2009/10/31 - 2009/10/31
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山口市は、その昔、西の京と呼ばれていました。
室町時代に隆盛を誇った大内氏が京の都をモデルに街づくりをおこない、戦乱で荒れた都よりも栄えていた時代があったから。
今では日本一田舎の県庁所在地。
(このフレーズ、好きなんですけどね)
山口市観光ボランティアガイドの会は、普段その大内文化の集大成といえる瑠璃光寺五重塔周辺をご案内していますけれど、これから大内館跡周辺の大内文化特定地域に観光客が増えるという予測とそれに対応できるガイドが足りないということにより、研修を行うことになりました。
ということで、参加します。
たまたま参加した日が大内館跡地発掘調査の見学会日と重なったもので、終わった後はしっかり見学したのでした。
大内文化特定地域について、詳しくは山口市のサイトをどうぞ。
http://www.city.yamaguchi.lg.jp/oouchi/
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集合場所は菜香亭。
駐車場が広いですし、今回の見学地のちょうど中間点に位置しています。
でも、こちらは本日見学なし。
今回の見学予定地。
雲谷庵跡→野田神社→今八幡宮→八坂神社→十朋亭→龍福寺
ただ歩くだけなら大体1時間あれば回れますが、本日の研修時間は3時間の予定です。
研修資料もいつになく分厚いし、補足資料には以前から探していた適当なのがなかった建築様式の説明もついていたりと研修担当者の意気込みが伝わってきます。 -
研修スタート。
最初の雲谷庵跡に行くのには、菜香亭の駐車場から近道があります。
ちなみに、菜香亭の開館時間以外は近道は鍵がかかって通れません。 -
地下道通って数分で雲谷庵跡地到着です。
雪舟が暮らしていた場所です。
建っている建物は、明治時代に廃仏毀釈で壊されたお寺の建材を集めて造ったんだそうです。
雪舟の一生の説明板があるんですが、内容に間違い多すぎ^^; -
雪舟が山口にやって来た時には、既に五重塔は建っていました。
雲谷庵の場所からも五重塔を眺めることができます。
できますが・・・
囲いが高くなっちゃってます。
背が低い人には見えないかな?
横に数年前に駐車場が出来たから、来る人が増えた分、騒音問題でも起きたんでしょうか?
謎です。 -
研修部の人が解説してるのを聞きつつ、でも、気になる。
向こうで抜き足差し足している猫。
獲物は一体なんなんでしょう?
この後、見事に取り逃がしたようです。
前後の動きからすると、バッタの類かな? -
中にも自由に出入りできますが、今回は時間がないので割愛。
国民文化祭の時にここのガイドをやった時には、中でお弁当食べたのがいい思い出です。
http://yamakuni.blog53.fc2.com/blog-entry-55.html -
菜香亭から雲谷庵に行くのに通る七尾山トンネル前の地下道には、防府市の毛利博物館所蔵の国宝「四季山水図」の全篇がタイル画になっています。
毎年11月に開催される国宝展で公開されています。 -
続いては、菜香亭のご近所、野田神社&豊栄神社です。
手前にあるのは、能楽堂。
元は野田学園の運動場内にありましたが、今はこちらに移築しています。 -
研修部からの注意事項。
大殿地区、公衆トイレがあまりないので、ここでトイレ休憩入れましょうってことです。
龍福寺の改修工事が終われば、近くに公衆トイレが新たにできるそうです。
でも、今回のルートに入ってないけど、すぐ近くの菜香亭やふるさと伝承センター、大路ロビーや空いてれば大殿交流支援センター(旧公民館)も利用すれば問題ないと思うんですけどね。 -
奥の豊栄(とよさか)神社から回ります。
毛利元就を祀った神社で、萩城内にあったものを、明治2年に山口に移しました。
毛利氏は先祖を大事にするもので、元就の菩提寺洞春寺(とうしゅんじ)も広島吉田から萩、山口と拠点が動くたびに遷しています。 -
毛利元就といえば、三矢の訓と百万一心。
人柱の代わりに「百万一心」と刻ませて埋めた石は現在は行方不明。
江戸後期にお隣墓所の参詣に行った長州藩主が石を発見して、拓本を取ったそうで、豊栄神社の敷地内になる百万一心の碑は、その拓本から造られたものだそうです。
現在広島にある元就墓所の碑も、その拓本を元にしたそうです。
元がなくなって逆輸入って、京都の鷺舞と似たようなことになってます。 -
奥に豊栄神社、手前に野田神社。
野田神社は、最後の藩主の敬親公とその子の元徳公を祀っています。 -
豊栄神社の絵馬堂です。
野外の割に、保存状態がいいです。 -
ひときわ目立つこちらは、萩城内にあった松で造ったものだそうです。
ちなみに、樹齢は「真ん中がくりぬいてあるから不明」だそうです。 -
続いて、お隣の今八幡宮へ。
室町時代からの社殿は、国指定重要文化財です。 -
本殿の端っこに像があります。
随身の神像です。
通常は楼門にあるそうです。
これがお寺だったら金剛力士像(仁王像)にあたるんだそうです。 -
一番手前の楼門です。
楼門と拝殿、本殿が一直線に配置されて、渡り廊下でつながっているという構造は、山口地方独特なものだそうです。
山口ではわりに見かけるので、あんまり珍しいって感じはしません。
見えにくいけど、2階の窓が丸くなってるのは仏教の輪宝。
神仏混淆の表れだそうです。
