2009/12/12 - 2009/12/12
11306位(同エリア14937件中)
亀吉さん
世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」の中心「法隆寺」の国宝建造物は17件あります。
国宝彫刻(仏像)も17件、その他3件とまさに日本の宝庫と言っていいでしょう。
今回は、国宝建造物を中心に「法隆寺」を探索してみました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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国宝「法隆寺南大門」です。
永享10(1438)
三間一戸八脚門、入母屋造、本瓦葺
当時の西大門を移築し建立したそうです。
創建時のものは、永享7年(1435)に焼失し、永享10年(1438)に現在の門が再建されました。
この門をくぐるといよいよ「法隆寺」の境内です。 -
法隆寺について
聖徳太子ゆかりの寺院であり、創建は同じく聖徳太子ゆかりの寺院である大阪の四天王寺より約20年後の607年とされるが、確証はありません。
法隆寺は国宝「五重塔」・「金堂」を中心とする西院伽藍と、国宝「夢殿」を中心とした東院伽藍に分けられています。
西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群です。 -
国宝「法隆寺中門」です。
飛鳥時代
四間二戸二重門、梁間三間、入母屋造、本瓦葺
日本の寺院の門は正面の柱間が奇数(3間、5間、7間等)になるのが普通だが、この門は正面柱間が4間で、真中に柱が立つ点が特異だそうです。門内の左右に塑造金剛力士立像を安置しています。日本最古(8世紀初)の仁王像として貴重なものであるが、風雨にさらされる場所に安置されているため、補修が甚だしく、吽形(うんぎょう)像の体部は木造の後補に代わっているそうです。 -
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金剛力士立像です。
口を閉じているので「うんぎょう」だと思います。 -
この松の並木を突き当たると「法隆寺」があります。
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お食事処やお土産やさんが並びます。
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金剛力士立像です。
口を開いているので「あぎょう」だと思います。 -
「法隆寺」は世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」の中心となるお寺です。
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「法隆寺西院伽藍」の中の建物は全てが国宝です。
国宝「法隆寺金堂」です。
飛鳥時代
桁行五間、梁間四間、二重、初重もこし付、入母屋造、本瓦葺、もこし板葺
世界最古の木造建造物です。
法隆寺の本尊を安置する聖なる殿堂。
堂内は中の間、東の間、西の間に分かれ、それぞれ「釈迦如来」「薬師如来」「阿弥陀如来」それを守護するように樟で造られたわが国最古の四天王像が、邪鬼の背に静かに立っています。そのほか木造吉祥天立像・毘沙門天立像が安置されています。 -
国宝「法隆寺五重塔」です。
飛鳥時代
三間五重塔婆、初重もこし付、本瓦葺、もこし板葺
法隆寺「五重塔」は、我が国最古の塔です。
塔は釈尊の遺骨を奉安するためのものであり、仏教寺院において最も重要な建物とされています。
高さは約31.5メートル。
初重内陣には東面・西面・南面・北面それぞれに塔本四面具(国宝)と呼ばれる塑造の群像を安置。
初重から五重までの屋根の逓減率(大きさの減少する率)が高いことがこの塔の特色で、五重の屋根の一辺は初重屋根の約半分だそうです。初重内陣には東面・西面・南面・北面それぞれに塔本四面具(国宝)と呼ばれる塑造の群像を安置する(計80点の塑像が国宝)。この塑像に使用された粘土は、寺の近くの土と成分がほぼ等しいことから近くの土で作られたと推測されるそうです。東面は「維摩経」(ゆいまきょう)に登場する、文殊菩薩と維摩居士の問答の場面、北面は釈迦の涅槃、西面は分舎利(インド諸国の王が釈尊の遺骨を分配)の場面、南面は弥勒の浄土を表わす。北面の釈迦の入滅を悲しむ仏弟子の像が特に有名だそうです。 -
「金堂」左と「五重塔」右
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「金堂」のもこしと一階の屋根の間の組ものの所の四隅にいますよ。狛犬かな?獅子かな?
