2002/09/18 - 2002/09/28
200位(同エリア346件中)
DisceGaudereさん
- DisceGaudereさんTOP
- 旅行記23冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 25,948アクセス
- フォロワー0人
またしても休日なのに一人出勤していたオイラ。
窓の外の青空を眺めているうちに思い出した。
そうだチベットに行きたかったんだ!
子供のころに見た1枚の写真に写る、なんとも不思議な建物。
それがチベットのポタラ宮だった。
その日から、大人になって自由にお金を使ったり遊びに行ったりできるようになったら「絶対ここへ行こう」と思っていたんだ。
その日からチベット行きを決め、仕事を整理して10日の休みを取った。あとは出発するだけだ!
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 自転車
-
チベットへ向かうのでハリさんの事務所で必要の無い荷物を預かってもらう事に。
迎えの車にはすでに3人+彼らの物凄い量の荷物で座る余地無し。どこに乗るんじゃい!と思ったら一人の男性が席を空けて自分は荷物の上に移動してくれた。
さすがジェントルマンだ。
空港でもう一人のカナダ人のおじいちゃんと合流。この5名で即席のツアーとなる。
背が一番高いという理由からイギリス人のエリック(前述のジェントルマン。流石紳士の国の方)がリーダーを名乗ることに決定。 -
空港で水を買おうと売店に行ったら1本50ルピーだという。残念なことに素敵ではあるがお金を持っていないオイラは買うことができなかった。
・・・とその時、先ほどのカナダ人のおじいちゃんが買ってくれた。神様かと思ったぞ。
そこから話をするようになって聞いてみると、おじいちゃんはチベタンカネディアンで故郷に1ヶ月程帰るんだとの事。しかし彼はずっと昔にカナダへ亡命した身なのでなかなか帰国が難しいようだった。
ビザの発行がなかなか降りず1年近くもインドで待ったという。50年も昔に国を捨てて、人生の終わりに最後の帰国。一体どんな理由で戻って来たのかまでは聞けなかったが、オイラの人生には有り得ない苦難の道があったのだろう。 -
おじいちゃんに窓際の席を替わってもらい眼下のヒマラヤ山脈を見下ろしていると、左手にエベレストが見えてきた。
残念ながらオイラは右側だったので、エリックに頼んで写真を撮ってもらった。翼の下にあるのがあのエベレストだ。
飛行機とほぼ同じ高さ!ビックリだ。 -
アナウンスの途端左手に群がる乗客たちのおかげで一瞬機体が傾いたのにはビビッタがw
我々5人はイギリス人のエリックとその彼女のスイス人のモニカ、アメリカ人のレイニー、カナダ人のおじいちゃんと、オイラ。
エリックはアメリカで仕事をしていたけど、不況で会社が潰れたから景気が回復するまで1〜2年世界を旅する事にしたと言う。
うらやましい。というか発想の転換がすばらしい!
彼女のモニカとシンガポールから自転車で北上してここまで辿り着いた。レイニーは素敵な女性でいかにもアメリカ人という感じの明るく知的な女性。
この3人はチベットを自転車で横断するという。
欧米人との体力差を思い知った瞬間。 -
やっと着いた。
空港で両替をしたかったがバスの出発があったのでそのまま乗り込む。これが後で後悔することに。
バスで1時間くらいでラサの町に着く。
ラサに到着して感じる違和感。
ここは普通の中国の都市になってしまった。
でも、ポタラ宮が見えた時は思わず声がでちゃったけどね。 -
ホテルにチェックイン前にゴタゴタがあった。
バスに同上していた別ツアー3人の部屋割りに問題があったらしい。
というか、私が泊まるHOTEL FROLAとその向かいにあるレインボーホテルに泊まる女性(日本人)。どうみてもHOTEL FROLAのほうが綺麗で彼女は不満らしい。
しかも話は変な方向に。
彼女と同じ部屋に泊まるから私の払う部屋代を返せと言っている。イヤイヤ、なぜ私が相部屋に?
