2009/10/04 - 2009/10/04
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captainfutureさん
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【【【 2015年1月現在、現地情報によると、独立派テロ頻発の為、カシュガル郊外、ホータン郊外、ヤルカンド・グマ・ケリヤ等の全域において、外国人は厳しく立ち入りが禁じられています。 もし入った場合は公安にその協力者とみなされ拘束の上、カメラ・ビデオ等は有無を言わさず没収されますのでご注意下さい。 】】】
2009秋 シルクロード旅? 【カシュガル/ ウイグル語放送等 その他】Kashgar ????
カシュガルに滞在した9月19日から10月5日(9月24〜27日のタシュクルガン滞在を除く)の間の、その他の写真。
ウイグル語放送の録画では、ウイグルの生活感が出てるものを選んでみた。
毛沢東像や人民公園とその周囲では、今年10月1日がちょうど国慶節60周年という大きな節目であり、北京程ではないにしろ、何か大きな行事を期待していたが、9月28日に歌謡ショーと花火の打ち上げがあっただけだった(現場には行けずTVで見た)。
ユースフ・ハズ・ハジブのマザール(陵墓、9月23日)、
アーファーク・ホージャのマザール(陵墓、9月23日)、
サイード・アルスラン・ハーンのマザール(アスラン・ハン陵墓、10月3日)、
来○城遺跡(○はウカンムリに丁の字、10月3日)、
班超城(10月3日)
( Urumqi ??????? Kashgar ???? Uyghur??????)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 航空会社
- 中国国際航空
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今回訪れた街
ウルムチ、クチャ、カシュガル、タシュクルガン
(中国新疆ウイグル自治区) -
ウイグル語TV放送で流れていたコマーシャル↓3
http://youtu.be/NAD9BrmmaTw
3分45秒からのCMも面白かった。
ウイグル語とはこんな感じです。
「掲載許可承諾済」 -
「掲載許可承諾済」
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「掲載許可承諾済」
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同上4 「掲載許可承諾済」
http://youtu.be/xHDBVh4drAo -
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同上2 「掲載許可承諾済」
http://youtu.be/kw14ZwdSfec -
ウイグル語TV放送でやっていた子供対象の 民族舞踊コンテスト番組↓
http://youtu.be/8dEoLwATS3A 「掲載許可承諾済」 -
2009年9月25日北京時間11時のカザフ語TV放送のニュ ース。タシュクルガンの交通賓館で撮影。 ↓
http://youtu.be/LMSUTbzzT5g
(ウイグル語だと思っていたが、後日You Tubeで、在日ウイグル人より、これはカザフ語放送との指摘を頂いた。) 「掲載許可承諾済」 -
毛沢東像と人民公園
今年の10月1日の国慶節は、新中国成立60周年に当たり、その飾り付けが行われていた。
カシュガルでは10月1日は何も行事は無く、9月28日に人民広場で歌謡ショーや花火の打ち上げが行われた様子をTVで放送していた。 -
花文字
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左奥は人民公園入口
映像最後に武装警官のテントが見える。ここで道を聞いたが、友好的であった(10月2日撮影)。↓
http://youtu.be/7IgjRa9gIII -
人民東路を西に、毛沢東像の前を通り、解放路との交差点までのタクシーから映した光景(9月20日(日)撮影)↓
http://youtu.be/dpLP5IyS3lM -
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人民公園入口
中は一部工事中。漢人が多いのかと思ったが、涼を取っているウイグル人が圧倒的に多かった。入場無料。 -
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人民広場では国慶節60周年で、パネル展を行っていた。
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当時の指導者がカシュガルを訪れた様子
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昔のカシュガルの写真もあり興味深かった。
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パネル展
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パネル展
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毛沢東像前にカシュガル地図があった。
バス路線まで詳しく載っていた。
最初にこれを写し、滞在中、バス路線図として使えば良かった。 -
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人民広場前で下りたバス停から、人民東路を見る
