2019/10/19 - 2019/10/23
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尖椒土豆絲さん
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- 旅行記30冊
- クチコミ0件
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春秋航空日本から送られて来ていたオータムスーパーセール案内メールを開いてみると・・・
【国際線セール情報】東京(成田)⇔寧波便が¥3,737~!の激安特売では有~りませんか!!
やってくれますね~春秋航空日本~!!!
間髪入れずに我家のチャイナスイッチがONになり、カレンダーを眺めます。
う~ん・・・10月14日の体育の日、または、22日の即位礼正殿の日に狙いを定め、5連休の暢游日程を組めないか???
少し悩んで、ちょっと悩んで、どうしよう・・・
え~い!思い切って19日から5日間の暢游を組み、即座にチケット購入しちゃいました~~!!
アハハ!先月に続いて、寧波便利用、連チャンになっちゃいました~!!
さてさて、浙江省の何処に行こうか・∧( 'Θ' )∧
そう言えば、この前、取引先華人の方が、紹興を一推ししてたっけ!!
百度地図を眺めると、その紹興は寧波の隣に位置し、アプローチも簡単そう・・・
普段は蒸留酒派の我家ですが、たまには醸造酒に溺れるのも悪くないよね?(^ ^)?
てな訳で、先人達の沢山の旅行記を拝読し、多くの中国の方々に助けられながら、何とか無事に紹興暢游を完結し帰国しました~!
魅力たっぷりの江南地区の古城・古鎮・水郷、私たちと一緒に旅をしましょう。
それでは、北馬南舟の歴史を鑑みながら、いざ出発!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- スプリングジャパン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
中国大連出張から帰国したのが、昨日・・・
プライベートの中国旅行出国は、今日・・・
使用する空港は同じ成田といえど、一旦帰宅し、仕事モード&スーツを脱ぎ捨てて、再び成田空港にやって来ました!!
早速、我家定番利用のLCC専用第3ターミナルの春秋航空日本寧波便搭乗受付カウンターに足を運びます。 -
先月も利用した寧波便です。
平穏なフライトです。
今年の10月は体育の日と即位礼正殿の儀の2回の祝日が有ります。
我家は後半の即位礼正殿の儀に代休2日を加えた5連休で中国旅行を組みました。
前半の体育の日に組んでいたら、台風19号直撃で欠航が相次ぎ、旅行が中止になっていたでしょう。
あ~危なかったなあ!! -
IJ101便は約20分の遅延で寧波櫟社国際空港に到着です。
今日は紹興まで移動しなければなりません。
先を急ぎます。
先月同様、軌道2号線終点の寧波櫟社国際機場站まで無料シャトルバスで移動です。
8分毎に発車しています。 -
軌道2号線寧波櫟社国際機場站から寧波火車站まで4元です。
自動改札機に携帯電話のQRコードをかざして入場する人民が多い中、私達同様に、券売機で切符を購入する人民も結構いました。
ほ~らほら!!
IT化に追従しないと時代に乗り遅れるよ! -
軌道2号線は7分毎に運行されています。
僅か乗車約26分で寧波火車站に到着です。
早速、火車の切符を入手しなきゃ!!
集票処は何処だっけ!!! -
フライト遅延が響き、寧波火車站到着が遅れました。
事前予約した寧波火車站12:52発のK1220列車の発車時刻まで、あと40分しか有りません。
無人券売機が普及したとは云え、有人券売窓口は大混雑です。
並ぶこと20分、やっと乗車券を入手です。
発車まで20分しか有りません。
あ~危ない!時間ない!!余裕ない!!! -
紹興迄の移動ですが、高鉄紹興北站迄なら僅か40分なのですが、新たに敷かれた高鉄紹興北站は郊外に建設されています。
それならと、紹興中心部の紹興火車站利用が得策と考え、在来線を選択しました。
関口知宏の中国鉄道大紀行を思い出させるような和階号K1040号です。 -
寧波から紹興迄の切符(16.5元)です。
-
寧波火車站を発車し、暫く経つと、鉄道の服務員らしき女性が手に眼鏡を持ち、“●△▼◇▽◯●△”と叫び出しました。
大道芸か?
奇術師か??
軽業師か???
最後に眼鏡を足元に投げ捨て、自ら踏み付けます。
あら!不思議~ハズキルーペCMの如く眼鏡は割れません。
周りから歓声が挙がり、中には購入する乗客もいます。
まるで手品みたいで超驚愕でした~!!
いやいや!!面白い芸を見せて頂きました~!(^^)! -
乗車約1時間40分で紹興站に到着です。
紹興は2500年の歴史を持つ悠久の古都です。
古くは中国の春秋戦国時代、越国の都として栄えました。
越の時代には“会稽”と呼ばれ、この名称は市内の会稽山という山名に残されています。
そう言えば“会稽の恥を雪ぐ”という故事が有りましたネ!! -
紹興といえば水郷です。
水運こそが物流の要でした。
縦横無尽に張り巡らされた水郷と、それらを跨いで架けられた石橋巡りを愉しみます。
写真は1341年造成の光相橋です。
元の時代の橋が今も残って使われています。
凄いぞ中国!!! -
日本人にとって、紹興といえば紹興酒でしょう。
その紹興酒を詳しく学ぶべく、中国黄酒博物館に入ります。
ここは紹興酒メーカーの古越龍山が運営する民間博物館です。 -
門票(30元)です。
中国の他の地域で造る黄酒とは一線を画します。
米や麦などの穀物を原料として醸造された黄酒を、更に長い年月をかけて熟成させたものを老酒と呼びます。
その中でも特に紹興市で作られたものを“紹興酒”と呼んでいるのです。 -
館内に、1928年に仕込まれた甕入り紹興酒が展示されています。
一般的に紹興酒は5年モノが美味しいと言われています。
約90年前の甕の中の紹興酒、一体全体、どんな味わいなのでしょうね~?
呑兵衛我家は興味津々ですが、当然、味わえません。
悪しからず!!!!! -
1992年、明仁天皇陛下訪華記念の紹興酒甕です。
中国の代表的な万里の長城と梅花、日本の代表的な富士山と桜花が描かれています。
国賓へのお土産には、ここ古越龍山の紹興酒が選ばれたのですね~ -
沢山の甕入り紹興酒が眠る地下貯蔵に降りてみましょう。
既に階段途中で独特な香りが漂っています。
この香りに我家の呑兵衛細胞が反応しています。
あ~~~早く呑みたい!!!!
