2007/10/27 - 2007/11/17
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EuroNight8205さん
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この旅は、自分がどうしても行きたかった旅だ。きっかけは、小学校の時にNHKの「映像の20世紀」という番組で見た、銃弾が降り注ぐSarajevoの映像だった。どうしてこんな事がおこっているのか理由がわかっていなかったが、日本史で第1次世界大戦のサラエボ事件を知り、バルカン半島は、政治、民族、宗教が複雑に絡み合った地域である事を知る。
大学生になり国内外に旅に出始める。
WienのDemelというCafeでTorteを食べていた時の事、前に日本人バックパッカーがここ!相席いいですか?と声をかけられる。旅についていろいろ話をした。その中で、Sarajevoにいった話を聞いた。その話は、とても興味深くそして、行く事が出来るのだということを知った。
その後、情報と資金をため、旅に出た。
国または地域でどのように雰囲気が変化するのか感じたかったので、ドイツからチェコ、オーストリアを経由しスロヴェニア、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナを旅した。
□10/27 KIX Helsinki Würzburg
□10/28 Würzburg
□10/29 Würzburg Nürnberg
□10/30 Nürnberg Regensburg
□10/31 Regensburg Passau Linz
□11/1 Linz Ceske Bdejovice Cesky Krumlov
□11/2 Cesky Krumlov Ceske Budejovice
□11/3 Ceske Budejovice Graz
□11/4 Graz Ljubljana
□11/5 Ljubljana Pula
□11/6 Pula Rovinj
□11/7 Split
□11/8 Split Trogir
□11/9 Split Sarajevo
■11/10 Sarajevo
□11/11 Sarajevo Mostar
□11/12 Mostar Dubrovnik
□11/13 Dubrovbik
□11/14 Dubrovnik Zagreb
□11/15 München
□11/16 München Helsinki
□11/17 KIX
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- フィンランド航空
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あさ、宿の管理人フィフィに近くのボスニアンコーヒーのお店に連れて行かれた。うまいぞと笑顔でいわれたらどうしようもなかった。笑
近くには、墓地(正確には元々は丘だったのだろうが・・・)がある。この上から、軍属グループがSarajevoを集中的に狙った。軍属クループとしたのは、セルビア人だけが悪ではないと思うからだ。 -
崩れた家、銃弾の跡、無数の墓、ここで何が起こったのかを想像させるには十分だった。
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ヨーロッパのSarajevo
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ここで、フランツ・フェルディナント大公とその妻ゾフィー・ホテクの暗殺事件が、1914年6月28日にセルビア人の民族主義者ガヴリロ・プリンツィプによって引き起こされる。サラエヴォ事件である。
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ラティンスキー橋(旧プリンツィプ橋)近くにサラエヴォ事件の博物館がある。
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地元の人がチェスをしている。これが、平和なのだと感じる。
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銃弾の薬莢を使ったお土産・・・。これで何人の人が殺されたのか・・・
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これがサラエヴォの今なのだ。
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ラティンスキー橋を遠くから見る
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復興している部分も感じられるものの、やはり中身はまだな建物もある。
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オーストリア=ハンガリー帝国時代の市役所。
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銃弾の跡がひどい。
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中は、砲撃に伴う火災により消失した。
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ここからは、Sarajevoが盆地である事がよくわかる。
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Bascarsijaを歩く。2009年にトルコを訪れる事になるが、本当に小さなIstanbulであった。
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セリビといわれる水飲み場。イスラム教徒にとって清潔にする事は非常に重要です。そのため、Sarajevoにもセリビが多くあります。
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この猫は、何年生きているのだろうか。この猫には、Sarajevoはどう映るのだろうか?
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カトリックのSarajevo大聖堂
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青空市場。1994年2月5日、市民68人がなくなった。
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Sarajevo冬季五輪の会場に向かいます。
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この向こうに、新しいアパートが見える。コンクリートがあたらしいいので、内戦時に破壊され、修理されたと思われる。
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ここが、Sarajevo五輪の会場。ここには、多くの墓が並んでいました。この中で、自分は、当時の状況を想像していました。その時の恐怖を理解できても、恐怖を想像する事は出来ませんでした。
ただ、事実を知るために歩き続けました。 -
五輪が行われたとき。Sarajevoは、平和であったのだ。
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そこには、Sarajevoの日常がありました。
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静かな、夜
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この夜、YHにいたSarajevoの同年代の青年と話をした。英語が聞き取りにくかったが、一生懸命、自分にとってイスラム教とは何なのか、語ってくれた。また、日本の事についても数多く質問された。自分は、心を落ち着かせる物として、「禅」について話した。
そのなかで、彼が、一生懸命伝えようとする姿に感動した。彼と別れたあと、なぜか涙がとまらなかった。
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