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【衝撃の街、カトマンズ (Kathmandu) へ】<br />上海への医師としての添乗の仕事から帰国して2日後の11月11日、今度はプライベートで予定していた初めての国、ネパールへ出発です。さすがの私もこんなに連続して外遊するのは初めてです。最初に気まぐれでネパールに興味を持った時は、アジアだから近い、手頃だと勘違いしていました。でも、いつものところで格安航空券を頼むと自分の浅はかさにすぐ気が付きました。カトマンズは遠い! 結論から言うと、久しぶりのキャセイ航空で福岡から台北経由で香港へ行き、子会社の香港ドラゴン航空へ乗り換え、ダッカ(バングラデッシュ)経由のカトマンズです。値段も13万円近くもします。アジアと言うより、欧米への値段です。またしても、台北経由です。台北空港は何度も立ち寄っています。でも、まだ一度も台湾の国内を旅行したことはありません。キャセイ航空は漢字で國泰航空です。「泰」樹と言う私の名前の漢字が入っていて親近感を感じます。<br /><br />香港までの機内では、フィリピン系のアメリカ人と隣り合わせました。彼はパラメディカル(医療従事者)のようで、岩国基地で働いているそうです。新型インフルエンザの話題になりました。ある時、基地で流行ったそうですが原因を調べると階段の手すりの縄だとわかったそうで、完璧に消毒したそうです。今回の「新型インフルエンザ」の「から騒ぎ」で、ボランティアとして留学生がらみで巻き込まれた私は、医者としてずい分勉強し直しました。日本人が好きなマスクが実際にはほとんど無効であるのでわかるように、また今回の話と同じく、「接触感染」がどうも主な感染源のようです。呼吸器疾患ですから、一般の人も咳や唾による「飛沫感染」が重要と勘違いするのも無理はありません。ましてや「空気感染」と誤解している人も多いですが、間違いで「インフルエンザ・ウイルス」は空中を浮遊したり、飛び回ってはいません。喘息などのアレルギーの原因の花粉や家塵とは違います。<br /><br />あるホテル業界に詳しい人から聞いた話では、欧米の一流ホテルは上記の正しい知識に基づいて、徹底的に床やドアノブを掃除して磨くそうです。ところが、日本のホテルでは従業員にマスクをさせるだけのようです。ここにも、マスクを過大評価する「日本の常識は世界の非常識」があります。<br /><br />日本出国前に、インターネットであるホテルを予約したつもりでしたが、何故か予約できていないようです。そこで、ダッカの空港機内で待たされている間に電話し、米ドルで30ドル程度の所に新たに予約を入れました。夜遅くしか着かないので、念のために最初の夜の予約だけは入れておきました。今回は、どこを回るかも決めていません。6月のクロアチア中心の世界遺産めぐり旅行とは全然違います。予定のない気楽な気ままな旅行です。成り行きでトレッキングするかもしれないので、荷物はアルプスに行く時に買ったリュックサックです。靴も、登山靴までは準備していませんが、せめてテニスシューズで運動靴です。<br /><br />着く前に、いつものようにカメラの時刻を調整します。そうでした。日本とネパールの時差は嘘のような3時間15分です! もう45ヶ国ほど行きましたが、端数が付くのは初めてです。30分と言うのはまだ聞いたことがあるような気がします。でも、15分とは! 細かいです。私は今では流行らないデジアナの時計を持っています。もうほとんど売ってないようで、買うのに苦労します。でも、外国では便利です。デジタルの時間だけ現地の時間に合わせます。日本時間はアナログの時計で確認できます。特に、3時間15分の時差なんてとても暗算できません。目覚ましのアラームもデジタルに対応しているので、便利です。<br /><br />空港に着くと、聞いていた通り入国時にビザの申請です。用意していた写真と20米ドルをまず払います。銀行の人がいるようです。いきなり、私の顔を見てネパール人にそっくりだと言います。驚きました。と言うのは、南方系の顔の私はベトナムでもベトナム人そっくりだと言われたことがあります。でも、私の偏見ではネパールはインドの北で、インド人に近いのかと思っていました。意外でした。それから、向かい側の役人の所へ行き、ビザのスタンプを押してもらいました。入国すると、タクシーの案内所があります。例の如く、しつこくいいホテルを紹介すると誘ってきますが、もうすでにホテルは決めています。とにかく、タクシーで市街地の自分のホテルへ行きます。でも、勝手に運転手と別に通訳(?)が乗り込み、携帯電話で誰かに繋ぎます。明日、私のホテルへ挨拶に来ると言うのです。何でホテルの支配人に電話するのかと思っていました。<br /><br />予想通り、カトマンズはネパールの首都なのに途中の道は真っ暗で舗装もほとんどなく、かなり車で揺られながらホテルへ到着しました。第一印象はやはり文明国とはかなり違いそうです。楽しみです。着いたホテルは、まぁ値段なりのホテルです。もちろん、部屋にテレビもありません。<br /><br />【カトマンズの市内をブラブラ】<br />翌日軽い朝食後、のんびりしていたら昨夜電話で話をした誰かが来ています。どうも、ホテルの人ではなく旅行会社の人らしく、暇なので歩いて10分程度の事務所へついて行きました。今日の午後、高山病で有名な医者と会う以外大した予定もありません。少しはトレッキングもしてみたいのとヒマラヤ山脈の景色のいいナガルコットへは行ってみたいと言うと、2泊3日の近場のトレッキングを組んでくれました。しかも日本語のできるガイドが付き、山のホテル2泊込みで300米ドルです。現地の物価を考えたら少し高い気もしましたが、どうせガイドをつけないと一人でトレッキングも危険そうだしオーケーしました。<br /><br />すぐにガイドのドルガを呼んでくれ顔見せです。あまり上手ではないけど一応日本語を喋ります。歩いてホテルに帰る途中で、マッサージ店で以前から興味のあったアーユルベーダを見つけました。入ると、1600ルピー(1ルピーは1.3円)です。普通のマッサージとどう違うのか興味津々でしたが、ただのオイルマッサージでした。但し、アロマを使用し、α波(?)の音楽は流れていました。インドのイメージで安くておいしいチャイ(ミルクティー)を期待していましたが、ここでもやはりインドの影響は思ったより少ないです。やっと、一軒見つけました。でも、気のせいかおいしいもののインドよりは少し味が落ちる気がしました。値段も安いなりにインドの7円よりは高く、15円程度でした。<br /><br />広い通りを歩いていると、とんでもないものを見かけました。みすぼらしい浮浪者がうんこを路上でしているのです。野糞と言う場合は、普通はせめて畑などだと思いますが、メーンストリートの路上です。しかも、器用なものです。しゃがんでいるのではなく、仰向けで両足を伸ばしてズボンを下げ上手にしています。路肩の段差を上手く利用しています。こんなのはインドでも見たことがありません。