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第3日目<br />6時半にセットしたモーニング・コールで起床。<br />洗顔を済ませ、最上階の回転式展望レストランへバイキング形式の朝食をとりに向かう。<br />広くて料理の配置が上手く飲み込めず、しばらくウロウロする。圧倒的に日本人が多く、ロシア人の姿も多く目立った。しかし、施設はどうゆう具合か床の回転部分がボコボコで、通路を人が歩く度に、テーブル、椅子共大きく揺れる。その気持ちの悪いこと、この上も無く早々に退散する。サービスにおいても従業員が少なく、居ても機転が回らず歯がいい事。サーバーのコーヒーが無いので、「コーヒーが無いけれど・・。」と職場長?らしき先生に声をかけると、無言で何処かへ消えてしまい、10分後にコーヒーを届けてきた。<br />8時30分、迎えの観光バスは出発し、大連港へ。<br />旧大連税関屋上から大連港を一望する。此処でお決まりの記念撮影。宇先生曰く、「此方の写真アルバムは瀋陽よりも立派で見栄えも良く、これで同じ料金だからお得ですよ。」との事。その口車に乗せられたのは私1人ではなかった。殆どの人が、購入希望の手を上げていた。<br />此処ではアワビで養殖したピンク色の真珠を即売しており、「浅丘ルリ子」の名前に釣られ御婦人方はバーゲンセールの呈を成し、我先に高額な真珠を買い求めている。我々男性陣は、それを冷ややかな眼差しで、見つめながらタバコを吹かして時間を潰していた。<br />次に旧満州鉄道の本社へ移動し、外部からのみの見学。社員27万人の本社にしては余りにも規模が小さい事に驚く。<br />次が大連の路面電車の試乗で、二七広場から民主広場までの3駅を乗車した。<br />又バスに乗り込み、今度は旅順へ移動。途中、人民広場の交差点で交通整理をしている婦人警官を見つけバス中から記念写真をパチリと一枚。<br />しかし、昼間にフラッシュを焚いてしまい、それがまともに目に入れてしまった為か、凄い形相でずーとバスを睨み付けていた。所で此方は車が最優先で、歩道に歩行者が居ようとお構いなく車を誘導している。引かれそうになっても、お前が悪いとばかり睨めつけられる怖いところだ。<br />旅順駅前を通り過ぎ、一路昼食を取るホテルへ向かう。<br />「新世紀大酒店」のレストランにて旅順料理を頂くことに。所が本日はお日柄が良いのか、結婚式の真っ最中でその賑やかな事。此処でも一汁13采で皆さんも負けずに、ビール昼食と相成った。少々会話するように成った「望月ご夫妻」から「少しは良いでしょ?」とビールを御裾分け戴き、喉の渇きを癒す。「うーまーい!!」<br />少々千鳥足気味にバスに揺られ、旧日本人街を見学しつつ日露戦争の記念塔の白玉山塔見学に。此の日本街には旧旅順ヤマト・ホテル( 見る影も無く朽ちていた )や旧満州皇帝愛新覚羅溥儀夫妻の仮住居( 後に東洋のマタハリと言われた川島 芳子も居住したとか・・・。 )が現存している。白玉山は車の規制地の為、麓で小型車( 軽のワゴン )に詰め込まれ、約10分かけて山頂まで昇る。此処から眺めた旅順湾の綺麗な事と、天然の良港とは此れを言うんだと実感する。<br />同じ所作をたどり下山し、旅順博物館へ移動。<br />現在改装中との事で正面玄関ではなく、脇の通用口から入館する。すると館長自ら案内役を。終戦時、占領していた日本人達は( 日本占領時でもやはり此処は博物館であったそうな・・)全ての所蔵品を現存したまま帰国したので、当時のものが其のまま保存しており、その後徐々に買い足しをして展示しているとの事。中には「横山大観」等が展示しており、ちなみに「此の所有権は・・・?」と問うたところ「当然、中国です。」と返された。驚いたことに博物館修復費用捻出の為、所有していた宝物を幅1.6mから2.2m・高さ1.8mの黒檀製の展示箪笥中に約20点程詰併せた物を、「大きさにも依るが一棹120万円から180万円で修復に協力してくれる人には、売却します。」との事で観光団グループの皆が唖然とし、気持ちがスーと引いてしまった。小説ではないが、何か大掛かりな詐欺集団と遭遇してしまった様な雰囲気が立ち込め、各人そそくさと出口に向かった。( 帰国した今でも釈然としない思いが残っているが・・・・・・。)<br />203高地へ移動。観光案内書には急坂を登る「籠」が紹介されていたが、今はワゴン車に乗り換え頂上へ。砲弾を模した慰霊塔が所々に錆び後を見せながら、虎落の風を切り分けている。心持吹いてくる風が寒さを増して強まった気がし、指先が冷たく感じた。<br />記念塔の横に書かれた「此の屈辱を生涯忘れ得からず。」との中国教訓が考えされられた。<br />次いで向かったのは、「水師営会見所」である。見るからに保存が行き届かない草生した老家であった。ガイド小姐の流暢な日本語案内に、皆の関心は「何処で習ったの・・?、学生さん?、時給幾ら・・?等」可哀相な位の質問攻め。その後、駐車場横にあるお土産屋での購入強要攻撃には参ってしまった。<br />此処から大連へのとんぼ返り。約1時間程転寝の中を順調に?バスは移動したらしい。<br />目が覚めると目の前に、周りを高層建築群に囲まれて歴然と整理された、広大な広場が出現した。星海広場で約40分程の時間調整観光の様だ。モニュメントがあるだけの広場であるが大勢の老若男女でにぎわっている。所々に売店があり、お土産類を売っている。<br />しばらくは、入日を浴びながら潮風の匂いを満喫する。<br />次も時間調整のようで緑山展望台からの大連市景の俯瞰を楽しむことになった。<br />しかし高層建築物が多い。     一党独裁の脅威を見たような感じを受ける。<br />やがて時間が来たのか今夜の夕食場所である「天々漁港」と言うレストランへ移動する。<br />此処は文字の通り、海鮮料理専門店だそうだ。<br />大きなレストルームは、ほぼ満員で殆どが日本人観光団の様であり、方々で日本語が飛び交っている。皆は早速ビールにて乾杯。私は仲良くなった望月夫妻に、昨日のお返しとばかりビールを2本ほどオーダーし、3人でグラスを重ねる。此処でも12品目の大盤振る舞い。約1時間ほど宴会気分で食事を終える。<br />ほろ酔い気分でバスに揺られホテルへ。例の如く、シャワーの後はナイトキャップと洒落込む。何事も起きずに最終の夜は過ぎていった。            最終日へ

