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「北本(きたもと)」<br />元は「北本宿」と言い、長いので「宿」を取ってその名になった。<br /><br />その町の駅は高崎線「北本駅」。<br />桶川の北、鴻巣の南。<br />高崎線を利用する人でも、気づかぬうちに通過していて<br />はっきりとその姿を見た事がないという、<br />まさにラピュタ級の幻の駅。<br /><br />私も知らなかったその町に辿り着いたのは、<br />ネットサーフィンの波に揉みに揉まれ、<br />最終的に漂着したのが「石戸宿四丁目の芭蕉句碑」。<br />早速、アースって(?)みると<br />その場所に一番近い駅がこの「北本駅」。<br />そしてその3日後、バズーよろしく此の地へ降り立ったというワケだ。<br /><br />湘南新宿ライナー・快速、北本駅 9:36着。<br /><br />市役所に観光課があるようだが、<br />ホームページから地図やバスの時刻表など<br />あらゆる情報がダウンロードできるので、<br />わざわざ寄る必要もない。<br /><br />駅西口、9:51発「北里研究所病院メディカルセンター」行きのバスに乗り、<br />10〜15分程の「自然観察公園入口」停留所で下車、<br />さあ、ここから歩きだす事にしよう。<br /><br />ちなみに表紙の写真は、「道標」(高尾河岸跡付近)<br />「西ヨシミ邑 北コウノス邑」と書かれています。<br />このような道標は町のあちらこちらに点在しています。<br /><br />

北本市 歴史の散歩道

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2010/05/01 - 2010/05/01

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zakoneboy

zakoneboyさん

「北本(きたもと)」
元は「北本宿」と言い、長いので「宿」を取ってその名になった。

その町の駅は高崎線「北本駅」。
桶川の北、鴻巣の南。
高崎線を利用する人でも、気づかぬうちに通過していて
はっきりとその姿を見た事がないという、
まさにラピュタ級の幻の駅。

私も知らなかったその町に辿り着いたのは、
ネットサーフィンの波に揉みに揉まれ、
最終的に漂着したのが「石戸宿四丁目の芭蕉句碑」。
早速、アースって(?)みると
その場所に一番近い駅がこの「北本駅」。
そしてその3日後、バズーよろしく此の地へ降り立ったというワケだ。

湘南新宿ライナー・快速、北本駅 9:36着。

市役所に観光課があるようだが、
ホームページから地図やバスの時刻表など
あらゆる情報がダウンロードできるので、
わざわざ寄る必要もない。

駅西口、9:51発「北里研究所病院メディカルセンター」行きのバスに乗り、
10〜15分程の「自然観察公園入口」停留所で下車、
さあ、ここから歩きだす事にしよう。

ちなみに表紙の写真は、「道標」(高尾河岸跡付近)
「西ヨシミ邑 北コウノス邑」と書かれています。
このような道標は町のあちらこちらに点在しています。

同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル

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  • 自然観察公園入口<br /><br />自然学習センターでは、<br />イベントやオリエンテーリングが催され、<br />館内の展示物や公園内を案内してくれる職員もおり、<br />家族連れの他、<br />花や野鳥を追うカメラマンにも<br />十分楽しめるようになっている。

    自然観察公園入口

    自然学習センターでは、
    イベントやオリエンテーリングが催され、
    館内の展示物や公園内を案内してくれる職員もおり、
    家族連れの他、
    花や野鳥を追うカメラマンにも
    十分楽しめるようになっている。

  • 時期柄、菜の花が美しかったので、<br />私も、安いデジカメだがそれっぽく狙ってみた。<br />

    時期柄、菜の花が美しかったので、
    私も、安いデジカメだがそれっぽく狙ってみた。

  • 雲一つ無い青い空に<br />藤紫が映える

    雲一つ無い青い空に
    藤紫が映える

  • 公園は湿地帯を囲むように遊歩道ができていて、<br />奥のこんもりとした繁みは「石戸城跡」である。<br />これくらいの小規模な城は、<br />大概、川や湿地帯に囲まれている事が多いが、<br />ここももれなくそうであった。<br />裏手には荒川が流れている。