では無く早く味わいたい!!!
いやいや早く酒に溺れたい!! -
う~ん・・・甕・甕・甕が並びます。
ここで熟されて呑み頃を待つ甕たち・・・
美味しく立派に育つのだよ!(o^^o)!
因みに、日本では黄酒(紹興酒)に角砂糖やザラメを入れるのが一般的ですが、本場の紹興では邪道な呑み方です。
日本で販売されている黄酒(紹興酒)は台湾製が多く、熟成させずに日本に輸出される為、全く甘味が有りません。
そのため角砂糖やザラメを入れるのです。
本場の紹興酒は何年も寝かせて熟成させて酒自体が甘味を持っているので、何も入れる必要が無いのです。 -
見学コースの最後に紹興酒試飲コーナーが有ります。
門票30元には、4種類の紹興酒とツマミの茴香豆(ウイキョウ豆)の料金が含まれているようです。 -
紹興酒と言っても多種多様で、一言では片付きません。
左から元紅酒・加飯酒・善醸酒・香雪酒の4種類が有ります。
茴香豆は、そら豆を茴香という香辛料で炊いたもので、この地方の特産品です。
さあ、待ってました~試飲タ~イム (*^^*)
どれもこれも美味しいなあ~!! -
紹興酒の手作り工房が我家を待ち受けます。
工房作業員の方に“●△▼◇▽◯●△馬?”と言われるも理解不能・・・ -
発酵中の醸造米臺が並んでいます。
君達!!やがて立派な大人になるんだね~!!
何処ぞの誰かに買われて呑まれるのだね~!!
我家も君達の何れかを連れて帰ろうかね~!! -
という訳で、ここでも試飲します。
よく、我家は酒蔵巡りを目的にした国内旅行をしますが、尖椒土豆絲は運転手の為、飲酒は我慢、専ら試飲は我家内の特権です。
その点、中国では、ハンドルを握ることが無い為、堂々と試飲出来ます。
あ~~~美味しいなあ~(^ ^)
思わず原漿香雪酒500mlを一本、買っちゃいました(30元)。
部屋で呑もっと!!!!(*^^)v -
さあ、暢游を続けましょう!!
黄酒博物館を出て迎恩門に向かいます。
ここ紹興古城ですが、越都建国以来、多くの運河が掘削され、城内を護る城壁を増築、11箇所の城門を備え、内6門は水城門でした。
水城門とは船専用の水門です。
紹興が水郷都市と言われる所以ですね!! -
紹興古城を実感できる城門です。
迎恩門は古都の西北に位置し、西郭門という別称が有ります。
写真は洞門に続く跳ね上げ橋から撮影しています。
この隣には船専用の水門が併設されています。 -
迎恩門隣の古臥薪楼に向かいます。
その前に城壁大好き我家の決めポーズです。
イエーイ!!(*^-^*)!!
城壁暢游、愉しいなあ~♪♪♪♪ -
城内から迎恩門を眺めます。
右側の洞門が船専用の水門です。
左側の楼閣には人馬等が通る洞門が備わっています。
さあ、日没が迫って来ました。
先を急ぎましょう。 -
ホテルに向かう途中、倉橋直街歴史街区を通りかかると、長い行列と、臭い空気が我家の気を引きます。
何だろう・・・??? -
日本人は苦手な方が多いようですが、江南地区名物の臭豆腐を油で揚げています。
気になりましたが、ホテルチェックインが優先です。
ここでも先を急ぎます。 -
倉橋直街中心部の状元楼前を通り過ぎ、今夜から3連泊する紹興大酒店(1泊350元・ツイン・朝食付き)まで歩きます。
ふ~良かった~無事にチェックイン出来ました~ -
小休止後、夜の紹興の街に繰り出します。
ホテル前の解放北路を北進すると、秋瑾烈士記念碑が建てられています。
秋瑾関係の観光施設は明日、訪れる予定です。
街の英雄“秋瑾”に興味津々です。 -
大善塔です。
1000年もの歴史を有した大善寺の大善塔です。
残念ながら大善寺は存在していませんが、塔だけが現在まで残っています。
綺麗にライトアップされており、塔の麓は紹興古城図が描かれていましたよ。 -
続けて美しくライトアップされた倉橋直街歴史街区を彷徨います。
いいなあ~古城・古鎮って!!!! -
お土産屋さん、お食事屋さん等々、沢山の店舗が並びます。
我家の晩餐会、何処で呑ろうかな・・・?
取引先華人の方から得た情報では、やはり、この時季は上海蟹でしょうかね~(*^▽^*) -
宝珠橋から運河を眺めます。
風が止み、水面が鏡のように静かに佇んでいます。
ライトアップされた古鎮建築が映っています。
何て美しい景色なのだろう・・・
感嘆・感動・感激ですネ !(^^)! -
絵葉書のような一枚にうっとりです。
-
宝珠橋直下の水面に映る芸術的情景です。
心も体も吸い込まれそう・・・ -
小紹興という看板を挙げた食事処が目に留まりました。
中を覗き込んで見ると・・・ -
魚介類・肉塊・野菜等々、様々な食材が並んでいます。
さてさて、今宵の晩餐は何にしようかな~!
迷い・悩み・惑い・・・足元を見ると・・・ -
クーラーボックス内に、大閘蟹、いわゆる上海蟹が活きたまま紐で縛られて並んでいます。
一杯じゃなく、活きている場合は一匹と数えるのだっけ?
う~ん!何と高級上海蟹が一匹48元で食べられます。
紹興酒と蟹味噌の相性も良さそうだし・・・
ここは食べるっきゃ無いでしょう!!!! -
早速、上海蟹・海鮮蒸鍋・白飯を注文、哈爾濱ビールと紹興酒(500ml)で乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
あ~やっぱり中国旅行は楽しいなぁ~!
我家が日本人と気付いた服務員が、“●△▼◇▽◯●△”と話しかけて来るも理解不能・・・
筆談で判明~!!私の友達が日本に留学中とのことでした。
日中草の根交流って楽しいなあ~ ヽ(^o^)丿 -
部屋に戻り、TVの電源を入れると、何やら第7回軍人運動会の模様が放映されています。
軍人運動会って初めて聞きました。
湖北省武漢で開催中のようです。
今回の旅行先を浙江省にして良かった!良かった!!