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新市街である解放南路近くの出店
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そこで食べた、麺と茹で卵、豆類。
黄色の汁は茹で卵の煮汁。 -
上記出店の奥にあったお菓子屋。
スポンジケーキと甘くした牛乳。
ウイグル人の学生カップルや、買い物帰りのおばさん達で賑わっていた。 -
エイティガール広場近くの解放北路沿いの店。
ウプッケエースイプ(羊の肺やご飯を詰めた腸を茹でたもの。辛くて酸っぱいタレで食べるウイグル料理。) -
市内バス車内(1元)
車内で車掌が集金に来る。 -
チニバグ賓館隣りの幼稚園
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チニバグ賓館前の通り(ユムラク・シャハル路)
各民族団結を呼びかけるポスター
奥には小平のポスター
同じポスターが交互にたくさん柵に張られていた。 -
チニバグ賓館前の通り(ユムラク・シャハル路)から解放北路方面を見る
(誤)ブムラク・チャハル路→(正)ユムラク・シャハル路
(hasugeさん、有難うございます!) -
10月4日、外出先から戻ると、僕と同じチニバーグホテル旧館「静園」に宿泊していたタジキスタン人グループが、1階中庭で持参していた民族楽器を引いてくれた。↓
http://youtu.be/DmF4qXurpYA -
9月23日は、ユスフ・ハス・ハジブのマザールへ。
カラ・ハーン朝の首都として栄えていたカシュガルで、11世紀にハーンの家臣として仕えていた人物の陵墓。ユースフが著した「クタドュグ・ビリグ(幸福になるための知恵)」はトルコ後をアラブ文字で筆写したものとのとしては世界最古の散文作品とのこと。
(誤)ユスフ・ハズ・ハジェブ→(正)ユスフ・ハス・ハジブ
(hasugeさん、有難うございます!) -
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ユスフ・ハス・ハジブのマザールから、アーフォーク・ホージャのマザールへの移動中、タクシー車窓から。
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アーファーク・ホージャのマザール
16世紀末に新疆イスラム教白帽派の著名な指導者アーファーク・ホージャとその家族(5代72人)の陵墓で、別名は尊者の墓。また乾隆帝のウイグル人妃子であった香妃(容妃)がここに葬られたと誤伝されたため、香妃墓とも呼ばれる。
創建は1670年(清の時代)で、最初にここに葬られたのは、アーファーク・ホージャの父ホージャ・ユースフだった。その後たびたび修復、拡張が繰り返されたが、1874年(清の時代)の大規模な修復によって、中央アジア式イスラム陵墓となり、モスクなどが新たに建築された、とのこと。 -
ここはどこか人の温かみのある居心地のいいマザールだった。
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ちょうどアザーン(礼拝への呼びかけ)が行われていた。
北京時間18:50。 -
イチジク
こんなに小さな木にも実がなっていた。 -
建物前にはバラ園があった。
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1948年の地震で陵墓の中心となっていた墓室が破壊されたが、1974年に再度修復された、とのこと。
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この陵墓の裏は一般の人の墓場となっていた。
塀越しに撮影。
お弔いだろうか。 -
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陵墓の裏手にある一般の人の墓場からは、正面からの写真とはまた違った角度の良い写真が撮れると事前に調べておいたので、いったん陵墓を出てポプラ並木を通り、小学校前を右に入り墓場へ。
おもちゃの銃で遊んでいた子供達がついてきた。
写真は陵墓を出ると池があり、そこの路地を入ると民家が並んでいたところ。
父と小さな息子が並んで池の縁に座りのんびりと何か話をしていた。 -
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小学校の門
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小学校門横の雑貨屋
表には駄菓子やおもちゃも売っており、小さな子供達が集まっていた。 -
墓場に到着
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独特の形をしたイスラムのお墓
お気に入りの1枚です。
夕日が当たって、少し幻想的な綺麗な色になりました。
実際は寂しいところで、少しの風で砂が舞い上がり、目を開けているのが大変でした。 -
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またもとの道に戻るとちょうどタクシーがいて、それに乗り病院へ戻る。
時刻は北京時間20時。 -
10月3日、
チニバク賓館からこのおじさんのバイクタクシー(3元)で、サイード・アルスラン・ハーンのマザール(アスラン・ハン陵墓)へ。 -
最初、上の写真の奥にあるこのモスクのことかと思ったが、中で休憩していたおじいさん達(写っている人)に聞くと、ここではなく、ぐるりと回ってここの裏にあるとのこと。
行き方を教わったが、まずはここも見学させてもらった。 -