    公園は湿地帯を囲むように遊歩道ができていて、
    奥のこんもりとした繁みは「石戸城跡」である。
    これくらいの小規模な城は、
    大概、川や湿地帯に囲まれている事が多いが、
    ここももれなくそうであった。
    裏手には荒川が流れている。

  • 石戸城跡と湿地帯を挟んだ台地をつなぐ<br />「一夜堤」<br /><br />今ではただの遊歩道だが、<br />戦国時代には、この城が<br />関東北条家討伐にのりだした<br />上杉謙信方の城であったため、<br />秩父鉢形城より出陣した北条氏邦により<br />暗夜に乗じ一夜にして土塁が築かれ、<br />激戦の末、攻め落とされたという<br />「関八州古戦録」にも登場する<br />由緒正しき遊歩道なのです。<br />

    石戸城跡と湿地帯を挟んだ台地をつなぐ
    「一夜堤」

    今ではただの遊歩道だが、
    戦国時代には、この城が
    関東北条家討伐にのりだした
    上杉謙信方の城であったため、
    秩父鉢形城より出陣した北条氏邦により
    暗夜に乗じ一夜にして土塁が築かれ、
    激戦の末、攻め落とされたという
    「関八州古戦録」にも登場する
    由緒正しき遊歩道なのです。

  • 自然観察公園から、河川敷の方へ出る。<br />「桜堤通り」を渡った程近くに、<br />「横田薬師堂下湧水」がある。<br /><br />水源は地下に浸み込んだ雨水なのだが<br />湧き出す水量は周辺随一の量だとか。

    自然観察公園から、河川敷の方へ出る。
    「桜堤通り」を渡った程近くに、
    「横田薬師堂下湧水」がある。

    水源は地下に浸み込んだ雨水なのだが
    湧き出す水量は周辺随一の量だとか。

  • 桜堤通りを南下。<br />右手に「天神社」が現れる。<br /><br />社自体は小規模ながら、<br />鳥居横に立つ「ムク」の木は立派なものだった。

    桜堤通りを南下。
    右手に「天神社」が現れる。

    社自体は小規模ながら、
    鳥居横に立つ「ムク」の木は立派なものだった。

  • 天神社から八幡神社、子供公園を経て<br />更に南下。<br />家並みは途切れ、空き地や畑が目立ってくると<br />グーグルアースで見た、<br />確かにあの場所が現れる。<br /><br />石戸宿四丁目「芭蕉句碑」<br />「原中や 物にもつかず 啼雲雀」<br /><br />地元の俳句同好者(石戸連)が1851年に建てる。<br />

    天神社から八幡神社、子供公園を経て
    更に南下。
    家並みは途切れ、空き地や畑が目立ってくると
    グーグルアースで見た、
    確かにあの場所が現れる。

    石戸宿四丁目「芭蕉句碑」
    「原中や 物にもつかず 啼雲雀」

    地元の俳句同好者(石戸連)が1851年に建てる。

  • 石戸宿四丁目と二丁目の間の<br />見落としがちな細い道を左折。北上。<br />程なく見える「石戸蒲ザクラ」の看板。<br />

    石戸宿四丁目と二丁目の間の
    見落としがちな細い道を左折。北上。
    程なく見える「石戸蒲ザクラ」の看板。

  • 「石戸蒲ザクラ」<br /><br />樹齢800年、高さ14m、根回り7.4m<br /><br />日本五大桜の一つ。<br />他には福島三春の滝桜、山梨山高の神代桜、<br />静岡狩宿の下馬桜、岐阜根尾谷の淡墨桜。<br /><br />蒲ザクラは、源頼朝の弟「蒲の冠者・源範頼」が<br />幽閉先の伊豆修善寺からこの地へ逃亡、<br />その際持ってきていた杖をここに刺したら<br />この場所に根づき桜となった、という伝説から<br />蒲ザクラと呼ばれている。<br />開花は四月上旬。

