2009/10/03 - 2009/10/03
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frau.himmelさん
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アウクスブルクからミュンヘンに戻ってきました。
ミュンヘンで是非寄りたい場所があるのです。ホーフブロイハウスです。
一昨日、オクトーバーフェストでホーフブロイのテントに行きましたが、さすが伝統ある醸造所のテントです、賑やかだったー。
今日もたぶんお客様は皆なそっちに行ってるだろうからお店のほうはガラガラかもね。
そう思って行きましたが、甘いッ! 凄い混雑ぶりです。
2006年6月、ドイツでワールドカップが開催された年、ミュンヘンで試合があった当日にも行きましたが、そのときよりずっと混んでいました。
1階は全く席は空いておりません。
仕方なく2階に…。それも階段の入口で警備の人がいてその人の許可を得て2階に上がらなければならなかったのです。
ところでこのホーフブロイハウスです。
私達はいつもマリエンプラッツで降りて、新市庁舎の脇の道を入って行くのですが、時々道に迷います。その時は「ホーフブロイは何処ですか?」って聞けば、有名なところですから親切なドイツ人は丁寧に教えてくれます。
1階は1200席の大ホール。個人旅行で行く時は大体ここに席をとります。真ん中にある楽団ブースでは陽気なバイエルン音楽を演奏しており、これぞビヤホールって雰囲気を充分に味わうことができます。
2階はレストランで音楽演奏はありません。
3階はショーホールになっており、日本からツアーで行く場合はほとんどこの3階に通されます。
皆様もミュンヘンにいらっしたら、ホーフブロイハウスに是非お寄りくださいね。
-
電車をマリエンプラッツ駅で降りて、ここホーフブロイハウス前に来ました。
オクトーバーフェストの会場から離れているのに大勢の人が歩いています。
もしかしてお店もイッパイ? -
1階の大ホールはこの通りの大混雑。
一時期の銀座の歩行者天国のようです。
それでも少しでも空いている席を見つけては
「ノッホフライ? ノッホフライ?」
って聞いて回りましたが…。
全て「ナイン!」。全滅です。 -
休憩時間にビールで喉を潤している楽団員さんもいますね。
私達も早く飲みたい!
2階は空いているかしら?
ところがいかめしい制服を着た警備員がいて通せんぼをしています。
おそるおそる…「上に上がっていい?」って聞くとあっけなくOK。
私達が日本人のシニアだから悪いことはしないと思ってくれたのね。 -
2階もそこそこに混んでいましたがウエイターさんが空いている席に案内してくれました。
音楽はないものの皆さん陽気に楽しんでいるし、階下の音楽も聞こえてくるからホーフブロイの雰囲気は味わえます。 -
シュパイゼカルテ、メニューを見ます。
これがホーフブロイのメニューです。
表紙を見ただけで楽しそう! -
まずビールを決めましょう。ってもう決まっているけどね。
ビール1リットルで6.9ユーロ。500ミリリットルで3.69ユーロです。
自家製のヴァイツェンビアを頼みます。 -
これがそれ。
1リットルは夫、私は半分の方。
では「ツムボール!」乾杯! -
次に食事も頼みます。これが食事のメニュー。
やはりここの名物ヴァイスヴルスト(白ソーセージ)とシュヴァインスハクセ(ブタ骨付き肉のロースト)が写真つきで目立つところにありますね。
私達もそれを頼みます。 -
シュヴァインスハクセ。
中はジューシーで外はパリパリ、美味しいんです。
付け合せのクネーデルもとても美味しそう。 -
そして、ミュンヘン名物白ソーセージ。
このようにポットの中で温められて出てきます。
横についている甘い芥子をつけてソーセージの皮を剥いていただきます。
これにはプレッツェルが付いてきます。
それでは「グーテンアペティート!」 -
今日のレシートです。
19パーセントの消費税がついて全部で25.25ユーロ。
日本円で3000円しないのです。
安いでしょう? -
2006年6月の写真
時は遡って、2006年6月。
ミュンヘンでワールドカップの開会式か試合がある日(すみません、良く覚えていなくて)。
ホーフブロイに行く途中で、マリエンプラッツはこのようにテレビの中継所が開設され、サポーターで大混乱をきたしておりました。 -
2006年6月
ホーフブロイもさぞかし人が多いだろう…、
って心配しておりましたら、あれっ何か静かー。 -
2006年6月
ソロソロ演奏も始まりますが、今回と比べてのんびりしてますね。 -
2006年6月
そんな静寂を破ったのはコレ!
テレビの中継隊がドヤドヤと入ってきました。 -
2006年6月
彼女は韓国のレポーター。
あの時韓国は強かったからねー(横を向いてポツリ…) -
2006年6月
日本も韓国パワーを見習ってもう少し図太くなれば、もっと強くなれたのに…。
負け惜しみです。 -
そんなことを回想しながらホーフブロイを後にします。
そうそう、ホーフブロイの前には日本食レストラン「SHOYA:庄屋」があります。
日本食が恋しくなったらお寄りください。
味は?
