2010/06/19 - 2010/06/19
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のーとくんさん
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先日の、‘大和郡山の秘宝・秘仏特別開 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1506125046&owner_id=14789509’における、松尾寺の行者堂での特別開帳の役行者像のものすごさ。
それより役行者に興味を持ち、役行者の本(銭谷武平著‘役行者伝の謎’東方出版)を読み始めました。
そこには、奈良県大和高田には、役行者のご母堂刀良売(とらめ)の住居跡には、捨篠(すてしの)神社が、その南の御所には生誕の地といわれている吉祥草寺があると書かれています。
にわか役行者ファンとなって、役行者の生誕地に向かいます。
この地から西方には、役行者の修行の場の葛城山系があり、靄のかかったこの山が、ちょっと神秘的に思えたのは気のせいでしょうか。
【写真は、捨篠(すてしの)神社近くにある、役の行者生誕伝承地の石碑と、捨篠神社の拝殿です。】
- 交通手段
- 自家用車
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捨篠(すてしの)神社の拝殿です。
役行者のご母堂刀良売(とらめ)は、この辺りに住んでおられたのでしょうか。 -
捨篠(すてしの)神社の本殿です。
かなり小ぶりの本殿です。 -
ご神木の夫婦杉です。
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捨篠神社の隣にある、捨篠池(弁天池、蓮池)の蓮は花は咲いていないのですが、雨の後の葉の上の水玉がきれいです。
役行者のご母堂刀良売(とらめ)が、この池に篠の茎を投げたところ、偶然かえるの片目につきささってしまい、それ以来体調をくずされ、ついにはお亡くなりになったと伝わっています。
この池の水が役行者の産湯に使われた、ともいわれているようです。 -
刀良売塚です。
毎年7月7日に、早朝から先ほどの捨篠池の蓮108本を切り取り、ここに詣でた後吉野山蔵王堂の蛙飛び行事に奉納されます。 -
捨篠神社の南50mくらいのところにある、福田寺行者堂の門です。
役行者神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)誕生地と書かれています。
ここも生誕の地なのでしょうか? -
福田寺行者堂です。
刀良売(とらめ)像と役行者像がまつられているようです。
ここから、3Km南の吉祥草寺にいきます。 -
吉祥草寺の仁王門です。
役行者誕生所とかかれています。 -
吉祥草寺のシンプルな鐘楼です。
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薬発祥の地の石碑です。
薬業界に貢献された佐藤又一氏の胸像と記念石碑が、薬の先達者、役行者の誕生地に、平成21年4月26日建立されました。 -
吉祥草寺の観音堂です。
千手観音がまつられています。 -
吉祥草寺の本堂です。
本堂は、自由に入ることができ、本尊不動明王を中心にする素晴らしい五大力尊像を見ることができます。(撮影禁止です。) -
白竜大神です。
‘今より300年の昔、椋の木が五寸余りの時、三輪山より明神の命を受け白竜大神が飛来し、この木に鎮座され、日夜村人をお守りいただいております。
頼られる物は、誰枯れなくお助け下さる有り難き大神なり。’との説明があります。 -
石像三尊です。
やはり、不動明王が多いですね。 -
吉祥草寺の境内にある熊野神社の鳥居と拝殿です。
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熊野神社の本殿です。
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役行者産湯の井戸です。
役行者誕生のときの泣き声は「人々をすくうため天から遣わされて来たのだ。」と言っているように聞こえたとのことです。 -
役行者腰掛け石です。
‘役行者は、日ごろ金剛葛城の峯々や大峯山で捨身の修行に励み、生地茅原の里に帰っては、この石に腰掛けて精神修行をされた有り難い石なり。’という説明があります。 -
吉祥草寺の仁王門の外にある、芳隣堂筆塚です。
大和の「松竹梅三堂」と呼ばれる江戸時代の名筆家三人、浅田松堂(御所、浅田篤志)、竹堂(當麻寺西南院生、法印一音)、梅堂(茅原吉祥草寺、法印良石)の弟子たちは三師を尊敬し、師の使い古した筆をあつめて筆塚を作りました。
その一つが、この芳隣堂筆塚です。 -
国道24号線沿いにある、鴨都波神社(かもつばじんじゃ)の鳥居です。
昼食をどこで食べようか探しながら車を走らせていたとき見つけた神社です。(昼食は、くら寿司ということになりました。) -
鴨都波神社の参道に咲いている、アジサイです。
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鴨都波神社の拝殿です。