すったもんだしていたらバスで待っていたエリックが降りてきて「部屋はあるんだから問題ないだろ!」とキッパリ。一件落着。サンキュエリック。
「気をつけて旅をしろよ」と言われ握手で別れる。
彼らはここから自転車旅行だ。
写真は問題のホテル。貧乏旅行者にしてはエラく豪勢な部屋でちょっと戸惑う。 -
少し頭がボーっとする。これが高山病なのね。
新陳代謝を上げて少しでも高地に慣れるために、散歩に出かける。
目指す場所はジョカン。ホテルからゆっくり歩いて10分程度。思っていたより寒いのと、軽い高山病で呼吸が少々苦しいけど、ジョカンの周りを散歩しているうちに少しづつ気分が良くなってきた。
美味しそうな屋台があって、焼き鳥チックなものを売っている。近所の人たちが夕飯のおかずに買って帰る。オイラも食べたかったが、空港で両替できなかったので元を持っていない。
寒いし、頭はボーっとするし、金はないし、ひもじいし。なんだか寂しくて仕方が無かった。
貧乏ってや〜ねw -
夕飯はホテルに戻り、別ツアーのTさんと「ホテルのレストランだったらルームチャージで食べられるんちゃいますの」って事で二人で出かける。
やっと有りついた夕食は 青島麺、小葱豆腐、香菜肉巻。二人で60元。
高山病のせいで呼吸が苦しい。 あまり良くないらしいがお風呂に入ったら少し気分が良くなったが、横になると苦しい。
寝たら最後、死んじゃうんじゃないかという不安が頭を過ぎるが、9時半に就寝。
翌朝はピーカン。今日は念願のポタラ宮見学だ。気分もアゲて来たぁ〜! -
ポタラ宮は坂道を上がったところにある。
途中こんなオトボケ顔のパンダのゴミ箱発見。
キッチュな感じが良い。 -
ポタラ宮の中
この鮮やかなコバルトブルーがなかなか素敵だ。 -
チベットはツアーバスで回る。
英語だけどガイドが付いて説明もしてくれるので結構良かった。
この建物の中でお茶を飲ませてくれる(有料) -
ダライラマが使っていた有料展示室。
オイラは元持ってないから入れない。トホホだ。
その時、ガイドの女の子が「大丈夫!」と言ってオイラの腕を取り一緒にグルリと見せてくれた。
ゆっくりは見られなかったが一通り足早に見せてくれたのだ。チケット売り場のオッチャンになにやら言われたが、彼女が何か答えてオッチャン苦笑いして見逃してくれた。
このお茶も5元だったけど、ガイドの小姐が1$=10元と破格のレートで交換してくれて無事飲めた。
このお茶がウマイ!
羅漢果と茶葉とクコの実と氷砂糖にお湯を入れ蒸らして飲むんだけど、甘みがあって寒いときには最高! -
ポタラ宮の屋上からの風景。
この屋上に出るのも10元かかるので、オイラが行けないのを知って先ほどのガイドの小姐がまたしてもオッチャンに言ってくれ、オッチャンも苦笑いしながらイケイケと言ってくれたので、行かせて頂きました。
何から何までサンキュー小姐! -
修復工事をしてる人たち。
みんな歌を歌いながらノンビリとお仕事中。
チベットの人は歌が好きらしい。 -
ポタラ宮はお城だとばっかり思っていたら、それだけじゃないらしい。半分はダライラマの住む場所。そして半分は政治を行う場所。
こんなことも知らんかった。 -
こちらがポタラ宮の全景。
マジ天空の城だね。
来てホント良かった。
この後、バスに乗り込み皆で中国銀行へ直行!
$30ドル分したかったが$50札しかない。
どうしようかなぁと思っていたらドイツ人のおじさんがパスポートを忘れて両替出来ないで困っていたから、$30ドル預かり$60を両替。496元を二人で分けて落着。WinWInですねw -
お昼を食べる前に変な土産物屋に連れて行かれる。
興味が無いのでバスの中で待っていると、ガイドがポタラ宮の上で急病人が出たので迎えに行くと言う。
「乗っててもいい?」と聞くとシブシブな感じでOK。
なんか怪しいなぁと思っ乗っていると、入り口で欧米人系の中高年団体客がワンサカ乗り込んで来た。
満席になり出発。
どうも急病人はウソで、この外国人を坂の上まで運ぶちょっとした小遣い稼ぎだったようだ。
まぁ坂道大変だし、高山で息苦しいしね。これまたWINWINな関係でw -
お昼はジョカンの近くの「ラサキッチン」へ。
ここは欧米人に人気の店だ。
ここで、他のツアー客とも話をする。
フランス人の女性のニコリーニとは帰りの飛行機も同じだ。
あとはカナダ人のご夫婦。この二人仕事でサウジアラビアの任期4年を終えて会社からビックホリデーを貰っての旅行中との事。14ヶ月の休暇って何それ。 -
午後はフリーなので一人再度ポタラ宮をスケッチしようと向かう。
事件はここで起きた!