上記モスクの門の横にあった建物
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モスク内の礼拝所
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多分、携帯電話は控えてくださいと書いてあるのかも。
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モスクを出て左に曲がってアパート群に入り、陵墓の丸いドームが塀越しに見えるが、どこにも入口がない。
通りがかりの人に尋ねるも、意味が伝わらない。 -
仕方なく、このアパート群に住んでいるのであろう、通りかかったウイグル人のおじさんに頼んで体を支えてもらい、石の上に乗って塀越しに撮影した。
観光客は誰も来ていない感じだった。 -
バスで上記の陵墓から班超城へ。
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班超城の入口。
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班超城は真新しく、中に入る価値はないとのことで外から撮影のみ。
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道路を挟んで撮影
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班超城の近くにある古い城壁の跡
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同上
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上記写真の道路にあった標識
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同じ10月3日、
チニバク賓館のすぐ近くにある来○城遺跡に行く。
○は、ウカンムリに丁の字。
チニバク賓館フロント階に掲げてある観光地図にあったので行ってみた。
チニバク賓館の前の通りを空港と反対方向へ歩いて10分位のところを西へ曲がると入口があった。
遺跡自体は一部分がチニバク賓館前の通りからも見える。 -
中に入ってみると、荒れ果てた感じのところだった。
中にいた人に断って塀越しに撮影させてもらった。 -
カシュガルで買った自分へのお土産。
清真マークの入ったイスラム教徒も食せるインスタントラーメン。
カシュガルが懐かしくてたまらなくなったら食べる予定^^; -
喀什地区第一人民医院
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同上
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同上
僕が入院した病棟
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この旅行記へのコメント (3)
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- こまちゃんさん 2010/05/20 03:31:45
- 4年ぶりに
- 再びお邪魔します。
今年の晩夏、4年ぶりに南疆へ出かける予定ですが、こんなに沢山回れるかなぁ…
こまは時間ならたっぷりあるのですが、連れて行く人に時間が少なくて…
こちらの旅行記から希望箇所を選んで貰おう!うん、それが良い!
(他人の褌で相撲とらせて貰います)
こま
- captainfutureさん からの返信 2010/05/20 23:54:54
- RE: 4年ぶりに
- > 再びお邪魔します。
大歓迎です。
実は昨年、南疆に行く際、こまちゃんさんの旅行記を拝見し、大いに参考にさせて頂きました。
実は今月26日から再訪する予定です。
昨年に行った時にも、カシュガル等では、旧市街の街中に突然大きな更地ができていたり、取り壊しにかかっている建物があったりと、あの街はあと何年かするとすっかり変貌してしまうのではないかと思いました。
今のうちにもう一度目に焼き付けておこうと思っています。
旅行記は6月後半までにはUPする予定ですので、旅のご参考になるかわかりませんが、宜しかったらまたご覧になってください。
- こまちゃんさん からの返信 2010/05/21 00:29:38
- RE: RE: おおお!
- > 実は昨年、南疆に行く際、こまちゃんさんの旅行記を拝見し、大いに参考にさせて頂きました。
>
おおお!---其の壱
写真、多かったでしょう。。。
どこを撮っても絵になるところなので、写真が増えて仕方がないですよね。
良ければ、莎車の霍什拉甫郷も出かけてみては如何ですか?(何もないけど^^;)
莎車県喀群の交差点にある拌麺(ラグ麺)は、とっても最高でした!
(莎車県は、国家プロジェクトが始まって、上海投資により「市」に格上げになる
そうです!もう喀なり変化したと言ってました…)
http://4travel.jp/traveler/chinaart/album/10102366/
> 実は今月26日から再訪する予定です。
>
おおお!---其の弍
ホント、バンバン壊していますよね。。。
漢族の暴挙として思われてるので、あんな暴動も有って然るべきだったのかも。
だって、引っ越し先の新居が墓地跡だったら、誰だって住みたくないですよね。
旅行記、楽しみに待ってますね!!!
同じ写真だとか多いとか、全然気にせずバンバン載せて下さい♪
こま
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