2009/11/06 - 2009/11/06
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kawabekentarouさん
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11*6ロンドン/////////
昨日は早く寝たので、今日は早く起きた!俺が起きたら、下のベットのオーストラリア人の女の子も起き、一緒に朝食を取りに行った!イギリスもオーストラリアも同じ英語なのに、オーストラリアの英語は何故か聞き取り難い(?_?)たまたまかな~。朝食を終えたらまた寝ると言ったので、朝から一人で観光に出掛けた!トルコでの生活を考えたら、ちゃんと観光に出掛けてる自分に少し驚いた(-_-;)とりあえず地下鉄の一日券を買いに行き、リバプールストリート辺りから攻めてみた。とにかく高層ビルだらけや~!様々な形のビルがあり、さすがロンドンだ~、って思った。タワーブリッジやロンドンキャッスルにも行った。その後は有名所に行こうと思い、テムズ川沿いをひたすら歩いた。テムズ川沿いの建物はユニークなものが多く、とにかく楽しい!途中寄ったイギリス教会では神父さんがマンツーマンで事細かに説明してくれたり、英語の起伝、シェークスピアについていろいろと話してくれた。ゴールデンミュージアムやPOPLifeと書いてある建物に行き、様々なアートや個展をみることができ、楽しかった。そこから対岸にある有名な建物に向かう橋の上で気がついた!これ、ハリーポッターの映画の場所だ~!ちょっと嬉しくなり、橋をルンルンで渡った。今日は朝から歩いているので、少し疲れた。せっかく地下鉄券もあるし、二駅分で使おうとおじいさんに行き方を聞いたら、笑いながら『若いから歩きなさい、そして楽しんでね』って言ってくれた。歩いたお陰もあり、教会で開催されていた、貴重な写真等撮る事ができた。おじいさんに感謝だね。遂に見ました、ピーター・パンのモデルだと思う時計の塔! ウェンディー達が頭に浮かんできた。ファンタジーや!そこからバッキンガム宮殿に行った。フランスやオーストリアの宮殿に比べたら物足りなさを感じた。沢山のマナーの悪い中国観光客がいて少しいらついた。そのあとは地下鉄を使い、大英図書館に行った。馬鹿でかいし、古い書物もある~!皆パソコン持参で勉強してるよ~。図書館が好きだけど、イギリスの図書館の雰囲気はマジでいい!外も暗くなりホステルに戻った。ホステルにはクラブっぽいバーがあり、飲んでたイタリア人とチェコの人達に声をかけら軽く飲んだが、疲れてたし、パッキングをしないといけないため、早めに部屋に戻った。明日いよいよ帰国か~、もうちょっと海外にいたいけど、日本も恋しいぜ!ちょうど良かったのか~
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ロンドン塔
イギリスの首都のロンドンを流れるテムズ川の岸辺、イースト・エンドに築かれた中世の城塞である。正式には「女王陛下の宮殿にして要塞」(Her Majesty's Royal Palace and Fortress)と呼ばれるように現在も儀礼的な武器などの保管庫、礼拝所などとして使用されている。またその景観から「ホワイト・タワー」とも呼ばれる。世界最大級のカット・ダイヤモンド「カリナン」はここで保管されている。 -
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タワー・ブリッジ
イギリスのロンドン市内を流れるテムズ川に架かる跳開橋。1886年に着工、1894年に完成した。可動部分は初期の頃水力を利用して開閉していたが、現在は電力を利用している。
第二次世界大戦中はドイツ空軍の爆撃目標、あるいはV2ロケットなどの目標となり、1944年8月2日にV-1ロケット1発が車道部分に命中して被害を受けた。 -
タワーの高さは40mあり、左右にあるゴシック様式のタワー内部は展望通路・歴史博物館がある。塔のデザインは名前の由来ともなっている付近のロンドン塔の景観と調和するように配慮されている。近年においてロンドンの観光定番スポットとなっている。
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サザーク大聖堂
ここの神父さんは優しく、丁寧にいろいろと説明をしていただいた。 -