ガイドの関心は、前の輪宝より側面の大内菱。
なんとか分かったものの、写真には撮れそうにないので断念です。
ちなみに瑠璃光寺五重塔にも大内菱は描かれているんですが、見ようと思ったら墓地の中を歩き回らないといけなくなるので、お客さんを案内したことありません^^; -
今八幡様へは、ウォークガイドや茅の輪くぐりで何度か来てました。
http://yamakuni.blog53.fc2.com/blog-entry-361.html
でも、「八幡宮」の八が鳩でかたどられていたとは、初めて知りました。
まだまだ知らないことだらけです。 -
馬小屋に「猿」とあるのは、猿は馬を守ってくれるからだそうです。
そういえば最近萩市内で悪さして問題になっている離れザルは、ちょうどこの頃捕獲作戦していたようですが、失敗したようでした。 -
入口から。
向かって右手にある枝垂れ桜も、山口の桜の名所です。
ガイド仲間の話によると、水仙もかなり咲いているようです。 -
八坂神社に移動していましたら、近くで発掘調査をやってました。
ちょうど本日現地説明会をやっているようです。
でも予定にないので、素通り。 -
市内最古の現役写真館、河村写真館。
八坂神社の敷地内です。
隣接して、移転前の菜香亭もありました。 -
京都から勧請してきた八坂神社です。
元々は京都と同様「祇園社」だったんですが、祇園は仏教上の名前ということで、神仏分離の折り、京都が土地の名の八坂神社になったのに合わせて、こちらも八坂神社になったそうです。
神社の位置も何度か移動してまして、萩から山口に藩庁(現在の県庁付近)を移した時に現在地に来たそうで、時代の流れに翻弄されています。 -
賽銭箱の木瓜(モッコウ)。
形がキュウリに似ているもので、祇園祭の期間中は、祭りの参加者はキュウリを食べないんだそうです。
祇園祭についてはこちらを・・・って、旅行記未完成ですけれど^^;(2009年中になんとかする予定)
http://4travel.jp/traveler/yamakuni/album/10357398/ -
一番後方の本殿は、国指定重要文化財です。
三間社流造の桧皮葺・・・って、アートふる山口の時に高校生ボランティアの研修会で知ったかぶりに説明したものの、どういうのをいうのか分かってなくて直前の資料集めに奔走したものでした。
で、未だに資料がないと、ろくに説明できません。
つくづくいい加減なガイドです。 -
反対側から。
この本殿の特徴としまして、蟇股の絵柄がそれぞれ自由に書いてあるのが特色なもので、13個あるのを確認しようと周囲を回ります。
直接確認できない古熊神社(こちらは建築様式に松竹梅が描かれている現存最古のものらしいです)のと違って、大体見えるんですが、古すぎるのと色落ちで、今イチなんの絵か分からないんですよねえ。 -
八坂神社敷地内で一際目立つ、筝曲組歌発祥の地の碑。
字は、佐藤栄作元総理大臣です。 -
連歌の宗祇の碑は、あまり目立たず。
ずっと壊れたままの築山神社は悪目立ち。
でも、多少修繕はされてるっぽいようです。
このまま崩壊するんじゃないかと思ってたので、その点では前進かな? -
そういえば、八坂神社のシンボルともいえる赤い鳥居の額がなくなってたけど、いつからなんでしょう?
-
続いて、大殿大路の十朋亭。
-
アートふる山口ではお馴染みの十朋亭。
幕末の志士が利用した豪商萬代家の離れです。
伊藤博文がイギリス留学というか密航から戻って藩主に報告に行く前に宿泊した場所です。
室内には、ゆかりの人々の写真があるんですが、特に説明なく外観だけ見学です。
時間がおしてたからなんでしょうね。 -
最後の研修の地は、龍福寺。
こちらの参道は紅葉の名所ですけど、さすがにまだほとんど色づいてません。 -
大内義隆の菩提寺、龍福寺です。
大内館の跡地に建てられています。 -
3本線が入ってます。
筋塀っていうんだそうで、これは天皇の許可がないと付けられないそうです。
龍福寺は、毛利元就の長男隆元が人質時代にかわいがってもらった大内義隆を弔うために朝廷の許可を得て建てた勅願寺だから筋塀が許されたようです。
ちなみに筋塀は筋の数でお寺の格式が決まるんだそうで、天皇と関わりが深ければ5本だそうです。 -
本堂は相変わらず工事中です。
現時点の様子は、アートふる山口の時に確認済み。
http://4travel.jp/traveler/yamakuni/album/10385046/
改修工事後は周辺に駐車場や公衆トイレの整備をするそうですが、終了はまだまだ先です。 -
義隆辞世の句。
討つ者も 討たるる者も 諸ともに 如露亦如電 応作如是観(にょろやくにょでん おおさにょぜかん)
仏教思想の一つで「人生は露のように、また稲妻のようにはかない。このような人生観を持つべきだ」ってことだそうです。 -
碑のそばでは、はかなくも桜?が咲いていました。
-
龍福寺で研修終了。
すぐに車に戻るのもなんなので、参道でちょこっと色づいてた紅葉を撮って、 -
研修の時には人が多すぎて撮れなかった十朋亭を撮って、お向かいの大路ロビーへ。
この界隈、町屋を生かした店舗?が並んでいます。 -
大路ロビーの10月の展示は、ペーパークラフト展。
アートふる山口の時に見かけた精巧な山口の街の写真を立体化した作品に、新たに作品が加わってました。
老舗のトンコツラーメン屋の江戸金のラーメンに、 -
このヘルメットは、どうみても・・・
しかもこの大きさって・・・ -
変身!
