構内を観光気分で覗き回りましたが、日本の鉄道と違ってちょっと構内が暗いなという感じを受けました。
今回のツアーではイタリアの鉄道を利用することはなかったのですが、どんな感じなのか雰囲気だけはなんとなくわかりました。 -
駅からホテルに戻る時にホテルの外観をパチリと撮りました。道路に面していますが、騒音はそれほど気になりませんでした。日曜で、普段の交通量が
少なかったかのかもしれません。
さて、夕食は、8時ぐらいから始まりメニューはイカ墨のパスタと魚介類の揚げた物が出て来ました。今回のイカ墨のパスタはその名の通り、黒いパスタで味はさっぱりして食べやすいのですが、歯が黒くなってしまうのが難点です。
食事では、大テーブルで添乗員さんとツアーの参加者の数人と同席だったのですが、添乗員さんから今までのヨローパツアーの苦労談(エピソード)などを伺うことが出来ました。経験豊富な添乗員さんから色々な情報が得られたことは大きな収穫でした。今後、旅行を計画する上で参考になるものばかりでした。 -
翌日、朝6時前に起床し、荷物を整理して部屋の外に出してから1階の食堂に集合して7時から朝食をとりました。このホテルは他のJTBのツア−客も滞在していまして、朝は大変込み合いました。他のツアーは同じJTB主催のツアーでしたが、30名ぐらいいました。ですので早めに行かないとバイキング方式なので並ばないといけなくなります。
朝食後、8時にホテルロビーに集合しましたが、私はホテルのロビーから空模様を見てみると、どんより雲で怪しそうだったので、ロビーにあったパソコンを使ってネットで天気予報を見てみたら午後から雨とのことでした。
集合後、バスに乗った後、添乗員さんに一言報告しておきました。もちろん添乗員さんもテレビで天気予報はチェックしていましたが、降水確率までは
知らなかったようです。本来、午後からベネチアで有名なゴンドラに乗って遊覧する予定となっていましたが、予定を変更して午前中に乗ることができるようにしてくれました。
この天気予報を見ていなかったら、本当にゴンドラに乗ることはできませんでした。
さて、バスに乗って、本土とベネチア本島を結ぶリベルタ橋を渡り、ベネチア本島まで約30分ぐらいで到着します。本島に着いたら、駐車場で降りて小型船に乗ってサンマルコ広場まで行くことになりました。今回のツアーは14名と少なかったので写真のような小型船でしたが、30人か40人のツアーの場合はどうなるのかはわかりません。 -
サンマルコ広場まで、船に乗って20分ぐらいかかるので船酔いする人は、酔い止めの薬を飲んでおくことをお勧めします。小型船なので、天気が良くても多少は揺れます。船は水路沿いを通ってサンマルコ広場へ向かいますが、途中の水路沿いの住宅は本当に絵になる光景です。
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サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会を船の上から撮ったものです。今回は船の上から外観しか見ることは出来ませんでしたが、近くから見ると立派な教会です。時間があれば、見てみたいと思いました。
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サンマルコ広場近くにある船着き場から撮ったベネチア本島向かいにあるサン・ジョルジョ・マッジョーレ島にある「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」を撮ったものです。この教会も残念ながら、今回のツアーでは見ることができませんでした。
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ベネチア本島で一番有名なのが、サンマルコ広場です。写真ではわかりくいですが、本当に広い広場です。昔、ベネチアが独立都市国家であった時代は、ここに政府機関が集まり、ベネチアの中心でもありました。
この写真は、ベネチアで一番高い建物「大鐘楼」です。16世紀初頭に灯台と見張り台を兼ねて建設されたそうですが、1902年に倒壊し今あるのは再建された塔になります。
エレベータもあり簡単に登ることもできるそうですが、私は今回登るチャンスは残念ながらありませんでした。 -
この写真は、サンマルコ広場にあるベネチアの元首であった総督が政務をおこなった建物で「ドゥカーレ宮殿」といいます。最初に観光したのはこの宮殿で、現地ガイドと合流した後、見学をしました。
内部は写真撮影が禁止されていますので、写真では紹介できませんが、総督が外国の使節団と謁見する謁見の間を始め、2000人を収容できる「大評議会の間」の天井画など圧倒される装飾や絵画に驚くばかりです。当時のベネチアが、貿易でどれだけ繁栄していたか、よくわかります。