暇なのでずっと観察していると、やはり尻を拭いたりはしません。<br /><br />新型インフルエンザで日本では「不必要に」マスクが流行っていますが、ここカトマンズでもマスクの人を沢山見かけます。でも、明らかに理由が違います。首都なのにほとんど舗装もされていないカトマンズでは、埃っぽいのです。埃よけや車の排気ガスよけとして多くの人がマスクをしているようです。しかも、日本では衛生的なイメージの白と相場が決まっているのに、ここでは黒っぽい色がむしろ主流です。黒、濃紺、濃い茶色など。若い女性のピンクもあります。所変われば、品変わる。こういう小さな発見が私には楽しいのです。これが、海外の未知の国への旅行の醍醐味です。常に未知の発見や驚きがあります。<br /><br />3時まで時間があるので、ネパール最古の仏塔であるスワヤンブナートへ行きました。見物前に、初めてネパールの定食、ダルバートを食べました。ごはんと豆スープ、カレー、チャパティのようなパン、ゆがいた緑色野菜などです。健康的な食事です。味はまぁまぁです。階段をかなり上っていかないといけませんが、少し息が上がります。どうも、私は高山には弱いようです。カトマンズはそこまで標高が高くないのですが、この程度でもいつもと違います。猿山と呼ばれるだけあって野生の猿が沢山います。猿の食べた残飯がたくさんあり、結構不潔です。<br /><br />【病院見学へ】<br />ちょうど3時に約束の Nepal International Clinic へ行きました。6年ほど前、日本旅行医学会で講演を聞いた高山病で著名な Buddha Basnyat 医師に会う約束をしているからです。名前がすごいです。ブッダ、「仏様」です。大きい病院の一部門とばかり想像していたのですが、小さなクリニックでした。不謹慎かもしれませんが、ひょっとして高山病の患者さんがいるのではと微かに期待していました。すると、日本人の患者さんがいます。しかも、よりによって私と同じ福岡からの人です。10日間のトレッキングをほとんど無事に終わり、頭痛等の山酔い(軽症の高山病)もなかったのに、突然呼吸困難になったそうで、ガイドによって運んでもらってこの有名なクリニックに来たそうです。<br /><br />来院時は、末梢血酸素飽和度がわずか14%とかなり致死的な状態だったようです。すぐに大量の酸素、10L/分を開始されたようです。私が行った時もまだ7L/分の酸素を吸入中でした。それで、ようやく酸素飽和度が97%に保たれている状態でした。でも、酸素をはずしてトイレに行くと、すぐに酸素飽和度が70%台に下がるそうです。典型的な高地肺水腫です。念のため、Dr.バスニャットに治療法を尋ねると、高山病の基本薬であるダイアモックス(一般名アセタゾラミド)とカルシウム拮抗剤のアダラートでした。教科書通りです。胸のレントゲンも見せてくれましたが、右肺野にすりガラス状の異常陰影があります。患者さんの承諾を得て、聴診器を当てさせてもらいました。教科書的には湿性ラ音が聞こえるはずで、音を確認させてもらいました。外来の一室のベッドに横たわっている患者さんですが、このまま一晩入院して、酸素を継続し、たぶん翌朝には退院できるとの医師の判断でした。<br /><br />その後、医局の部屋で研修に来ている二人の若い医師とコーヒーを飲みながら談話しました。Dr.バスニャットも再度やって来て色々話しを聞かせてくれました。高山病で有名ですが、お国柄でもう一つ下痢も多いようです。特に彼が強調していたのは、先進国で腸チフスのワクチンを受けて来ないのは日本人だけだそうで、時々日本人の患者が来るそうです。それもそのはず、日本に帰って調べてみると日本では腸チフスのワクチンを受けられる病院自体が限られるのです。何故なら、日本の保険適応のあるワクチンはなく、医師の個人輸入のようです。やはり、日本はワクチンの後進国です。また、A型とB型肝炎ワクチンの接種を強く勧めていました。<br /><br />その後、まだ明るいので近くのダルバール広場(旧王宮前広場)へ行きました。周りにはいかにもチベット寺院らしいシヴァ寺院やナラヤン寺院などが並んでいます。<br /><br />夕方には、日本人経営の Royal 華ガーデンという露天風呂に行ってみました。温泉ではありませんが、竹林に囲まれてなかなかいい感じでした。他には一人だけ中年のメタボの男性がいました。色々話すと地元のレストラン経営者のようで金回りがよさそうでした。この後、いくつかの高級ホテルにあるらしいカジノへ行く予定だと言うと、車で送ってくれるといいます。有難く乗せてもらいましたが、実は乗用車ではなくバイクでした。皮下脂肪たっぷりの腹に手を回して乗せてもらいました。しかも、小雨が降っているので必ずしも快適ではありませんが、文句は言えません。一番近いシャングリラホテルのカジノは貸切なのか何故か入れず、違うホテルへ連れて行ってくれました。ホテル名はわからず、Casino Royale という所でした。<br /><br />結局、送ってくれただけでなく、一緒に中へ入りました。この日は不調であっさりいつもの予算の約1万円(100米ドル)が1時間足らずでなくなりました。しばらくブラブラ見学していました。腹が減ったので、彼のレストランにでも連れて行ってくれと言いました。でも商売気がなく、ここのカジノの奥に無料のバイキング料理があるというのです。こんなのは初めてです。世界中のカジノへ行きましたが、フリードリンクは当然でも、本格的な料理が無料なのは見たことありません。しかも、ダンスショーも見れます。考え方を変えて、ブラックジャックでの損失を忘れ、1万円でショー付きのバイキング料理を食べたつもりになりました。<br />              <br />【チソパニまでトレッキング】<br />翌朝9時半に車でガイドのドルガが迎えに来ました。運転手は別です。やや北にある出発地のスンダリジャル(標高1460M)までは渋滞で1時間以上かかりました。ドルガがやってくれましたが、入山料が必要なようです。大した金額ではありませんが、必ず外国人からは高く取るのがこういう国の基本的な考え方のようです。外国人250ルピーで市民はたったの10ルピーです。歩き始めましたが、リュックはドルガが背負ってくれるので楽です。普段からテニスをしたりして鍛えている私は足腰が強いので歩くのは問題ありません。でも、空気がやや薄いので急斜面が続いた時は少し息が上がります。<br /><br />途中で昼食休憩です。山の途中ですから食堂と言っても民家です。しかも、若いお母さんが髪を洗って乾かしている最中です。遠い昔の私の田舎を想い出します。のどかなものです。30分以上も待たされてやっとインスタントラーメンのような物が出てきました。具の野菜も入っていません。でも、それなりにおいしかったです。どうも、客が来てから火を起こすのでこんなに時間がかかるようです。なかなか面白い体験です。但し、気の短い人だったらイライラするでしょう。<br /><br />待ち時間が長いので、昼食に一時間以上休憩しました。