2010/05/26 - 2010/05/26
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5月24日(月)から6月2日(水)までの10日間の日程で、シリア、ヨルダンに出かけました。パルミラ2泊→ダマスカス1泊→アンマン1泊→死海1泊→ ペトラ2泊の7泊10日です。
5月26日(水)は、Palmyra Gate Restaurantで昼食(マンサフ)をいただき、パルミラ博物館を見学し、セノビア・シャーム・パレスのアガサ・クリスティーが泊った部屋を見せていただき、ホテルで3時間ぐらい休憩した後、アラブ城に登って夕日を見ました。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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-
パルミラ遺跡のすぐ近くのレストランで昼食をいただきました。
Palmyra Gate Restaurant(TEL:912018 FAX:913923) -
まずは、メゼ(mezze)と呼ばれる前菜をお皿に取りました。
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次にベドウィンの伝統料理「マンサフ」が出てきました。
ここで出された「マンサフ」は羊の肉をヨーグルトで煮込み、レンティル(レンズ豆)と一緒に炊いたご飯にかけているという感じのお料理でした。
結婚式などのイベントでは羊の頭がそのまま置かれることも珍しくないそうです。 -
「マンサフ」はレストランや家庭によって味が全然違うのではないでしょうか。料理人の腕にかなり左右されそうな感じですね。
口に合うかどうかも人によって感じ方が大きく違うと思います。
このレストランでいただいた「マンサフ」は美味しいほうではないかなぁと思いました。 -
参考にしていただくため、敢えて撮影したレストランのトイレ。これはかなり上等のトイレです。
ホテル以外のところで入るトイレは、床にひょうたんみたいな穴だけ開いているもの、洋式であっても便座がないのが多く、このように便座も蓋もあり、きちんと水が流れるトイレは高級なんです。
左にかかっているのがシャワーで、ペーパーを使わず、水で流すのがこちらの流儀です。トイレットペーパーは備え付けていません。詰まるので、ペーパーを使っても、備え付けの篭に入れ、流さないようにします。 -
昼食後、パルミラ博物館(Palmyra Museum)をじっくり見学しました。
写真は玄関前のライオン像の反対側に設置された遺物。 -
パルミラ博物館(Palmyra Museum)の立派な建物。
1961年8月6日に開館され、パルミラで発掘されたものを中心に展示されています。古代のガラス製品や陶器、漆喰など小さな展示品だけでなく、土着、あるいはローマ式、イラン式の服装をまとった都市功労者の彫像や浮彫や宗教関係の彫像がたくさん展示されていました。
いろいろ見るべきものが多い博物館でしたが、地下墳墓から運んできたという4体のミイラは必見です。
残念ながら内部は撮影禁止なので、写真はこれだけです。 -
バスを停めて、お土産物屋さんに立ち寄りました。正面に見えるのはアラブ城。
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パルミラ博物館の前の大統領広場(President Assad sq.)のロータリーから東西にのびるJamal Abdl Naser Street沿いにホテルやお土産物屋さんが並んでいました。
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博物館の近くの売店で吊り下がった生のナツメヤシを見ました。
このお店では干したナツメヤシがよく売れていました。 -
パルミラ博物館や土産物屋のある広場。正面奥の白い建物は、Citadel Hotel。
全14室で1泊平均20$で泊まれるホテルです。ファシリティやアメニティに期待しないのであれば、立地は良さそうですし、砂漠のベドウィンテント宿泊など各種ツアーもアレンジしてくれるらしいので、自由旅行派には良さそうです。 -
ゼノビア・シャーム・パレス(Zenobia Cham Palace)で、アガサ・クリスティが泊ったお部屋を見せていただきました。
バールシャミン神殿の前に建つ遺跡内唯一のホテルで、1900年頃建築され、2007年に改装されました。
101号室から106号室までのお部屋はパルミラ遺跡が見えるらしいです。
いつかはわかりませんが、次回はこのホテルに泊りたいと思いました。 -
ちょっと忘れてしまいましたが、1階の108号室だったのではないかと思います。遺跡は見えないお部屋でした。
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アガサ・クリスティが泊った部屋は、1階にリビング(写真の応接セットがある部屋)と寝室、2階に寝室とシャワールームがありました。
ゼノビア・シャーム・パレスは、バスタブ付きの部屋はありません。(日本の旅行社は、バスタブ付きの部屋でなければ、お客様からクレームめいたことを言われるので、必死でバスタブ付きの部屋を確保していますが、水が枯渇する砂漠でバスタブを求めるのはどうかしら・・・水を無駄遣いしたくないなぁとここでも強く思いました。)