今年の慰労休暇は中国本土の瀋陽、大連・旅順を旅しました。 3日目

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2009/09/17 - 2009/09/20

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20

Samm

Sammさん

第3日目
6時半にセットしたモーニング・コールで起床。
洗顔を済ませ、最上階の回転式展望レストランへバイキング形式の朝食をとりに向かう。
広くて料理の配置が上手く飲み込めず、しばらくウロウロする。圧倒的に日本人が多く、ロシア人の姿も多く目立った。しかし、施設はどうゆう具合か床の回転部分がボコボコで、通路を人が歩く度に、テーブル、椅子共大きく揺れる。その気持ちの悪いこと、この上も無く早々に退散する。サービスにおいても従業員が少なく、居ても機転が回らず歯がいい事。サーバーのコーヒーが無いので、「コーヒーが無いけれど・・。」と職場長?らしき先生に声をかけると、無言で何処かへ消えてしまい、10分後にコーヒーを届けてきた。
8時30分、迎えの観光バスは出発し、大連港へ。
旧大連税関屋上から大連港を一望する。此処でお決まりの記念撮影。宇先生曰く、「此方の写真アルバムは瀋陽よりも立派で見栄えも良く、これで同じ料金だからお得ですよ。」との事。その口車に乗せられたのは私1人ではなかった。殆どの人が、購入希望の手を上げていた。
此処ではアワビで養殖したピンク色の真珠を即売しており、「浅丘ルリ子」の名前に釣られ御婦人方はバーゲンセールの呈を成し、我先に高額な真珠を買い求めている。我々男性陣は、それを冷ややかな眼差しで、見つめながらタバコを吹かして時間を潰していた。
次に旧満州鉄道の本社へ移動し、外部からのみの見学。社員27万人の本社にしては余りにも規模が小さい事に驚く。
次が大連の路面電車の試乗で、二七広場から民主広場までの3駅を乗車した。
又バスに乗り込み、今度は旅順へ移動。途中、人民広場の交差点で交通整理をしている婦人警官を見つけバス中から記念写真をパチリと一枚。
しかし、昼間にフラッシュを焚いてしまい、それがまともに目に入れてしまった為か、凄い形相でずーとバスを睨み付けていた。所で此方は車が最優先で、歩道に歩行者が居ようとお構いなく車を誘導している。引かれそうになっても、お前が悪いとばかり睨めつけられる怖いところだ。
旅順駅前を通り過ぎ、一路昼食を取るホテルへ向かう。
「新世紀大酒店」のレストランにて旅順料理を頂くことに。所が本日はお日柄が良いのか、結婚式の真っ最中でその賑やかな事。此処でも一汁13采で皆さんも負けずに、ビール昼食と相成った。少々会話するように成った「望月ご夫妻」から「少しは良いでしょ?」とビールを御裾分け戴き、喉の渇きを癒す。「うーまーい!!」
少々千鳥足気味にバスに揺られ、旧日本人街を見学しつつ日露戦争の記念塔の白玉山塔見学に。此の日本街には旧旅順ヤマト・ホテル( 見る影も無く朽ちていた )や旧満州皇帝愛新覚羅溥儀夫妻の仮住居( 後に東洋のマタハリと言われた川島 芳子も居住したとか・・・。 )が現存している。白玉山は車の規制地の為、麓で小型車( 軽のワゴン )に詰め込まれ、約10分かけて山頂まで昇る。此処から眺めた旅順湾の綺麗な事と、天然の良港とは此れを言うんだと実感する。
