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「奥の細道ホッピング」と題して宮城、山形、秋田、新潟4県の旅行記をアップして来ましたが、今回は出立点をみて来ました。<br />まず、都営地下鉄新宿線の森下駅(大江戸線もある)で案内図を確認して、江東区常盤1−6にある「江東区芭蕉記念館」を訪れました。通りに面しては芭蕉が植えてあり、庭は狭いけれどみごとです。入場料は100円。3階建てで1階は事務室と研修室、2階は展示室、3階は展示と図書室のこじんまりしたビルで、エレベータは無く階段です。1階には江東区の芭蕉関連の句碑などの所在地の地図がありますが、館内は撮影禁止です。<br />ここでは出発地を門人と別れを惜しんだ千住とし、深川は出立地としているようなので、本文でもそれを踏襲します。<br />訪問時は特別展「風雅の伝統 ―和歌と俳諧―」が開催されていて名月記断簡や宗祇の短冊などのほか、宗因、西鶴、一茶、秋成などが展示されていましたが、入場者は私のほかに1名でした。<br />この記念館の2階には芭蕉翁遺愛と伝えられる「石の蛙」が展示されていて、説明文によれば1917年の津波でこの記念館の土地から出土したとあり、これがこの地を芭蕉庵の跡とする根拠になっています。<br />(ただし、理科年表には該当する地震はない。父島に1mの津波をもたらした1918年のウルップ島地震(M8)かもしれない)<br /><br />記念館の裏木戸を出て、隅田川沿いに250mばかり下流にむかうと、小名木川との合流点に記念館分館があり、屋上が展望台・庭園になっていて芭蕉の坐像が川を眺めている。(表紙写真)<br />この近くに「芭蕉稲荷神社」があります。句碑がふたつあり、「ふる池やかはずとびこむ水の音」と「川上とこの川下や月の友」がある。<br />この稲荷社の説明板によると「石の蛙」はここから出土したという。つまり芭蕉庵の位置を特定する出土地点には、2説があるということになります。<br />「夢三年」の寒夜の辞には「深川三股の辺に草庵を侘びて、遠くハ士峰の雪を望ミ・・・・・・」とあることから見れば、小名木川と隅田川との合流点の稲荷社のほうに軍配をあげたいが、芭蕉庵そのものが3回建てられているとのことなので、これ以上は踏み込まないこととします。<br /><br />なお、出発前後の芭蕉の足跡をみると、2月中に芭蕉庵を人に譲ったけれど、ひな祭りのころに訪れて「草の戸も住み替わる代ぞひなの家」と吟じている。<br />門人の杉風の別荘(採茶庵:さいとあん:深川1−9、海辺橋南詰:腰掛けた芭蕉像あり)にしばらく住んで、準備をととのえてから船で隅田川をさかのぼり千住で上陸して歩き出した。細道の本文では第一日(27日)は草加で泊まったように書かれているが、曾良日記では春日部(粕壁)泊りとされている。<br />翌28日は間々田に泊まっているので、春日部泊りでなければ28日には50kmも歩いたことになるので、やはり27日は春日部まで歩いたのであろう。29日には佐野の室の八嶋をたずねている。<br /><br />最後に、「松尾芭蕉の命(ミコト)」を祀った小さな神社を紹介しておきます。<br />地下鉄大江戸線で「森下」の次は「清澄白河」でその次は「門前仲町」です。門前仲町は芭蕉記念館から南方約2kmで、近くには有名な「深川不動」と「富岡八幡」があります。<br />1627年に創建された富岡八幡宮は「おみこし」で有名ですが、社殿に向かって右にある渡り廊下の下をくぐった先に「横綱力士の碑」や50連勝以上した力士の碑があります。これらの碑に向かって右にある社殿は赤い鳥居が目立つ「稲荷社」で、その横にコンクリート製の長屋状の建物があって、棟割り状態で小さな神社が6社祀られています。<br />祭神は「野見宿禰」や「聖徳太子」などで、一番左が「松尾芭蕉の命(ミコト)」を祀った花本社です。「一たびは仏籬祖室の扉に入らむとせし」(幻住庵記)芭蕉翁が神様に祭り上げられたという、お話です。

奥の細道 出立の地 :深川の芭蕉庵の跡など

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2010/06/17 - 2010/06/17

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ANZdrifter

ANZdrifterさん

「奥の細道ホッピング」と題して宮城、山形、秋田、新潟4県の旅行記をアップして来ましたが、今回は出立点をみて来ました。
まず、都営地下鉄新宿線の森下駅(大江戸線もある)で案内図を確認して、江東区常盤1−6にある「江東区芭蕉記念館」を訪れました。通りに面しては芭蕉が植えてあり、庭は狭いけれどみごとです。入場料は100円。3階建てで1階は事務室と研修室、2階は展示室、3階は展示と図書室のこじんまりしたビルで、エレベータは無く階段です。1階には江東区の芭蕉関連の句碑などの所在地の地図がありますが、館内は撮影禁止です。
ここでは出発地を門人と別れを惜しんだ千住とし、深川は出立地としているようなので、本文でもそれを踏襲します。
訪問時は特別展「風雅の伝統 ―和歌と俳諧―」が開催されていて名月記断簡や宗祇の短冊などのほか、宗因、西鶴、一茶、秋成などが展示されていましたが、入場者は私のほかに1名でした。
この記念館の2階には芭蕉翁遺愛と伝えられる「石の蛙」が展示されていて、説明文によれば1917年の津波でこの記念館の土地から出土したとあり、これがこの地を芭蕉庵の跡とする根拠になっています。
(ただし、理科年表には該当する地震はない。父島に1mの津波をもたらした1918年のウルップ島地震(M8)かもしれない)