また、内部には裁判が行われた部屋、裁判官の控室なども見学ができます。また、有名な「溜息の橋」を渡り、囚人が収容されていた監獄もみることができます。監獄ですが、石造りの暗いジメジメした環境で、こんなところに入れられたら、私なら1か月ももたず発狂して死んでしまうかもと思ったほどです。
このドゥカーレ宮殿を見学した後、隣にあるサンマルコ寺院を見学しました。
このには、聖書を書いた1人でエジプトで殉教した「聖マルコ」の遺骸が安置されています。ちなみにこの聖マルコの遺体は昔、二人のベネチア商人によって運ばれてきたそうです。聖マルコはベネチアの守護聖人となっています。この教会も天井画が綺麗で立派なものですが、写真撮影はしていないので写真はありません。
ちなみにこのサンマルコ教会は入り口で、服装チェックがあり夏などで多いノースリーブの服装では入ることは出来ませんので注意して下さい。 -
サンマルコ寺院を見学した後、やはり天気がだんだん怪しくなってきましたので、ゴンドラに乗って遊覧することになりました。ゴンドラ乗り場は、サンマルコ広場のすぐ近くで、多くの観光客が、すでに列を作って待っていました。私達は、6人用のゴンドラ二つと4人用のゴンドラに分乗し遊覧を始めました。ゴンドラは小舟なので、意外と揺れますが、それほど危ないと思うことはありませんでした。
船頭は当地ではゴンドリエーレと呼ばれ、長い訓練と経験を積んでいますのでうまい具合に漕いでれます。
さて、この写真はさきほどドゥカーレ宮殿見学時に渡った「溜息の橋」です。囚人が裁判を受けて、この橋を通り監獄に収容される時に、最後に見る外の景色を見て溜息をついたことからこの橋の名前がついたとされますが、
現在は工事中で、このように企業の看板で覆われています。 -
ゴンドラは狭い水路を、ゆっくりと進み私達は水路の両側の住宅やホテルを眺め、写真を撮りました。でも、さすがにベネチアは水路の町とあって、水路が町中にあり、船が交通手段、運搬手段として使われています。車やバイクは道が狭く、走ることができないのです。
水路はゴンドラがひしめくように行き交っていますので、所々では渋滞も発生します。 -
先ほども上で書きましたが、ホテルや商店では物資を運ぶのに船を利用しています。この写真では果物や野菜を船に積んでいますが、それだけではなく、ゴミの収集も船で行われているようです。
私達のゴンドラも途中でゴミ収集船とすれ違いましたがさすがに臭かったです。まぁ、ベネチアも人が住んでいる所ですので、さすがに文句は言えません。 -
さて、古い町並みをゆったり眺めてのゴンドラでの遊覧も約40分ほどで終了しました。私達は、添乗員さんや現地ガイドと合流して、ベネチアの街を歩き、伝統工芸のベネチアンガラス工房へ向かいました。
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このツアーでは、上でも書いたように買物のお店にはなるべく行かないと宣言していましたが、伝統工芸品の製造工程を見せてくれるお店には案内されます。(観光の一環として・・・)
ツアーに参加したことがある方ならお分かりだと思いますが、工房の人から製造工程について説明があり、職人さんが製造工程を見せてくれます。
その後、併設されているお店の人が案内し、商品の説明を始めます。フロアーの棚には色とりどりのベネチアンガラスで出来たカップやグラス、皿やインテリアが所狭しと置かれています。
さすがに伝統工芸品とあって安くはなく、何万円もするものが多かったです。このツアーの参加している人で買った人はいませんでした。
買って帰りたいとおもうような物がなかったからだと思います。私も全然興味がなくさらっと見て終わりました。
このお店を出た後、昼食込みのフリータイムが2時間半与えられました。
解散前には、添乗員さんから歩く時の注意点やお昼を食べるお店について教えてくれました。ここはベテラン添乗員さんなので、念の行った注意・アドバイスをしてくれました。 -
ただ、工房とお店の場所から、私達が行きたい有名な橋「リアルト橋」までの歩き方がわかりにくいので、一旦サンマルコ広場まで戻り、添乗員さんがそこからの歩き方を地図を使って教えてくれました。
私達は、全員リアルト橋へ行く予定だったので14人揃って行動しました。
途中、大雨が降り、傘を持っていなかった人は途中のお店で購入しなんとか目的のリアルト橋へたどり着きました。
ところで、ベネチアの街は迷路のように道が入り組んでいるので迷子になりやすく、何度か迷いかけました。
そう言えば、添乗員さんからは、迷子になったら絶対迷子になった地点を動かないでと注意されました。動き回ると探すのにとても時間がかかってしまうので、動かないでじっとしている方が探し出す時間が短くできるそうです。
あと、ベネチアの天気もいつ雨が降るかわからないので傘は持参した方がいいかもしれません。今回、私は持参したので濡れずにすみました。 -
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