2010/06/26 - 2010/06/26
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ぶうちゃんさん
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新余部橋梁が完成し供用開始まであと2ヶ月。現行の橋は7月16日で営業を終え翌18日から8月11日まで架け替え作業。12日から新橋供用開始。
地上41mの高さにかかる朱色の鉄橋は余りにも有名。空を列車が走っているような印象さえ受ける。
約100年の歴史に幕を下ろす鉄橋の姿を見に雨の降る中一路餘部へ。
余部橋梁
1909年(明治42年)12月16日着工、1912年(明治45年)1月13日完成、1912年(明治45年)3月1日に開通。全長310.59メートル(橋台面間長309.42メートル)、高さ41.45メートル、総工費331,535円。11基の橋脚、23連の橋桁を持つトレッスル橋。国道178号線がこの橋りょうの下を走っている。橋の完成により京都駅から出雲今市駅(現・出雲市駅)までが全通となった。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
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駐車場から駅までの坂道を登っていたら列車がやってきた。
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列車が通過すると峡谷に静けさが戻った。
コンクリート橋になると鉄橋独特の「ゴーッ」っという音は無くなる。
住民の方々には喜ばしい事と思う・・・ -
餘部駅は請願設置駅。もともと駅の無かった所に住民の要望によって設置されたもの。
集落から山道を登っていく。 -
こんな標示でもないと不安になる。
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さらに山道を進んで・・・
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工事用で設置した架設の道を登る。写真は上から下を振り返って撮影。
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仮設待合室。
工事中ということは知っていたけど一寸残念な景色。
もうしばらくの辛抱。 -
鉄橋もあとわずかで解体へ。
こんな旗が立てて有りました。 -
いよいよ駅に到着。
鉄橋に雲が掛かっていた。 -
一直線に伸びる余部鉄橋。
駅前の踏切からの撮影。 -
踏切を渡り海側を望んだ所。
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餘部駅プラットホーム。
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新橋に繋がる線はホームを挟んで敷設されている。
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餘部駅。
駅は餘部。地名と鉄橋は余部。
姫新線の余部駅(よべえき)との重複を避ける為とか。
乗車人員 76人/日(降車客含まず-2008年-
開業年月日 1959年(昭和34年)4月16日
余部橋梁が完成してから1950年代まで、余部集落住民が山陰線を利用するためには、列車の合間を縫って徒歩で余部橋梁を渡り、トンネルをくぐって隣の鎧駅まで行く必要があった。1955年(昭和30年)、地元住民が駅設置の実現化に向け、国鉄に強く働きかけたり、小学校児童が県知事に駅設置を願う手紙を書くなどの行動が展開された結果、駅設置が決定。建設の際は住民たちも駅造りを手伝い、その様子を描いた壁画がホーム傍に立てられていたが、新橋梁建設工事開始後は周辺案内板等と共に撤去されている。
第3回近畿の駅百選選定駅である。
「ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典」「餘部駅より」 -
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現行橋と新橋を撮影。この先のトンネルは現状のものを利用。写真一番奥の鎧駅側の橋脚はS字になっていて7月12日からの運休で現行橋解体後、新橋を横移動して新橋とトンネル出口の現行線に接続する工事を実施。
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新橋。手前側は完成している。
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駅を後にして鉄橋を撮影。
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余部の集落から見た鉄橋。
高は13から14階建ての建物と同じ高さ。
因みに私は14階に住んでいるので毎日が余部鉄橋。 -
集落から見た余部鉄橋。
この橋は海から70mという所に有り両サイドが山。丁度渓谷にかかる橋。海からの激しい風が吹き込み、過去には列車転落事故もあり犠牲者が出ている。
昭和30年代までは鉄橋守という鉄橋の保守点検を専門にしている人が常駐していたそうです。 -
鉄橋を渡る列車。
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少し離れた岸壁から見た余部鉄橋。本当に空を走る線路のよう。
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この旅行記へのコメント (2)
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- たらよろさん 2010/07/12 11:19:06
- 餘部鉄橋
- こんにちわ〜〜
少し前に、餘部鉄橋が工事で覆われてしまうという前に慌てて見に行ったことがあります。
その後、どうなったのかな〜〜って思っていたのですが、
もうすぐ取り壊し作業にかかるんですね。
寂しいですよね〜〜
モヤのかかった鉄橋が何とも味があって趣がいいですね。
でも、新橋も同じような雰囲気なので少し安心しました〜
あの風景がこれからも楽しめるのですね。
たらよろ
- ぶうちゃんさん からの返信 2010/07/18 08:24:38
- RE: 餘部鉄橋
- おはようおざいます。
余部鉄橋とうとう幕を下ろしましたね。
おととい最終列車が走り、昨日新橋と旧線の接続部分の橋桁を解体したようですね。
98年の歴史ということで親子3代に渡る思い出が地元には有るようですね。特に列車転落事故なんていうのも有りましたから。地元に与えた部分も有れば奪った部分もということで本当に地元の人たちには大きな大きな存在な様ですね。
でも人間は3代に渡る時間もこういう構造物は1代なんですね。新しいコンクリート橋の解体を目に出来る人はこの世の中には殆どいないのでしょうね。
返事のカキコミが遅くなり申し訳有りませんでした。
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