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テート・モダン
イギリス・ロンドンのテムズ川畔、サウス・バンク地区にある国立の近現代美術館。テート・ブリテンなどとともに、国立美術館ネットワーク「テート・ギャラリー」("Tate")の一部をなしている。入場無料。 -
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沿革
ミレニアム・ブリッジから見たテート・モダンテート・モダンは以前「バンクサイド発電所」だった建物を改造している。もともとの発電所は、イギリスの赤い電話ボックスやバターシー発電所の設計で有名なサー・ジャイルズ・ギルバート・スコットの設計によるもので、99mの高さの煙突をもち、1947年と1963年の二度に分けての工事で完成したものである。テムズ川をはさんで向かいは金融街シティ・オブ・ロンドンで、セント・ポール大聖堂が聳え立つなど立派な街並みであるが、南側のサウス・バンクは長年ロンドンの裏方的な存在の工場・倉庫街であり、この発電所も戦災復興の際にロンドンの電力不足を解消するために急遽建てられたものだった。発電所は1981年に閉鎖され、変電所の機能だけが残るほかは役目を終えた廃墟となっていた。
一方、テムズ川上流のミルバンク地区にある「テート・ギャラリー(現テート・ブリテン)」はイギリス美術および世界の近代・現代美術の美術館として運用されていたが、展示・収蔵スペースの不足に悩まされたため、1980年代にスペース拡充と役割分担のため近現代美術館の機能を新しい建物に移す計画が立てられた。建物の新築費用と場所が最大の問題であったが、理事会は偶然にもシティの対岸の荒廃した地区に発電所建物を見出し、これを改造して再利用することになった。安藤忠雄などが参加した建築設計競技の結果、スイスの新鋭建築家コンビ、ヘルツォーク&ド・ムーロンが勝利した。
発電機のあった巨大なタービン・ホールを大エントランスホールにして、屋上に採光窓やレストランなどのあるガラス張りのフロアを設けるなどの工事が行われ、2000年の5月12日、ミレニアムを祝う新施設の一つとしてオープンして以来、ロンドンっ子や観光客に非常に人気のあるスポットとなっている。 -
展示室
テート・モダンの7階建て、3,400平方メートルのエントランス『タービン・ホール』。かつて発電機があった場所。
テート・モダン最上階のレストランより、テムズ対岸のシティ・オブ・ロンドンの眺め
オラファー・エリアソンの展示、『ウェザー・プロジェクト』。霧のかかったタービンホールに沈まない太陽が浮かぶ。
テート・モダン全景
展示室は3階、4階、5階に位置する。常設展示は3階、5階にある4つの展示室で行われ、それぞれに「風景」・「静物」・「人体」・「歴史」という4つのテーマが振り分けられている。時代順ではなくテーマごとの展示が選ばれたのは、異なった時代における共通する表現を見出すという意図や、忙しい観客がどれか一つの展示室しか見ることができなくても20世紀の美術運動や有名作家を一通り見ることができるようにするという配慮があった。しかし2006年より常設展示の方法が大きく変わり、3階・5階の展示室はそれぞれいくつかの美術運動に焦点をあてた5つのテーマの部屋へと再構成された。3階には、テート・モダンのコレクションの中でも知られたもののひとつであるマーク・ロスコのシーグラム・ビル壁画を集めた「ロスコ・ルーム」がある。
また、企画展示は4階を全て使って行われる(この部分のみ有料である)。建物のエントランスホールである長大なタービン・ホールも、期間を区切った企画展示に使われている。1階はエントランスと広大なミュージアムショップ、6階にはテムズ川を望むレストランフロアがある。
この建物のうち、タービンホールより南半分を占める変電所機能は現在も動いているが、将来はこの部分への拡張も可能であり、地下にも拡張できるスペースが存在する。また、建物外側では、新たにガラス張りの箱を積み上げた形状の新館を建設する工事がヘルツォーク&ド・ムーロンの設計の下進められており、2012年に完成すれば展示面積は現在の60%分増加することになる。 -
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ハリーポッターで見たよ!!