紹興酒三昧だった旅行初日の10月19日が終わろうとしています(晩安)。。 -
旅游2日目の10月20日が始まりました(早上好)。
紹興大酒店は三ツ星ホテルです。
朝食会場に行ってみると、何と何と、目の前で麺や目玉焼き等を調理してくれます。
いいじゃなぁ~い!! -
さあ、先ずは倉橋直街歴史街区を散策します。
昨夜、夜景を愉しんだ宝珠橋から運河を眺めます。
今日も天気に恵まれたようで清々しい朝です。 -
運河沿いに散歩しましょうかね~
-
朝一番、大通師範学堂を訪れました。
革命家の秋瑾が、中国近代の革命志士を養成・訓練した軍事学校です。
初代校長となったのが日本留学から帰国した秋瑾でした。
表向きは体育学校ですが、 真の目的は革命軍士官の養成でした。 -
館内に展示されていた時局図です。
当時の清国の置かれた立場が描かれています。
ロシアは熊、英国は虎、米国は鷲で表現されていますね。
日本は太陽ですが、操り人形の如く、糸が中華大陸に伸びています。
清国は、アヘン戦争以後、西洋列強に狙われ、国家存亡の危機に陥ります。
そして辛亥革命へと突き進んでいったのです。 -
清朝政府は秋瑾の革命活動を探知し、軍兵を動員して学校を包囲します。
秋瑾は臆せず最後まで隠れようともせず、堂々と逮捕・捉えられたといわれています。
秋瑾逮捕の反響・反動を恐れた軍は、逮捕の翌々早朝、斬首の刑を執行したといいます。
秋瑾は清朝政府の打倒を果たすことなく弾圧の前に倒れました。
しかし、処刑5年後の1911年、秋瑾が指導・教育し共闘してきた仲間たちが決起し、孫文を先頭にして辛亥革命を起こし、遂に清王朝が崩壊します。
彼女の“想い”が実った訳ですね。 -
う~ん、大通師範学堂を訪れる前に、先に秋瑾故居に行くべきだったかな・・・
そう思いながら古越蔵書楼に到着です。
清代の徐樹蘭(1837-1902)が、晩年に個人出資で建てた蔵書楼です。
中国で最初の近代的な公共図書館と言われています。 -
範文瀾(1893-1969年)故居です。
中国歴史学家の故居で、昨年、修復されて一般公開が始まったようです。
展示の説明文章は中文ばかりです。
我家の理解度が乏しいこともあり退散しま~す。 -
西小路歴史街です。
白い壁の建物が連なり、何だか良い雰囲気です。
歩き彷徨うような暢游が大好き我家は、更に前のめりになってしまいます。
観光地というより地元民の生活観が感じられる地区ですね。 -
途中の謝公橋から北側の西郭運河を眺めます。
紹興古城の城外の彼方に高層マンションが立ち並んでいるのが分かりますか?
過去と未来が同居する景色に思いを馳せます。
越王勾践が見たらビックリするだろうね!! -
謝公橋を渡り、新河弄を東へ歩いて行くと・・・
-
その新河沿いも良い雰囲気・・・
ここで豆知識です。
紹興は、元々は会稽と呼ばれていました。
南宋時代の1130年、高宗が越州城に滞在した折、“紹奕世之宏休、興百年之丕緒”の詔を発し、1131年に紹興へ変更されました。
紹興という名前の由来、分かりましたか?(^'^)? -
新河に面した紹興呂府です。
現在は王陽明記念館として一般公開されています。
王陽明は明代の学者であり思想家でもあります。
朱子学の考えを批判する新しい儒学思想として、自ら陽明学を生み出しました。 -
陽明学は、中国の明代に、王陽明がおこした儒教思想で、孟子の性善説の系譜に連なります。
日本では陽明学と呼ばれていますが、中国では“心学”・“明学”等と呼ばれるのが一般的なようです。 -
倉橋直街歴史街区に戻り散策再開です。
西小路と同じような白壁の家屋が連なりますが、黒い模様が目立ちます。
どうやら黒カビのようです。
この黒カビが下町古鎮の風情を演出していますネ。 -
張桂銘芸術館が開門しています。
入館して芸術鑑賞ですが、その良さが分かりません。
早々に退散です。 -
倉橋直街歴史街区中心部の状元楼に戻って来ました。
いい街並みですね~ -
震元堂という薬局が開店しています。
主に漢方薬を処方する薬局のようです。 -
生薬の香りが店内に漂います。
漢方大好き我家にとっては良い香りです。
桔梗・杏仁・甘草・美遠志(セネガ)は、百味箪笥の何処に並んでいるのかな???
自称超健康な我家には今のところ無縁ですね。 -
陳橋駅先生史料陳列館です。
この方って誰でしたかね??
勉強不足で御免なさい <m(__)m> -
倉橋直街歴史街区が続きます。
暢游大好き我家の血が沸き立ちます。
どんどん歩くよ~!!! -
道の傍らに銅像が設置されています。
剃髪頭の3人組が紹興酒を愉しんでいます。
この剃髪つまり辮髪ですが、清朝時代に中国を統治した満州族の習慣です。
日本の丁髷(ちょんまげ)とは随分と異なりますよね~ -
青藤書屋です。
明の文学者であり書道家の徐渭の旧居です。
榴花書屋と呼ばれていたようです。 -
解放南路を南進して行くと、紹興の庶民市場・台所が有ります。
紹興市大雲農貿市場に入ってみましょう!!
Lets' Go 市場♪♪♪♪ -
肉塊・魚介類・野菜と幅広く扱われています。
街中にはスーパーマーケットが見当たらないことから、まだまだ、この市場の役割が重大なのでしょう。 -
あげまき貝です。
日本の場合、有明海で獲れ、九州でよく食べられています。
食事処のあげまき貝は綺麗ですが、市場では泥まみれのままでも売られていました~
蛤や蜆貝のように、淡水で砂抜き・泥抜きをするのかな? -
紐で縛られていない上海蟹が網に入れられて売られていました。
旬な上海蟹は次から次へと購入者が訪れます。
皆さん、自宅で気軽に食べるのでしょうね~
ここに連れて来られたが最期です・・・
南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏!! -
市場を過ぎ、塔山文化広場を抜けると、章学誠故居に到着です。
章 学誠(1738ー1801年)は、中国清代の史学者です。
没後、日本の中国学の第一人者である内藤湖南により評価され、清朝の史学者として注目されるようになったようです。 -
塔山園山頂に建つ応天塔です。
事前調査では入塔料2元と認識していましたが、免費開放されていました。
免費は嬉しいのですが、塔に登る階段というか梯子が急で、はっきり言って、かなり危険ですネ。 -
とは言いつつも、塔頂からの大絶景・大パノラマを期待して登ります。
いよいよ塔を登りつめます。
あの光の先で我家を待つのは・・・?
