2009/11/16 - 2009/11/16
105位(同エリア251件中)
アリヤンさん
さて、紹興訪問の本来の目的の2番目である、「安昌古鎮」に行ってみる。
ユースオーナーのワンさんの話では、「東浦古鎮」のほうが安昌より良い」とのこと。
勝利大橋から出ている118番バスに乗れば、まず、東浦古鎮に行き、東浦を見学してから安昌に行けば、一石二鳥だ、とのこと。
ところが、だ。
118番バスに乗って、車掌さんに聞けば安昌には行くが、東浦には行かない、という。
しかたないので、今日は「安昌古鎮」のみの見学にしておくか、、、、
For emergency pages;
http://www.geocities.jp/ariyan9909nov/eurasia4_020.html
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
安昌古鎮は紹興の北西に位置しており、杭州の粛山国際空港寄りでもある。
-
118バス停のある勝利大橋は環城西路にあり、少し見つけにくい。
勝利大橋から安昌大酒店まで一人4元(55円)。
紙に「安昌古鎮」と書いて、車掌さんに見せておけば、安昌大酒店で降ろしてくれます。
みなさん、親切です。 -
安昌大酒店バス停に降りて廻りを見回すと、「古鎮?はドコ?」という雰囲気。
知らないと、大きな看板でもない限り分からないのです。
このホテル前から先を見ると、遠くに「←大庚寺500m」という標識が見えた。
そっちの方だろうと、勝手に判断。
パートナーがトイレというので、酒店向かい側の雑貨屋に入ってトイレを借りた。
「←大庚寺500m」方面に歩いていった、
が、、、
古鎮らしき風情のある景色が出てコン??? -
ホテル前のバスルート標識。
拡大版⇒http://www.geocities.jp/ariyan9912/DSC04968.JPG -
人に聞き、また聞いて。
それを繰り返しながら、かなり歩いてやっと古鎮の入口? らしき門、発見。
入って行く。 -
門を入っていくと、まず古鎮然としたいかにも古そうな石橋がある。
その橋を渡って、運河を越えて更に奥に行けば、もう古鎮はオワっちゃいました。
???
また元に戻って、橋から見える運河沿いに歩く。
運河沿いにへばりつく様に昔風情の街並が続く。 -
-
イチオシ
氷雨に佇む「安昌古鎮」。
-
オオッ、茶道具だ。
竹製品だ!
三重の山奥で「竹取りの翁」をやっているワタクシにとっては、「これはスゴイッ!」のため息がでます。
自分もつくってみたいなあ。
今度、日本に帰ったら、挑戦してみよう!っと思うも、半分以上、
「コノ、タケノキュウス、ツクッテミタイナア~」
「ムリヤロナ ア、、」
「マ、コップクライヤッタラ、デキソウヤナア~・・・」 -
念願の古鎮ジャ、コチンジャ、コチン、コチン、、
っと、進んで行くと、スグに古鎮風情が切れて無くなった。
ンッ!?
ン?
おかしいなあ。
まだ他のトラベラーさんのブログで見てきていた、「古鎮案内地図板」がまだ出てこない。
古鎮の長さがちょっと短かスギです。
ユーターンして、最初の門から入ってきた橋のところまで戻った。 -
イチオシ
それまでとは反対側方面にUターンして進む。
雨も冷たいが、気候が冷たいのです、「シバレルのです」、きょうは。
タダでさえ暗い雰囲気、の古鎮がより一層、暗く見えます。
寒すぎてカメラの中に氷の結晶ができて写っています。
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櫃(ひつ)、桶(おけ)。
ワタクシたち、小さい頃はまだご飯を木製のおヒツにいれて、そこからお母さんが茶碗によそってくれたりしていました。
今の日本では、もうこんな、ヒツ、という漢字も見なくなりました。
こんな漢字を見ると(簡体字でちょっと違うが)、ノスタルジーをさそいます。
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店の奥では実際にヒツやオケを作っています。
-
イチオシ
氷雨に佇む「安昌古鎮」。
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八字橋のタモトから。
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「この橋は明時代に建てられ云々」とあります。
明代と言えば、日本では確か、豊臣秀吉の時代ですよ。
秀吉が朝鮮征伐を仕掛け、大明国をも手に入れよう、と大それた野望を見せた、アレですよ。
(NHKの大河ドラマでやっていたのを憶えている) -
氷雨に佇む安昌古鎮。
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寒くて、お腹も空いていた。