それから、平均して上りが多かったので若干きつかったものの、14時40分には目的地のチソパニ(標高2170M)に着きました。約4時間ですが、休憩を除くと実際に歩いたのは3時間足らずです。でも、標高差で700Mですから、それなりには疲れました。終点が2000メートル程度なので、今回はダイアモックスでの予防はしませんでしたが、さすがに大丈夫でした。それと、靴が本式の登山靴でないので、少し滑りやすく歩きにくいところも一部ありました。着いた所には2〜3軒のホテルというより山小屋があります。しかも一軒は一部修理中です。私の山小屋は眺めこそいいものの、3階の部屋に行くと毛布もふとんもなく、ぼろいベッドが二つぽつんと置いてあるだけです。ベッドも何となく湿気った感じです。もちろん、部屋にトイレや水道はありません。新婚旅行の時のギリシャのピレウスの港の千円のホテルよりもぼろです。安ホテルに慣れている私から見ても、最高にぼろなホテルです。まぁ山小屋だから仕方ないのかもしれません。<br /><br />隣の高台から早速ヒマラヤ山脈の景色を眺めていました。すると同じく景色を楽しんでいる男性がいます。英語で話しかけると、日本の筑波大学に短期滞在の経験のある科学者のようです。日本語で「私はフランス人です。」と言います。そこですかさず、”Je suis japonais.”「私は日本人です。」と、フランス語で答えました。少し驚いた表情をしていました。その後、他に何もすることもない場所だし、少し疲れているのでベッドの上で軽く昼寝をしました。<br /><br />夕方6時半にはもう夕食です。一人でランタンから1週間トレッキングしているたくましい日本人がこの山小屋に泊まっていました。彼によると、この程度の山小屋は一泊200ルピー(たったの260円?)だそうです。そんなもんでしょう。定食のダルバートとモモ(ネパール風ぎょうざ)を頼みましたが、ここのモモはやたら大きなぎょうざでした。味はまぁまぁです。宿泊代より夕食代の方が値段は高く、630ルピーでした。但し、ホテルの料金と食事代は今回のツアーには含まれています。彼が私のガイドのドルガと話していましたが、後であの日本語はひどいと言っていました。普通はもう少し上手なようです。確かに、私も意味不明の日本語が多く、英語に切り替えようとして話したこともありました。でも、英語もあまり上手くないので諦めました。<br /><br />夜は真っ暗でホテルも暗いし、することもないので8時過ぎには寝ることにしました。その前に、私の部屋は最上階でそのまま屋根のない屋上につながっています。周りにはもちろんネオンもないし、電気もほとんどないので真っ暗です。そして空を見上げると息を呑みます。空からたくさんの星が降って来ます。久しぶりです、こんなにたくさんの星を見るのは。高地で空気も薄いし、大気汚染もないからでしょう。しばし、見とれていました。<br /><br />泌尿器科医の私は、「夜間頻尿」の患者さんをよく診察しますが、私も時には夜中に一度トイレに行きます。この夜も一度目が覚めました。部屋の電気も薄暗いし、向かい側のトイレや廊下には一切電気はありません。要するに、真っ暗闇です。困ってしまいました。しかし、そうか携帯電話があると気がつきました。トイレに行くのには、携帯電話を開けた時の明かりで十分でした。やれやれ!<br /><br />【トレッキング2日目】<br />翌朝、空気が澄んで気持ちがいいので散歩がてら近くの高台からヒマラヤ山脈の遠景を楽しんでいました。気が付くといつのまにか、現地の小学生らしい子供たちが集まっています。学校へ行くのに集まっているようです。そんなに上手ではないものの結構英語が通じます。この国も貧しいようですが、この子供たちを見ていると目がきらきらしています。貧しいけれど、日本の子供たちよりも幸せなのかもしれません。そんなことを考えてしまいます。ペルーで見た子供たちのように、飢えた目をしていません。食べ物にまで不自由はしていないのでしょう。私を見て、ネパール人に似ていると子供たちにまで言われてしまいました。だんだんわかってきましたが、チベット系や中国系の人が多く、ガイドのドルガも日本人に少し似ています。私の偏見であったインド系の人はむしろ少ないようです。やはり、百聞は一見に如かずです。<br /><br />軽い朝食後、8時には出発です。トレッキングとはいえ自然が相手ですから、夜が空けて明るくなると出発し、日没で暗くならないように早目に目的地へ着くように予定を組むのが当然のようです。今日の方が昨日より長い距離を歩かないといけないようです。でも、尾根伝いで平地が多いので、上り坂の多かった昨日より楽です。途中で、ガイドと二人で歩いている背の高い白人に抜かれます。1m90cmもあり足の長さが違います。ストライドが大きいので歩くのも早いのです。短距離の早い私は、走るのならピッチの速さでカバーできるのに、などと悔し紛れに色々考えていました。<br /><br />下り坂の細い道沿いにある民家で最初の休憩です。「レストラン兼ホテル」です!? 野菜畑ももちろんあります。家の裏には、牛がいて鶏がいてヤギまで飼っています。喉が渇いたのでコーラを頼みましたが、もちろん冷蔵庫はなさそうで冷えていません。でも、危険な氷が入っているよりはましでしょう。そこで、先ほどの白人と話をしました。テキサス州からのアメリカ人でした。アメリカには詳しい私ですから、色々話がはずみます。<br /><br />休憩後、細い山道を下ったり、上ったりしながらトレッキングを続けます。時々、先ほどのボブと一緒に歩きながらお喋りを続けます。わざと、ご飯は好きかと聞いてみました。日本と同じでネパールでは主食として米をたくさん食べるからです。すると、彼は「ご飯は嫌いではないが、太るからあまり食べない。」と言います。確かに、炭水化物を絶つ極端なダイエットもありますが、体にいい訳ありません。炭水化物はすぐに消化されてブドウ糖になり、エネルギーにはなります。でも、アメリカ人の好きな脂肪たっぷりの食事よりははるかにいいはずです。重さ当たりのカロリーも炭水化物とたんぱく質は同じで、脂肪だけ2倍以上です。教えてあげました。「でもね、それが本当なら、ご飯をたくさん食べるネパール人や日本人は平均して太っているはずだけど、違うだろう。」と。<br /><br />しかも、その後がいかにも食生活の阿呆なアメリカ人でした。「ダイエットコーラを毎日2L飲む。」と言うのです。その方が、100倍体には悪いです。「ダイエット」と言う言葉に騙されるのです。コーラには変わりありません。しかも2L!です。<br /><br />その他、アメリカではやはりマスクをしている人はいないのを確認しました。彼によると、アメリカでもテレビ等ではある程度新型インフルエンザについて騒いでいるようでしたが、彼は冷静なようでした。ワクチンはちゃんと受けているようでした。<br /><br />お昼も、民家の食堂でした。爺さんが一人でした。普段は孫娘が手伝っているそうですが、土曜日の今日はカトマンズへ遊びに行って不在だそうです。そのせいか、定食やマカロニ程度の食事に1時間以上かかりました。