2010/06/24 - 2010/06/25
70位(同エリア232件中)
極楽人さん
この日から『ひとり旅』となって、最初に訪問した町がアッシジです。
ガイドブックには「カトリック・フランチェスコ派の総本山」「イタリアの守護聖人」
「永遠の聖地」「後を絶たない巡礼者」などなど、
無宗教の不心得者には敷居の高い言葉が並んでいました。
自分には場違いな「堅苦しい宗教都市」という先入観に、"ちょっと構えて"出かけましたが、
丘に張り付く旧市街、麓に広がる田園風景、折からの明るい陽光にも助けられて、いい町にめぐり逢えたと実感しました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- 中国国際航空
-
2010年6月23日。
フィウミチーノ空港で先に帰国する妻を送って、
いったんローマに戻りました。
この日の宿は、テルミニ駅前の私設ユースホステル。
妻と3泊したホテルもすぐ近くですが、
「ひとり旅」へと気分を切り替えました。
古びた雑居ビルの二階に受付。荷物室やキッチンもあって、4階までを宿泊用に使っています。
欧州には国際ユースホステル連盟に組織されたホステル以外にも、都市にはたくさんのプライベートホステルがあります。
設備や雰囲気はそれぞれですが、おおむね都心に近い便利な立地で、これは連盟所属のホステルにはないメリットです。
ここは一泊22ユーロ(大部屋)。
直接か、独自のホームページから申し込めます。 -
パイプ製の2段ベッドが5つ並んだ殺風景な10人部屋、
空気にはかすかに汗と埃の匂いが混ざっています。
寝床の周辺には荷物が散乱、"宿"というよりアナーキーな"バックパッカーのねぐら"といった感じです。
この日は満床で、国はまちまち。
男女の区別もなく、青年とお嬢さんが半々でした。
フロアーごとに共同の洗面室があります。
シャワーは薄いカーテン一枚の仕切り、物を置く棚もありませんが、皆なんとか工夫して使っています。
そういえば昔は、どこもこんな風でした。
夜は階下のバールで交歓、朝は短いエールを送りあってそれぞれの方向へと別れます。これも悪くないものです。 -
さて、翌朝はアッシジへ向かいます。
途中にあるスポレートの町に寄ることも考えましたが、経由する電車は午前11時28分発。
そんなには待てません。
それで、テルミニ発09:50発のアンコーナ行きESに乗り込みます。きれいな車内はガラガラでした。 -
フォリーニョ(FOLIGNO)で各駅停車に乗り換えます。
30分の待ち時間、乗ればあと10分でアッシジです。 -
途中、スペッロの町を通りました。
ここも途中下車候補でしたが、降車は見送りました。
慌しい旅になるのを避けたい気分になっていたからです。
やがて車窓にアッシジの町が。
スバジオ山の中腹に張り付く、名高い巡礼の町です。 -
12:03 駅に到着。駅名の書体も凝っています。
昨夜、ローマのバールで「明日はどこ?」と聞かれ、
「アッシジ」では通じませんでした。
「アッシージ」と伸ばしたほうがいいようです。
以前パリで「アラン・ドロン」が分かってもらえず、開き直って「えら・でろ〜」とだらしなく言ったら
「あぁ、でろ〜」と通じたことを思い出しました。 -
ホームの上、板張りの天井には町の紋章。
他にペルージャやスペッロなどの、
近隣の町の紋章もはめ込まれています。 -
駅舎は、修道院か美術館なみのクラシックデザイン。
信者の浄財で、財源に困ることはないのでしょう。 -
駅を出ると、
一面の畑の上にアッシジの町が広がっています。
先ずは荷物を置きに、ユースホステルをめざします。
バスもありますが、ここは遠景をじっくり見たいので徒歩で行くことにします。
バス通りを避けて、一本となりの道を丘へ向かいます。 -
枯れ色の麦畑の向こうに、緑のオリーブ畑。
その上に明るく清潔そうな町が乗っかっています。
丘の上の町は、遠くから眺めるのがいちばんです。 -
途中、何枚も写真を撮りながら、