    「石戸蒲ザクラ」

    樹齢800年、高さ14m、根回り7.4m

    日本五大桜の一つ。
    他には福島三春の滝桜、山梨山高の神代桜、
    静岡狩宿の下馬桜、岐阜根尾谷の淡墨桜。

    蒲ザクラは、源頼朝の弟「蒲の冠者・源範頼」が
    幽閉先の伊豆修善寺からこの地へ逃亡、
    その際持ってきていた杖をここに刺したら
    この場所に根づき桜となった、という伝説から
    蒲ザクラと呼ばれている。
    開花は四月上旬。

  • 滝沢馬琴著「玄同放言」に<br />渡辺崋山が描いた蒲ザクラ。<br />この当時の根回りは11mとも言われている。

    滝沢馬琴著「玄同放言」に
    渡辺崋山が描いた蒲ザクラ。
    この当時の根回りは11mとも言われている。

  • 大正11年 天然記念物に指定された当時の蒲ザクラ。<br />

    大正11年 天然記念物に指定された当時の蒲ザクラ。

  • サクラを囲むように立つ板石塔婆群。<br />500〜600年前のもので、源範頼のものとも言われる。<br />現在は市で管理されている。<br />

    サクラを囲むように立つ板石塔婆群。
    500〜600年前のもので、源範頼のものとも言われる。
    現在は市で管理されている。

  • 「石戸神社」<br /><br />蒲ザクラから程近く、<br />しかし細い路地のような道を入って行くので<br />ちょっとわかりづらい。<br /><br />鎌倉暁将「石戸左衛門尉」館跡

    「石戸神社」

    蒲ザクラから程近く、
    しかし細い路地のような道を入って行くので
    ちょっとわかりづらい。

    鎌倉暁将「石戸左衛門尉」館跡

  • 八雲神社に立寄り、そのまま北上すると<br />大きな病院の敷地に入る。<br /><br />この北本市の核的存在でもある<br />「北里研究所病院メディカルセンター」です。<br /><br />時間も12:30を過ぎていたので、<br />食堂「あすなろ」にて昼食をとる。

    八雲神社に立寄り、そのまま北上すると
    大きな病院の敷地に入る。

    この北本市の核的存在でもある
    「北里研究所病院メディカルセンター」です。

    時間も12:30を過ぎていたので、
    食堂「あすなろ」にて昼食をとる。

  • バスで来た道を歩いて戻る。<br />自然観察公園入口前を通り、更に北上、<br />県道さいたま・鴻巣線に出るちょっと手前、<br /><br />「阿観堂の庚申塔」

    バスで来た道を歩いて戻る。
    自然観察公園入口前を通り、更に北上、
    県道さいたま・鴻巣線に出るちょっと手前、

    「阿観堂の庚申塔」

  • 県道さいたま・鴻巣線へ出た所に<br /><br />「旧石戸村道路元標」

    県道さいたま・鴻巣線へ出た所に

    「旧石戸村道路元標」

  • 5分ほど北へ歩くと県道東松山・桶川線へぶつかり、<br />右折して1分、<br /><br />「花見堂、廻国供養塔」

    5分ほど北へ歩くと県道東松山・桶川線へぶつかり、
    右折して1分、

    「花見堂、廻国供養塔」

  • 県道さいたま・鴻巣線へ戻り<br />北へ30秒、<br /><br />「観音堂」<br /><br />「木造観音坐像」と「大絵馬」が市の文化財らしい

    県道さいたま・鴻巣線へ戻り
    北へ30秒、

    「観音堂」

    「木造観音坐像」と「大絵馬」が市の文化財らしい

  • そのまま10〜15分、北上。<br />西中央通りとぶつかる五叉路<br /><br />「道標・これより石と舟とみち」<br /><br />新しく造り替えたもの

    そのまま10〜15分、北上。
    西中央通りとぶつかる五叉路

    「道標・これより石と舟とみち」

    新しく造り替えたもの

  • 先の道標より南西の舗装中の道へ入る。<br />クネクネと道なりに進むと<br />関東ではポピュラーな神社<br /><br />「氷川神社」<br /><br />平安時代の創建で、室町期に大宮氷川神社から分祭された<br /><br />このあたりは「高尾宮岡ふるさとの緑の景観地」<br />という事で、<br />緑深く、鎮守の杜といった雰囲気。