すぐそばには、牛、鶏、ヤギがいる民家が並んでいますし、牛のうんちにたかったようなハエが我々の食堂へ飛んで来ます。やはり、清潔とはほど遠いです。不思議な味のマカロニでした。我ながら、何でネパールでマカロニを頼んだのか?麺を頼もうとして、ドルガにマカロニの方がおいしいと言われたからです。目の前を頭に荷物を載せて運ぶ女性たちが通ります。<br /><br />コーラやビールの瓶などはかなり重いと思うので、ドルガに聞くと、ちゃんとたくましい男性がいて、一回に80kgほどの瓶などをまとめて運ぶそうです。うまくできているものだと感心しました。もちろん、その分山の上では値段は高くなります。<br /><br />この日は、午後3時には目的地のナガルコットに着きました。昨日の1.5 倍ほど歩いているはずですが、平地が多かったのでむしろ楽でした。昨日の山小屋に比べるとはるかにましなホテルです。でも、旅行会社の人がパンフレットをすぐに隠したように、私の部屋は「ちゃんと」一番安い一階の眺めのよくない部屋でした。しかも、人が通るのでカーテンを閉め切らないといけない部屋でテレビもなしです。ボブはいくら払ったのか、4階の眺めのよさそうな部屋でした。テレビも付いているはずです。でも、部屋からはともかく、屋上には自由に上がれ、そこからは最高の眺めでした。このホテル自体が小高い所にあるからです。夕焼けのヒマラヤ山脈が一望できます。エベレスト山も見えているらしいのですが、遠すぎて一番高くもないし、小さくしか見えないのでどれかわかりません。<br /><br />ホテルに着く前に、こんな田舎の町にもマッサージ店があるのに気が付いていたので、歩いて予約に行きました。でも、夜10時過ぎしか空いていませんが大分歩いたし、とにかく予約しました。このホテルの夕食は昨晩に比べたらはるかにましでした。ステーキを頼みました。夕食後は、歩いて町へ行き、半信半疑のインターネットカフェを見つけました。こんな山の中の町でもあるのです。ほとんど、電気もついていないようなこのあたりで。溜まっているメールをチェックしました。<br /><br />それから、マッサージを受けに反対方向へ歩いてきました。真っ暗な道で、もちろん舗装されていないので、結構歩きにくいです。二日間歩いて結構足が張っているので、十分マッサージしてもらいました。幸い、男性で力いっぱい揉んでもらいました。ホテルのフロントでマッサージの料金を払いました。マネージャーに夜遅いし、歩くと15分位かかるのでタクシーを頼みましたが、タクシーはないそうです。あきらめて、夜道を歩き始めました。星はきれいです。すると、先ほどのマネージャーが追いかけてきて、自分のバイクで送ってくれると言うのです。ラッキー! いい人です。またしても、バイクに乗せてもらいました。道路はぼこぼこで、バイクもあまりスピードは出せず、かなりジャンプしながら自分のホテルへ戻りました。ネパールの人も親切です。こういう経験をする度に、特定の国に好意をもちます。<br /><br />【カトマンズへ戻る】<br />実質最終日です。帰りの飛行機は今晩ほぼ真夜中の便です。朝は日の出前から張り切って屋上で待機しています。やはり、みんなこれが目的ですからいつの間にか15人くらいがカメラを持って集まってきました。このホテル自体が高台にあり、ここナガルコットでも最高の眺めかもしれません。昨日の夕焼けのヒマラヤ山脈とともに、今朝は日の出のヒマラヤ山脈の写真をたくさん撮りました。広角レンズがあれば、もっといい写真が撮れるのですが。ひとしきり写真を撮った後は、ホテルを降りて場所を移動して写真を撮りに行きました。<br /><br />朝食後、運転手が迎えに来ます。実は昨夜すでに交渉は成立しています。本来の予定では、車でカトマンズまで送り届けてくれることになっています。でも、途中にバクタプルという観光地があり、できれば立ち寄りたいと思っていました。そうすると、敵もさる者でバクタプルとパタンに途中で連れて行くから余分に3000ルピー払えというのです。少し迷いましたが、ここで4千円弱をケチっても仕方ないと思い承諾しました。ガイドのドルガと運転手にはいいアルバイトになるのでしょう。<br /><br />バクタプルはいい所でした。ダルバール広場周辺には赤茶のレンガ造りのチベット仏教寺院がたくさんあります。そして、後で考えると上手にタンカのお店へ連れて行かれました。伝統的な宗教画を Thanka と言うようです。かなり緻密に書き込まれています。学校を兼ねたような店で、生徒の絵と先生の絵を比べて見せてくれます。やはり、かなり違います。それで、我ながら珍しく2万円程度の絵を衝動的に買ってしまいました。どうせ、お店から紹介料を取るのでしょうが、彼等にも生活があるので仕方がないでしょう。<br /><br />カトマンズの南方にあるパタンへ向かいますが、途中の町ティミで車がパンクしてしまいました。でも、幸い街中で近くにタイヤ交換のお店もあるようです。待っている間、素朴なお店を見て回りました。1時間ちょっと待たされましたが、カトマンズ市内南部の「美の都」古都のパタンに到着しました。クリシュナ寺院、ゴールデン・テンプルなどを見物の後、最初に一泊したホテルがわかりやすいので送ってもらい、ホテルに荷物を預けました。身軽になったところで、やや北にあるボダナートへ行きました。仏陀の目で有名な寺院です。カトマンズの象徴のようです。<br /><br />次に、火葬場であるパシュパティナートへタクシーで行きました。タクシー代も物価が安いので問題ありませんが、ほんの3割増し程度で交渉してきます。かわいいものです。単なる好奇心で火葬場へ行ったのですが、これはショッキングでした。川に面して焼き場が9つくらいあります。みんなの見ている前で、わらや木材に火を付けて遺体を焼くのです。数時間はかかるようです。そして、終わったら灰になった遺体をまるで掃除でもするように川に押し流すのです。これはインドと同じような気がします。<br /><br />薄暗くなってきたので、ホテルの近くのカトマンズ随一の繁華街、タメル地区へ移動します。ブラブラ歩いていると、”Flying Doctor!” と声がかかります。振り返ると、トレッキングの時に会ったガイドの一人でした。「空飛ぶドクター」の英語版の名刺を渡していたからです。そして、しばらく歩いているとボブにもばったり会いました。所詮、カトマンズも繁華街は狭いのです。ネパールでの最後の食事なので、地元の人にも評判という店へ行きました。今回の旅行はトレッキングでまともな所で食事していないので、少しは本格的なレストランと期待していました。でも、定食のダルバートも大して口に合いませんでした。<br /><br />(香港へ続く)<br /><br /><br />私は本邦初の「海外旅行に添乗する専門医」で、<br />「空飛ぶドクター」(登録商標)と名乗っていま<br />す。私のサービスに興味のある人はウェブサイト<br />http://www.kanoya-travelmedica.com を参考し<br />て下さい。<br /><br />

