コルドバ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
平成11年3月21日(月)<br /> プラド美術館はマドリッド観光の目玉であるだけに人出が凄い。混雑しないうちにということで朝一番に9時の開館と同時に入場したが、世界各国からの観光客が長蛇の列を作って開館を待っていた。世界3大美術館といわれるだけあってその6000点の収蔵物には質の高い名品が多い。常時展示されているのは3000点でその半数以上がスペインの画家による粒選りの作品で、展示物は適宜入れ替えられているようである。作品は12世紀から18世紀までで16〜17世紀の作品が中心になっており王家のコレクションが主体になっている。エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、ゴヤ等馴染みのスペインの画家の作品の前では黒山の人だかりが出来ていた。<br /><br /> 外国の画家ではフラ・アンジェリコ、ティツィアーノ、ファン・デル・ワイデン、ボッシュ、ティントレット、ラファエロ等の作品も展示されていた。<br /> 一点ずつ丹念に見ていたのでは時間がいくらあっても足りない程充実した展示物なので目ぼしい作品に焦点を絞って駆け足で見学した。印象に残った作品はベラスケスのラス・メニナス(女官たち)、ゴヤのプリンシペ・ビオの丘での虐殺、ゴヤの着衣のマヤ、裸体のマヤ等である。<br /> この後マドリード王宮の庭園を散策してからスペイン広場に立ち寄り、ドンキホーテとサンチョパンサの銅像の前で記念撮影をした。昨日のトレド市内に比べればマドリードはスペイン統一後に遷都された首都だけにアラブの影響が少ないヨーロッパ的な雰囲気を漂わせる街の佇まいである。<br /><br /> アトーチャ駅からスペインの誇る新幹線アヴェでコルドバへ向かった。所要時間一時間半の道程であった。時速250kmの速度がでているのに車体の振動が全然感じられず、車窓に広がる広大な平野を眺めながらの汽車旅は快適であった。極端に刈り込んで太い幹しか残っていない葡萄の茶色ぽい畑や、背丈短く刈り込んだ幹の太いオリーブが緑色の葉を陽光にきらめかせている畑が果てし無く続いていた。<br /><br /> コルドバはスペイン南部を流れるグアダルキビール川の中流に位置しており、かつて北アフリカを含むイスラム世界の中心地であった。バグダッドに首都を置く東イスラム教国に対して西のイスラム教主カリフの宮廷が置かれ、10世紀から13世紀にかけて文化、科学、芸術の中心地として繁栄した。<br /><br /> コルドバの街も大型バスは入れない路地の多い街である。特にユダヤ人居住区は迷路のようになっており白壁の家並が続いている。窓には植木鉢に植えられた色とりどりの花や観葉植物で飾られてコントラストの良い趣のある景観を作りだしている。花の小道と名付けられた路地もある。そしてパティオと称する中庭が開かれた門扉の奥に見え隠れしている。門扉が開かれているのは自慢のパティオを自由に鑑賞してくれという家主の意思表示になっているのだ。パティオには実もたわわなオレンジの木が植えられていたりする。このような路地を通り抜けるとちょっとした広場があり、イスラム聖人の銅像が飾られていたり噴水があったりする。そして必ず実もたわわなオレンジの木が何本か植えられている。よく見るとオレンジの同じ木に花も咲いているし良く熟れた実もなっている。つまり四季を問わず年中実がなっているということなのである。それにしてもコルドバの街はスペインのフライパンと言われるだけあって、三月二十一日だというのに日中はとても暑く寒暖計は30度を示している。これが朝夕には肌寒いのだから日本の感覚とは随分違った季節感である。<br /><br /> 狭く混雑している路地を通り抜けてメスキータへ辿り着いた。<br /> メスキータはウマイア王朝のカリフ、アブデラマン一世が785年に着工しその後継者のアブデラマン二世、モハメット一世、アルハケム2世によって次々に増築されてきたものでコルドバ・カリフ王国の栄華を誇るモニュメントである。<br /><br /> 中へ入ると薄暗い。しばらくして目が闇に慣らされてくると赤色と白色の縞に塗られた浮輪を半切りにしたような夥しい数のアーチと柱が目に飛び込んでくる。幻想的な光景は薄暗さも手伝って宗教的で厳粛な気持ちにさせる。縞メノウ、大理石、花崗岩で作られたアーチは総数約850本もあり、線条細工のアラベスク模様が施されている。屋外が暑かっただけに室内の涼しさにほっと息をつく。<br /><br /> 時代を追って進むほどに僅かずつ様式が変化していくのが判る。そして圧巻はメスキータ中央にあるキリスト教のビジャビシオッサ礼拝堂である。カルロス5世に願い出た教会当局が王の許可を得て市民の反対を押し切ってこのメスキータ中央の屋根を取り払いカテドラルを建設したのである。翼廊と祭壇のある後陣はゴシック様式、後陣のまわりを取り囲む丸天井はロマネスク様式、聖歌隊席と説教壇はバロック様式になっており、モスクの中にキリスト教のカテドラルが共存するという奇妙なメスキータが出現したのである。つまり1523年から1766年までモスクがキリスト教の寺院として使われるという珍奇な宗教行事が営まれたのである。この珍奇さ複雑さがスペインの国情、文化の特徴であろうか。<br /><br /> この日の宿泊地セビリヤまでバスで走行しホテルで一風呂浴びた後フラメンコショーの行われるパラシオ・デル・エムブルリョというレストランへ赴いた。フラメンコはセビリヤが発祥の地だという。それにしても、この地方の人は夜が遅い。空き腹で入ったレストランで夕食にありついたのは9時半過ぎであった。美味しい赤ワインと豚肉料理に舌鼓を打っているほどに10時半頃やっとフラメンコショーが始まった。外国の観光客も多かったが地元の好事家らしき人々も沢山入っていた。フラメンコはジプシーとアンダルシア地方の音楽が混じりあってできあがった民族芸能であり、その踊りの動きは内へ内へと向かい、女性達はその玄妙な手の動きに情感を込める。そして足で床を踏みならし複雑なリズムを造りだす。このような踊りはインドやインドネシアの踊りや日本舞踊に似通うものを持っている。軽快なリズムと震えるような激しい爪先や踵の動きとよく通る歌声に酔い痺れているうちに1時間はあっという間に過ぎていた。<br /><br /><br />注 フラメンコのビデオクリップはこのURL→http://4travel.jp/traveler/u-hayashima/album/10363423/にアップしてある。 <br />      