希望か?
絶望か??
野望か??? -
答えは展望でした~(*^-^*)
う~ん、NICE VIEW!! -
塔山園を下山し秋瑾故居に向かいます。
今朝がた訪れた大通師範学堂の校長であり、近代女性革命家:秋瑾の故居が公開されています。
彼女は日本の東京実践女子大学に留学していました。
孫文とも交流あり、中国の近代化・民主化を目指し、清朝政府の問題点を指摘、革命を実践していきます。 -
世界が近代化・帝国主義化へ邁進した時代、つまり秋瑾の生きた清朝末期は、中国が弱体化し、列強の餌食・食い物になって行った時代です。
国の未来を憂慮した中国の志士達が、身を挺して革命に突き進みました。
そんな彼女達のことをもっと知りたくなってきました。 -
秋瑾の書房兼寝室です。
彼女はこの部屋で多くの経典や史書・古典詩を読んだ上で、清朝政府の暴挙政治や売国行為を攻撃、民族民主革命および婦女解放を宣伝する文章を書いています。
また、国の将来を憂い、自分の志を示す詩や文章も書いています。 -
この寝室奥の壁の中に、小さな小部屋が有り、その小部屋に文章や武器を隠していました。
秋瑾逮捕後、清朝政府軍の兵士達が、建物中を捜索しましたが、結局、見つけることが出来なかったと紹介されています。
壁板の裏側に、からくり部屋を備えていた訳ですね~ -
秋瑾が常に身に着けていた刀です。
革命家である彼女自身に降りかかる危険・脅威からの護身用だったのでしょうか。 -
水井です。
家族は秋瑾が逮捕された日の深夜、この井戸付近で、様々な証拠文章や秘密資料を焼いたそうです。
この大道事件後、秋瑾と一緒に革命を画策しながら各地を奔走していた秋瑾の実兄の秋誉章も、清朝政府から逃れる為、遼寧や天津など全国を転々としたそうです。 -
秋瑾の生きた清朝末期の様々な写真が展示されていました。
上の写真は、8か国連合軍が義和団の乱を契機に北京公使館員や在留民保護を名目にして、天津に上陸・侵華した場面ですね。
中央の写真は、8か国連合軍により破壊された北京前門ですね。
何て無残な・・・
下の写真は日清戦争(中日甲午戦争)の講和条約締結交渉場面でしょうか。 -
秋瑾の写真です。
何て凛々しいのだろう・・・
革命家としての情念を詩歌に託しています。 -
秋瑾の生涯を描いた映画“炎の女・秋瑾”の一場面です。
中国では何度か映画化されているそうです。
日本留学時の場面でしょうか?
和服着物姿の秋瑾です。
熱く熱く熱烈的・情熱的に烈々と生き抜いた秋瑾・・・沢山の元気を頂いて退館です。
忘れないよ!! 革命家秋瑾!!! -
さあ、次は魯迅関連エリアに向かいます。
その一画の咸亨酒店は魯迅の小説“孔乙己”に登場する居酒屋として有名です。
創業は1894年ですが、現在は小説に因んだ居酒屋飲食店になっています。
観光客の皆さん、店舗前の孔乙己銅像と一緒に記念撮影です。
我家もパチリ!!! -
店内の壁には孔乙己の未払い19銭のツケ札が掛けられています。
科挙試験に落ち、商人にもなれなかった孔乙己は、書物の筆写等で一日の糧を得ながら生きて行きます。
やがて怠け癖がつき、貧困を極めますが、お酒を止められず、落ちぶれてしまいます。
咸亨酒店に居合わせた者たちは孔乙己を笑い者にします。
ある日、ボロボロの姿で現れ、一杯の酒だけ飲むと、それっきり姿を見せなくなる――。
そんな物語でしたかね。 -
時計は13時半を指しています。
そんな中、紹興魯迅景区西側入口の南側新建南路沿いで、店外にテーブルと椅子を出した食事処を発見し着座です。
早速、紹三鮮・梅菜扣肉・白飯を注文、サービスで貰った茴香豆も味わいながら哈爾濱ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
あ~やっぱり露天飲食は楽しいなぁ~! -
紹興魯迅景区西側入口には沢山の人力車が待機しています。
“●〇▽◇■▲△◎”と人力夫から客引きを受けるも理解不能・・・
言葉が理解できない我家は“听不謹”と応戦です (≧◇≦) -
紹興魯迅景区の魯迅中路は美観地区として古い街並みが整備されています。
古鎮の景観って何だか落ち着くよね~ -
先ずは魯迅故居(免費)に入ります。
魯迅(1881年生)は紹興の士大夫の上流家庭に生まれ、ここで17歳まで生活をしていました。
やがて、医学を学ぶため日本(現東北大学医学部)に留学しました。
ところが1年半で退学し、文学を目指すことに・・・
著書には“阿Q正伝”や“狂人日記”等があります。
日本の中学校の国語教科書に採用されている関係で、印象に残っている方も多いのではないでしょうか。 -
魯迅は来日した時、恩師・藤野厳九郎と出会いました。
このことが縁で、現在、恩師の出身である福井県あわら市と紹興市は友好都市となっています。 -
日本人から見た魯迅といえば、清代末期から中華民国初期の中国を鋭い目線で描写した大作家として有名です。
そんな彼の故郷が浙江省紹興だったなんて知りませんでした~~ -
魯迅記念館(免費)です。
近代の作家・魯迅の作品・生き様・人物像等を伝える内容の濃い資料館です。 -
多くの魯迅の写真が展示されています。
そんな中、我家の記憶に残った魯迅先生の写真です。 -
厨房です。
紹興料理も調理されていたのでしょうね。
さっき食べた梅菜扣肉料理なんかも食卓に並んだのかな? -
勉学に勤しんだ私熟三味書屋の一室です。
魯迅が遅刻をした時に、机に“早”という文字を彫ったと言われていますが、どれなのか?良く分かりません。 -
紹興魯迅記念館東角で煙草を持つ魯迅に遭遇。
確かに魯迅と言えば常に煙草と一緒と言うイメージですね。 -
紹興魯迅景区内を流れる運河にも烏蓬船が活躍しています。
船は黒色で、船頭さんは脚で櫂(オール)を操作して船を漕ぎます。
現在では観光資源としての色合いが強いようですが、まだまだ紹興市民の足としても使われています。 -