衝撃の街、カトマンズへ

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2009/11/11 - 2009/11/15

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空飛ぶドクター

空飛ぶドクターさん

【衝撃の街、カトマンズ (Kathmandu) へ】
上海への医師としての添乗の仕事から帰国して2日後の11月11日、今度はプライベートで予定していた初めての国、ネパールへ出発です。さすがの私もこんなに連続して外遊するのは初めてです。最初に気まぐれでネパールに興味を持った時は、アジアだから近い、手頃だと勘違いしていました。でも、いつものところで格安航空券を頼むと自分の浅はかさにすぐ気が付きました。カトマンズは遠い! 結論から言うと、久しぶりのキャセイ航空で福岡から台北経由で香港へ行き、子会社の香港ドラゴン航空へ乗り換え、ダッカ(バングラデッシュ)経由のカトマンズです。値段も13万円近くもします。アジアと言うより、欧米への値段です。またしても、台北経由です。台北空港は何度も立ち寄っています。でも、まだ一度も台湾の国内を旅行したことはありません。キャセイ航空は漢字で國泰航空です。「泰」樹と言う私の名前の漢字が入っていて親近感を感じます。

香港までの機内では、フィリピン系のアメリカ人と隣り合わせました。彼はパラメディカル(医療従事者)のようで、岩国基地で働いているそうです。新型インフルエンザの話題になりました。ある時、基地で流行ったそうですが原因を調べると階段の手すりの縄だとわかったそうで、完璧に消毒したそうです。今回の「新型インフルエンザ」の「から騒ぎ」で、ボランティアとして留学生がらみで巻き込まれた私は、医者としてずい分勉強し直しました。日本人が好きなマスクが実際にはほとんど無効であるのでわかるように、また今回の話と同じく、「接触感染」がどうも主な感染源のようです。呼吸器疾患ですから、一般の人も咳や唾による「飛沫感染」が重要と勘違いするのも無理はありません。ましてや「空気感染」と誤解している人も多いですが、間違いで「インフルエンザ・ウイルス」は空中を浮遊したり、飛び回ってはいません。喘息などのアレルギーの原因の花粉や家塵とは違います。

あるホテル業界に詳しい人から聞いた話では、欧米の一流ホテルは上記の正しい知識に基づいて、徹底的に床やドアノブを掃除して磨くそうです。ところが、日本のホテルでは従業員にマスクをさせるだけのようです。ここにも、マスクを過大評価する「日本の常識は世界の非常識」があります。

日本出国前に、インターネットであるホテルを予約したつもりでしたが、何故か予約できていないようです。そこで、ダッカの空港機内で待たされている間に電話し、米ドルで30ドル程度の所に新たに予約を入れました。夜遅くしか着かないので、念のために最初の夜の予約だけは入れておきました。今回は、どこを回るかも決めていません。6月のクロアチア中心の世界遺産めぐり旅行とは全然違います。予定のない気楽な気ままな旅行です。成り行きでトレッキングするかもしれないので、荷物はアルプスに行く時に買ったリュックサックです。靴も、登山靴までは準備していませんが、せめてテニスシューズで運動靴です。

着く前に、いつものようにカメラの時刻を調整します。そうでした。日本とネパールの時差は嘘のような3時間15分です! もう45ヶ国ほど行きましたが、端数が付くのは初めてです。30分と言うのはまだ聞いたことがあるような気がします。でも、15分とは! 細かいです。私は今では流行らないデジアナの時計を持っています。もうほとんど売ってないようで、買うのに苦労します。でも、外国では便利です。デジタルの時間だけ現地の時間に合わせます。日本時間はアナログの時計で確認できます。特に、3時間15分の時差なんてとても暗算できません。目覚ましのアラームもデジタルに対応しているので、便利です。

空港に着くと、聞いていた通り入国時にビザの申請です。用意していた写真と20米ドルをまず払います。銀行の人がいるようです。いきなり、私の顔を見てネパール人にそっくりだと言います。驚きました。と言うのは、南方系の顔の私はベトナムでもベトナム人そっくりだと言われたことがあります。でも、私の偏見ではネパールはインドの北で、インド人に近いのかと思っていました。意外でした。それから、向かい側の役人の所へ行き、ビザのスタンプを押してもらいました。入国すると、タクシーの案内所があります。例の如く、しつこくいいホテルを紹介すると誘ってきますが、もうすでにホテルは決めています。とにかく、タクシーで市街地の自分のホテルへ行きます。でも、勝手に運転手と別に通訳(?)が乗り込み、携帯電話で誰かに繋ぎます。明日、私のホテルへ挨拶に来ると言うのです。何でホテルの支配人に電話するのかと思っていました。

予想通り、カトマンズはネパールの首都なのに途中の道は真っ暗で舗装もほとんどなく、かなり車で揺られながらホテルへ到着しました。第一印象はやはり文明国とはかなり違いそうです。楽しみです。着いたホテルは、まぁ値段なりのホテルです。もちろん、部屋にテレビもありません。

【カトマンズの市内をブラブラ】
翌日軽い朝食後、のんびりしていたら昨夜電話で話をした誰かが来ています。どうも、ホテルの人ではなく旅行会社の人らしく、暇なので歩いて10分程度の事務所へついて行きました。今日の午後、高山病で有名な医者と会う以外大した予定もありません。少しはトレッキングもしてみたいのとヒマラヤ山脈の景色のいいナガルコットへは行ってみたいと言うと、2泊3日の近場のトレッキングを組んでくれました。しかも日本語のできるガイドが付き、山のホテル2泊込みで300米ドルです。現地の物価を考えたら少し高い気もしましたが、どうせガイドをつけないと一人でトレッキングも危険そうだしオーケーしました。

すぐにガイドのドルガを呼んでくれ顔見せです。あまり上手ではないけど一応日本語を喋ります。歩いてホテルに帰る途中で、マッサージ店で以前から興味のあったアーユルベーダを見つけました。入ると、1600ルピー(1ルピーは1.3円)です。普通のマッサージとどう違うのか興味津々でしたが、ただのオイルマッサージでした。但し、アロマを使用し、α波(?)の音楽は流れていました。インドのイメージで安くておいしいチャイ(ミルクティー)を期待していましたが、ここでもやはりインドの影響は思ったより少ないです。やっと、一軒見つけました。でも、気のせいかおいしいもののインドよりは少し味が落ちる気がしました。値段も安いなりにインドの7円よりは高く、15円程度でした。

広い通りを歩いていると、とんでもないものを見かけました。みすぼらしい浮浪者がうんこを路上でしているのです。野糞と言う場合は、普通はせめて畑などだと思いますが、メーンストリートの路上です。しかも、器用なものです。しゃがんでいるのではなく、仰向けで両足を伸ばしてズボンを下げ上手にしています。路肩の段差を上手く利用しています。こんなのはインドでも見たことがありません。暇なのでずっと観察していると、やはり尻を拭いたりはしません。

新型インフルエンザで日本では「不必要に」マスクが流行っていますが、ここカトマンズでもマスクの人を沢山見かけます。でも、明らかに理由が違います。首都なのにほとんど舗装もされていないカトマンズでは、埃っぽいのです。埃よけや車の排気ガスよけとして多くの人がマスクをしているようです。しかも、日本では衛生的なイメージの白と相場が決まっているのに、ここでは黒っぽい色がむしろ主流です。黒、濃紺、濃い茶色など。若い女性のピンクもあります。所変われば、品変わる。こういう小さな発見が私には楽しいのです。これが、海外の未知の国への旅行の醍醐味です。常に未知の発見や驚きがあります。

3時まで時間があるので、ネパール最古の仏塔であるスワヤンブナートへ行きました。見物前に、初めてネパールの定食、ダルバートを食べました。ごはんと豆スープ、カレー、チャパティのようなパン、ゆがいた緑色野菜などです。健康的な食事です。味はまぁまぁです。階段をかなり上っていかないといけませんが、少し息が上がります。どうも、私は高山には弱いようです。カトマンズはそこまで標高が高くないのですが、この程度でもいつもと違います。猿山と呼ばれるだけあって野生の猿が沢山います。猿の食べた残飯がたくさんあり、結構不潔です。