外国で食べる日本食です、贅沢は言えません! -
マリエンプラッツ、新市庁舎前に出ました。
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時間はちょうど5時。
大勢の人がグロッケンシュピールのほうを見上げています。 -
等身大の人形が動き始めました。
この仕掛け時計が動くのは11時と12時、
それに3月から10月までは5時にも動きます。 -
ドイツ最大の仕掛け時計です。
もう少し大きくします。 -
このグロッケンシュピールのある新市庁舎は1867年から1909年に建てられたネオゴシック様式です。
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反対側の建物の上からフラウエン教会のねぎ坊主の頭が見えます。
-
さあ、ミュンヘン駅の一番はじっこのホーム、
その又遠く離れた所にあるザルツブルク行きの電車に乗って帰ります。 -
ビヤ樽の帽子が面白かったので、
車内で一緒になったオクトーバーフェスト帰りの青年に、
写真撮っていい?
って聞いたら、そばに居た彼女を呼び寄せて一緒にモデルになってくれました。
プライバシーのため少し目隠しをしました。
彼らの名誉のために言っておきますが、大変美男美女でした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 哈桑湖さん 2010/12/14 22:11:48
- 仕掛け時計 一度は、見たいです。
- frau.himmel様
ミュンヘンの、仕掛け時計、等身大なんですね。びっくりです。一度は、見てみたいです。
リンツの学校に、ヒトラーは通いました。
1938年、ドイツとオーストリアは、合邦します。ヒトラーも、オーストリア入りしますが、到着が遅れ、リンツには夜中になります。リンツ市民は、真夜中まで待ちました。ヒトラーが、リンツのバルコニーに出ると、市民は、右手を高くあげ、「アイン・フォルク アイン・ライヒ アイン・フューラー(一つの民族 一つの国家 一人の総統)」と、熱狂的に叫びました。ヒトラーも感涙しました。
第二次大戦末期、連合軍は、ドイツ軍の中で、オーストリア出身の兵士の戦意を落とすため、ナチスの最初の犠牲国は、オーストリアだと発表しました。ユダヤ人迫害のナチス親衛隊の大半は、オーストリア人でした。ヒトラー、アイヒマン、カルテンブルナーも、オーストリア人です。戦後、ナチスの犯罪は、全てドイツが引き受けます。
突撃隊(SA)は、褐色の帽子に、褐色の制服です。帽子に髑髏が入っているのが、親衛隊(SS)です。突撃隊は、町のゴロツキ上がりです。ヒトラーは政権をとると、貴族階級が上層部を占めるドイツ陸軍に融和するようになります。これに対して、エルンスト・レームを頂点とする、労働者上がりの突撃隊は、ヒトラーに反発します。ヒトラーは近代戦には、ドイツ陸軍と、手をつなぐしかないと考え、ハイドリヒに命じて、レーム一派を粛清します。
ところで、映画・戦場のピアニストのドイツ将校でしたが、陸軍の軍帽に、親衛隊の制服を、まとっていました。びっくりです。親衛隊の襟章は、稲妻のマークです。ドイツ陸軍の戦車兵の襟章は、髑髏が入っています。ドイツ軍の軍服は、階級、兵科が、とても分かりやすいです。
- frau.himmelさん からの返信 2010/12/16 12:05:40
- RE: 仕掛け時計 一度は、見たいです。
- そうですか、リンツとヒトラーはそういう因縁があったのですか。
リンツはオーストリアにおけるナチスの総本山みたいなところだったのですね。
たった今、リンツの写真や資料を出して調べてみましたが、見事にヒトラーの形跡を探し出すことは出来ませんでした。
歴史博物館にも行きましたがそこでも彼に関する記述はなし…。
国や市が、ヒトラーとの係わり合いを恐れている様子が、反対によく理解できたような気がします。
何でもネオナチ対策だとか?
> 突撃隊(SA)は、褐色の帽子に、褐色の制服です。帽子に髑髏が入っているのが、親衛隊(SS)です。突撃隊は、町のゴロツキ上がりです。
ヒトラーは政権をとると、貴族階級が上層部を占めるドイツ陸軍に融和するようになります。これに対して、エルンスト・レームを頂点とする、労働者上がりの突撃隊は、ヒトラーに反発します。ヒトラーは近代戦には、ドイツ陸軍と、手をつなぐしかないと考え、ハイドリヒに命じて、レーム一派を粛清します。
ホントにお詳しいですね。
突撃隊=町のゴロツキ上がりの私兵なんですね。
ヒトラーは、彼らをユダヤ人に対する迫害や労働組合のストを阻止したりする実力行使(暴力)の部隊としてうまく利用していたようですね。
髑髏のマークの帽章が余りにも大きくて、すごく印象に残っていました。
> ヒトラーは政権をとると、貴族階級が上層部を占めるドイツ陸軍に融和するようになります。これに対して、エルンスト・レームを頂点とする、労働者上がりの突撃隊は、ヒトラーに反発します。ヒトラーは近代戦には、ドイツ陸軍と、手をつなぐしかないと考え、ハイドリヒに命じて、レーム一派を粛清します。
いわゆる「長いナイフの夜」と言われる粛清のことですね。
浦潮斯徳さまのお陰で、いろいろ勉強することが出てきて忙しくなりました。
ボケ防止なんて言っていられません。
ありがとうございます。
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