2009/10/31 - 2009/11/03
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kawabekentarouさん
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10*31 イスタンブール/////
トルコ人は陽気である(-_-;)列車の中の早朝、『コフィー、ティー、グッモーニン!』ハイテンションで起こされた…。眠り邪魔されたが再度寝た。しかし、またも『コフィー、ティー、グッモーニン!』攻撃が始まった…。仕方なく起き、コーヒーを注文した。イスタンブールが近付くと、これまた『イスタンブール、イスタンブール』と陽気に叫びだす(-_-;)でも、そのテンション、キライジャないです!駅に着いたが、Guidebookがない為、インフォメーションで地図を貰った!そして地図と二本でプリントアウトした情報を頼りにトラムに向かったら、いきなり肩を叩かれ、『日本人の方ですか?』クロアチアのスプリット以来に日本語を聞いた!喜んで振り向くと小さなオカッパの女の子がいた。真理子ちゃんと言って、目指す宿が一緒だったので、トラムを使い一緒に宿に行った。日本人だらけや〜!宿に入った瞬間そう思った!ツリーオブライフと言って、イスタンブールでは有名な日本人宿である。しかも宿の皆は気さくに話し掛けてきてくれるし、めっちゃテンションあがるわ〜♪遂に孤独感から解放された!宿の管理人の美帆さんや、重鎮のとおるさんなどと直ぐに仲良くなれたので、宿にはすんなり溶け込む事ができた!沖縄のしゅうちゃんはかっこよく、ピースと言う言葉を使い、情があり本当に仲良くなった。嬉しくて嬉しくて、昼だけどとにかくはっちゃけたかった!なのでスーパーにビールや食材を買いに行った!パスタの材料と、ビールを12本も買ってしまった!昼間から飲む人はいない、それに気を使ったのか、しょうちゃんとヒロ君も飲みだした。三人で仲良くワイワイしてると周りもインスパイアされて飲みだし、夕方から既に宴会になった!お酒の力もあり、たくさんの人とコミュニケーションが取れ、仲良くなれた。また合間合間に皆におつまみや料理を作ってあげたりした。その時に同い年の看護婦さんとかとも一緒に料理したり、同世代の話しをし意気投合した!同世代は嬉しいな!とにかく、飲んで、食って、しゃべりまくった〜(^0^)/ハッピー♪
11*1 イスタンブール/////
今日も料理をするぞ〜!それしか頭にない、観光よりもキッチンが使えて、皆に食べてもらう事が楽しくてしょうがない!それに今まで俺を助けてくれた人もいっぱいいたから、俺も今皆にできることをしよう!料理に興味を持ちだしたのが、27歳の誕生日になってからだし、今でも無洗米でしかお米を炊いたことがない…。料理に関しては出て来る事が当たり前で、甘えた生活をしていた…。だから急に料理にはまって楽しくなったのかな〜。人に作って、笑顔で美味しいと言われた時の瞬間、最高〜o(^-^)o今日の朝ははスクランブルエッグとチョリソーを焼いたり、昨日残ったお好み焼きを作った。夜、皆にお父さんから教わったサラダパスタを食べて欲しいと思い、買い出しにでかけた。買い物の途中、海が見えたので海の臭いにつられ海に行った。そしたら新鮮な魚介類が売ってるでわありませんか〜!見てても楽しいが、イカの丸焼きをマヨネーズで食べたくなってかっちゃった!おっちゃんにねだったら、一匹サービスしてくれた!気前がいいぜぃ!スーパーでは見つけ難い赤株や、紫玉葱、バジルなども、近くの八百屋で見つける事ができた。このおっちゃんも気前がよく、ニンニクや、ルッコラをねだったらタダでくれた〜(^0^)/昼過ぎから仕込みをしながらお酒を飲み始めてしまった。サラダに一味たりないと感じ、岡部さんに言ったら買ってきてくれた。岡部さんは優しい一つ上のお兄さんで材料などをよく提供してくれたり、お酒が弱いのに付き合ってくれたり、本当に良い人である。