【病院見学へ】
ちょうど3時に約束の Nepal International Clinic へ行きました。6年ほど前、日本旅行医学会で講演を聞いた高山病で著名な Buddha Basnyat 医師に会う約束をしているからです。名前がすごいです。ブッダ、「仏様」です。大きい病院の一部門とばかり想像していたのですが、小さなクリニックでした。不謹慎かもしれませんが、ひょっとして高山病の患者さんがいるのではと微かに期待していました。すると、日本人の患者さんがいます。しかも、よりによって私と同じ福岡からの人です。10日間のトレッキングをほとんど無事に終わり、頭痛等の山酔い(軽症の高山病)もなかったのに、突然呼吸困難になったそうで、ガイドによって運んでもらってこの有名なクリニックに来たそうです。

来院時は、末梢血酸素飽和度がわずか14%とかなり致死的な状態だったようです。すぐに大量の酸素、10L/分を開始されたようです。私が行った時もまだ7L/分の酸素を吸入中でした。それで、ようやく酸素飽和度が97%に保たれている状態でした。でも、酸素をはずしてトイレに行くと、すぐに酸素飽和度が70%台に下がるそうです。典型的な高地肺水腫です。念のため、Dr.バスニャットに治療法を尋ねると、高山病の基本薬であるダイアモックス(一般名アセタゾラミド)とカルシウム拮抗剤のアダラートでした。教科書通りです。胸のレントゲンも見せてくれましたが、右肺野にすりガラス状の異常陰影があります。患者さんの承諾を得て、聴診器を当てさせてもらいました。教科書的には湿性ラ音が聞こえるはずで、音を確認させてもらいました。外来の一室のベッドに横たわっている患者さんですが、このまま一晩入院して、酸素を継続し、たぶん翌朝には退院できるとの医師の判断でした。

その後、医局の部屋で研修に来ている二人の若い医師とコーヒーを飲みながら談話しました。Dr.バスニャットも再度やって来て色々話しを聞かせてくれました。高山病で有名ですが、お国柄でもう一つ下痢も多いようです。特に彼が強調していたのは、先進国で腸チフスのワクチンを受けて来ないのは日本人だけだそうで、時々日本人の患者が来るそうです。それもそのはず、日本に帰って調べてみると日本では腸チフスのワクチンを受けられる病院自体が限られるのです。何故なら、日本の保険適応のあるワクチンはなく、医師の個人輸入のようです。やはり、日本はワクチンの後進国です。また、A型とB型肝炎ワクチンの接種を強く勧めていました。

その後、まだ明るいので近くのダルバール広場(旧王宮前広場)へ行きました。周りにはいかにもチベット寺院らしいシヴァ寺院やナラヤン寺院などが並んでいます。

夕方には、日本人経営の Royal 華ガーデンという露天風呂に行ってみました。温泉ではありませんが、竹林に囲まれてなかなかいい感じでした。他には一人だけ中年のメタボの男性がいました。色々話すと地元のレストラン経営者のようで金回りがよさそうでした。この後、いくつかの高級ホテルにあるらしいカジノへ行く予定だと言うと、車で送ってくれるといいます。有難く乗せてもらいましたが、実は乗用車ではなくバイクでした。皮下脂肪たっぷりの腹に手を回して乗せてもらいました。しかも、小雨が降っているので必ずしも快適ではありませんが、文句は言えません。一番近いシャングリラホテルのカジノは貸切なのか何故か入れず、違うホテルへ連れて行ってくれました。ホテル名はわからず、Casino Royale という所でした。

結局、送ってくれただけでなく、一緒に中へ入りました。この日は不調であっさりいつもの予算の約1万円(100米ドル)が1時間足らずでなくなりました。しばらくブラブラ見学していました。腹が減ったので、彼のレストランにでも連れて行ってくれと言いました。でも商売気がなく、ここのカジノの奥に無料のバイキング料理があるというのです。こんなのは初めてです。世界中のカジノへ行きましたが、フリードリンクは当然でも、本格的な料理が無料なのは見たことありません。しかも、ダンスショーも見れます。考え方を変えて、ブラックジャックでの損失を忘れ、1万円でショー付きのバイキング料理を食べたつもりになりました。
              
【チソパニまでトレッキング】
翌朝9時半に車でガイドのドルガが迎えに来ました。運転手は別です。やや北にある出発地のスンダリジャル(標高1460M)までは渋滞で1時間以上かかりました。ドルガがやってくれましたが、入山料が必要なようです。大した金額ではありませんが、必ず外国人からは高く取るのがこういう国の基本的な考え方のようです。外国人250ルピーで市民はたったの10ルピーです。歩き始めましたが、リュックはドルガが背負ってくれるので楽です。普段からテニスをしたりして鍛えている私は足腰が強いので歩くのは問題ありません。でも、空気がやや薄いので急斜面が続いた時は少し息が上がります。

途中で昼食休憩です。山の途中ですから食堂と言っても民家です。しかも、若いお母さんが髪を洗って乾かしている最中です。遠い昔の私の田舎を想い出します。のどかなものです。30分以上も待たされてやっとインスタントラーメンのような物が出てきました。具の野菜も入っていません。でも、それなりにおいしかったです。どうも、客が来てから火を起こすのでこんなに時間がかかるようです。なかなか面白い体験です。但し、気の短い人だったらイライラするでしょう。

待ち時間が長いので、昼食に一時間以上休憩しました。それから、平均して上りが多かったので若干きつかったものの、14時40分には目的地のチソパニ(標高2170M)に着きました。約4時間ですが、休憩を除くと実際に歩いたのは3時間足らずです。でも、標高差で700Mですから、それなりには疲れました。終点が2000メートル程度なので、今回はダイアモックスでの予防はしませんでしたが、さすがに大丈夫でした。それと、靴が本式の登山靴でないので、少し滑りやすく歩きにくいところも一部ありました。着いた所には2〜3軒のホテルというより山小屋があります。しかも一軒は一部修理中です。私の山小屋は眺めこそいいものの、3階の部屋に行くと毛布もふとんもなく、ぼろいベッドが二つぽつんと置いてあるだけです。ベッドも何となく湿気った感じです。もちろん、部屋にトイレや水道はありません。新婚旅行の時のギリシャのピレウスの港の千円のホテルよりもぼろです。安ホテルに慣れている私から見ても、最高にぼろなホテルです。まぁ山小屋だから仕方ないのかもしれません。

隣の高台から早速ヒマラヤ山脈の景色を眺めていました。すると同じく景色を楽しんでいる男性がいます。英語で話しかけると、日本の筑波大学に短期滞在の経験のある科学者のようです。日本語で「私はフランス人です。」と言います。そこですかさず、”Je suis japonais.”「私は日本人です。」と、フランス語で答えました。少し驚いた表情をしていました。その後、他に何もすることもない場所だし、少し疲れているのでベッドの上で軽く昼寝をしました。

夕方6時半にはもう夕食です。一人でランタンから1週間トレッキングしているたくましい日本人がこの山小屋に泊まっていました。彼によると、この程度の山小屋は一泊200ルピー(たったの260円?)だそうです。そんなもんでしょう。定食のダルバートとモモ(ネパール風ぎょうざ)を頼みましたが、ここのモモはやたら大きなぎょうざでした。味はまぁまぁです。宿泊代より夕食代の方が値段は高く、630ルピーでした。但し、ホテルの料金と食事代は今回のツアーには含まれています。彼が私のガイドのドルガと話していましたが、後であの日本語はひどいと言っていました。普通はもう少し上手なようです。確かに、私も意味不明の日本語が多く、英語に切り替えようとして話したこともありました。でも、英語もあまり上手くないので諦めました。