    先の道標より南西の舗装中の道へ入る。
    クネクネと道なりに進むと
    関東ではポピュラーな神社

    「氷川神社」

    平安時代の創建で、室町期に大宮氷川神社から分祭された

    このあたりは「高尾宮岡ふるさとの緑の景観地」
    という事で、
    緑深く、鎮守の杜といった雰囲気。

  • 氷川神社のすぐ隣り、<br />崖の下に小さな堀に囲まれた社がある<br /><br />「厳島神社弁財天」

    氷川神社のすぐ隣り、
    崖の下に小さな堀に囲まれた社がある

    「厳島神社弁財天」

  • そしてそのまたお隣り<br /><br />「須賀神社」<br /><br />まさに神様銀座といった具合

    そしてそのまたお隣り

    「須賀神社」

    まさに神様銀座といった具合

  • 5分ほど南下。<br />畑の傍らに北向きで立つ、<br /><br />「北向地蔵」<br /><br />泥の団子をお供えし、願い事が叶えば<br />米の団子をお供えするという、<br />料金後払い的なシステムが画期的。

    5分ほど南下。
    畑の傍らに北向きで立つ、

    「北向地蔵」

    泥の団子をお供えし、願い事が叶えば
    米の団子をお供えするという、
    料金後払い的なシステムが画期的。

  • 来た道を戻る。<br />氷川神社と厳島神社の間を進む。<br />道は大きく西へ曲がり杜から離れ、<br />一旦、畑や住宅のある広い道となるが、<br />その先またこんもりと木々の繁みが現れる。<br /><br />「高尾さくら公園」<br /><br />ソメイヨシノ、八重ザクラ、ヒガンザクラ、ナントカザクラ・・・<br />日本中の否、世界中の桜たちが集結(言い過ぎか)。<br />今なら八重ザクラがギリ咲いてます。

    来た道を戻る。
    氷川神社と厳島神社の間を進む。
    道は大きく西へ曲がり杜から離れ、
    一旦、畑や住宅のある広い道となるが、
    その先またこんもりと木々の繁みが現れる。

    「高尾さくら公園」

    ソメイヨシノ、八重ザクラ、ヒガンザクラ、ナントカザクラ・・・
    日本中の否、世界中の桜たちが集結(言い過ぎか)。
    今なら八重ザクラがギリ咲いてます。

  • 高尾さくら公園のお隣り、<br /><br />「阿弥陀堂」<br /><br />の鐘楼。なんかいい雰囲気。古くて。

    高尾さくら公園のお隣り、

    「阿弥陀堂」

    の鐘楼。なんかいい雰囲気。古くて。

  • さあ一気に戻ろう。<br />まずは「道標・これより石と舟とみち」まで戻り、<br />そこから斜め南東へ入る道へ進む。<br />15〜20分くらい歩くだろうか、十字路の左側に大きなお寺が見える。<br /><br />「真福寺・厄除け両大師」<br /><br />開基600年の由緒ある古刹。<br />慈恵大師、慈眼大師の画像が残されていた事から<br />「両大師」と呼ばれている。<br />一説には慈覚大師の開基だとか。<br />1月と2月の3日には「だるま市」が開かれる。<br />迫力ある仁王像も必見。

    さあ一気に戻ろう。
    まずは「道標・これより石と舟とみち」まで戻り、
    そこから斜め南東へ入る道へ進む。
    15〜20分くらい歩くだろうか、十字路の左側に大きなお寺が見える。

    「真福寺・厄除け両大師」

    開基600年の由緒ある古刹。
    慈恵大師、慈眼大師の画像が残されていた事から
    「両大師」と呼ばれている。
    一説には慈覚大師の開基だとか。
    1月と2月の3日には「だるま市」が開かれる。
    迫力ある仁王像も必見。

  • 3:30 北本駅へ元来た道で帰る。<br /><br />「JR北本駅」<br /><br />駅前の「世界連邦平和宣言都市」<br />大きく出たなって感じだけど、<br />なかなか立派な事だと思う。

    3:30 北本駅へ元来た道で帰る。

    「JR北本駅」

    駅前の「世界連邦平和宣言都市」
    大きく出たなって感じだけど、
    なかなか立派な事だと思う。

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