紹興魯迅景区暢游を終え、一旦、ホテルに戻り、小休止です。
今夜は朝方訪れた西小路エリアの夜景狙いです。
西小路エリアに足を運んでみると・・・
静寂な中に紅い提灯が何とも言えない厳かな雰囲気を生み出しているでは有りませんか! -
西小路を逸れ、朝方同様に謝公橋から北側の西郭運河の夜景を眺めます。
水面に映る紅い光が、荘厳・壮麗空間を演じています。 -
水面に映る家屋です。
こような情景は、天気が良く、風が無いことが条件なのかも知れません。
まったりと美観に心を奪われてしまいました~ -
廊棚は雨が多い江南地区特有の建築構造です。
生活臭が立ち込める西小路エリアの歴史的建築物群、いい思い出になりましたね!!! -
その西小路美観地区で晩餐会です。
葱油あげまき貝・雪菜魚泡子・白飯を注文、哈爾濱ビールと紹興酒(500ml)で乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
紹興酒は量り売りで、目盛が付いたビーカーのようなプラスチック容器に入れられて運ばれて来ました~
これって面白いよネ~ -
ホテルに戻る途中の運河でのワンショットです。
想像以上に紹興って良い街ですね。
心奪われるシーンが多かった旅行2日目の10月20日が終わろうとしています(晩安) -
旅游3日目の10月21日が始まりました(早上好)。
今日も晴天のようです。
傘は部屋に置いたまま、つまり、荷物が軽くなります。
肩が凝らずに済みます・助かります (*^-^*) -
朝一番、越王台に向かいます。
越王台前の府山直街では朝市が開かれていました。
下町~という言葉がピッタシですね。 -
ここでも上海蟹が売られています。
この時季ならではの濃厚な味わいです。
紹興人にとっては幸福な季節です。
上海蟹にとっては不幸な季節です。
人間として生まれて来たからには、この幸福を逃すわけには行きませんよね~<m(__)m> -
解体された豚さんです。
豚にとっては一年中不幸な季節ってか!!! -
越王台です。
ここに越国城が有ったのですね~
早速、正面の台座洞門を潜ります。
戦国時代初期に越王勾践が呉国を破り、勢力を拡大しますが、紀元前334年、楚国の威王により越は滅ぼされます。 -
紹興の歴史は古く、春秋戦国時代には越国の都でした。
臥薪嘗胆という四文字熟語が有ります。
呉国王夫差が父の仇の越王勾践を討とうとして、苦い胆を嘗めて報復の志を忘れまいとし、遂に越国を破りました。
一方、夫差に敗れた越王勾践が、いつの日か、恥辱を取り払おうと、いつも薪の上に寝て身を苦しめ、遂に呉国を破ったという故事から来ています。 -
越王殿です。
上がってみましょう! -
越王殿に入ると"臥薪嘗胆"の故事に迎えられます。
春秋戦国時代当時の越国は有名な越王勾践によって統治され、勾践は隣の呉国の王夫差との争いを繰り返しました。
故事成語の"臥薪嘗胆"や"呉越同舟"は、この時代の物語が原典となっています。 -
復国雪恥という四文字熟語が記されています。
右側には越国から呉国王夫差に献上された絶世の美女西施も描かれています。
呉国王夫差は西施を溺愛、その色香に迷って政治を怠り、越国に滅ぼされてしまいます。
人類の歴史の影に美女有りですね。 -
現在の府山公園全体が越国城だったようです。
府山公園を取り巻くように城壁が連なります。 -
昨夜、ライトアップされていた大善塔の前を通り・・・
-
周恩来祖居です。
今の若い日本人は知らない人が多いかも知れませんね。
我家位の年代だと、周恩来と言えば日中共同声明の立役者ですね。 -
毛沢東を中国の“建国の父”とすれば、周恩来は“建国の母”と呼ばれています。
-
祖居内は分かりやすく年代別に展示されています。
実は周恩来は日本に留学していたのですよ。 -
周恩来と言えば日本人にとっては、1972年当時の田中角栄総理大臣と交わした日中国交正常化交渉の2人のツーショット写真ですね。
日中共同声明は両国の英断により成された国と国の約束です。
両国間には今だに様々な政治問題が有りますが、先人達の英断を大切にし、未来型の良好な関係を構築し続けて欲しい・・・そう切に願います。 -
周恩来像は何を見ているのでしょうか?
今の世の中は、周恩来が描いた未来地図になったのでしょうか? -
周恩来に別れを告げ、労働路を東進します。
生活感漂う街並みに心惹かれます。 -
龍華古寺です。
道教寺院のようですね。
最近、リノベーションされたのか、随分と綺麗な寺院でした。
寺院内を彷徨っていると・・・ -
何故だか両手でピースサインの石像です。
この石像には布施と刻まれています。
日本人なら誰もお布施は出さないんじゃないかな・・・
この石像の意味が分かりませんネ。 -
七辺形アーチ橋の広寧橋です。
孔の形が七辺形で、この造形は多くの石橋で見られます。 -
広寧橋上で立ち止まります。
川辺の白壁建築群、とっても絵になりますよネ (*^-^*) -
広寧橋の袂で風に揺れる洗濯物です。
有名観光地であると共に、人民の生活が営まれる場所でもあります。
期待を裏切らないローカル感、我家は大好きです。 -
・・・八字橋の欄干は、布団干場と化しています。
ローカル感も少し行き過ぎじゃないでしょうか? -
八字橋から運河北側を俯瞰します。
河辺の階段に御婆さんがやって来ました。
何を始めるのだろう・・・ -
・・・洗濯が始まりました。
運河は人民の生活の一部であり、生きて行く為の糧なのでしょう。
石橋だけで無く、古いままの風習が残っているかの如しですネ。 -
時代を超越しているかの如し風情ある情景です。
南宋時代の建造(1201年)と伝えられています。
今から800年前に架けられた石橋が現在でも使われている・・・
当時の技術水準の高さが伺えますね~ -
烏蓬船が通過します。
観光用かな・・・?
