2008/08/11 - 2008/08/16
108位(同エリア189件中)
松村博司さん
永平寺離脱後、車を駐車したおみやげ屋でとろろ蕎麦を食べお土産をゲット。
その後、大野市に向けて車を走らせます。
次なる目的地は朝倉義景の墓所。
一乗谷にもありましたが、こちらは近くに自刃の地があります。
ただ、自刃した六坊賢松寺は現在廃寺、どこにあったのかも正確な位置はわかっていません。
義景墓所のすぐ近くにある越前大野城。
朝倉景鏡の拠点がこの大野と言うことで大野城と何か縁があるのかと思ったのですが・・・
何の縁もありませんでしたねw
築城は当時の織田家臣、金森長近が長篠の戦いや一向一揆鎮圧での武功からこの大野に所領を与えられそこに築城したのが始まりです。
残り時間も少なくなってきていた関係で一気に山を登り、一気に山を下りました。
標高250m。
登って拝観して下って、計30分。
さすがに気合い入りました^^;
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「走れ!北信越2,000km弾丸ツアー!」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-52.html
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
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永平寺離脱後、車を駐車したおみやげ屋・あぜ川でお土産を再び購入^^;
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それでも足らずにとろろ蕎麦、800円を食し合わせて3000円とします。
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てなわけで離脱です。
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お土産も朝、SAで買ってるしお昼ご飯も一乗谷でしっかり食べてきたし。
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なんだか微妙な気分^^;
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まあ、楽しかったから別にいいですけど。
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しばらくは来た道を戻る形になります。
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そして山間部に向けて進みます。
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とは言っても山間部までは行きませんけどね。
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白山スーパー林道を使って山間部突破は北陸中部の旅でやりましたね。
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今回はやりません。
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開通したばかりの東海北陸道を通って白川郷へと言うルートも当初、計画段階で考えたのですがここは開通直後から万年渋滞になってましたからね〜^^;
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もちろん回避です。
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でもまあ、岡山の山間部とはスケールが違いますね。
ちなみにこの辺りでガソリン給油しています。
49.9L入ってリッター191円でした。
この頃、本当にしゃれにならないくらい高かったんですね^^; -
さて、目的地に到着・・・できずに近くの図書館だかなんだか、そういった公共施設の駐車場に車を投げ捨て、捜索開始!
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いや、だいたいの場所はわかるのですがちゃんとした位置がわからずナビも途中で仕事を放棄しまして^^;
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歩いて探すことになったわけです;;
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10分ほどさまよい歩いてやっと発見。
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実際着いてみると全然見当はずれの場所を探していたことに気がつきました^^;
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朝倉義景墓所です。
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ルート。
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やれやれ、わかりにくいところにありました^^;
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織田軍の猛攻に遭い、一乗谷からこの大野に逃れた景義は従兄弟の朝倉景鏡に裏切られ自刃します。
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義景は六坊賢松寺にて自刃したと伝わっていますが、その賢松寺はすでにありません。
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どこにあったかという正確な位置もわからないとのことで、この墓所が自刃の地ではないそうです。
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墓所は1800年に子孫によって建てられたものを1822年に現在の位置に移されたとのことです。
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自刃した義景はどうなったかと言いますと、首級は京都でさらされたました。
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そして、金箔を施され浅井親子の髑髏と共に家臣に披露されたとの事。
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この時、その髑髏を杯にして酒を飲ませたというのは有名な話ですね。
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どうやらそれは後にできた作り話のようですが。
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裏切った景鏡は義景の母や側室、子の愛王丸ら朝倉一族の助命を条件に降伏したのですが結局それは無駄となりました。
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一族は信長の手によりことごとく虐殺される結果となったのです。
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唯一、義景はそのまま本領を安堵されるのですが、その後頻発した一向一揆と反乱軍の攻撃で戦死してしまったそうです。
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武田信玄の病死。
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そして朝倉氏の滅亡。
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孤軍奮闘状態だった浅井も滅亡することになり、織田信長は尾張美濃をはじめ、近江越前若狭、そして京都を押さえることになり一大勢力を誇ることになります。
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織田包囲網の瓦解は100年続いた戦国時代の終焉を意味し、
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一気に統一へと動き出したわけですね。
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さあ、場所は変わって次の目的地です。
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せっかく墓所のすぐ近くにあるのですから越前大野城も寄らなければ。
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てなわけで、再び山登りに出発です・・・^^;
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はい、てなわけで越前大野城の麓までやってきました。
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ルート。
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時間は3時です。
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お城は平山城。
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天守閣は250mの高さの亀山山頂にあります。
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気合いを入れて登城開始です。
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この後、行けなければ行けなくても別にいいやと思っていた越前大仏があります。
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実際、ウケ狙いで行くつもりですから時間が無くなってしまえば、清くパスして岡山へ帰ることになります。
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しかし人間とは欲張りな生き物です。
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ここまで来たらやはり見てみたいと思うのが心情です。
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越前大仏は5時まで。
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てことはだいたい普通、4時30分が入館受付のリミットと考えるのが妥当ですな。
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ここから越前大仏までは約30分。
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てことは4時には越前大野城を離脱しなければならないと言うことですね。
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持ち時間は1時間です。
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気合いを入れていきましょう!
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ってきあいを入れたところでミニ登山を楽しみましょう見たいな立て看板を発見・・・
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登山という文字を見て一気に脱力感に襲われる松村でありました。
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結構な山道を一気に登り切り、少々息を乱しながら本丸までやってきました。
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天守閣は二重二階で大天守、小天守、そして櫓を合わせた複合連結式だったようです。
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しかし1775年に焼失。
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再建されるも明治に入り破却されてしまいました。
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現在の天守は1968年に鉄筋コンクリートで再建されました。
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実際には史実に基づいた復興ではないそうです。
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それでは中へ入ってみましょう!
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本日はこの城下町でお祭りがあると言うことで、お城の方も無料開放デーとなっていました。
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ラッキー!
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中は資料館となっていて撮影禁止でした。
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最上階だけは撮影OKでしたので風景を眺めながら写真を収めていったのですが、眺めがいいですね。
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時間は3時20分です。
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ダッシュで戻りましょう!
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行きの登りもけっこういいペースで歩いていったのですが、帰りの下りは半ば駆け足ですw
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前半、なんだかんだで結構ゆっくりのペースだったのですが・・・
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やはり後半は時間との勝負になってきましたね。
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まあ、最終日はいろいろ詰め込んでいたから仕方がないのですが。
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だって、見たいところ行きたいところがいっぱいあるんだもん・・・
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その見たい所、行きたい所は一通り終わりました。
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余は満足じゃw
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だったらとっとと店じまいして地元にもどれなんて行ってるのはどこの誰?
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まだまだ行きますよ、体力が残っている限り!
ちなみにすぐ側に武家屋敷かな? あったので見学しようかと思ったのですがちょうど団体客とバッティングしてしまったので諦めることにしました。 -
さあ、それでは北陸最大の珍スポット、清大寺へ行きましょう!
つづく〜^^;
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