記念館の裏木戸を出て、隅田川沿いに250mばかり下流にむかうと、小名木川との合流点に記念館分館があり、屋上が展望台・庭園になっていて芭蕉の坐像が川を眺めている。(表紙写真)
この近くに「芭蕉稲荷神社」があります。句碑がふたつあり、「ふる池やかはずとびこむ水の音」と「川上とこの川下や月の友」がある。
この稲荷社の説明板によると「石の蛙」はここから出土したという。つまり芭蕉庵の位置を特定する出土地点には、2説があるということになります。
「夢三年」の寒夜の辞には「深川三股の辺に草庵を侘びて、遠くハ士峰の雪を望ミ・・・・・・」とあることから見れば、小名木川と隅田川との合流点の稲荷社のほうに軍配をあげたいが、芭蕉庵そのものが3回建てられているとのことなので、これ以上は踏み込まないこととします。

なお、出発前後の芭蕉の足跡をみると、2月中に芭蕉庵を人に譲ったけれど、ひな祭りのころに訪れて「草の戸も住み替わる代ぞひなの家」と吟じている。
門人の杉風の別荘(採茶庵:さいとあん:深川1−9、海辺橋南詰:腰掛けた芭蕉像あり)にしばらく住んで、準備をととのえてから船で隅田川をさかのぼり千住で上陸して歩き出した。細道の本文では第一日(27日)は草加で泊まったように書かれているが、曾良日記では春日部(粕壁)泊りとされている。
翌28日は間々田に泊まっているので、春日部泊りでなければ28日には50kmも歩いたことになるので、やはり27日は春日部まで歩いたのであろう。29日には佐野の室の八嶋をたずねている。

最後に、「松尾芭蕉の命(ミコト)」を祀った小さな神社を紹介しておきます。
地下鉄大江戸線で「森下」の次は「清澄白河」でその次は「門前仲町」です。門前仲町は芭蕉記念館から南方約2kmで、近くには有名な「深川不動」と「富岡八幡」があります。
1627年に創建された富岡八幡宮は「おみこし」で有名ですが、社殿に向かって右にある渡り廊下の下をくぐった先に「横綱力士の碑」や50連勝以上した力士の碑があります。これらの碑に向かって右にある社殿は赤い鳥居が目立つ「稲荷社」で、その横にコンクリート製の長屋状の建物があって、棟割り状態で小さな神社が6社祀られています。
祭神は「野見宿禰」や「聖徳太子」などで、一番左が「松尾芭蕉の命(ミコト)」を祀った花本社です。「一たびは仏籬祖室の扉に入らむとせし」(幻住庵記)芭蕉翁が神様に祭り上げられたという、お話です。

  • 江東区芭蕉記念館です。芭蕉・バナナが植えてありました。<br />指が写ってしまいました。

    江東区芭蕉記念館です。芭蕉・バナナが植えてありました。
    指が写ってしまいました。

  • 記念館前の花崗岩です。<br />館内は写真撮影と飲食は禁止なので、石の蛙の写真すら撮れませんでした。

    記念館前の花崗岩です。
    館内は写真撮影と飲食は禁止なので、石の蛙の写真すら撮れませんでした。

  • 右手、中ほどの樹木の先の青い屋根が芭蕉記念館です。<br />左は隅田川。川べりには遊歩道が整備されています。<br />これを手前に(下流に)歩いて分館にゆきます。

    右手、中ほどの樹木の先の青い屋根が芭蕉記念館です。
    左は隅田川。川べりには遊歩道が整備されています。
    これを手前に(下流に)歩いて分館にゆきます。

  • 分館です。看板がないのでどれが分館なのか分かりにくいけれど、洋室の会議室を安くかしてくれる。57平方メートルで、午前中は900円。午後は1150円。<br />夜は10時まで1800円。<br /><br />この階段を登ると屋上庭園で、展望台と呼ばれています。

    分館です。看板がないのでどれが分館なのか分かりにくいけれど、洋室の会議室を安くかしてくれる。57平方メートルで、午前中は900円。午後は1150円。
    夜は10時まで1800円。

    この階段を登ると屋上庭園で、展望台と呼ばれています。

  • 芭蕉翁の坐像です。<br />ほかの場所にある芭蕉翁の像は杖を突いた歩行者の像ですが、ここでは座っていました。

    芭蕉翁の坐像です。
    ほかの場所にある芭蕉翁の像は杖を突いた歩行者の像ですが、ここでは座っていました。

  • 芭蕉庵が描かれてました。

    芭蕉庵が描かれてました。

  • 芭蕉稲荷社には のぼりがたくさん立ててありました。

    芭蕉稲荷社には のぼりがたくさん立ててありました。

  • 芭蕉稲荷社にある芭蕉庵跡の碑。<br />ここにも石の蛙がいくつも置いてありました。

    芭蕉稲荷社にある芭蕉庵跡の碑。
    ここにも石の蛙がいくつも置いてありました。

  • 富岡八幡の奥の方にある花本社の案内板。<br />松尾芭蕉は旧暦10月12日に亡くなりましたが、新暦では11月28日です。

    富岡八幡の奥の方にある花本社の案内板。
    松尾芭蕉は旧暦10月12日に亡くなりましたが、新暦では11月28日です。

  • 富岡八幡の奥の方にある松尾芭蕉のミコトを祀った花本社。人に聞かないと分からないほど小さい社。

    富岡八幡の奥の方にある松尾芭蕉のミコトを祀った花本社。人に聞かないと分からないほど小さい社。

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