2010/01/13 - 2010/01/13
1975位(同エリア3579件中)
marsyさん
- marsyさんTOP
- 旅行記470冊
- クチコミ1件
- Q&A回答8件
- 1,249,451アクセス
- フォロワー87人
仕事が半日で終わったので、昼から京都の町をぶらぶらしてきました。
行ったところは一休さんで有名な「大徳寺」、そしてメインの目的はアニメ「けいおん」の聖地でもある「金閣寺(鹿苑寺)」と今宮神社に参拝することでした(おいおい)。
途中雪も降った寒い日で、また全部徒歩で移動したのでけっこう歩きました。
先日放送の第2期アニメ4話で、修学旅行で皆が金閣寺へ行っていたので修正しました。
-
まず最初に訪れたのは臨済宗大徳寺派の大本山の大徳寺、東の総門より入りました。
大徳寺は、鎌倉末期の正和四年(1315)に、大燈国師(宗峰妙超)により開創され、花園天皇と後醍醐天皇の厚い信仰を受け、室町時代には、幕府の保護を辞退して在野の禅院として独自の立場を貫いた。応仁の乱で建物は消失したが、「一休さん」として親しまれている四十七世住持の一休宗純が堺の豪商の保護を受けて復興し、豊臣秀吉や諸大名により建物や寺領が寄進され、江戸時代初期に原在の建物はほとんど整えられました。 -
大徳寺山内図、大徳寺には別院2カ寺と21の塔頭があります。いくつかの塔頭については後ほど見ていただきます。
大徳寺HPはこちら http://www.rinnou.net/cont_03/07daitoku/ -
最初に見えてくるのが勅旨門(重要文化財)。三門前にある、前後唐破風、左右切妻、屋根桧皮葺の四脚門で、後水尾天皇より拝領したと伝えられる。平成12年、屋根等が修復されました。
-
続いて三門。応仁の乱後、一休禅師の参徒連歌師宗長等が一階部分を寄進、のち千利休居士により二階部分が設けられ金毛閣と名づけられました。山門とは、龍宝山の門、三門とは、三解脱門(空門・無相門・無作門)のことです。
この門の上には千利休の木造が置かれていて、このことで秀吉の怒りを買って千利休は腹を切らされました。 -
仏殿(重要文化財)。当山第一世大現国師により創建、応仁の乱にて消失し後に一休和尚等によって再建されましたが、寛文5年(1665)那波常有によって改めて建造されました。
-
仏殿の後ろの法堂とは渡り廊下で結ばれています。法堂の天井には狩野探幽が35歳の時に描いたとされる鳴龍があるそうです。
-
大徳寺本坊の入口(拝観謝絶)
-
庫裏。この奥に方丈と唐門(いずれも国宝)がありますが、立入りができる場所からは写真が撮れませんでした。この唐門は日光東照宮の模した型で、日が暮れるまで見飽きないことから「日暮門」とも言うそうです。
-
黄梅院(おうばいいん)
大徳寺の塔頭の一つで、織田信長が父・信秀の追善菩提のため、永禄五年(1562)に羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に命じて建立した小庵に始まる。大徳寺九十八世住職・春林宗俶和尚を開祖に向かえ「黄梅庵」と名付けられた。
天正十四年(1586)には秀吉により本堂と唐門が、天正十七年には毛利元就の子・小早川隆景により庫裏・表門が改築され、この年に「黄梅院」と改められた。庫裡は日本の禅宗寺院において現存する最古のものといわれている。秀吉の希望により千利休が作庭した枯山水の直中庭のほか、破顔庭、作仏庭など禅宗の風情ある美しい庭園を有している。本堂の襖絵「竹林七賢図」は雪舟の画風を継ぐ雲谷等顔の代表的な水墨画で、重要文化財に指定されている。また、書院には千利休の茶道の師である天野紹鷗好みの茶室・昨夢軒がある。
墓所には、小田信秀、毛利元就夫妻、元就の息子三兄弟、信長の次女とその夫・蒲生氏郷、毛利一族などが祀られている。 -
龍源院(りゅうげんいん)
大徳寺の塔頭の一つで、大徳寺南派の本庵である。
文亀二年(1502)に大徳寺第七十二世住職・東渓宗牧を開山として、能登(現在の石川県)の領主・畠山義元が豊後(現在の大分県)の大友義長らとともに創建した。