船頭さんは脚で櫂(オール)を操作して船を漕ぎます。
それにしても器用に脚を動かしますネ!! -
紹興天主堂です。
平日ですが自由に立入出来そう・・・ -
日曜日では無い為、ミサは開かれていません。
ところが何故なのか?扉は開かれていました。
教会内を見せて頂きましょう。
十字架のイエス・キリスト像に向かって、“アーメン”!! -
次に訪れた都泗門です。
紹興古城の城外から大沃護城河越しに俯瞰します。
ここには迎恩門のような跳ね上げ橋は無いようですね。
ってことは船通専門かな? -
貫禄の都泗門です。
都泗門脇を環状東路が通り、全体像が見えにくくなっています。
近付いて水門洞を覗いてみましょう! -
都泗門の水門から紹興古城内に入城し、そのまま八字橋や広寧橋に直接に達することが出来ます。
水の都:東洋のベニスの異名を持つ紹興ならではの城門ですね。
さあ、次の暢游地点まで歩きますよ~ -
書径故里の蕭山街を歩いていると、通りに面した2階露天席の有る店を発見、ここで昼餐会です。
尖椒土豆絲・千鍋包心菜・白飯を注文、雪花ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
日当たり抜群で眺め良し!味付け良し!!で大満足です。 -
さあ、後半戦暢游開始です。
書径故里は新たに売り出している歴史街です。
伸びる街道の先に、文筆塔が見えています。 -
書径故里図です。
地図を頭に叩き込んで散策開始~!! -
王羲之故宅です。
この地域に王羲之が住んでいたことで、この辺りを書径と呼びます。
蔡元培の故居等の多くの古い建物が有り、纏めて書径故里として観光開発されています。 -
題扇橋という名称の石橋が有ります。
この橋の名称の云われを紹介しましょう。
橋の袂で、一人の老婆が竹で作った六角の扇子を売っていました。
王羲之は扇子が売れていない様子だったので、その扇子に五つの文字を書き込みました。
老婆は自分の売物に勝手に文字を書かれた為、不機嫌になりましたが、王羲之は構わずに老婆に言いました。
“この扇子は王右軍の書です”と言って売ってごらん!! -
老婆は言われた通りにしてみると、皆が競ってその扇子を買い求めました。
数日を経て、老婆が扇子を持って、再び王羲之のもとに行ったが、王羲之は只々笑うのみでした。
こんな話が有り、再現シーンの銅像が建てられています。 -
題扇橋は東晋の時代に架けられ、清の道光時代に改修されたようです。
その石段を進み、渡ってみましょうか!! -
題扇橋から北側運河を俯瞰します。
伸びる運河の先に、文筆塔が見えています。 -
尚徳当鋪つまり質屋です。
今日は月曜日の為、閉館していました。
う~ん、残念・無念・仕方ないねん!! -
街中の井戸で人民が洗濯をしています。
観光開発されつつある書径故里ですが、おそらく上水道の整備も完全では無いのかな? と感じてしまう光景でした~ -
何か良い香りが漂って来たなあ~と感じていると、越醸工房という酒蔵に遭遇です。
酒好き我家の血が騒ぎます (●^o^●) -
工房内に入ると醸造甕が並んでいます。
酒造りの近代化で、容器や機器のステンレス化が進む中、まだまだ醸造甕は健在のようですね。
昨今、日本酒醸造はオートメーション化され、いつでも同じ日本酒醸造が可能になって来ました。
しかし、人間味の有る杜氏の職人技が編み出す日本酒をこよなく愛する我家は、このような手作り感の有る甕醸造所が大好きなのです (*^-^*) -
1968年製の女児酒が飾られていました。
娘が嫁ぐ日の為に準備された女児酒ですが、何かの事情が有って、そのままになってしまったのでしょうか?
嫁いでもらわないと困るけど、嫁ぐとなると寂しい・・・
この女児酒を準備した父親の親心は如何なものでしょうかね~ -
蔡元培故居です。
中国の思想家・教育家で、清末の革命運動に参加しました。
辛亥革命を経た中華民国成立後は初代教育総長・北京大学校長などを歴任しています。 -
国民党の排外的政治理念に対して、1932年に宋慶齢や魯迅達と中国民権保障同盟を結成し、強靭な自由主義者として生涯を生き抜きました。
時代が動く時に逸材が現れるのは万国共通ですね。 -
銭業公所です。
紹興一体の 銭業会商処として公所を設け、 銭市の交易を行っていました。
ここは銭庄業が栄えた象徴でもあります。 -
墨池です。
何故? 墨なのか・・・
ここは王羲之が書を学んでいる頃の逸話が残ります。
王羲之が、この池で筆を洗った為、池の水が黒くなった・・・
このことから墨池の名が付いたと言われています。 -
書径故里を彷徨います。
古い家屋の白壁に何か書かれています。
一体、誰の筆跡なのか?
全体、何の文字なのか?
総体、いかなる意味なのか? -
戒珠講寺です。
現在、増築・修復中です。
その裏手から丘の上に登山道が伸びています。
さあ、登るぞ!!! -
蓬山公園(よもぎやま)散策路図です。
登山路図と言った方が正解かな? -
文筆塔です。
小高い山の頂上に建てられた塔です。
嬉しいことに免費です。
夕方になり、万歩計は既に25,000歩に達しています。
流石に疲れました・・・ -
とは言いつつも、塔頂からの大絶景・大パノラマを期待して登ります。
いよいよ塔を登りつめます。
あの光の先で我家を待つのは・・・?
希望か?
企望か??
祈望か??? -
答えは天望でした~(*^-^*)
東京スカイツリー同様に、NICE VIEW!! -
書径故里の蕭山街を暢游します。
周辺は開発が進み、直ぐ近くまで高層ビルが迫って来ています。
老街と近代のミスマッチが、中国旅行の魅力でも有ります。
さあ、一度、紹興大酒店に戻りましょう。 -
小休止後、今度は書径故里の夜景観賞を目的に再稼動です。
まだまだ観光地化途中の書径故里だからなのか?
観光客が少なく、ゆっくりと、まったりと暢游出来ます。 -
題扇橋のライトアップです。
運河水面は鏡のように情景を映し出します。
洞門が円形を描き、思わず吸い込まれそうになりました。 -
昼間同様に題扇橋から北側運河を俯瞰します。
伸びる運河の先に、闇夜に浮かぶ文筆塔が見えています。 -
質屋の尚徳当鋪前の提灯の灯りに心奪われます。
昼間と同じ街とは思えない程、情緒的・抒情的・幻想的です。 -
更に言えば、心に沁みる耽美な場景です。
石畳の老街は我家をも虜にさせます。 -
横道の細い路地界隈です。
こんなところまでライトアップされています。
叙景的な巷も主役になれるのですね。 -
紅い提灯が醸し出す別次元空間・・・
異次元・異空間は現代人を魅了し続けます。
老街は、長い時代を生きて来た人類の遺伝子を心地よく弄ぶのです。
いいなあ~夜の老街って ♪ ♪ ♪ ♪ -
夜景観賞を終え、晩餐会をしなきゃ!!