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「金堂」の一階と二階の間の四本の柱に龍が巻きついています。
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国宝 「法隆寺廻廊(東廻廊)」です。
飛鳥時代
折曲り延長四十間、一重、本瓦葺
「西院伽藍」を囲むように建っています。 -
国宝 「法隆寺廻廊(西廻廊)」です。
飛鳥時代
折曲り延長四十間、一重、本瓦葺 -
国宝「法隆寺鐘楼」です。
寛弘2〜寛仁4(1005〜1020)
桁行三間、梁間二間、楼造、切妻造、本瓦葺
鐘楼は延長3年(925)に大講堂とともに落雷により焼失し、現在の鐘楼は経蔵の様式にならって再建されたものです。
鐘楼の中に吊るされている梵鐘は、奈良時代前期の銅鐘。
「東回廊」側に建っています。 -
国宝「法隆寺経蔵」です。
奈良時代
桁行三間、梁間二間、楼造、切妻造、本瓦葺
経蔵は経典を納める施設として建立。
「観勒僧正坐像」を安置するが、内部は非公開です。
「西回廊」側に建っています。
残念なことに「大講堂」は現在修理工事中です。 -
「西院伽藍」を出て西に行くと、
国宝「法隆寺三経院及び西室」があります。
寛喜3(1231)年
桁行十九間、梁間正面五間、背面四間、一重、切妻造、妻入、本瓦葺、
正面一間通り庇付、向拝一間、檜皮葺
法寺西院伽藍の西にあつて、東の聖霊院及び東室とともに上代寺院三面僧房の俤をのこす。
三経院は、聖徳太子が勝鬘経・維摩経・法華経の三つの経典を注釈されたこと(三経義疏)にちなんで、西室の南端部を改造して建てられたそうです。 -
国宝「法隆寺西円堂」です。
建長2(1250)年
八角円堂、一重、本瓦葺
奈良時代に橘夫人の発願によって行基菩薩が建立したと伝えていますが、現在の建物は鎌倉時代に再建されたものだそうです。
堂内にはわが国最大級の乾漆像として知られる国宝「本尊薬師如来座像」が安置されています。
その他この周辺には「上御堂」「薬師坊庫」「宝珠院」「中院」「地蔵堂」などがあります。 -
国宝「法隆寺聖霊院及び東室」です。
弘安7(1284)年
桁行六間、梁間五間、一重、切妻造、妻入、本瓦葺、正面一間通り庇付、
向拝一間、檜皮葺
西院伽藍の東側に建っています、聖徳太子を祀る堂です。この建物は本来は東室の一部であったが、1121年にこれを再建するときに南半を改造して聖霊院とし、聖徳太子像を祀ったそうです。現在の聖霊院は1284年に改築されたものだそうです。国宝 木造聖徳太子・山背王・殖栗王・卒末呂王・恵慈法師坐像(平安時代)、如意輪観音半跏像(重文)、地蔵菩薩立像(重文)を安置しています。 -
聖霊院の隣の隣に建っている国宝「法隆寺綱封蔵」(こうふうぞう)です。
平安時代前期
桁行九間、梁間三間、一重、高床、寄棟造、本瓦葺
平安時代初期に造られた床のい倉で、南北二倉からなり、中央部を開放の空所にしています。 唯一の現存例であるそうです。綱封蔵とは、三綱(僧官)が封をする蔵のことだそうです。 -
国宝「法隆寺食堂」です。
奈良時代
桁行七間、梁間四間、一重、切妻造、本瓦葺
西院伽藍の東方北寄りに建っています。食堂本尊の薬師如来坐像(重文)は奈良時代の塑像だが、補修が多い。本尊以外の仏像は大宝蔵院に移されているそうです。
これらの素晴らしき建造物を見ながら「大宝蔵院」へと足を運ぶ僕です。
大宝蔵院は百済観音堂を中心とする東西の宝蔵で成り立っています。 -
いよいよ「東院伽藍」へ向かいます。
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国宝「法隆寺東大門」です。
奈良時代
三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺
西院から東院へ向かう道筋に建つ奈良時代の八脚門。 で「日本最古の僧門」という説明が書いてありました。 -
歴史を感じる土塀。
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いよいよ「東院伽藍」です。
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国宝「法隆寺東院夢殿」です。
天平11(739)年
八角円堂、一重、本瓦葺
奈良時代の建立の八角円堂。堂内に聖徳太子の等身像とされる救世観音像を安置しています。 -
「東院伽藍」の「絵殿」と舎利殿」です。
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「東院伽藍」の「礼堂」です。
以上が「東院伽藍」のおもな建物です。 -
「東院伽藍」を出たところにある
国宝「法隆寺東院鐘楼」です。
鎌倉前期
桁行三間、梁間二間、袴腰付、入母屋造、本瓦葺 -
そして最後の国宝建造物は
国宝「法隆寺東院伝法堂」
奈良時代
桁行七間、梁間四間、一重、切妻造、本瓦葺
「伝法堂」は橘夫人の住居を移転して仏堂に改めたものとされ、奈良時代の住宅遺構としても貴重。
多数の仏像を安置していますが、通常は公開していません。内陣は中の間、東の間、西の間に分かれ、それぞれ乾漆造阿弥陀三尊像(奈良時代、重文)が安置されています。他に梵天・帝釈天立像、四天王立像、薬師如来坐像、釈迦如来坐像、弥勒仏坐像、阿弥陀如来坐像(各木造、平安時代、重文)を安置しています。
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