夜は真っ暗でホテルも暗いし、することもないので8時過ぎには寝ることにしました。その前に、私の部屋は最上階でそのまま屋根のない屋上につながっています。周りにはもちろんネオンもないし、電気もほとんどないので真っ暗です。そして空を見上げると息を呑みます。空からたくさんの星が降って来ます。久しぶりです、こんなにたくさんの星を見るのは。高地で空気も薄いし、大気汚染もないからでしょう。しばし、見とれていました。

泌尿器科医の私は、「夜間頻尿」の患者さんをよく診察しますが、私も時には夜中に一度トイレに行きます。この夜も一度目が覚めました。部屋の電気も薄暗いし、向かい側のトイレや廊下には一切電気はありません。要するに、真っ暗闇です。困ってしまいました。しかし、そうか携帯電話があると気がつきました。トイレに行くのには、携帯電話を開けた時の明かりで十分でした。やれやれ!

【トレッキング2日目】
翌朝、空気が澄んで気持ちがいいので散歩がてら近くの高台からヒマラヤ山脈の遠景を楽しんでいました。気が付くといつのまにか、現地の小学生らしい子供たちが集まっています。学校へ行くのに集まっているようです。そんなに上手ではないものの結構英語が通じます。この国も貧しいようですが、この子供たちを見ていると目がきらきらしています。貧しいけれど、日本の子供たちよりも幸せなのかもしれません。そんなことを考えてしまいます。ペルーで見た子供たちのように、飢えた目をしていません。食べ物にまで不自由はしていないのでしょう。私を見て、ネパール人に似ていると子供たちにまで言われてしまいました。だんだんわかってきましたが、チベット系や中国系の人が多く、ガイドのドルガも日本人に少し似ています。私の偏見であったインド系の人はむしろ少ないようです。やはり、百聞は一見に如かずです。

軽い朝食後、8時には出発です。トレッキングとはいえ自然が相手ですから、夜が空けて明るくなると出発し、日没で暗くならないように早目に目的地へ着くように予定を組むのが当然のようです。今日の方が昨日より長い距離を歩かないといけないようです。でも、尾根伝いで平地が多いので、上り坂の多かった昨日より楽です。途中で、ガイドと二人で歩いている背の高い白人に抜かれます。1m90cmもあり足の長さが違います。ストライドが大きいので歩くのも早いのです。短距離の早い私は、走るのならピッチの速さでカバーできるのに、などと悔し紛れに色々考えていました。

下り坂の細い道沿いにある民家で最初の休憩です。「レストラン兼ホテル」です!? 野菜畑ももちろんあります。家の裏には、牛がいて鶏がいてヤギまで飼っています。喉が渇いたのでコーラを頼みましたが、もちろん冷蔵庫はなさそうで冷えていません。でも、危険な氷が入っているよりはましでしょう。そこで、先ほどの白人と話をしました。テキサス州からのアメリカ人でした。アメリカには詳しい私ですから、色々話がはずみます。

休憩後、細い山道を下ったり、上ったりしながらトレッキングを続けます。時々、先ほどのボブと一緒に歩きながらお喋りを続けます。わざと、ご飯は好きかと聞いてみました。日本と同じでネパールでは主食として米をたくさん食べるからです。すると、彼は「ご飯は嫌いではないが、太るからあまり食べない。」と言います。確かに、炭水化物を絶つ極端なダイエットもありますが、体にいい訳ありません。炭水化物はすぐに消化されてブドウ糖になり、エネルギーにはなります。でも、アメリカ人の好きな脂肪たっぷりの食事よりははるかにいいはずです。重さ当たりのカロリーも炭水化物とたんぱく質は同じで、脂肪だけ2倍以上です。教えてあげました。「でもね、それが本当なら、ご飯をたくさん食べるネパール人や日本人は平均して太っているはずだけど、違うだろう。」と。

しかも、その後がいかにも食生活の阿呆なアメリカ人でした。「ダイエットコーラを毎日2L飲む。」と言うのです。その方が、100倍体には悪いです。「ダイエット」と言う言葉に騙されるのです。コーラには変わりありません。しかも2L!です。

その他、アメリカではやはりマスクをしている人はいないのを確認しました。彼によると、アメリカでもテレビ等ではある程度新型インフルエンザについて騒いでいるようでしたが、彼は冷静なようでした。ワクチンはちゃんと受けているようでした。

お昼も、民家の食堂でした。爺さんが一人でした。普段は孫娘が手伝っているそうですが、土曜日の今日はカトマンズへ遊びに行って不在だそうです。そのせいか、定食やマカロニ程度の食事に1時間以上かかりました。すぐそばには、牛、鶏、ヤギがいる民家が並んでいますし、牛のうんちにたかったようなハエが我々の食堂へ飛んで来ます。やはり、清潔とはほど遠いです。不思議な味のマカロニでした。我ながら、何でネパールでマカロニを頼んだのか?麺を頼もうとして、ドルガにマカロニの方がおいしいと言われたからです。目の前を頭に荷物を載せて運ぶ女性たちが通ります。

コーラやビールの瓶などはかなり重いと思うので、ドルガに聞くと、ちゃんとたくましい男性がいて、一回に80kgほどの瓶などをまとめて運ぶそうです。うまくできているものだと感心しました。もちろん、その分山の上では値段は高くなります。

この日は、午後3時には目的地のナガルコットに着きました。昨日の1.5 倍ほど歩いているはずですが、平地が多かったのでむしろ楽でした。昨日の山小屋に比べるとはるかにましなホテルです。でも、旅行会社の人がパンフレットをすぐに隠したように、私の部屋は「ちゃんと」一番安い一階の眺めのよくない部屋でした。しかも、人が通るのでカーテンを閉め切らないといけない部屋でテレビもなしです。ボブはいくら払ったのか、4階の眺めのよさそうな部屋でした。テレビも付いているはずです。でも、部屋からはともかく、屋上には自由に上がれ、そこからは最高の眺めでした。このホテル自体が小高い所にあるからです。夕焼けのヒマラヤ山脈が一望できます。エベレスト山も見えているらしいのですが、遠すぎて一番高くもないし、小さくしか見えないのでどれかわかりません。

ホテルに着く前に、こんな田舎の町にもマッサージ店があるのに気が付いていたので、歩いて予約に行きました。でも、夜10時過ぎしか空いていませんが大分歩いたし、とにかく予約しました。このホテルの夕食は昨晩に比べたらはるかにましでした。ステーキを頼みました。夕食後は、歩いて町へ行き、半信半疑のインターネットカフェを見つけました。こんな山の中の町でもあるのです。ほとんど、電気もついていないようなこのあたりで。溜まっているメールをチェックしました。