サラダパスタが自分でも思ったより上手くでき、大好評でオホメの言葉を貰って、かなり嬉しくなり、テンションが上がり、お酒にエンジンが入ったのら〜o(^-^)oイカの丸焼きも作ったり、とにかく皆で飲み明かした!眠くなった人は寝たり、深夜になると、俺とひろくん、美帆さん、そう君しかいなくなったがワインを二本も開けた!夕方から相当な量のアルコールを飲んでるし、昨日も浴びる様にビールを飲んだ…。ヨーロッパでは完全に無かった食欲もかなりでてる!楽しいからかな!?本当にこの生活や仲間が楽しい!ただ、ビールのカロリーと、お腹のでっぱりが気になります(-_-;)
11*2 イスタンブール/////
気持ち悪い…、頭が痛い(+。+)昨日は楽しくて相当飲んでしまった…。とりあえず、お粥の作り方を習い作って食べた。美帆さんも管理人だが俺と同じ様にぐでんぐでんしてる。お互い気持ち悪いから、二人で夕方迄ダラダラしてた…。今日は気持ち悪く、雨が降ってたし、グランドバザールにお土産の下見に行ったのと、いろんなお店でメタルのスーツケースを探し回って買ったくらいである。そうなんです、カナダにも行くし、バッパーはしばらく休憩します!日本でも買えるけど、バックパックを背負うのがしんどくなり、買っちゃいました〜!だって重いんだもん!後、イギリスだけだし、トルコの他の地には行くのを辞めたので。本当にこの宿は居心地が良すぎだ〜。デカイスーツケースを買ってきたら皆が驚いていた。帰りに鳥肉や長ネギなどを買って、焼鳥やネギマを作ったら皆喜んでくれた!今日は徹さん、愛ちゃん、美和さんが違う地にさって行き淋しく感じた…。また会いたいし、俺の料理を喜んで食べてくれてたので、お互い連絡先を交換した。旅には出会いがあり、当然に別れもある。分かってるけど寂しいな…。今日は一日気持ち悪くしんどかったので、ビール一本飲み、語り、早めに寝た。
11*3イスタンブール/////
またも寝過ぎた〜!岡部さんも観光してなく、二人でどっちが先に観光するかを競い合っていたが、先を越されてしまった!岡部さんはブルーモスクに行ったらしい。ブルーモスクと言っても宿から5分の場所にある…、俺はそれすら行ってない…、本当にダラダラだが、それが楽しい!ラウンジに行けば誰かいるし、誰かがお腹が空けば、料理をして皆で摘む!この旅をして、本当に料理が好きになった!作るものは様々なパスタがおおいけど、鳥のグリルやニンニクの味噌焼き等、レパートリーが増えた!今日もお馴染みのスーパーのギアに行って食材を買いに行ったり、お土産を買うために外にでたりもした!今日は岡部さんとしょうちゃんとヒロ君と外に飲みに行く約束をしてたので、久々に駅の方へ行った。遅刻し、迷いながらも待ち合わせ場所に到着、大分遅れたのに皆笑顔で迎えてくれた!四人でコーヒーをのんだ。その後はお洒落な飲み屋を探し、トルコ人に値切りながら飲んだ!やる気ないのか、優しいのか、メニューに値段が書いているのにそれも値切った!三人は俺の交渉に少し引きながらもリスペクトしてくれた。暗くなり四人で歩いて宿に戻ったが、初めてみた夜のモスクに皆で感動した。アイスを見つけ喜んで食べてるしょうちゃんが可愛かった。俺が朝に、今日の夜ご飯はハンバーグにチャレンジするぜぇ〜と言ってたので、宿に戻ったら、秀さんとみきさんがひき肉を買っといてくれた。秀さんは本当に優しく、料理を丁寧に教えてくれる。秀さんにならないながら、みきさんとヒロ君四人で16人分のハンバーグとかサラダを作った!美味しくできたし、凄く楽しい!これで一人でも、ハンバーグ作れるぞ!食後は皆で語らい、飲み明かした!『健さんが来てから皆で夜飲むようになったし、皆で食事を作る様になったよ!感謝してます』って言われた時は本当に泣きそうになった。『健さんのそのキャラが雰囲気を善くしてくれたよ』とも言ってくれて本当に嬉しかった!明日は最終日だ…、寂しい…。明日こそ観光するぞ!
