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日勝峠は日高町と清水町の間にある峠で、日高山脈北部に位置し、標高1,023m。日高と十勝との間にあることから命名されたそうです。道央〜道東を結ぶ主要な道路で多くの大型車が昼夜を問わず通行するため圧雪アイスバーンが形成しやすく、路面状況も含めると世界的にもトップクラスの厳しい峠となっいます。<br />昨年、道東自動車道 十勝清水〜占冠間が供用開始され、日勝峠経由の頻度が低くなっています。<br />今回の帯広・十勝川温泉の旅は一般国道を主体にして今後、殆ど通ることのない日勝峠を通ることにしました。

秋めく 北の旅人 道東(十勝川温泉・帯広)

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2010/09/11 - 2010/09/12

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ヒコタロウ

ヒコタロウさん

日勝峠は日高町と清水町の間にある峠で、日高山脈北部に位置し、標高1,023m。日高と十勝との間にあることから命名されたそうです。道央〜道東を結ぶ主要な道路で多くの大型車が昼夜を問わず通行するため圧雪アイスバーンが形成しやすく、路面状況も含めると世界的にもトップクラスの厳しい峠となっいます。
昨年、道東自動車道 十勝清水〜占冠間が供用開始され、日勝峠経由の頻度が低くなっています。
今回の帯広・十勝川温泉の旅は一般国道を主体にして今後、殆ど通ることのない日勝峠を通ることにしました。

同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配

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  • 国道5号線<br />9月11日午前7時過ぎ函館市を出発しました。

    国道5号線
    9月11日午前7時過ぎ函館市を出発しました。

  • 駒ヶ岳(渡島富士)1<br />伊達市から室蘭方向に向かう途中、駒ヶ岳がボンヤリと見えました。<br />朝方 道南地方は小雨がぱらついており視界はイマイチでした。

    駒ヶ岳(渡島富士)1
    伊達市から室蘭方向に向かう途中、駒ヶ岳がボンヤリと見えました。
    朝方 道南地方は小雨がぱらついており視界はイマイチでした。

  • 駒ヶ岳(渡島富士)2<br />

    駒ヶ岳(渡島富士)2

  • 白鳥湾展望台から1<br />午前10時30分室蘭市に到着しました。<br />

    白鳥湾展望台から1
    午前10時30分室蘭市に到着しました。

  • 白鳥湾展望台から2<br />展望台から駒ヶ岳方向を望む

    白鳥湾展望台から2
    展望台から駒ヶ岳方向を望む

  • 白鳥湾展望台から3<br />展望台から室蘭港・大黒島を望む

    白鳥湾展望台から3
    展望台から室蘭港・大黒島を望む

  • 白鳥湾展望台から4<br />展望台から白鳥大橋を望む

    白鳥湾展望台から4
    展望台から白鳥大橋を望む

  • 白鳥湾展望台から5<br />展望台から白鳥大橋を望む

    白鳥湾展望台から5
    展望台から白鳥大橋を望む

  • 白鳥湾展望台から6<br />室蘭市 天然の良港を活かし鉄鋼業(鉄の街・室蘭)を中心に発展した。室蘭の名前の由来は、アイヌ語のモ・ルエラニ「小さな坂道の下りたところ」いう意による。明治期はの呼称はモルラン。かつては20万人近くを有する都市でしたが、現在は10万人下回ったようです。<br />江戸時代 松前藩によってエトモ場所とモロランと呼ばれる二つの家臣の知行地が開かれていました。

    白鳥湾展望台から6
    室蘭市 天然の良港を活かし鉄鋼業(鉄の街・室蘭)を中心に発展した。室蘭の名前の由来は、アイヌ語のモ・ルエラニ「小さな坂道の下りたところ」いう意による。明治期はの呼称はモルラン。かつては20万人近くを有する都市でしたが、現在は10万人下回ったようです。
    江戸時代 松前藩によってエトモ場所とモロランと呼ばれる二つの家臣の知行地が開かれていました。

  • 白鳥湾展望台から7<br />展望台から室蘭港・駒ヶ岳を望む<br />

    白鳥湾展望台から7
    展望台から室蘭港・駒ヶ岳を望む

  • 登別温泉1<br />登別温泉は、江戸時代からその存在を知られており、明治時代に温泉宿が設けられ保養地・観光地となった。地名語源は、アイヌ語の「ヌプル・ペツ」(水色の濃い川)温泉成分が川に流れ込んだ様を表現した地名のようです。<br />登別温泉の魅力は硫黄泉・食塩泉・鉄泉・明ばん泉など世界的にも珍しい多種類の温泉が湧出していることで温泉のデパートとも言われているようです。

    登別温泉1
    登別温泉は、江戸時代からその存在を知られており、明治時代に温泉宿が設けられ保養地・観光地となった。地名語源は、アイヌ語の「ヌプル・ペツ」(水色の濃い川)温泉成分が川に流れ込んだ様を表現した地名のようです。
    登別温泉の魅力は硫黄泉・食塩泉・鉄泉・明ばん泉など世界的にも珍しい多種類の温泉が湧出していることで温泉のデパートとも言われているようです。

  • 登別温泉2 第一滝本館<br />今回、日帰り入浴として第一滝本館に入湯しました。

    登別温泉2 第一滝本館
    今回、日帰り入浴として第一滝本館に入湯しました。

  • 登別温泉3 第一滝本館<br />第一滝本館内 大金棒等

    登別温泉3 第一滝本館
    第一滝本館内 大金棒等

  • 登別温泉4 第一滝本館<br />第一滝本館の創始者滝本金蔵は武蔵の国本庄村(埼玉県)に生まれた。もともと江戸の大工職人だった金蔵は、1858年、幕史の新井小一郎が函館奉行所付きで渡道する際に誘われて長万部等へ 当時、妻の佐多は皮膚病に悩んでおり登別に湯小屋を造り湯治した。これが「愛妻の湯」滝本の始まりだったようです。<br />