たっぷり30分くらいは歩いたでしょうか。
後方から来た車が止まりました。
「ユースホステルなら、乗せてってあげるよ。」
管理人のおばさんで、買出しから帰るところでした。
ちょうど登りにさしかかっていたので、遠慮なくお願いしました。
でも、ユースはもうほんの目の前です。 -
アッシジのユースホステルは 『Ostero Della Pace』。
国際ユース連盟所属ですが、「申し込み」は個別に手紙かメールで行います。
日本から予約を打診したら「空いているから必要ない」と返事が来て、こちらもその方が自由度が高いのでそのままにしておきました。 -
受付で会員証を提示し、
シーツをもらって教えられた部屋に入りました。
驚いたことに、大きな部屋にはまだ誰もいません。
窓際の、下段のベッドをいただきました。 -
窓からは、アッシジが真正面から一望できます。
朝食付きで17ユーロ。
設備も整っていて、
どこを見てもゴミひとつ落ちていません。
ローマのユースとは、何もかもが正反対です。 -
洗面所もこんなに広くてきれいです。
難を言えば、多少雰囲気が暗い感じで・・・
管理人のおばさんもその夫も、笑顔や無駄口が一切ありません。
修道院って、こんな風なんでしょうか。
あとで分かりましたが、この日のお客は
同じ部屋にもう1人(ツーリング旅行の高齢者)、
家族部屋に中年夫婦と娘の3人、計5人です。
朝食では黙々と、同じテーブルを囲みました。
寝るだけの者には関係ありませんが、
規則には厳格なようで、うるさくすると叱られそうです。
そのへんが若者の集まらない理由かもしれません。 -
ひと休みしてから、旧市街に出かけました。
ユースホステルは丘の中腹、
この道を登ったすぐ先で駅から来るバス通りに合流します。 -
最初は、町の西端に建つ
『聖フランチェスコ教会 (Basilica di San Francesco)』。
13世紀に、アッシジ生まれの聖人フランチェスコの偉業をたたえて建設が始まった大寺院です。
カトリック・フランチェスコ派の総本山であり、アッシジの"象徴"です。 -
聖フランチェスコは裕福な家庭に生まれ、
放蕩生活の後に戦争捕虜となり、挫折します。
やがて宗教に目覚め、全財産を擲って福音の道に入ったそうです。
映画やテレビで繰り返しドラマ化されて人気を博す、
イタリア宗教界のヒーローです。
巡礼者が絶えない、と聞きました。今日もたくさんの子供たちが、先生に引率されてやってきます。 -
広々とした中庭、
堅牢な建屋は教会というより"砦"を連想させます。
1997年に直下型地震に見舞われたそうですが、
今は見事に修復されています。 -
西端から東へ向かって、
メインストリートを登ってゆきます。
通りには、レストランやお土産やさん。
重苦しい雰囲気の宗教都市を想像していましたが、
意外に明るく、"賑やかな門前町”といった感じです。
今日の天気が良いせいかも知れません。 -
進むごとに少しづつ高くなってゆく位置からは、
聖フランチェスコ教会のこんな姿や… -
坂の下の美しい街並みが見下ろせます。
-
屋根の向こうに、
ウンブリアの平原が広がります。 -
丘の中ほどに建つ、
『サン・ピエトロ教会』でしょうか。
写真を見比べて記憶を辿りますが、
どれもよく似た建物なので間違えそうです。
アッシジはどこを見ても、
淡い褐色の屋根と粗い石造りの壁で統一されています。 -
麓を見ると、旧市街から鉄道駅へ伸びる一本道。
ここを市内バスが行き来しています。
遠くの青いクーポラは、
駅の反対側にある『サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会』だと思います。
あのあたりが、新市街の中心でしょう。 -
白とピンクの大理石造りは『聖キアーラ教会』。
キアーラは聖フランチェスコの説く「清貧、貞節、従順」を誓い、一生を神に捧げました。
亡がらとともに、聖女として祭られています。 -
キアーラを守る、獅子のモニュメント。
-
路地の眺めも素敵です。