同じ所作をたどり下山し、旅順博物館へ移動。
現在改装中との事で正面玄関ではなく、脇の通用口から入館する。すると館長自ら案内役を。終戦時、占領していた日本人達は( 日本占領時でもやはり此処は博物館であったそうな・・)全ての所蔵品を現存したまま帰国したので、当時のものが其のまま保存しており、その後徐々に買い足しをして展示しているとの事。中には「横山大観」等が展示しており、ちなみに「此の所有権は・・・?」と問うたところ「当然、中国です。」と返された。驚いたことに博物館修復費用捻出の為、所有していた宝物を幅1.6mから2.2m・高さ1.8mの黒檀製の展示箪笥中に約20点程詰併せた物を、「大きさにも依るが一棹120万円から180万円で修復に協力してくれる人には、売却します。」との事で観光団グループの皆が唖然とし、気持ちがスーと引いてしまった。小説ではないが、何か大掛かりな詐欺集団と遭遇してしまった様な雰囲気が立ち込め、各人そそくさと出口に向かった。( 帰国した今でも釈然としない思いが残っているが・・・・・・。)
203高地へ移動。観光案内書には急坂を登る「籠」が紹介されていたが、今はワゴン車に乗り換え頂上へ。砲弾を模した慰霊塔が所々に錆び後を見せながら、虎落の風を切り分けている。心持吹いてくる風が寒さを増して強まった気がし、指先が冷たく感じた。
記念塔の横に書かれた「此の屈辱を生涯忘れ得からず。」との中国教訓が考えされられた。
次いで向かったのは、「水師営会見所」である。見るからに保存が行き届かない草生した老家であった。ガイド小姐の流暢な日本語案内に、皆の関心は「何処で習ったの・・?、学生さん?、時給幾ら・・?等」可哀相な位の質問攻め。その後、駐車場横にあるお土産屋での購入強要攻撃には参ってしまった。
此処から大連へのとんぼ返り。約1時間程転寝の中を順調に?バスは移動したらしい。
目が覚めると目の前に、周りを高層建築群に囲まれて歴然と整理された、広大な広場が出現した。星海広場で約40分程の時間調整観光の様だ。モニュメントがあるだけの広場であるが大勢の老若男女でにぎわっている。所々に売店があり、お土産類を売っている。
しばらくは、入日を浴びながら潮風の匂いを満喫する。
次も時間調整のようで緑山展望台からの大連市景の俯瞰を楽しむことになった。
しかし高層建築物が多い。     一党独裁の脅威を見たような感じを受ける。
やがて時間が来たのか今夜の夕食場所である「天々漁港」と言うレストランへ移動する。
此処は文字の通り、海鮮料理専門店だそうだ。
大きなレストルームは、ほぼ満員で殆どが日本人観光団の様であり、方々で日本語が飛び交っている。皆は早速ビールにて乾杯。私は仲良くなった望月夫妻に、昨日のお返しとばかりビールを2本ほどオーダーし、3人でグラスを重ねる。此処でも12品目の大盤振る舞い。約1時間ほど宴会気分で食事を終える。
ほろ酔い気分でバスに揺られホテルへ。例の如く、シャワーの後はナイトキャップと洒落込む。何事も起きずに最終の夜は過ぎていった。            最終日へ