早朝から深夜までパルミラ遺跡とともに過ごせる最高の立地です。 -
Palmyra Gate Restaurantの隣のお土産物屋さんで8$で買ったTシャツ(シリア製)。
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午前中、パルミラ遺跡の入口で子どもの物売りから2$で買った絵ハガキ。1$で売らることもあったかもしれませんが、ドル安なので2$と言われても値切りませんでした。
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絵ハガキは、表紙以外に17枚。
ホテルに15時30分に戻り、アラブ城での夕陽見学のため出発する18時35分まで、約3時間の休憩を利用して、絵ハガキを7枚書きました。(切手を貼り、2日後にダマスカスで投函しました。) -
18時35分にホテルをバスで出発しました。アラブ城に向けて進むと、パルミラ遺跡の周りの街の様子を車窓から見ることができました。
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アラブ城(ファクル・エド・ディーン城塞)です。
パルミラ西方、高さ150mの岩山の頂上で、麓から徒歩約30分とのことです。17世紀初めにこの一帯の警備のために、オスマン帝国の知事、マーン家のファクル・エド・ディーンによって建てられた城塞で、彼の領地はレバノン山脈からシリア砂漠にまで広がっていて、一部は12世紀のアイユーブ朝のもので、十字軍の攻撃に備えたものだったそうです。
現在では6平方kmと広大なパルミラの遺跡を一望できる絶好の展望スポットです。 -
ここまで登って、パルミラ遺跡の全貌がわかりました。素晴らしい眺めでした。これだけ広大な遺跡を午前中から午後にかけて見学したのです。(5月26日の万歩計の数字は22,729歩でした。)
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アラブ城の入口です。ここからは入場料が必要なので、この周りで楽しんでいる観光客のほうが多いぐらいでした。
左端に少し写っている男性は物売りで、昼間、地下塔墓の出口でネックレスを買って、偶然また再会しました。 -
アラブ城には、日没より1時間ぐらい前に登ることをお奨めします。パルミラの町全体を展望した後、傾いた陽が徐々に遺跡を赤く染め上げていく様子を特等席から涼しく見学しました。
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アラブ城からは遺跡群やナツメヤシの茂るパルミラの町が一望のもとに見渡せました。緑の帯を見て、パルミラが砂漠のオアシスであることがよくわかりました。
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アラブ城から墓の谷も展望できました。
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19時25分です。
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19時26分です。
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19時27分です。
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19時27分です。沈みだしたらあっという間で、日没は19時30分でした。
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パルミラ遺跡の記念門がライトアップされて綺麗でした。
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パルミラで2泊したSemiramis Hotel Palmyra(セミラミス ホテル パルミラ)の夕食。
前日はヨーロッパの団体客でいっぱいだったレストランが、私たち日本人だけ(ツアー客13名+添乗員1名+現地ガイド1名+運転手1名=16名)で、バイキングではありませんでした。
まずは野菜のスープをいただきました。 -
なぜか次にスパゲティが出てきました。美味しかったです。
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メインの地鶏のカツです。鶏肉が引き締まっていて美味しかったです。
バイキングのように取りに行かなくても、温かいお料理を順々に持ってきていただけたので、一日めいっぱい観光して疲れていたので、楽ができました。
デザートのスイカも美味しかったです。 -
地下塔墓の出口で、値切って10$で買ったラピスリのネックレス。結構気に入っています。
アラブ城の入口で再会した青年が別のデザインのものを、最初から「テンダラ、テンダラ(10$)」と言って買わせようとしたので、「今日何個売れましたか?」と尋ねたら、「1個だけ。」と。嘘に決まっていますね。
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