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札幌の大通公園の西端に石造風の歴史的な建物があります。<br /><br />これは大正15年に札幌控訴院として建てられた建物で、現在は札幌市資料館として札幌市の歴史や法と司法に関する展示があるほか、市民が描いた絵画などを発表する場にもなっています。

【札幌建築散歩】札幌市資料館(旧札幌控訴院)

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2010/07/24 - 2010/07/24

8827位(同エリア9600件中)

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ヌールッディーンさん

札幌の大通公園の西端に石造風の歴史的な建物があります。

これは大正15年に札幌控訴院として建てられた建物で、現在は札幌市資料館として札幌市の歴史や法と司法に関する展示があるほか、市民が描いた絵画などを発表する場にもなっています。

一人あたり費用
1万円未満
  • 大きな車受けを持つファサード(正面)。左右対称で飾りが少ない抑制されたデザインが特徴です。<br /><br />一見すると石造に見えますが、完全な石造ではなく、軟石の内側には煉瓦を積んで石と組み合わせる「組積造」という工法で建てられていますが、柱や床は鉄筋コンクリート造となっている混合構造です。

    大きな車受けを持つファサード(正面)。左右対称で飾りが少ない抑制されたデザインが特徴です。

    一見すると石造に見えますが、完全な石造ではなく、軟石の内側には煉瓦を積んで石と組み合わせる「組積造」という工法で建てられていますが、柱や床は鉄筋コンクリート造となっている混合構造です。

  • 玄関正面の「札幌控訴院」の文字の上にはギリシア神話の法の女神(テミス)、その左右には公平を表す秤と正義を表す剣、その後ろには真実を映す鏡の彫刻があり、これらで法の権威と公平の原則を表しています。<br /><br />目隠しをしているのは私情を挟まずに公平に法を執行することを象徴しています。

    玄関正面の「札幌控訴院」の文字の上にはギリシア神話の法の女神(テミス)、その左右には公平を表す秤と正義を表す剣、その後ろには真実を映す鏡の彫刻があり、これらで法の権威と公平の原則を表しています。

    目隠しをしているのは私情を挟まずに公平に法を執行することを象徴しています。

  • 公平を表す秤と正義を表す剣の彫刻。

    公平を表す秤と正義を表す剣の彫刻。

  • 真実を映す「八咫鏡(やたのかがみ)」。<br /><br />ギリシアの女神と日本の神話の三種の神器が共存しているところが興味深いところです。

    真実を映す「八咫鏡(やたのかがみ)」。

    ギリシアの女神と日本の神話の三種の神器が共存しているところが興味深いところです。

  • 玄関は明るく堂々としたデザインでした。

    玄関は明るく堂々としたデザインでした。

  • 玄関から中に入ると左右に廊下が伸び、正面には螺旋状の階段があります。<br /><br />螺旋階段の前には2本の柱が置かれていますが、これは明治の洋館などによく見られます(例えば、東京の旧岩崎邸も同様の柱があります)。奥行きを演出する手法として使われるようです。<br /><br />階段の窓がステンドグラスになっているのは、この建築の特徴のようです。

    玄関から中に入ると左右に廊下が伸び、正面には螺旋状の階段があります。

    螺旋階段の前には2本の柱が置かれていますが、これは明治の洋館などによく見られます(例えば、東京の旧岩崎邸も同様の柱があります)。奥行きを演出する手法として使われるようです。

    階段の窓がステンドグラスになっているのは、この建築の特徴のようです。

  • 控訴院の刑事法廷の再現。<br /><br />大正15年から昭和22年頃までの法廷の様子が再現されて展示されています。

    控訴院の刑事法廷の再現。

    大正15年から昭和22年頃までの法廷の様子が再現されて展示されています。

  • 組積造の断面図。<br /><br />この建物が建てられるにはいろいろと紆余曲折があったようです。以前は函館にあった控訴院が札幌に移転となる際にも議論があり、やっと札幌に置かれることが決まった後は財政難による設計変更がなされました。<br /><br />展示内容によると設計変更は次のような次第だったそうです。<br /><br />大正11年(1922年)、建築工事がはじまりました。しかし、第一次世界大戦後の経済恐慌の余波と政府の財政緊縮政策により予算が削減され、さらに、大正12年(1923年)の関東大震災の影響により予定していた建築資材が入手不可能となり、設計変更が余儀なくされました。同じ大正期に建てられた「大阪」「名古屋」の両控訴院に取り付けられている高さ約6mの塔も、また、当時の主流であったスチーム暖房も取りやめました。基礎の深さも当初の7尺から5尺に変更しました。そうして、工事も遅れましたが、大正15年(1926年)にやっと完成しました。<br /><br /><br />この図でも基礎は5尺になっており、設計変更後のものであることが分かります。<br /><br />単に設計の変更というだけでなく、当時の社会事情が垣間見られるところが興味深いですね。

    組積造の断面図。

    この建物が建てられるにはいろいろと紆余曲折があったようです。以前は函館にあった控訴院が札幌に移転となる際にも議論があり、やっと札幌に置かれることが決まった後は財政難による設計変更がなされました。

    展示内容によると設計変更は次のような次第だったそうです。

    大正11年(1922年)、建築工事がはじまりました。しかし、第一次世界大戦後の経済恐慌の余波と政府の財政緊縮政策により予算が削減され、さらに、大正12年(1923年)の関東大震災の影響により予定していた建築資材が入手不可能となり、設計変更が余儀なくされました。同じ大正期に建てられた「大阪」「名古屋」の両控訴院に取り付けられている高さ約6mの塔も、また、当時の主流であったスチーム暖房も取りやめました。基礎の深さも当初の7尺から5尺に変更しました。そうして、工事も遅れましたが、大正15年(1926年)にやっと完成しました。


    この図でも基礎は5尺になっており、設計変更後のものであることが分かります。

    単に設計の変更というだけでなく、当時の社会事情が垣間見られるところが興味深いですね。

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