出発点とは反対側の運河沿いの古鎮街に、
「一杯のソバ屋があった」 -
ソバ屋の前の運河。
-
ソバ屋にはソバはなく、うどんがあった。
関西人にとってはうれしい限りだ。
早速アツアツのうどんを一杯、たべた。
5元/一杯。
(69円)
おいしかった。
あったまった! -
アツイうどんで体があったまった。
さらに進みます。 -
中国の布のくつ。
ついさっきの昔はすべて手作りだっただろう。 -
-
旧中国銀行あと。
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診療所。
これは観光用の飾りではありません。
今も機能しています。
今まで見て来た、すべてみんな、
今も人が住んで、生活しているのです。
それをワタクシたちが、見て廻っているだけなのです。
つまり言い換えれば、時代遅れとなった地域で、貧乏な生活をしている人たちの風景をみているのです。
*雲南省の大理古城や麗江古城とは随分と違います。
大理や麗江は、完全に観光化されており、しかも洗練されています。住んでる人たちも、そんなに貧乏で悲惨な生活をしているわけではありません。
どちらかと言えば、豊かな生活を営んでいたようです。
ところが、ここは違う。
本当に時代から取り残され、不便で貧乏で、悲惨な生活を余儀なくされている、としか見えないのです。
おそらく、本当に明時代のほうが、庶民の生活は良かったのではないか?とも思います。
観光化が中途半端で、地元の人たちの利益にあまりなっていない様子でした。
紹興の長橋直街や八字橋直街もそう見えました。
倉橋直街だけは、訪れる観光客も多いので、活気があって、そう貧しくは見えなかった。
-
保存食品がぶら下がっていた。
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他のトラベラーさんの旅行記で見たことのある「安昌古鎮案内図」。
ヒトの旅行記では、この案内図があって、これから先に本格的な古鎮の風景がでてくるのだった。
ワレワレの場合は、最後に出てきた。 -
運河沿いにドンドン進むと、ついに古鎮案内板があった。
これが、やっと他のトラベラーさんが見た、入口の案内板なのだ。
っと、いうことは?
ワレワレは、「裏から入って、入口から出ようとしている」のではないか?
案内板の黄色い線がワレワレの進入路。
青色線が帰路です。 -
とうとう、安昌古鎮の入口、発見!
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-
入口にある古鎮案内センターに入ると、何やら35元とある。
普通コレ、入場料と思ってしまいませんか?
よく読めば、一ヶ所5元x7の施設の入場券となっている。
入場料だと思って、ツイ支払ってしまいそうです。 -
7ヶ所の有料施設の案内図。
-
確かに途中、有料施設はあったが、
閉まっていたりしたものもあった。
それに金を支払ってまで、みるほどのものでもなかった様に思えます。 -
まあ、紹興市内にある、小さな古鎮通りよりすこし大きかったし、古いものを見るのは、良いものでした。
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ワタクシたちにとっての「出口」であるが、本来の入口門である門を見透かすと、やっと分かりました。
バス停の「安昌大酒店」が見えるのです。
つまりバス停降りて、まっすぐ進めば、古鎮入口があったわけです。
ワレワレは左に曲がって行ったので、裏口から入った、というわけです。 -
入口をでると、工場を取り壊したガレキの山。
紹興郊外=杭州郊外は工場地帯で、特に繊維関連の工場が多くあります。
おそらく、この安昌古鎮も、経済至上主義の中で埋没しかけて、スラムと化して滅びさろうとしていたのだろう。
そこを観光資源に転換した、と思われます。
古鎮とは聞こえは良いけど、まあ見方をちょっと変えれば、貧民窟のようなものです。 -
入り口門から通りを見ると、左側に「安昌大酒店」が見えます。
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入口には立派な石の碑がありました。
でも、全体の色調がくらいので、安昌大酒店からは、あまり目立って見えないのです。
だからワタクシたちのように、ちょっとヌケた観光客は裏に廻ってしまうのです。
これからの訪れる人たちの為に、看板を大きく、石碑はもっと色調を明るく、目立つようにしましょう!
(安昌古鎮観光協会の党委員さん、もし見ておられたら、これを参考にしてください。
そのほうが、35元を支払う人が多いと思います。
さようなら。)
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