    登別温泉4 第一滝本館
    第一滝本館の創始者滝本金蔵は武蔵の国本庄村(埼玉県)に生まれた。もともと江戸の大工職人だった金蔵は、1858年、幕史の新井小一郎が函館奉行所付きで渡道する際に誘われて長万部等へ 当時、妻の佐多は皮膚病に悩んでおり登別に湯小屋を造り湯治した。これが「愛妻の湯」滝本の始まりだったようです。

  • 登別温泉5 第一滝本館<br />大金棒

    登別温泉5 第一滝本館
    大金棒

  • 登別温泉6 第一滝本館<br />

    登別温泉6 第一滝本館

  • 日勝峠1(清水側展望台)<br />午後3時過ぎ日勝峠に到着しました。

    日勝峠1(清水側展望台)
    午後3時過ぎ日勝峠に到着しました。

  • 日勝峠2(清水側展望台)<br />マップ

    日勝峠2(清水側展望台)
    マップ

  • 日勝峠3(清水側展望台)<br />

    日勝峠3(清水側展望台)

  • 日勝峠4(清水側展望台)<br />眼下に広がる十勝平野です。この日は道東も視界が悪く残念。<br />

    日勝峠4(清水側展望台)
    眼下に広がる十勝平野です。この日は道東も視界が悪く残念。

  • 日勝峠5(清水側展望台)<br />十勝平野 帯広方向と思います。

    日勝峠5(清水側展望台)
    十勝平野 帯広方向と思います。

  • 日勝峠6(清水側展望台)<br />十勝平野

    日勝峠6(清水側展望台)
    十勝平野

  • 日勝峠7(清水側展望台)<br />日高山脈

    日勝峠7(清水側展望台)
    日高山脈

  • 十勝川温泉1<br />午後4時30分 十勝川温泉に到着しました。<br />十勝川温泉は1900年(明治33年)に開湯。やがて1910年頃より十勝川沿いに旅館が建ち温泉街が形成されたそうです。<br />モール泉とは植物起源の有機質を含んだ温泉のことでモール温泉とも言われています。モールとはドイツ語で湿原の意で昭和初期には十勝川温泉を含め世界で2箇所しかないと言われて来ました。しかしその後、各地でモール泉が確認されて居るようです。<br />しかし初めて入るモール温泉 すべすべ感が素晴らしい温泉でした。

    十勝川温泉1
    午後4時30分 十勝川温泉に到着しました。
    十勝川温泉は1900年(明治33年)に開湯。やがて1910年頃より十勝川沿いに旅館が建ち温泉街が形成されたそうです。
    モール泉とは植物起源の有機質を含んだ温泉のことでモール温泉とも言われています。モールとはドイツ語で湿原の意で昭和初期には十勝川温泉を含め世界で2箇所しかないと言われて来ました。しかしその後、各地でモール泉が確認されて居るようです。
    しかし初めて入るモール温泉 すべすべ感が素晴らしい温泉でした。

  • 十勝川温泉2<br />日帰り入浴した「第一ホテル」です。

    十勝川温泉2
    日帰り入浴した「第一ホテル」です。

  • 十勝川温泉3<br />十勝川温泉 第一ホテルから見た十勝川方向です。

    十勝川温泉3
    十勝川温泉 第一ホテルから見た十勝川方向です。

  • 帯広市1<br />午後5時30分頃、帯広市に到着しました。<br />帯広の街は、官主導の屯田兵や旧幕府家臣による開拓ではなく、静岡県出身の依田勉三率いる晩成者一行が1883年(明治16年)に入植したのが開拓の始まりのようです。帯広の名の由来は、アイヌ語「オペレペレケプ」(川尻が幾つにも裂けている所)または「オベリベリ」(オペレペレケプの和人なまり)からとも言われているようです。

    帯広市1
    午後5時30分頃、帯広市に到着しました。
    帯広の街は、官主導の屯田兵や旧幕府家臣による開拓ではなく、静岡県出身の依田勉三率いる晩成者一行が1883年(明治16年)に入植したのが開拓の始まりのようです。帯広の名の由来は、アイヌ語「オペレペレケプ」(川尻が幾つにも裂けている所)または「オベリベリ」(オペレペレケプの和人なまり)からとも言われているようです。

  • 帯広市2<br />本日のお宿です。このホテルはモール温泉付です。

    帯広市2
    本日のお宿です。このホテルはモール温泉付です。

  • 帯広市3<br />帯広市宿泊ホテル付近の街並みです。

    帯広市3
    帯広市宿泊ホテル付近の街並みです。

  • 帯広市4<br />すっかり有名になった帯広の新名所「北の屋台」等<br />そして今年7月にオープンした十勝の長屋の居酒屋等で夕食を取ることにしました。広尾の方、地元帯広の方等 歴史、温泉等のお話を聞かせて頂きました。<br />明日は一日帯広で所用を済ませ函館へと帰ります。<br />片道400?以上の道程 しんどい旅でした。

    帯広市4
    すっかり有名になった帯広の新名所「北の屋台」等
    そして今年7月にオープンした十勝の長屋の居酒屋等で夕食を取ることにしました。広尾の方、地元帯広の方等 歴史、温泉等のお話を聞かせて頂きました。
    明日は一日帯広で所用を済ませ函館へと帰ります。
    片道400?以上の道程 しんどい旅でした。

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