ワープロで描いた俳画・・・コルドバの花の小道

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1999/03/21 - 1999/03/21

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早島 潮

早島 潮さん

平成11年3月21日(月)
プラド美術館はマドリッド観光の目玉であるだけに人出が凄い。混雑しないうちにということで朝一番に9時の開館と同時に入場したが、世界各国からの観光客が長蛇の列を作って開館を待っていた。世界3大美術館といわれるだけあってその6000点の収蔵物には質の高い名品が多い。常時展示されているのは3000点でその半数以上がスペインの画家による粒選りの作品で、展示物は適宜入れ替えられているようである。作品は12世紀から18世紀までで16〜17世紀の作品が中心になっており王家のコレクションが主体になっている。エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、ゴヤ等馴染みのスペインの画家の作品の前では黒山の人だかりが出来ていた。

外国の画家ではフラ・アンジェリコ、ティツィアーノ、ファン・デル・ワイデン、ボッシュ、ティントレット、ラファエロ等の作品も展示されていた。
 一点ずつ丹念に見ていたのでは時間がいくらあっても足りない程充実した展示物なので目ぼしい作品に焦点を絞って駆け足で見学した。印象に残った作品はベラスケスのラス・メニナス(女官たち)、ゴヤのプリンシペ・ビオの丘での虐殺、ゴヤの着衣のマヤ、裸体のマヤ等である。
 この後マドリード王宮の庭園を散策してからスペイン広場に立ち寄り、ドンキホーテとサンチョパンサの銅像の前で記念撮影をした。昨日のトレド市内に比べればマドリードはスペイン統一後に遷都された首都だけにアラブの影響が少ないヨーロッパ的な雰囲気を漂わせる街の佇まいである。

 アトーチャ駅からスペインの誇る新幹線アヴェでコルドバへ向かった。所要時間一時間半の道程であった。時速250kmの速度がでているのに車体の振動が全然感じられず、車窓に広がる広大な平野を眺めながらの汽車旅は快適であった。極端に刈り込んで太い幹しか残っていない葡萄の茶色ぽい畑や、背丈短く刈り込んだ幹の太いオリーブが緑色の葉を陽光にきらめかせている畑が果てし無く続いていた。