概要
トルコ共和国西部に位置する都市。ボスポラス海峡をはさんでアジア(アナトリア半島)側とヨーロッパ(トラキア地方)側の両方に拡がっており、2大陸にまたがる大都市である。首都アンカラを上回る同国最大の都市であり、文化・経済の中心となっている。イスタンブル県の県都でもある。2000年の人口は約880万人で、イスタンブル県全体では1000万人を越える。モスクワ、ロンドン、ルール地方、パリに並ぶヨーロッパ屈指の人口規模をもち、ヨーロッパでも上位の世界都市と言える。その歴史は長く、かつてのローマ帝国、東ローマ帝国、ラテン帝国、オスマン帝国の首都が置かれていた。イスタンブール歴史地区は世界遺産に登録されている。
歴史
現在「旧市街」と呼ばれるマルマラ海と金角湾に囲まれた、ヨーロッパ大陸から突き出した半島の先端に設けられた古代ギリシアの植民都市ビュザンティオンが、イスタンブルの起源である。ローマ帝国末期330年にコンスタンティヌス1世がここに遷都、ビュザンティオンをコンスタンティノポリスと改名した。以来1100年以上に渡り、東ローマ帝国の首都として、1453年のコンスタンティノポリス陥落までキリスト教徒の都であった。1453年にこの町を征服したオスマン帝国のメフメト2世はただちにエディルネから遷都し、イスタンブルは引き続き東地中海を支配する帝国の首都となった。コンスタンティノープルはイスラムの支配下に入り、聖ソフィア大聖堂(アヤソフィア)をはじめとする多くのキリスト教の教会が強制的に接収されモスクになった。東ローマ帝国時代のヴァレンス水道橋メフメト2世はモスクと病院、学校などをくみあわせた複合施設群を設立し、ローマ帝国の引いた水道(ローマ水道)を補修し、後のグランドバザールの前身となる屋根付きバザールを始めとする商業施設を建設して都市インフラを再興した。さらに、被征服者のキリスト教徒にズィンミー(公認された異教徒)として一定程度の人権を保障して新都にそのまま住まわせる一方、アナトリア半島の諸都市からムスリム(イスラム教徒)の富裕者を強制的に移住させる政策をとったので、15世紀後半の50年間にイスタンブールは東ローマ帝国の末期には激減していた人口を大きく上回る大都市となった。ドルマバフチェ宮殿各街区には君主や大臣などの有力者が設立したモスクがつくられ、イスラム都市の伝統にのっとったモスクと公共施設が整備された。また、イスラーム教徒による差別と抑圧はあったものの東方正教やアルメニア使徒教会の教会、ユダヤ教のシナゴーグも数多く維持され、ムスリムのトルコ人のみならず、ギリシャ人、アルメニア人、ユダヤ人、そして西ヨーロッパ諸国からやってきた商人・使節など、様々な人々が住む多文化都市、東西交易の中心都市でもあった。近代には旧市街のみならず、新市街と呼ばれるガラタ地区、ベイオール地区やアジア側のウスクダルなどを取り込んで大都市へと発展する。とくに、ベイオール地区ではペラ大通り(現在のイスティクラル通り)に沿ってヨーロッパ各国の大使館や多国籍のホテル、レストラン、商店が立ち並び、ヨーロッパから移植された西欧文化のショーウインドウとなった。1923年、前年にスルタンを廃止してオスマン帝国を消滅させ、首都機能をアンカラに移したアンカラのトルコ大国民議会は、トルコ共和国の建国を宣言。これによって、イスタンブルはコンスタンティヌス1世の遷都以来、約1600年続いた帝国の首都としての地位を失った。しかし、共和国期も依然としてトルコの社会・経済・文化の中心都市として繁栄し、市域はさらに拡大を続けてボスポラス海峡の沿岸全域とマルマラ海沿岸の広い地域を含む大都市となった
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