1991/08 - 1991/08
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ブヒブヒさん
1991年夏 ギリシャ・トルコ・イスラエルを旅した。
ビデオカメラをメインにしていたので数少ない色褪せた写真。
肝心の旅行メモも紛失してしまったが・・・憧れの聖地
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ギリシャのロードス島から国際フェリーで
イスラエルのハイファ港へ
2泊3日の船旅 -
船旅というと ロマンチックに聞こえるが
現実は夏のハイシーズンで定員オーバー
一番安いデッキクラスも観光客で一杯
友人、カップル、家族連ればかり
一人旅はつらいよ〜、さびしいよ〜、せつないよ〜 -
こんな甲板で寝泊まり
海を眺めるしかない・・・
日中は直射日光で暑い!
夜は意外なほど寒く 持っていった服を
全部(といっても4枚ですが)着ても寒い!
さむいよ〜、腹減ったよ〜、せつないよ〜 -
幸いにも 同じ一人旅のドイツ人青年が
隣に来てくれて 食事やトイレの時に
お互い荷物を預けた
歯医者の卵で、分厚い専門書を読んでいた -
途中キプロス島に寄港
島はギリシャ領とトルコ領に分断されていた
ここはギリシャ領側 -
イスラエルのハイファ港に入港
聞きしに勝る厳しい入管検査
持ち物はすべて出して調べられた。
その上、兵士から入国目的からこれまで旅行した
国々のことまで詳細に訊かれた。
ハイファからエルサレムまでのバスの中の乗客は
数人の観光客以外はすべてM−16持った兵士たち
私の隣は女性兵士だったが厳しい面持ちで
この国の厳しい現実を見せ付けられた -
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地
多くの人々があこがれるエルサレム
強制収容所でこの地を思いながら死んでいった
数百万人ものユダヤ教の人々 -
そうした人々の無念を思いながら
嘆きの壁を訪れ、祈りました
戦争はいかんよ・・・ -
正統派ユダヤ教徒
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数千年の時を超えて・・・
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湾岸戦争直後で
安堵感からか エルサレムの町は
賑わっていた
しかし街のあちこちにM−16持った
私服の兵士がいた
平和なときでさえそれが必要な国・・・ -
ベツレヘムの生誕教会
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私は無神論者である
たまたま誕生日がクリスマスである上
たまたま受かった大学がキリスト教系だったので
イエス・キリストには少なからず興味がある
欧米文化、ひいては現代文化は
ユダヤ教・キリスト教のうえに成り立っている
と言っても過言ではあるまい -
ここでイエスはお生まれになったとされている
馬小屋ではなくて地下でした -
誰もいないのを良いことに
勝手に入り込みしばし瞑想
立ち入り禁止とか書いていなかったし・・・
タイマーでパチリ! -
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嘆きの壁のすぐ隣に イスラム教の岩のドーム
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この中には 大きな岩が鎮座していました
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夜のアラブ街を通って
嘆きの壁へ行きました
人々が住んでいるはずなのに
異常に静かで不気味 -
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危ないからやめた方がいいと言われたが
安いのでアラブ地区の安宿に宿泊
左は同宿のS君
右は宿の従業員、パレスチナ人
水煙草をたしなんでおります -
体形に似合わぬ甲高い声で
陽気な彼のお陰で楽しい安宿でした
しかしきっとパレスチナ人としての
苦労があるに違いない・・・ -
乾燥した大地と岩山
こんな厳しい自然の中から
あんな壮大な旧約聖書が生まれたのか・・・ -
-
死海
高濃度の塩分で目や唇、傷が痛い -
S君
お決まりのパフォーマンス -
ジェット戦闘機が超低空飛行で
ものすごい轟音残して飛び去って行った -
これまでの人生で一番暑かった
気温40度は優に超えていたと思う
イスラエル、もう一度行きたい
そのためにも平和であってくれ...
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