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セント・ポール大聖堂
ロンドンの金融街、シティ・オブ・ロンドンにあるイギリス国教会の大聖堂で、聖パウロに捧げられている。
1666年のロンドン大火の後に建築家クリストファー・レンにより再建されたバロック建築で、1710年に完成した。大ドームと正面に2つの塔を持つ。大聖堂前にはアン女王の銅像が建てられている。地下の納骨堂には、レンの他に、ウィンストン・チャーチル、ホレーショ・ネルソンなどの墓がある。
1981年にチャールズ皇太子とダイアナ元妃の結婚式が行われた場所としても知られている。
大聖堂のフロアから85メートルのところにある、ドームの上の塔の付け根の部分まで、階段で上がることができる。そこからロンドン市内を一望することができる。
2008年7月9日、10日にヴァレリー・ゲルギエフとロンドン交響楽団、エルサム・カレッジ合唱団、ワシントン・コーラル・アーツ・ソサエティらがマーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」を演奏している。 -
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ウェストミンスター寺院
イギリスのロンドンウエストミンスターにあるイギリス国教会の教会。聖ペテロ修道教会。戴冠式などの王室行事が執り行われ、内部の壁と床には歴代の王や女王、政治家などが多数埋葬されている。墓地としては既に満杯状態で、新たに埋葬するスペースはもはやなくなっている。国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)が隣接している。
イギリス中世の大規模なゴシック建築である。11世紀にエドワード懺悔王が建設し、1066年以降、英国国王の戴冠式が行われている。1245年、ヘンリー3世が再建を決め、フランスの建築家を招き、フランスのゴシック建築にならって現在の寺院を建て始めた。14世紀末までにおおよそ完成するが、正面部分は16世紀初め、塔は17世紀、と長期間にわたって建設されている。
多くの学校や職場で使用されている始業、終業のチャイムの音階は、同寺院のために1927年に作曲された「ウェストミンスターの鐘」が元となっている。
1987年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録。 -
ピーターパ〜ン!!
ビッグ・ベン
英国の首都ロンドンにあるウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)に付属する時計台 (Clock Tower) の大時鐘の愛称。
大時計
大時計の文字盤はオーガスタス・ピュージンによって設計された。直径7mの鉄枠に312個の乳白ガラスがステンドグラスのようにはめこまれ、文字盤の周囲には金めっきが施されている。それぞれの文字盤の下には金文字のラテン語で「DOMINE SALVAM FAC REGINAM NOSTRAM VICTORIAM PRIMAM(主よ、我等が女王ヴィクトリア一世に御加護を)」と刻まれている。
構造
ビッグ・ベンの時計の正確さには定評がある。設計したのは、弁護士でアマチュア時計学者のエドマンド・ベケット・デニソンと、王室天文官のジョージ・ビドル・エアリーである。時計は1854年には完成していたが時計台の完成は1859年5月31日であったため、新しい脱進機を発明するだけの時間があった。この脱進機のおかげで振り子と時計構造をうまく分離させることが可能となった。
振り子は風の影響を受けないよう時計部屋の真下にあり、振り子自体は長さ3.9m、重さ300kg、2秒ごとに時を刻む。構造全体では重さ5tになる。
2009年5月31日には、150歳の誕生日を迎えた。なお、この事はマスコミにて報じられたが、公式なレセプションは開催されていない。 -
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バッキンガム宮殿
イギリスのロンドンにある宮殿。外周護衛を担当する近衛兵の交代儀式を見物出来る事で有名。現在では王室の代名詞として有名だが、イギリスのある大衆紙で「イギリスで最もつまらないアトラクション」として紹介された事がある。 -