それから、マッサージを受けに反対方向へ歩いてきました。真っ暗な道で、もちろん舗装されていないので、結構歩きにくいです。二日間歩いて結構足が張っているので、十分マッサージしてもらいました。幸い、男性で力いっぱい揉んでもらいました。ホテルのフロントでマッサージの料金を払いました。マネージャーに夜遅いし、歩くと15分位かかるのでタクシーを頼みましたが、タクシーはないそうです。あきらめて、夜道を歩き始めました。星はきれいです。すると、先ほどのマネージャーが追いかけてきて、自分のバイクで送ってくれると言うのです。ラッキー! いい人です。またしても、バイクに乗せてもらいました。道路はぼこぼこで、バイクもあまりスピードは出せず、かなりジャンプしながら自分のホテルへ戻りました。ネパールの人も親切です。こういう経験をする度に、特定の国に好意をもちます。

【カトマンズへ戻る】
実質最終日です。帰りの飛行機は今晩ほぼ真夜中の便です。朝は日の出前から張り切って屋上で待機しています。やはり、みんなこれが目的ですからいつの間にか15人くらいがカメラを持って集まってきました。このホテル自体が高台にあり、ここナガルコットでも最高の眺めかもしれません。昨日の夕焼けのヒマラヤ山脈とともに、今朝は日の出のヒマラヤ山脈の写真をたくさん撮りました。広角レンズがあれば、もっといい写真が撮れるのですが。ひとしきり写真を撮った後は、ホテルを降りて場所を移動して写真を撮りに行きました。

朝食後、運転手が迎えに来ます。実は昨夜すでに交渉は成立しています。本来の予定では、車でカトマンズまで送り届けてくれることになっています。でも、途中にバクタプルという観光地があり、できれば立ち寄りたいと思っていました。そうすると、敵もさる者でバクタプルとパタンに途中で連れて行くから余分に3000ルピー払えというのです。少し迷いましたが、ここで4千円弱をケチっても仕方ないと思い承諾しました。ガイドのドルガと運転手にはいいアルバイトになるのでしょう。

バクタプルはいい所でした。ダルバール広場周辺には赤茶のレンガ造りのチベット仏教寺院がたくさんあります。そして、後で考えると上手にタンカのお店へ連れて行かれました。伝統的な宗教画を Thanka と言うようです。かなり緻密に書き込まれています。学校を兼ねたような店で、生徒の絵と先生の絵を比べて見せてくれます。やはり、かなり違います。それで、我ながら珍しく2万円程度の絵を衝動的に買ってしまいました。どうせ、お店から紹介料を取るのでしょうが、彼等にも生活があるので仕方がないでしょう。

カトマンズの南方にあるパタンへ向かいますが、途中の町ティミで車がパンクしてしまいました。でも、幸い街中で近くにタイヤ交換のお店もあるようです。待っている間、素朴なお店を見て回りました。1時間ちょっと待たされましたが、カトマンズ市内南部の「美の都」古都のパタンに到着しました。クリシュナ寺院、ゴールデン・テンプルなどを見物の後、最初に一泊したホテルがわかりやすいので送ってもらい、ホテルに荷物を預けました。身軽になったところで、やや北にあるボダナートへ行きました。仏陀の目で有名な寺院です。カトマンズの象徴のようです。

次に、火葬場であるパシュパティナートへタクシーで行きました。タクシー代も物価が安いので問題ありませんが、ほんの3割増し程度で交渉してきます。かわいいものです。単なる好奇心で火葬場へ行ったのですが、これはショッキングでした。川に面して焼き場が9つくらいあります。みんなの見ている前で、わらや木材に火を付けて遺体を焼くのです。数時間はかかるようです。そして、終わったら灰になった遺体をまるで掃除でもするように川に押し流すのです。これはインドと同じような気がします。

薄暗くなってきたので、ホテルの近くのカトマンズ随一の繁華街、タメル地区へ移動します。ブラブラ歩いていると、”Flying Doctor!” と声がかかります。振り返ると、トレッキングの時に会ったガイドの一人でした。「空飛ぶドクター」の英語版の名刺を渡していたからです。そして、しばらく歩いているとボブにもばったり会いました。所詮、カトマンズも繁華街は狭いのです。ネパールでの最後の食事なので、地元の人にも評判という店へ行きました。今回の旅行はトレッキングでまともな所で食事していないので、少しは本格的なレストランと期待していました。でも、定食のダルバートも大して口に合いませんでした。

(香港へ続く)


私は本邦初の「海外旅行に添乗する専門医」で、
「空飛ぶドクター」(登録商標)と名乗っていま
す。私のサービスに興味のある人はウェブサイト
http://www.kanoya-travelmedica.com を参考し
て下さい。

同行者
一人旅
交通手段
タクシー
航空会社
キャセイパシフィック航空
  • キャセイ航空

    キャセイ航空

  • 國泰航空

    國泰航空

  • 台北で見かけたビジット・ジャパン<br />キャンペーン日本航空機

    台北で見かけたビジット・ジャパン
    キャンペーン日本航空機

  • ダルバート

    ダルバート

  • ダルバート<br />(上記の料理を混ぜて食べる寸前)

    ダルバート
    (上記の料理を混ぜて食べる寸前)

  • スワヤンブナート<br />ネパール最古の仏教寺院

    スワヤンブナート
    ネパール最古の仏教寺院

  • 車から<br />埃っぽい通り

    車から
    埃っぽい通り

  • ピンクのマスク

    ピンクのマスク

  • ネパールインターナショナルクリニック

    ネパールインターナショナルクリニック

  • 有名なDr.バスニャットと

    有名なDr.バスニャットと

  • ダルバール広場<br />

    ダルバール広場

  • ダルバール広場<br />シヴァ寺院

    ダルバール広場
    シヴァ寺院

  • ダルバール広場

    ダルバール広場

  • チャイ(ミルクティー)を入れる人

    チャイ(ミルクティー)を入れる人

  • トレッキング開始<br />ガイド

    トレッキング開始
    ガイド

  • 民家<br />食堂

    民家
    食堂

  • 最初の宿泊地

    最初の宿泊地

  • ヒマラヤ山脈

    ヒマラヤ山脈

  • 民家<br />食堂<br />旅館

    民家
    食堂
    旅館

  • 食事中の少女

    食事中の少女

  • 荷物を運ぶ人々

    荷物を運ぶ人々

  • バスの上にも人々が

    バスの上にも人々が

  • ナガルコットのホテル

    ナガルコットのホテル

  • ホテルからのヒマラヤ山脈<br />ナガルコット

    ホテルからのヒマラヤ山脈
    ナガルコット

  • 夕焼け

    夕焼け

  • ナガルコット<br />朝

    ナガルコット

  • ナガルコット<br />朝焼け

    ナガルコット
    朝焼け

  • バクタプル

    バクタプル

  • タンカ

    タンカ

  • バクタプル

    バクタプル

  • パタン

    パタン

  • パタン

    パタン

  • ボダナート<br />ネパール最大の仏塔(ブッダの目)

    ボダナート
    ネパール最大の仏塔(ブッダの目)

  • ボダナート

    ボダナート

  • モモ(チベットぎょうざ)

    モモ(チベットぎょうざ)

  • パシュパティナート<br />遺体の焼き場(川に面して)

    パシュパティナート
    遺体の焼き場(川に面して)

  • パシュパティナート

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