 コルドバはスペイン南部を流れるグアダルキビール川の中流に位置しており、かつて北アフリカを含むイスラム世界の中心地であった。バグダッドに首都を置く東イスラム教国に対して西のイスラム教主カリフの宮廷が置かれ、10世紀から13世紀にかけて文化、科学、芸術の中心地として繁栄した。

 コルドバの街も大型バスは入れない路地の多い街である。特にユダヤ人居住区は迷路のようになっており白壁の家並が続いている。窓には植木鉢に植えられた色とりどりの花や観葉植物で飾られてコントラストの良い趣のある景観を作りだしている。花の小道と名付けられた路地もある。そしてパティオと称する中庭が開かれた門扉の奥に見え隠れしている。門扉が開かれているのは自慢のパティオを自由に鑑賞してくれという家主の意思表示になっているのだ。パティオには実もたわわなオレンジの木が植えられていたりする。このような路地を通り抜けるとちょっとした広場があり、イスラム聖人の銅像が飾られていたり噴水があったりする。そして必ず実もたわわなオレンジの木が何本か植えられている。よく見るとオレンジの同じ木に花も咲いているし良く熟れた実もなっている。つまり四季を問わず年中実がなっているということなのである。それにしてもコルドバの街はスペインのフライパンと言われるだけあって、三月二十一日だというのに日中はとても暑く寒暖計は30度を示している。これが朝夕には肌寒いのだから日本の感覚とは随分違った季節感である。

 狭く混雑している路地を通り抜けてメスキータへ辿り着いた。
 メスキータはウマイア王朝のカリフ、アブデラマン一世が785年に着工しその後継者のアブデラマン二世、モハメット一世、アルハケム2世によって次々に増築されてきたものでコルドバ・カリフ王国の栄華を誇るモニュメントである。

 中へ入ると薄暗い。しばらくして目が闇に慣らされてくると赤色と白色の縞に塗られた浮輪を半切りにしたような夥しい数のアーチと柱が目に飛び込んでくる。幻想的な光景は薄暗さも手伝って宗教的で厳粛な気持ちにさせる。縞メノウ、大理石、花崗岩で作られたアーチは総数約850本もあり、線条細工のアラベスク模様が施されている。屋外が暑かっただけに室内の涼しさにほっと息をつく。

 時代を追って進むほどに僅かずつ様式が変化していくのが判る。そして圧巻はメスキータ中央にあるキリスト教のビジャビシオッサ礼拝堂である。カルロス5世に願い出た教会当局が王の許可を得て市民の反対を押し切ってこのメスキータ中央の屋根を取り払いカテドラルを建設したのである。翼廊と祭壇のある後陣はゴシック様式、後陣のまわりを取り囲む丸天井はロマネスク様式、聖歌隊席と説教壇はバロック様式になっており、モスクの中にキリスト教のカテドラルが共存するという奇妙なメスキータが出現したのである。つまり1523年から1766年までモスクがキリスト教の寺院として使われるという珍奇な宗教行事が営まれたのである。この珍奇さ複雑さがスペインの国情、文化の特徴であろうか。

 この日の宿泊地セビリヤまでバスで走行しホテルで一風呂浴びた後フラメンコショーの行われるパラシオ・デル・エムブルリョというレストランへ赴いた。フラメンコはセビリヤが発祥の地だという。それにしても、この地方の人は夜が遅い。空き腹で入ったレストランで夕食にありついたのは9時半過ぎであった。美味しい赤ワインと豚肉料理に舌鼓を打っているほどに10時半頃やっとフラメンコショーが始まった。外国の観光客も多かったが地元の好事家らしき人々も沢山入っていた。フラメンコはジプシーとアンダルシア地方の音楽が混じりあってできあがった民族芸能であり、その踊りの動きは内へ内へと向かい、女性達はその玄妙な手の動きに情感を込める。そして足で床を踏みならし複雑なリズムを造りだす。このような踊りはインドやインドネシアの踊りや日本舞踊に似通うものを持っている。軽快なリズムと震えるような激しい爪先や踵の動きとよく通る歌声に酔い痺れているうちに1時間はあっという間に過ぎていた。


注 フラメンコのビデオクリップはこのURL→http://4travel.jp/traveler/u-hayashima/album/10363423/にアップしてある。 
      

同行者
カップル・夫婦
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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