約1万坪の敷地を誇り、舞踏会場、音楽堂、美術館、接見室や図書館等が設置されている。部屋数は、スイート19、来客用寝室52、スタッフ用寝室188、事務室92、浴室78である。宮殿に勤務する人は約450名、年間の招待客は4万人にもなるという。王族たちを補助する侍従50人は同じ宮に住み込み、その他の侍従達は王室厩舎であるロイヤル・ミューズ (Royal Mews) に寄居する。
宮殿正面広場には、ヴィクトリア記念碑が建立されており、その向こうではセント・ジェームズ・パークとトラファルガー広場につながるザ・マルが、生い茂ったプラタナス並木に沿って位置している。
現在では、7月26日 - 9月24日の間に限って一般入場が可能となっている。入場料はウィンザー城を修復する為の費用に充てられている。 -
歴史
バッキンガムハウス(1710年)1703年に、バッキンガム公ジョン・シェフィールドが自らの邸宅として桑畑を購入して建てたバッキンガムハウス (Buckingham House) が始まりとされる。当初は煉瓦のみで建てた非常に粗末な邸宅に過ぎなかったが、1761年にジョージ3世が、王妃シャーロットと子供達の為に譲り受けて私邸として使うようになった。
引き続き王位に上がったジョージ4世は、建築家ジョン・ナッシュの忠告によって、煙瓦造りだったバッキンガムハウスを1825年から12年かけて全面改築に着手、それまでルネッサンス様式だった建物をネオクラシック様式に改装したが、当のジョージ4世は王宮の完成を見ないまま死去した。
1837年にヴィクトリア女王の即位の際にセント・ジェームズ宮殿から移り住み、以後バッキンガム宮殿はイギリス王室の公式の宮殿となった。
1913年にザ・モールと直線で繋がれた建物とバルコニーが建設され、このバルコニーが祝日になれば王室一家が国民の前に姿を見せる場所となっている。
因みに、宮殿の屋上に王室旗が掲げられている時は女王または王が在宅、イギリス国旗なら不在を示している。 -
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大英図書館
イギリスの法定納本図書館のひとつであり、納本制度に基づいてイギリス国内で流通する出版物は、出版の1ヶ月以内に出版者により1部が収められることが義務付けられている。 -
沿革
1973年に大英博物館図書館や、ロンドンの国立中央図書館を初めとするいくつかのイギリスの国営図書館が、大英図書館法(1972年)に基づいて組織的に統合され、成立した。大英博物館は18世紀の創立でオックスフォード大学ボドレー図書館などに比べると組織の歴史も納本図書館としての歴史も浅いが、1842年以降にイギリス国内で出版された蔵書を保存しており、古書や外国文献の収集も盛んに行われている。
当初は新しい図書館の建物の建設は行われず、蔵書は大英図書館に統合された各図書館の書庫において分散保存が行われた。しかし、資料の増大とともに書庫スペースの不足が問題となり、1982年よりロンドン郊外のセント・パンクラスに建造される新館への移行事業が開始された。1998年、新聞図書館など一部の専門図書館的な機能をもつ図書館を除いて大英図書館に所属する諸図書館の蔵書が新館に集約されて全面開館を果たし、大英図書館は完全統合した。 -
納本制度と蔵書構成
大英図書館はイギリスの国立中央図書館の機能をもち、出版後1ヶ月以内に納本された出版物を半永久的に保存するとともに、これを用いてイギリスの全国書誌を編纂する。
イギリスの納本図書館は大英図書館のほかに5館(ボドレー図書館、ケンブリッジ大学図書館、トリニティ・カレッジ図書館、スコットランド国立図書館、ウェールズ国立図書館)あるが、出版後すぐに納本することが義務付けられているのは全国書誌を作成する大英図書館だけで、他の5館は複製品を1年以内に受け取る権利を有するのみである。
大英図書館はその設立の経緯から、イギリスの旧王室図書館を経て大英博物館に集められた蔵書を数多く所有し、世界中の3000年分にわたる写本、稀覯本と言ったものが多数蔵書として管理されているのが特徴である。また、館内には人文、科学技術、貴重書、手稿本、東洋・インド文献などの複数の主題閲覧室が設置されており、いずれも世界有数の研究図書館である。 -
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ホステルのバーラウンジ
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