方丈、玄関、表門(すべて重要文化財)はいずれも創建当初のもので、方丈は大徳寺山内最古の建物といわれ、禅宗の典型的な形式を示している。方丈の南、東、北に趣の異なる三つの庭園があり、北側に広がる龍吟庭は、苔の上に三尊石が建つ須弥山式枯山水の名庭で、室町時代の作と伝えられている。南庭(方丈前庭)は、白砂の大海に苔と石組で鶴亀を配した蓬莱式の庭園、また、東の東滴壷は日本最小の石庭といわれ、一滴の波紋から大海原の広がりをイメージさせている。このほか、庫裏の南側には聚楽第の礎石を配した阿吽の石庭がある。寺宝として、豊臣秀吉と徳川家康が対局したと伝えられる四方蒔絵の碁盤、天正十一年(1583)の銘がある種子島銃などを蔵している。 -
興臨院(こうりんいん)
大徳寺の塔頭の一つで、大永年中より天文二年間(1521〜1533)に、能登(現在の石川県北部)の戦国大名・畠山義総が仏智大通禅師を開祖として建立し、自らの法名を寺号としたという。方丈(重要文化財)は創建後に火災に遭ったが、天文年中に再建され、畠山氏が衰退した後も、前田利家によって修復が行われた。方丈玄関の唐門(重要文化財)は「興臨院の古門」として有名である。バイタラ樹の銘木がある枯山水庭園や茶席「涵虚亭」も趣き深い。寺宝として椿尾長鶏模様堆朱盆(重要文化財)を所蔵している。
墓地には畠山家歴代の墓のほか、久我大納言夫妻など、当院ゆかりの人々の墓がある。 -
瑞峯院(ずいほういん)
大徳寺の塔頭の一つで、天文四年(1535)に九州の戦国大名・大友義鎮(宗麟)公が自分の菩提寺として建立した。大徳寺の徹岫宗九和尚を開祖に迎え、自らの法名をとって瑞峯院と名付けた。相隣は後にキリスト教の洗礼を受けたキリシタン大名としても知られている。方丈、唐門、表門(いずれも重要文化財)は創建当時の建物で、方丈には後奈良天皇の震筆による「瑞峯院」の寺額を掲げている。
庭園は、方丈南庭の独坐庭、中庭の茶庭、方丈北庭の閑眠庭の三面があり、いずれも枯山水の名園である。閑眠庭の中央には、庭を斜めに横切るように縦に四個、横に三個の石が配置され、東の端から眺めると、大きな十字架を形作っているように見える。境内の墓地には宗麟夫妻の墓がある -
天慈院、この奥にある泉仙というお店では精進料理が食べられます。
-
三玄院(さんげんいん)
天正十七年(1589)浅野幸長・石田光成・森忠政(欄丸の弟)が春屋宗園(大宝円鑑国師)を開祖として、創建した。小堀遠州・古田織部・薮内剣仲・長谷川等伯などは、春屋に禅を学んだ人々である。沢庵・千宗旦らも修行をし、春屋・光成・忠政・剣仲・織部の墓がまつられている。織部好みの三畳台目八窓の茶室篁庵(江戸時代建築)があり、本堂ふすま絵の八方にらみの虎は、原在中の筆による。 -
鐘楼のあったここと
-
ここの塔頭の名前が思い出せない。
-
大徳寺の壁にはなぜか恵比寿さんがおられました。他には鬼の面があったり…。
-
大徳寺のお土産といえば大徳寺納豆が有名ですね。普通の納豆(ご飯にかけるあれね)とも甘納豆ともちょっと違うらしいです。
-
大徳寺の次は今宮神社へ。なぜここへ来たかというと、この今宮神社はアニメ「けいおん」の聖地になっているからです。
-
今宮神社境内図、こじんまりしたお宮さんですが、いくつもの社がありました。
-
地元の子供たちの書初め発表ですね。
-
どこの神社にもお酒がお供えしてあります。
-
拝殿と
-
そして本殿。アニメ「けいおん」第7話で、主人公たちが初詣に行った神社のモデルがこの今宮神社といわれています。確かこの角度かな…。
祭られている神様は、大己貴命(おおなむちのみこと)、事代主命(ことしろぬしのみこと)、奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)です。 -
アニメではこんな感じで
-
先生がおみくじを結わい付ける場所もあったりして。
-
けいおん絵馬、やはりありました。
-
まだまだたくさんありましたがとりあえず写真は2枚だけで。
-
普通のおみくじは200円ですが子供おみくじは100円でした(子供料金?)。
-
阿呆賢(あほかし)さん、神占石があり石を持ち上げて願いがかなうかどうかを占います。
-
西陣織物の神様、織姫社。
今宮神社は必殺仕事人など時代劇の撮影にもよく使われています。 -
大黒社・蛭子社・八幡社・熱田社・住吉社・香取社・鏡作社・諏訪社8つのお社があります。
-
稲荷社・織田稲荷社。織田信長が祭られています。
-
絵馬社
-
元禄の遺構である神橋を渡って
-
東門を出ると
-
外には一和とかざりやというあぶり餅の有名なお店がありますが、2軒ともお休み。何も休みの日を合わせなくてもいいのでは?