リキシャで行こうと思い乗ったら、そのリキシャ事故りました。
自転車二人乗りのオヤジ達を抜かそうとしたとき、急によろけてリキシャに激突、転倒。
二人組みのオヤジ達なぜか激怒(お前らがよろけたんじゃん)しリキシャの運ちゃん引きずり降ろされそうになる。サスガのオイラもビビリまくったわよ。
運ちゃんが身振りで行っていいというから一瞬逃げようかと思ったけど、何かオイラに出来るこ無いかなと思い留まることに。
そしたら、段々すごい人だかりになり関係ない乱入者などが入り混じり収拾が着かない状態に。
チベット人と漢民族という組み合わせも相まってからエラい騒ぎに発展してしまった。
結局近くの警察署に行って決着をすることになった。 -
そんなこんなでポタラ宮までの公園のベンチに辿り着いてスケッチを始めたら、物売りのおばちゃんとお姉ちゃんの2人連れがやってきて買えとシツコイ。
とてもシツコイし英語通じないし、オイラは中国語もチベット語も出来ないし。(ホテルの小姐たちのお墨付き。発音が悪いらしい。大きなお世話である)
しょうがないから買わない代わりにチェキで写真を撮ってあげることにした。
それもなかなか通じずやっと通じたら「タダか?」と。当たり前である。何故日本人がここでヘンテコな商売をすると思うのだw
撮ってあげたら大層喜んでくれ、御礼にブレスレットやらネックレスやらをくれる。断ってもいっぱいくれるんだけど、これじゃキミたち赤字じゃないのか?
結局彼女達のお相手でスケッチは進まず。雨も降ってきたのでホテルに帰ることにした。 -
ホテルでドイツ人のオヤジに会った。
何してたの?ってな話しになり、オイラの話を聞かせたらえらくウケまくった。
そりゃそうだろう。
オヤジは郵便局へ行って来たという。ポタラ宮写真入りの封筒と絵葉書を貰う。
こういうお土産も、なかなか良いな。
8時過ぎたのでそろそろ夕食でもと思い外に出たらTさんに会い一緒に食事をすることに。
言葉が通じないので他人が食しているものを指差し、「あれをクレ」と頼んだのがこの麺。
辛い。辛すぎる。
オイラ辛いもの大好きだけど、この辛さは頭が痛くなるからさ。コクがまったく無く、タダ単に辛い。というか痛い。
ウマいのか中国人!中国四千年の歴史も疑わしい感じだ。 -
本日はデプン寺へ行く予定。
写真に写るのはヤクという動物。目を合わせるなとのお達しが。
かなりデカイよ。 -
デプン寺はガンデン寺とセラ寺と共にチベット仏教ゲルク派の3大寺院の1つです。(出典WiKI)
チベットの人にとってはとても大切なお寺だったけど、中国の弾圧により一時は7000人を越えるお坊さんがいたけど、今は数百名程度らしい。 -
大タンカがの開帳で有名なお寺です。
この岩のところで毎年8月にドデカイ仏画が掛けられるんだけど、中でもこのデプン寺のは超有名。 -
さてこれは何でしょうか?
答えは「ソーラー湯沸かし器」です。 -
デプン寺をウロウロ見学してるうちに、迷い込んだ台所。
おじいちゃんがバター茶を作ってました。 -
なんか、水差しみたいなものがいっぱい並んでます。
-
若いお坊さんもお仕事中。
何作っているんでしょうかね? -
シンボル。
-
ここで暮らす若いお坊さん。
本当にここで生活してるんですよ。
ちょっとした村みたいな広さがあって、ダライラマ5世もたしかここで修行してたんじゃなかったかな? -
お次はセラ寺の問答。
これが楽しみの一つだったんだ。禅問答も修行の一環です。
木下で100名くらいがやってるんだけど、結構迫力があるよ。
しかし・・・ -
どこでも、サボるやつらはいるのよw
-
お次はノルブリンカ。
ここはダライラマの夏の宮殿。
ここでの楽しみはダライラマ14世の居室が見られる事。写真はNGらしいが、ガイドが撮って良いよというので何枚か撮らせてもらう。
ホントに良いのか!? -
かわいらしいランプシェード。
欲しくなったw -
ジョカンとその周り。
えらく工事中。 -
ジョカンに来ていた家族。
長い影が、夕日の力強さを感じさせますね。
仲良くなったので、話をしたりチェキで撮ってあげたりしてたら、公安に文句を言われたので、短気なオイラも文句を言い返す。
気分悪い公安。威張り散らしている。 -
仲良くなった男の子。
賢そうな顔でしょ? -
お父さんのお手伝いをしていた可愛い女の子。
将来が楽しみでえすな。(オヤジ的発想) -
オレたちも撮ってくれと、モデル志願したガキんちょ。
チベットの子供達は英語ができる。
そんなに上手くはないけど、日本人の小学生よろはるかにできるぞ。 -
五体投地の風景。
五体投地一歩一歩進んで、ここジョカンまでやってくる人々がいる。
チベットの人々の進行の深さを目の当たりに出来る。
絶対ここは中国じゃない!と思う。 -
ジョカンの周り。
一番にぎやかな一帯。 -
ジョカンの近くにある初日におかねが無くていけなかった屋台に行って念願のブロッコリー揚げを食す。
うまい!