クマエージャー。
昨年惜しまれつつも放映終了した(予算がなかったらしい・・・)、ご当地ヒーロー「CP戦士ぶちエージャー」のミニチュアヘルメットでした。
アートふる山口で、クマはぶちエージャーと敵役のわやスラー様とツーショットしたことがあります。
http://4travel.jp/traveler/yamakuni/pict/12911552/ -
発掘現場に立ち寄ったら、13時から説明会があるとのこと。
せっかくなので聴くことにしました。
いい加減おなかすいたので、近くで食事。
どうも昼間もやってるっぽい、菜香亭のお向かい、うえむらさんに行ってみました。 -
日替わり定食のみってことで、値段も確認せずに注文。
うえむらさんのウリは、イノシシ料理。
ご主人自ら捕まえていると、以前ここで飲み会した時に聞いたことがあります。
日替わりのお肉は豚でした。
で、気になるお値段は600円。
お得感が強かったです。 -
急いで発掘現場に戻ったら、既に説明が始まってました。
午前中に一緒に回ってたボランティアガイドも多数まぎれています。
やっぱりみんな気になってたようです。
第81次調査ということで、築山館のあった八坂神社と大内館のあった龍福寺の間の発掘です。 -
古地図がそのまま利用できる街といえば萩市なんですが、山口市も大内氏が治めていた室町時代に今の町割りの原型ができたようです。
そのためか、室町時代の住居跡の上に江戸や明治の時代の遺跡があったりしてるようです。
素人が見る分には、同じ穴に見えます^^;
大内館跡地の龍福寺側にはお堀があったとか。
通常は5メートル幅なのがこの近辺は9メートル幅があったそうで、室町末期の毛利の侵攻への備えとも考えられるんだそうです。 -
今回の発掘調査での新発見。
初めて鉄鍋が出てきたんだそうです。
室町時代に鉄製の鍋は大変貴重だったようです。
発掘現場の中にも入れたので、鍋、しっかり確認出来ました。
すっかり錆錆です。 -
発掘現場から出てきたり、同時代のよそから出てきた土器が展示されてました。
軽い土師器(はじき)。
結構使い捨てだったようで、大量に出てくるんだそうです。
左がロクロを使ったもの、右が手づくね。
見た目左の方がよさそうなんですが、右の方が京都方面での作り方だったそうで、こちらを当時は好んでいたそうです。
やっぱり京かぶれだったんですねえ。 -
中国等から渡ってきた陶磁器類。
貴重品・・・って訳でもないようです。
ガラス小玉も出土したそうです。 -
お気楽に触らせてもらえたので、調子にのって聞いてみたら、心よくOK。
ということで、五右衛門風呂ならぬ、瓦質土器風呂に入るの図。
瓦と同じ焼き方で焼いてある(と、ちょうど研修時に習ったばかりでした)だけあって、どっしり重みのある土器なのでした。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- KENさん 2009/11/09 10:44:45
- 「八幡宮」の八が鳩
- 「八幡宮」の八が鳩になっているのは、鎌倉の鶴岡八幡宮とおんなじなのですね。ちなみに、名物「はとサブレ」は、この鳩の形の八をかたどったものだそうですよ。
- くに・クマさん からの返信 2009/11/09 21:48:58
- RE: 「八幡宮」の八が鳩
- KENさん、こんばんは♪
コメントありがとうございます。
> 「八幡宮」の八が鳩になっているのは、鎌倉の鶴岡八幡宮とおんなじなのですね。
八幡様と鳩は関わりが深いそうですね。
研修の時に、宇佐神宮にも同じように八がハトでかたどられているという話があったんですが、鶴岡八幡宮もだったんですね。
鶴岡八幡は大昔に行きましたけど、神社の建物より、人慣れした台湾リス(多分)が印象に残っています。
>ちなみに、名物「はとサブレ」は、この鳩の形の八をかたどったものだそうですよ。
えー!そうだったんですか。
これは初耳です。
今度食べる機会があったら、形をよく見てみます。
情報ありがとうございました<(_ _)>
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