-
こんな感じの坂道を登って・・・
-
コムーネ広場にやってきました。
ここが旧市街の真ん中です。
『サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会』の脇には、
古代ローマ時代に建造された『ミネルヴァ神殿』。
町の起源の古さがうかがえます。 -
更に進みます。
坂道はいちだんと急になり、
町の最上部にある砦へと続きます。 -
ドゥオーモ広場です。
ドゥオーモの正式名は『サン・ルフィーノ大聖堂』、
アッシジの守護聖人聖ルフィーノを祭っています。
(聖フランチェスコは『イタリアの守護聖人』だそうです。) -
ドゥオーモ広場の横から延びる一本道。
ここを通って、一気に砦を目指します。 -
案内標識に従い、途中で左に曲がります。
強い陽射しでも、
湿気が少ないので日陰はひんやりしています。
それにしても、きつい坂です。 -
ようやくたどり着いたところは、
『マッジョーレ要塞 (Rocca Maggiore)』。
町のいちばん上です。 -
入口で5ユーロ払って、内部を見学します。
先の塔まで行きたいのですが、道が分かりません。
たまたま一緒にいたドイツ人家族と手分けして探しました。 -
ありました。
砦の2階から横道を下に降りて、
長〜い地下通路を通ってゆくようです。
写真は高感度で撮っていますが、
実際は"真っ暗"な石のトンネルが100mほど続きます。 -
出口は塔の上、
頂上ならではの格別の景色が楽しめました。 -
先ほど見てきた、聖キアーラ教会。
-
こちらは聖フランチェスコ教会の俯瞰。
崖の端に建つ様子が、よく分かります。 -
「ここからの眺望は遠くスポレートの町まで見渡せる」
とガイドブックにありました。
遠くは霞んでいて、そこまでは判別できませんでした。 -
砦から降りて、いったんユースホステルに戻りました。
シャワーで汗を流し、しばらく休憩した後に、
今度は旧市街の下に広がる田園の中へ踏み込んでゆきました。
夕方の7時過ぎ
陽は少し傾いていますがまだ十分に散策できる明るさです。
アッシジは町自体もきれいですが、周辺に残る田舎の風景も捨てがたい美しさです。 -
車が通らない細い農道を、
ときどきマラソンランナーが駆け抜けます。
すれ違うとき、きまって眼で挨拶を送ってくれます。 -
ひまわり畑も。
-
でも不思議なことに、
みな太陽に背を向けて咲いています。 -
歩き始めた時の目標は、一応『聖所リヴォルト』でした。
聖フランチェスコが、宗教に目覚めて最初に住んだという"あばら家"ですが、どうやら風景に見とれて標識を見逃したようです。
まあでも、こんな場所だと分かっただけで収穫です。
そのまま田園を歩いて、鉄道駅に向かうことにしました。 -
しばらく行くと麦畑の向こうに、
『サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会』が。
あれが「駅裏」の筈ですから、駅はもうすぐです。 -
夜8時半ごろ、鉄道駅に着きました。
日はようやく暮れかかり、
歩き疲れてお腹もすいていました。
構内のバールで、パニーニとビールの簡単な夕食。
ひとり旅の初日は"節約モード"で暮れてゆきます。 -
駅を出て、丘の中腹のユースホステルに戻ります。
午後9時過ぎ、アッシジの町に灯が点りました。 -
来たときとは違う道を選んで歩きます。
西の空に残る、紫色の夕暮れ。 -
闇は次第に深くなり、畑の上に月が出ました。
-
「・・・・・・」
-
聖フランチェスコ教会も夜景に。
ユースホステルに戻る小道で、蛍を見かけました。
暗闇に、ひとつだけ点った淡い黄色の光。
死者のお迎えか見送りか・・・そんな思いで見ていると、
小さな命を点滅させながら
ゆらゆらと"巡礼の森"の奥へ消えてゆきました。
明日は、コルトーナ(CORTONA)へ向かいます。
(完)
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