湯ノ川温泉・斐川旅行記(ブログ) 一覧に戻る
田和山遺跡を見た後,山陰道を宍道ICへ.1311昼食は偶然見つけた鶴華波積屋へ.2000円の「そばづくし」を堪能.わんこそば2杯追加でおなかもいっぱいになる.満足.それから荒神谷遺跡に.博物館と遺跡,それに名前の由来となった三宝荒神を見学.なぜ358本もの銅剣がうめられたか今もって謎だそうだ.弥生時代紀元後50年ごろに埋められた可能性が高いという.ちょうど奴国の時代だ.その頃にこれだけの文化の王権が出雲にあったと考えるだけわくわくしてくる.1525出雲市に向かう

2010.4島根出張旅行3-鶴華波積屋で昼食,荒神谷遺跡

3いいね!

2010/04/15 - 2010/04/15

18位(同エリア27件中)

旅行記グループ 【国内41】2010.4島根出張旅行

0

30

suomita2

suomita2さん

田和山遺跡を見た後,山陰道を宍道ICへ.1311昼食は偶然見つけた鶴華波積屋へ.2000円の「そばづくし」を堪能.わんこそば2杯追加でおなかもいっぱいになる.満足.それから荒神谷遺跡に.博物館と遺跡,それに名前の由来となった三宝荒神を見学.なぜ358本もの銅剣がうめられたか今もって謎だそうだ.弥生時代紀元後50年ごろに埋められた可能性が高いという.ちょうど奴国の時代だ.その頃にこれだけの文化の王権が出雲にあったと考えるだけわくわくしてくる.1525出雲市に向かう

同行者
その他
交通手段
レンタカー ANAグループ
  • 1311 山陰道宍道ICをおりて,出雲空港の方へ走った.きっと昼食が食べられるところがあるかとおもった.あてはなかったが,たまたま「出雲そばや」があるので入る.

    1311 山陰道宍道ICをおりて,出雲空港の方へ走った.きっと昼食が食べられるところがあるかとおもった.あてはなかったが,たまたま「出雲そばや」があるので入る.

  • 最初入ろうとしたほうは売店

    最初入ろうとしたほうは売店

  • こっちがそば屋.込んでいて3組待つ

    こっちがそば屋.込んでいて3組待つ

  • 最初は「つるが定食」にしようとおもったが..

    最初は「つるが定食」にしようとおもったが..

  • このそばづくし2000円にしよう.それにビール.同伴者に運転させて申し訳ない

    このそばづくし2000円にしよう.それにビール.同伴者に運転させて申し訳ない

  • ビールのつまみ,そばせんべい

    ビールのつまみ,そばせんべい

  • 一の膳,そばサラダ,そばすし,そばがき,手前は肉の角煮風の味.

    イチオシ

    一の膳,そばサラダ,そばすし,そばがき,手前は肉の角煮風の味.

  • 二の膳,わんこそば2杯おかわりした.おいしかった.これで2000円は高いとは思わなかった.合格!

    イチオシ

    二の膳,わんこそば2杯おかわりした.おいしかった.これで2000円は高いとは思わなかった.合格!

  • デザート,そば湯,お茶,そばゼリー<br />満腹!

    デザート,そば湯,お茶,そばゼリー
    満腹!

  • 民家風の造りでゆっくりたたみの上で,食事ができた.1410出発

    民家風の造りでゆっくりたたみの上で,食事ができた.1410出発

  • 湯の川温泉の看板

    湯の川温泉の看板

  • 荒神谷に向かう

    荒神谷に向かう

  • 1427 荒神谷資料館,ここでレプリカだが,銅剣,銅鐸などをみる.発見の際のエピソードも面白かった.中は史跡公園として整備されている.「荒神谷遺跡は昭和58年(1983年)広域農道(出雲ロマン街道)建設にともなう遺跡分布調査で、調査員が田んぼのあぜ道で一片の土器(古墳時代の須恵器)をひろった事がきっかけとなり発見されました。遺跡の南側に『三宝荒神』が祭られている事から荒神谷遺跡と命名され、翌昭和59年谷あいの斜面を発掘調査したところ358本の銅剣(どうけん)が出土しました。遺跡は『出雲国風土記』記載の出雲郡(いずものこほり)の神名火山(かんなびやま)に比定されている仏経山の北東3kmに位置する斐川町神庭(かんば)西谷にあります。銅剣が埋納されていたのは、小さな谷間の標高22mの南向きの急斜面で、昭和60年には、その時点からわずか7m離れて銅鐸(どうたく)と銅矛(どうほこ)が出土しました。」<br />http://www.kojindani.jp/iseki/index.html

    1427 荒神谷資料館,ここでレプリカだが,銅剣,銅鐸などをみる.発見の際のエピソードも面白かった.中は史跡公園として整備されている.「荒神谷遺跡は昭和58年(1983年)広域農道(出雲ロマン街道)建設にともなう遺跡分布調査で、調査員が田んぼのあぜ道で一片の土器(古墳時代の須恵器)をひろった事がきっかけとなり発見されました。遺跡の南側に『三宝荒神』が祭られている事から荒神谷遺跡と命名され、翌昭和59年谷あいの斜面を発掘調査したところ358本の銅剣(どうけん)が出土しました。遺跡は『出雲国風土記』記載の出雲郡(いずものこほり)の神名火山(かんなびやま)に比定されている仏経山の北東3kmに位置する斐川町神庭(かんば)西谷にあります。銅剣が埋納されていたのは、小さな谷間の標高22mの南向きの急斜面で、昭和60年には、その時点からわずか7m離れて銅鐸(どうたく)と銅矛(どうほこ)が出土しました。」
    http://www.kojindani.jp/iseki/index.html

  • 1501はすいけを遺跡の方へ

    1501はすいけを遺跡の方へ

  • きっかけとなった須恵器を拾った場所.

    きっかけとなった須恵器を拾った場所.

  • 発掘当時の様子を展示

    発掘当時の様子を展示

  • 銅剣358本出土,このような谷にどうして,埋めたのか.祭祇的意味があると思うが

    銅剣358本出土,このような谷にどうして,埋めたのか.祭祇的意味があると思うが

  • 7mとなりで銅鐸6個,銅矛16本が翌年出土

    イチオシ

    7mとなりで銅鐸6個,銅矛16本が翌年出土

  • 博物館前の駐車場に戻る,向こうに荒神谷博物館.ひだりは「はす池」2000年ハス.

    博物館前の駐車場に戻る,向こうに荒神谷博物館.ひだりは「はす池」2000年ハス.

  • 赤いポストがあった.なつかしい.名前の由来となった三宝荒神に向かう

    赤いポストがあった.なつかしい.名前の由来となった三宝荒神に向かう

  • 車で少し登ったところにある.

    車で少し登ったところにある.

  • スサノオノミコトを祀ってあるようだ.

    スサノオノミコトを祀ってあるようだ.

  • まわりは荒れ果てている.向こうに私たちのレンタカー

    まわりは荒れ果てている.向こうに私たちのレンタカー

  • 1525 出雲市の方向へ向かう

    1525 出雲市の方向へ向かう

この旅行記のタグ

3いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP