2009/12/05 - 2009/12/05
138位(同エリア527件中)
MechaGodzillaⅢ&703さん
- MechaGodzillaⅢ&703さんTOP
- 旅行記1805冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 4,031,157アクセス
- フォロワー326人
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
≪美しい堂塔を鑑賞、しまなみ海道「生口島」へ≫
耕三寺耕三和上が御母堂逝去にともない僧籍に入り、その菩提追悼のため建立した浄土真宗本願寺派の寺院です。
昭和11年から30年あまりの歳月をかけて造られた堂塔の数々は、飛鳥から江戸時代にかけての 代表的仏教建築の様式や手法をとり入れ復元されています。
日光陽明門を10年がかりで再現した孝養の門と新宝物館に展示されている優れた美術品や、四季折々に彩られる約5万平方メートルの境内は、極楽浄土の世界を想わせます。
桜、紅葉の名所としても有名です。
【手記】
いそがしい日々、今年も紅葉真っ盛りの時期に休みがなく紅葉観賞へ行くことができませんでした。
久しぶりの休日、尾道市瀬戸田町の耕三寺の大理石庭園でも見物しようかと疲れている身体に鞭打って、生口島までトコトコと出かけてきました。
耕三寺では美しい堂塔も鑑賞することがきました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
-
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
耕三寺では美しい堂塔も鑑賞することができます。
【山 門】国登録有形文化財 HPより。
当寺伽藍配置の中心軸線上の最前に建つ門であり、総門に相当する。京都御所・紫宸殿の御門(白木造り)と同じ様式ではあるが、これはその大方を鋼鉄で造っておりそのうえに朱を塗りこんでいる。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【山 門】国登録有形文化財 HPより。
扉表面の龍と波と狛犬の浮彫は、京都画壇の帝展特選作家故、川上拙以画伯の構想による下図をもとに彫刻また、貫や扉の桟などは木造建築と錯覚するほど精巧にできており、当時の優れた鉄の加工技術を知るうえにおいても貴重かつ独創的な建築である。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【中 門】国登録有形文化財 HPより。
当寺の表門に相当し、奈良法隆寺の西院伽藍(楼門)を原型としている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【中 門】国登録有形文化財 HPより。
丸柱の上下部を細くし中央にふくらみを持たせ安定感を与えている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【中 門】国登録有形文化財 HPより。
それに、外観の美のみを追求し階段をなくした2階、また上層の勾欄にある万字崩の組子、平桁の蟇股のような割束など飛鳥時代の建築様式であるエンタシスの特徴を完全に再現している。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【中 門】国登録有形文化財 HPより。
装飾については自由奔放で、柱の浮彫などは戦後の当寺の堂塔装飾の基準作となっている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
耕三寺耕三和上が御母堂逝去にともない僧籍に入り、その菩提追悼のため建立した浄土真宗本願寺派の寺院です。
昭和11年から30年あまりの歳月をかけて造られた堂塔の数々は、飛鳥から江戸時代にかけての 代表的仏教建築の様式や手法をとり入れ復元されています。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【礼拝堂】 HPより。
上中下三段からなる当寺の中心伽藍において下段から中段に登る石階段の下に位置する、当寺独自の仏堂である。
京都の国宝清水寺西を原型とし、桃山時代の建築様式にのっとって建立したものであるが、彩色や装飾のいっさいは耕三師の考案によるものであり、また堂塔建築のなかでは後期(戦後)に属すため当寺の建築的特色が確立したものとも言え、原作の門を礼拝堂に応用するという自由な発想は注目に値される。
なお御内陣には観世音菩薩の尊像を安置する。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【五重塔】(大慈母塔) HPより。
境内中段の中央に建ち本堂・孝養の門と建物の軸線を直線に揃え、本堂と塔が前後に並び建つ四天王寺式の伽藍配置を見せる、中段における中心的建築である。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【五重塔】(大慈母塔) HPより。
奈良・室生寺五重塔(国宝)を原作とし比較的忠実ではあるが、基壇の高欄、初重の柱の仏像の浮彫、同組物などへ宝相華の彩色を施しているなど外観上は当寺の特色をだしたものとなっている。
また、内部の心柱には耕三師の発案で鋼管を使用しており、昭和時代のその技術を反映している。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【手洗い水】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【大山椒魚】
入場口から左側に進んで行くと仏宝蔵の隣に特別天然記念物の「大山椒魚」がいる水槽があります。奥へ進むと潮聲閣です。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【僧宝蔵・法宝蔵】国登録有形文化財 HPより。
両宝蔵は五重塔に向って相対する建物で同寸同大、塔の右側が法宝蔵、左側が僧宝蔵である。
飛鳥時代創建で江戸期に再建された大阪・四天王寺の金堂を原型としているが、いずれの宝蔵も宝物館として建立、応用するためにとくに内部の平面や構造は、おおよそ別のもの(実用的建物)に変化させていることが特徴となっている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【僧宝蔵・法宝蔵】 HPより。
しかし、建築細部は、入母屋造の妻面に見える虹梁や身舎の組物の形状など江戸後期(19世紀)の社寺建築の特徴を正確にとらえているものである。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 HPより。
言うまでもなく、原作は日光東照宮陽明門である。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 HPより。
当寺の建築においては唯一その実測図が用いられており、各部の比例も一致している。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 HPより。
昭和28年当時この大事業を立願した耕三師は幾多の苦心の末、文部省に1組だけあった図面を同省に申し入れ入手、以来10年の歳月をかけ完成に導いている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 HPより。
相違は各部の装飾の彫刻と彩色に多く、下層柱の金銀泥彩色を施した聖衆来迎の浮彫、組物表面に施した宝相華と繧繝(うんげん)彩色など原作よりはるかに華麗で、こうした点では日本一豪華な建築物と呼べるのではないだろうか。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】
日光東照宮陽明門を模した孝養門 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【孝養門】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【僧宝蔵】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【千仏洞地獄峡】 HPより。
昭和30年に起工、39年に完成。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【千仏洞地獄峡】 HPより。
入口は本堂西側至心殿横、出口は救世観音大尊像そばに設けており、地下約15mに全長350mにもなる隧道(洞窟)を掘り、富士山の熔岩と浅間山の焼石を鉄筋コンクリートで固めて岩組。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【千仏洞地獄峡】 HPより。
中間の3ヶ所には高さ約10m広さ数10平方メートルの洞室がある。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【多宝塔】国登録有形文化財 HPより。
滋賀県大津(近江)の国宝石山寺の多宝塔を原型としている。
比較的これに(多宝塔の定型通りに)沿って造られているが原作の下層の中備は単純な間斗束(けんとづか)だけであるのに対し、こちらではそこが蟇股に変えられており、最大の相違点と言える。
本堂を挟みこれと相対する八角円堂とともに、伽藍中心軸線に対し建物の正面を45度振っていることは、日本の社寺では唯一の配置であり、その斬新さは、境内の景観によりいっそうの凛とした空気感を与えてくれている。
塔内には同本尊の大日如来坐像を安置(木造漆箔・室町)する。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【本堂(中堂・東西翼廊・尾廊)】国登録有形文化財 HPより。
京都宇治平等院鳳凰堂を原型とし建立。
中央に中堂、その左右対称形に翼廊を配し中堂の背後に尾廊が建つ。これもまた彩色装飾においては極彩色を施し外部の組物などの表面は宝相華唐草文と繧繝彩色を主体としており原作よりは一段と華やかである。
入母屋の屋根、切妻、寄棟、腰屋根をはじめ肘木垂木の大面取など、仏教建築の最高峰と言われる藤原時代の様式を忠実に取り入れていることが最大の特徴と言える。
この前面には約八間角、総白大理石造りの大礼壇があり、腰鏡には瑞華霊禽の浮彫を施している。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【八角円堂(聖徳堂)】国登録有形文化財 HPより。
本堂から見て右方の小立上多宝塔と同様、伽藍中心軸線に対し正面を45度振って建つ。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【八角円堂(聖徳堂)】国登録有形文化財 HPより。
聖徳太子の御座所であったとされる奈良法隆寺の夢殿を原型としているが、規模は二分の一に縮小している。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【茶祖堂)】HPより。
当寺伽藍の東南隅の小立上に離れて建つ小堂であり、当寺の諸堂宇中では最も新しい建物で昭和41年の竣工となっている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【茶祖堂)】HPより。
建築様式は江戸末期19世紀前期の特色を示すが、複雑な屋根形式(向拝や突出部を含めると十字形平面)を持ちつつ、細部に使用の意匠はすべて本格的な伝統社寺建築であり、独創的な建物となっている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【茶祖堂)】HPより。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【茶祖堂)】HPより。
代々古儀茶道藪内流を修する当家においては、毎年11月3日の文化の日に茶筅に感謝の意を込める供茶式と野点の行事を行っている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【茶祖堂と救世観音大尊像】HPより。
本堂東翼廊の左、八角円堂の後方に造顕されている、奈良・法隆寺夢殿の御本尊、秘仏救世観音が手本。像高だけで10m(33尺3寸)あり、宝冠、台座などを加えた総高は15mにもなる大露仏である。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【救世観音大尊像】HPより。
鉄筋コンクリートで固めた基礎の上に鉄心を組み、コンクリートと漆喰を併用し肉付けした上に塗装している。
こうした工程による仏像の造立、同様の技術は例がなく当時、耕三師自ら陣頭に立ち、労苦を惜しむことなくかつて培った鉄の加工技術を遺憾無く発揮され完成に導いている。 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
-
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【親鸞聖人像】 -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
-
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
-
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
【未来心の丘】
広さ5,000平方メートルにもおよぶ白い大理石の庭園です。↓
http://4travel.jp/traveler/godzilla/album/10407095/ -
■西の日光東照宮と言われる≪耕三寺≫
次のファイルは「耕三寺潮聲閣」です。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
しまなみ海道(因島・生口島・向島)(広島) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
48