ここは色々串にさして素揚げしてくれる。それに調味料を振りかけ熱々を食すのだ。
単純だけどうまい!
飲み物は持ち込みOK
私は3本とコーラで満腹になるがTさんはまだ腹二分目だよいうので、前日に目を付けていたローカルでいっぱいな食堂に行く。
ここで、アメリカ人のレイニーと再会。
高地へ体を慣らすのと、水・食料などの調達を終え明日からチベット自転車横断に出る。
お互いの旅の無事を確かめ、別れる。 -
早朝にラサを出発し空港へ向かったオイラだが、なぜか夕方5時にまだ空港の周りを散歩している。
ここでもまたしても事件だ。
フライトが無くなった。
なんでもネパールの空港にヘリコプターが墜落しクローズになったという。
この事実を我々が知ったのは、チェックインも終わり後は搭乗するのを待っていた時だった。
何の情報も無く不安に思っていたら、中国側からカタコトの英語での説明。あまりにも下手クソな英語で意味不明。ニコリーニ達フランス人グループの中に中国語が堪能なおじいちゃんがいてその人が中国語→フランス語、そして、フランス人の中の英語が堪能なひとがフランス語→英語と変換してみんなに事情を説明してくれた。
その後我々はパスポートを没収され、空港内のホテルに軟禁されたのだった。 -
困難にぶつかると国も人種も関係なく一団結する。
・・・ということで、空港近辺を散歩できることを我々は勝ち取った。
ホテルの部屋は一人部屋のはずだったが、何故かフランス人おばあちゃまマドレーヌと一緒になる。
彼女、在日大使館に勤めてたことがあって日本に住んでいたという。あまりお気に召さなかったようだが。
でもいい人だった。綺麗な英語を話す。 -
散歩の帰り道どこからとも無く「ジャポ〜ン、ジャポ〜ン」と呼ぶ声が・・・
キョロキョロしていると、フランス人のオヤジだ。
見るとニコリーニもいる。
「私達のリーダーと同室なんだって?」と聞かれる。
マドレーヌはリーダーなんだ。
部屋に戻るとそのリーダーがベットで横になっていた。
ツアーのフランス人たちがひっきりなしに彼女の所にやってくるのだ。その度に出かけている姿はかなりしんどそうだった。彼女も結構なご高齢なのに大変だ。 -
夕方6時突然夕食が始まった。
6時だよ・・・。マドレーヌがチャイニーズタイムだとぼやく。だよね〜フランス人こんな時間に夕飯食べないよ。
食堂に全員集まる。疲れてボーっと座っていたら誰かが私の肩を揉む。驚いて振り返ったらガイドに小姐だ。一緒に夕飯食べない?と誘い夕食をとる。
打ち解けてきて彼氏の話や結婚の話、仕事の話など話す。彼女もお年頃だから色々悩みは多いね。
昼も夜もオランダ人グループとご一緒させてもらう。
このグループのガイドはオンを言うナイスガイ。
オランダに移民に行った中国人だ。
中国語、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語など7ヶ国語が堪能で、この抑圧された変な状況下すべての人のムードメーカーになってくれた。
食後はオンの持っていたウォークマンを小型のスピーカーで皆でダンスタイムとなる。
こんな状況下でも楽しむことは忘れちゃいかんね。 -
帰りは右手に見えるエベレスト。
空港で国別にパスポートが渡される。
フランスチームがトップだ。オンが大きな声で国を告げてくれる。
「ジャパニーズ
というからてを挙げたら「まだだよ」って。
・・・あんた紛らわしいよ。
そんなこんなで色んな事が起こったけど、とても良い経験になったね。
素敵な旅人としての経験値アップだわ。
そうそう空港での待ち時間、ポケットにあったヒモで一人あや取りをしていたらニコリーニやオランダの女の子などが「え、私もこれ知ってる」という話になって皆で盛り上がる。あや取りって万国共通の遊びでビックリだ!
これも経験値?
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
中国 の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
47