ホテルに戻る途中、周恩来祖居近くの美食街に突撃です。
その中の一軒で、酸菜魚・鉄板臭豆腐・白飯を注文、哈爾濱ビールと甕出紹興酒で乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
老街三昧だった旅行3日目の10月21日が終わろうとしています(晩安)。。 -
旅游4日目の10月22日が始まりました(早上好)。
3連泊した紹興大酒店、お世話になりました!
出発前にテレビを消そうとすると、天気予報が流れて来ました。
今日も晴れそうですよ (^O^☆♪ -
さあーてと!!
今日は紹興博物館見学から始めましょう!
アララ、足元を見ると薪の道が敷かれています。
う~ん、こりゃ痛そう!!! -
越王勾践の臥薪嘗胆像です。
-
呉王夫差の青銅剣です。
-
様々な壺や甕が並んでいます。
使い勝手が無視されたたようなデザインに、フムフムフムフムと良く分からない理解を示す我家二人です。
変なの!!!! -
人の心を開かせる・・・
その基本は笑顔かな~と思っています。
見て下さい、この仏像様の笑顔!! -
范大夫祠です。
中国春秋時代の越国の政治家・軍人である范蠡を祀っています。
越王勾践に仕え、勾践を春秋五覇に数えられるまでに押し上げた最大の立役者とされています。
その手法で最も魅惑的・蠱惑的な史実は、呉国への刺客の送り込みでしょうか。 -
刺客の送り込み・・・?
つまりは刺客=絶世の美女:西施送り込みという策略・謀略です。
展示絵は呉国へ献上される西施を乗せた馬車です。
西施の想い・・・如何なるものだったのでしょうか。 -
環状西路の偏門站で118路バスを待ちます。
表示によると、昼間は25~35分毎の運行のようです。 -
待つこと15分、目的の118路バスが到着です。
運転手に安昌古鎮と書いた紙を見せると、“●◎▲▽■◇◎”と何かを言いながら乗車を促されました。
このバスで間違い無し!! -
乗車約1時間で安昌古鎮入口です。
意外と時間を要しました。
皆さん、公共交通機関を利用する場合には注意して下さいネ!! -
奥へ進むに連れ、観光地化され始めた古鎮が我家を出迎えます。
石橋・石皮弄等、我家と一緒に、この古鎮の人文歴史を感じようじゃないですか! -
安昌古鎮通票です(50元)。
但し、安昌古鎮への入場は免費ですが、古鎮内の幾つかの施設は有償です。
我家は古鎮通票を購入し、暢游開始です。 -
烏蓬船です。
ここ安昌古鎮の烏蓬船は全て観光用です。 -
仁昌醤園は醤油の醸造場です。
辺り一帯に甘い醤油の香りが漂います。
醤油って日本人の遺伝子に深く刻まれた母の味って感じですよね (^○^) !
館内に入ってみましょう! -
日本の醤油文化ですが、やはり中国から伝わったのでしょうね。
様々な製造機が陳列されています。
何だか野田キッコーマン工場見学みたい・・・ -
ズラリと並んだ甕・甕・甕・・・壮観です。
-
さあ、古鎮暢游開始です。
古鎮を東西に流れる運河を挟んで、江南地方特有の家屋が連なります。
いいなあ~白壁と廊棚の場景(情景)って!!!! -
うだつの白壁に、木と板で描かれた安昌古鎮図が有ります。
安昌歴史文化名鎮だけ有って、凝った脚色ですね~
さあ、古鎮を味わいましょうか? -
古鎮を進めば石畳が導く魅惑ワールドが現れます。
中国暢游は・・・
常に裏切らない・いつも叛く景色が我家を飽きさせないのです。 -
鶏肉?鴨肉?
玉すだれのように吊り下げられて干されています。
これは安昌古鎮名産の醤鴨といって、鴨に醤油系のタレを塗って干しています。
海が近い紹興地区で何故?このような燻製保存食が普及しているのか不思議です。
遠い昔の戦国時代からの知恵なのでしょうかネ!! -
観光烏蓬船が行き来しています。
紹興中心部の烏蓬船同様に、乗客は全員、ライフジャケット着用が義務づけされているようです。 -
雨が多い地方ならではの知恵が生んだ廊棚です。
シビれます。
こんな情景が見られるなんて・・・
思いもしませんでした。 -
紹興師爺博物館です。
50元の通票で入場出来ます。
しかし、中文のみの展示の為、内容把握が出来ませんでした!
悪しからず・・・ -
黒瓦がなんとも言えない風情を醸し出しています。
瓦煎餅という名産品に当てがいましょうかね。 -
壁に描かれた親子?姉弟?と、壁の前に置かれた自転車です。
美術的演出なのか?
芸術的作品なのか??