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鴨都波神社の本殿です。
御祭紙は、事代主命(ことしろぬしのみこと)で、三輪山の大神神社(おおみわじんじゃ)に祀られる大国主命の子にあたるため、大神神社の別宮とも称されています。 -
鴨都波神社のご神木、樹齢350年のいち樫の木です。
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鴨都波神社の境内では、水彩画の画家の皆さんが・・・。
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黄檗宗光雲禅寺の入り口です。
右側の杉の木二本は、樹齢千年近いご神木です。
‘織田信長の命を受けた筒井順慶に攻められた、鳥屋陣羽の息子二人が、追っ手をのがれ杉の木に登り難を逃れた。
そのとき二人が42才と25才の厄年であったことから、厄除けの杉と呼ばれ、明日香にある岡寺の星祭りには、この杉の枝を持ち帰り厄払いの行事に使われ、今日に至っている。’との説明文があります。 -
光雲禅寺の鐘楼門です。
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光雲禅寺の本堂です。
禅寺らしい質実剛健のつくりですね。
境内も禅寺らしく、よく掃除されています。 -
本堂の屋根の雨水を受ける石です。
座禅をしているのでしょうか。 -
光雲禅寺のお堂です。
なんと読むのでしょうか。 -
境内にある高取城の瓦です。
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境内にある梅原猛の石碑です。
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光雲寺の鐘楼門を通して参道を見ます。
次に日本武尊白鳥陵に向かいます。 -
日本武尊白鳥陵の周りは、細い道で駐車するところがないので、ちょっとはなれたファミリーマートで買い物をして、そこから歩いてきました。
歩いている途中、白鳥(白鷺)が空を優雅に飛んでいました。
日本武尊が見守ってくれているのでしょうか。 -
日本武尊白鳥陵です。
日本武尊は、伊吹山の神との戦いに敗れ、三重県亀山にて、大和は国のまほろば・・・と詠んで崩じられたので御陵を作って葬ったところ、白鳥となってこの地(奈良県御所)にこられたので、ここに御陵を作ったところ、また白鳥が飛び立ち、大阪府羽曳野に舞い降りたとのこと。
次は、羽曳野へ。 -
羽曳野の白鳥陵です。
ここの周りも、狭い道なので、スイミング・スクールの駐車場から撮影させてもらいました。
日本武尊の白鳥は、さらにここから飛び去ったといわれています。
行った先は、大鳥大社(大阪府)とも白鳥神社(香川県)ともいわれています。
(大鳥大社については、‘和泉五社巡り:平安時代のしきたりにしたがって http://4travel.jp/traveler/geru0201/album/10434185/’を、白鳥神社については、‘讃岐:うどんと弘法大師とお祭りと http://4travel.jp/traveler/geru0201/album/10455478/’をご覧ください。
大鳥大社,白鳥神社どちらに行かれたんでしょうね。
のーとくんは、帰途へ。
(おしまい)
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この旅行記へのコメント (3)
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- dada350GTさん 2010/06/21 21:50:30
- はじめまして
- こんばんは!
足跡からたどってまいりました。
日産ノートであちこちまわられているのですね。
うちもつい1週間前までノートに乗っておりました。
おもにうちの奥さんの足だったのですが、近場をいろいろ
まわるときは重宝しました。
残念ながら、子供と家族の関係で先週セレナに買い替えたところです・・・
車でいろいろまわるの、いいですよねぇ
気軽ですし、融通がききますし。
またゆっくり旅行記見させていただきます。
- のーとくんさん からの返信 2010/06/24 05:10:39
- RE: はじめまして
- dada350GTさん
おはようございます。
書き込みありがとうございます。
そうなんです、日産ノートで思いたったら、出かけています。
ノートはこまわりがきいて、気楽に出かけることができます。
dada350GTさんは、その名からセレナだけでなくGT(スカイラインかな)にも乗られているんですか?
こんごも、よろしくお願いいたします。
のーとくん
- dada350GTさん からの返信 2010/06/25 05:40:09
- ご名答です
- 我が家はセレナのほかにスカイライン350GTに乗っております。
一人で乗ることが多いですけどね
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