-
そして金閣寺へ。金閣寺の正式名は鹿苑寺と言います。1994年に古都京都の文化財として世界遺産に登録されました。
金閣寺単独のHPはないみたいですね、相国寺・金閣寺・銀閣寺共通のHPがありました。臨済宗相国寺派の寺院だからみたいです。
http://www.shokoku-ji.or.jp/ -
金閣寺案内図。1397年室町三代将軍足利義満によって開基されました。
-
この有名な建物はお釈迦様の骨を祭った舎利殿で、その「金閣」という名前から通称「金閣寺」と呼ばれています。雪が舞っていますが、背景の山に雪が積もっていると金閣が映えるんですけどね。
-
金閣を違う角度から。
二層と三層は、漆(ウルシ)の上から純金の箔が張ってあり、屋根は椹(サワラ)の薄い板を何枚も重ねた柿葺(コケラブキ)で、上には中国でめでたい鳥といわれる鳳凰(ホウオウ)が輝いています。一層は寝殿造(シンデンヅクリ)で法水院(ホッスイイン)、二層は武家造(ブケヅクリ)で潮音洞(チョウオンドウ)とよばれています。 -
もう一つ違う角度から(最初の写真の裏側)。
昭和25年に放火により焼失しましたが、30年に復元されました。 -
金閣屋根の上の鳳凰。火事の時たまたま取り外されていたためこの鳳凰は当時のもののようです。
-
現在方丈を特別公開中です。
-
方丈と足利義満手植えといわれる陸舟の松。
-
陽がさしてきました。金閣がキラキラと輝いています。
-
銀河泉、義満がお茶に使ったといわれています。
-
巌下水、義満が手洗いに使ったといわれています。
-
竜門滝。中国の故事登竜門に因んだ鯉魚石(リギョセキ)が置かれています。いままさに跳ね上がらんとする龍の姿が、滝壷の所に斜めに傾いた動きのある石で表されています。
-
安民沢と白蛇塚
-
夕佳亭(せっかてい)。数奇屋造りの茶席で、夕日に映える金閣が殊(コト)に佳(ヨク)いということからこの名が付けられました。南天の床柱と萩の違い棚で有名な3帖の茶室です。
-
不動堂、宇喜田秀家の再建といわれ、金閣寺内で現存する最古の建物です。
-
お抹茶がいただけるよう緋毛氈の引いた床机が並べられていました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- ぶんたさん 2010/05/14 12:10:18
- わぁー
- 感動しましたぁ
光る金閣寺 素晴らしいですね
こんなのを見たら ひさしぶりに
金閣寺を見たくなりました
子供の時に行ったきりです
今までなぜ再訪問しなかったのか
自分でも不思議なくらい
この旅行記で観光客が増えるのは必至でしょうね
有難うございました
- marsyさん からの返信 2010/05/18 09:19:20
- RE: わぁー
- ぶんたさん、弊ページにもカキコいただきありがとうございました。返事が遅くなりまして申し訳ございませんでした。
ぶんたさんはカキコした当日にお返事いただいておりましたのに・・・。
> 光る金閣寺 素晴らしいですね
当日は雪がちらつく天気だったのですが、ちょうどこの時雲が切れて陽が差してきまして、ピカピカに光る金閣寺を見ることができました。
> 子供の時に行ったきりです
私は20年ほど前京都の大学に通っていまして(下宿)、その時に行って以来でしたね。
> この旅行記で観光客が増えるのは必至でしょうね
アニメファンは、「聖地巡礼」と称してアニメに出てきた舞台を訪問することが多いですので、「けいおん」ファンも多数京都へ訪れているようです。
おまけの話ですが、滋賀県にある旧豊郷小学校がこの「けいおん」というアニメの舞台になっており私も訪れて旅行記を作成してあるのですが、私のページの中で見ていただいているのはこの旅行記が一番多いです(マニアック過ぎるのか?その割りに投票は伸びていませんが・・・)。
ではぶんたさん失礼いたします。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
53