一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
鉄道
航空会社
ANA
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • ホテルの自室から眺めた大連駅と霞む大連港。

    ホテルの自室から眺めた大連駅と霞む大連港。

  • 本日の朝食。<br />レストランのホールマスターは、何やネン!

    本日の朝食。
    レストランのホールマスターは、何やネン!

  • 夜は大変怖い大連駅

    夜は大変怖い大連駅

  • 大連で2日間乗り継いだマイクロバス( 瀋陽より地味 )

    大連で2日間乗り継いだマイクロバス( 瀋陽より地味 )

  • 旧満州鉄道本社ビル ( 本当に小さい )

    旧満州鉄道本社ビル ( 本当に小さい )

  • 体験乗車した路面電車内

    体験乗車した路面電車内

  • バスが見えなくなるまで睨んでいた交通整理中の婦人警察官

    バスが見えなくなるまで睨んでいた交通整理中の婦人警察官

  • 旅順駅( 今でも一日に2便列車運行されているとの事 )

    旅順駅( 今でも一日に2便列車運行されているとの事 )

  • 日露戦争の記念塔「白玉山塔」、乃木大将が203高地の慰霊塔と共に建築したとの事

    日露戦争の記念塔「白玉山塔」、乃木大将が203高地の慰霊塔と共に建築したとの事

  • 旅順港( 今も中国海軍の軍港 )

    旅順港( 今も中国海軍の軍港 )

  • 1917年創設の旅順博物館( 此の威容からは詐欺話が想像できない・・・・・!)

    1917年創設の旅順博物館( 此の威容からは詐欺話が想像できない・・・・・!)

  • 203高地に建つ慰霊塔( 乃木大将が砲弾の残骸を集めて砲弾型の慰霊塔を作った )<br />錆が出ており風がむなしく切り分けられていた

    203高地に建つ慰霊塔( 乃木大将が砲弾の残骸を集めて砲弾型の慰霊塔を作った )
    錆が出ており風がむなしく切り分けられていた

  • 日露戦争の終戦調印の場所である水師営会見所( 昔の一般的な農家 )

    日露戦争の終戦調印の場所である水師営会見所( 昔の一般的な農家 )

  • 星海公園の夕日

    星海公園の夕日

  • 星海公園を取り囲む構想マンション群<br />このマンション1棟に20所帯ほどしか入居していない程広く共有エレベーターのほかに各所帯ごと2階なり3階用のエレベーターが設置されている<br />笑い話らしいが、家族の居場所を携帯電話で探すそうだ

    星海公園を取り囲む構想マンション群
    このマンション1棟に20所帯ほどしか入居していない程広く共有エレベーターのほかに各所帯ごと2階なり3階用のエレベーターが設置されている
    笑い話らしいが、家族の居場所を携帯電話で探すそうだ

  • 山頂に建つテレビ塔

    山頂に建つテレビ塔

  • 見晴台から見た大連の高層ビル群

    見晴台から見た大連の高層ビル群

  • 大連の名店レストラン「天店漁港」での夕食の開始

    大連の名店レストラン「天店漁港」での夕食の開始

  • 大連で2箔した「渤海明珠酒店」

    大連で2箔した「渤海明珠酒店」

  • 同じくホテル

    同じくホテル

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