一体全体何なのか??? -
廊棚で椅子とテーブルを並べる食事処で昼餐開始です。
干鍋魚決・醤老鴨・白飯を注文、雪花ビールとヤカン量り売り紹興酒で乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
運河を滑る烏蓬船を眺めながら酔いを堪能です。 -
さあ、後半戦は安康寺暢游から開始です。
通票チェックは有りませんでした。
何だか通票を購入しないと観光出来ないような安昌古鎮ですが、ここ安康寺は免費です。
皆さん、騙されないようにネ!!! -
中国銀行旧址です。
-
銀行窓口で銅像が対応してくれます \(-o-)/
お客様!御用件を伺いましょうか!! -
あらあら・・・寝室のベッド脇の隠し金庫ですかね。
強盗・窃盗・空巣など、時代が移ろうとも、残念ながら人の悪意は滅びません。 -
さあ、安昌古鎮暢游終了です。
安昌大酒店站から往路と同じ118路バスに乗車し、紹興北站に行けないか、運行表を確認です。 -
というか確認しようとしたら、118路バスが到着です。
運転手に紹興北站と書いた紙を見せると、“▽▲◇◎◆□〇∇”と言うも、多分、乗れ!と言っています -
途中、正大汽配站というバス停で、運転手が何か叫んでいます。
どうやら、ここで乗り換えろ!!と言っているようです。
降車後、近くの興浦村站で乗継バスを確認します。
どうやら846路バスが紹興北站に行くようですが、20分毎運行のようです。
だったら歩くか・・・という訳で紹興北站まで徒歩移動になりました。 -
高鉄紹興北站です。
往路に使った紹興站と違って郊外に建設されています。
それにしてもデカい駅舎だなあ~ -
紹興北站から寧波站迄の切符(51.5元)です。
往路と違い、復路は高速列車利用です。 -
G7585号が入線です。
寧波站まで、僅か40分で結びます。 -
寧波站に戻って来ました。
ここ寧波站は高鉄線と在来線の併用站です。
線路幅が全国的に統一された中国では、珍しくは有りませんね。 -
軌道2号線城隍廟站まで一区間だけ地下鉄利用という選択肢も有りましたが、我家は月湖盛園の夜景が見たくて、徒歩移動を選択です。
写真は先月も訪れた霊応廟です。
春秋航空日本の寧波プロモーションビデオにも出て来る夜の霊応廟、とってもお洒落でロマンチックですね。 -
月湖盛園の夜景が連なります。
かつての備蓄倉庫をリノベーションし、洗練された大人の街として、再開発されています。
上海の新天地と似た街造りですね。 -
今夜は軌道交通線の城隍廟站近くの新園麗呈酒店(463元・ツイン・朝食付き)にチェックインです。
ん・・・??
ホテルフロントに医薬品が並んでいます。
どうぞ体調管理・保全・治療にご使用下さいってことなのか?
日本なら薬機法違反で一発退場ですネ!! -
小休止後、晩餐会をすべく、街に繰り出します。
写真は城隍廟商業歩行街です。
上海豫園に似た佇まいですネ。
明朝、訪れる予定ですよ。 -
薬行街を東に歩いて行くと、ライトアップされた寧波天主堂が現れます。
夢想的・情緒的・空想的気分に華を添えますね~(*^^*) -
さあ、晩餐会場をチョイスです。
と言いつつ先月と同じ海鮮料理店に入りました。
開放的な店構えで価格表示も分かりやすく安心出来ます。
早速、海鮮炒米麺・蝦貝雑鮮と、サービスつまみをアテに、哈爾濱ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡 -
ホテルに戻る途中、路肩の下水溝穴から白い煙が上がっていました。
まさか、いきなり道路が陥没!または隆起したりしないよね・・・
さっさと離れましょ!逃げましょ!!
酔い痴れた旅行4日目の10月22日が終わろうとしています(晩安)。。 -
旅游5日目、最終日の10月23日が始まりました(早上好)。
晴れ男・晴れ女の本領発揮で、今回の5日間の暢游旅行も好天に恵まれました。
日本列島に台風が近づく中、大陸沿岸部は安定的な天気が続きました。
ラッキー・ウッキー・テンキー!!! -
朝食会場に向かいます。
四つ星ホテル故に調理スタッフが腕を振るいます。
温かい麺と目玉焼きを調理しています。
嬉しいなあ~(*^^)v -
な~~~~~~んと ♪ ♪ ♪ ♪
松茸とアワビのお粥が並んでいます。
事前にチェックしたホテルの朝食の口コミは最高ランクでしたが、その理由が判明しました。
この松茸粥の美味しいの・旨いのなんのって!!
日本では高級過ぎて食べられない松茸が切り刻まれ、普通にお粥に入っているではないですか!!!
このホテルに泊まって大正解です (*^^)v
さあ、暢游最終日、出発するぞ!!! -
軌道線の駅名にもなっている城隍廟ですが、現在、建設・工事中です。
完成まで、まだ暫く掛かるかな?
フムフム・・・“うだつ”が目立ちますよね~!
もともと“城隍”とは、その土地の守護神であり、下町の門前街の繁栄の証ですよね。 -
あららららら・・・
現場労働者の仮設プレハブ住宅にも何と“うだつ”が上がっています。
工事現場の景観を考慮する粋な計らいですネ!! -
城隍廟商業歩行街入口に鎮座する金・金・金像です。
金・金・金・・・日本人的には理解不能・・・
何を意味しているのかは不明です。 -
城隍廟商業歩行街の2階に上がると、天封塔が目に飛び込んで来ました。
先月の寧波暢游では夕方に訪れた為、閉塔されて登塔出来ませんでした。
し・か・し、今日は登れるはずです。 -
天封塔の門票(5元)です。
ここ寧波のシンボルタワー天封塔は七重塔で高さが約50m程事です。
1371年、明太祖朱元璋の詔により、国の安全を祈願して建てられたと言われています。 -
外から見ると7重塔ですが、中は14階層になっています。
1階1階、登る毎に、梯子階段は狭く急になり、最後は垂直登攀の様相です。
とは言いつつも、塔頂からのサプライズが待っているはずです。
いよいよ塔を登りつめます。
あの光の先で我家を待つのは・・・?
眺望か?
遠望か??
観望か??? -
答えは一望でした~(*^-^*)
塔頂から城隍廟商業歩行街を見降ろします。
ナイスな展望・眺望・見晴らしです。
周りに高いビルが建ち並び、ちょっと肩身の狭い天封塔からの展望でした~!! -
さあ、暢游を終え、軌道2号線で城隍廟站から寧波櫟社国際機場站に戻ります(5元)。
所要約28分、路線バスのような渋滞も無く、安心移動です。 -
復路も往路同様に軌道線站と空港ターミナル間はシャトルバスで移動です。
新ターミナルの早期開業が待たれますね (*^-^*) -
現在運用中のターミナルビルに到着です。
いよいよ、我家の中国暢游旅が終わりを迎えようとしています。 -
チェックインカウンター、何だか華やかです。
国慶節中国70周年記念を祝う国旗が並んでいますね。 -
越州紹興古城・江南安昌古鎮 浙江省 史跡・旧跡巡りの旅・・如何でしたか?
過ぎてしまえば、あっという間の5日間の旅でした。
徒歩巡りが基本な紹興!!もの凄く充実した暢游になりました~!!
100cc容器に分納して機内に持ち込んだ紹興酒に親しみ、そして睡魔と戯れます。
さあ!!明日から仕事を頑張って、そして、何度も何度も中国に行くぞ~!!行くぞ~!!!!絶対行くぞ~!!!!!!
と言う訳で お・し・ま・い (-^〇^-)
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