2008/05/11 - 2008/05/11
478位(同エリア521件中)
ナオさん
私たちは黒滝山と白滝山に登った日、竹原の町を散策しました。
安芸の小京都と呼ばれる「たけはら」は、平安の昔、京都・下賀茂神社の荘園として栄え、今でも京都にちなんだ名称が残っています。
また竹原は、塩田で栄えた豊かな町でもあり、多くの文人墨客を輩出、古い歴史のある建物も数多く残り、当時を偲ぶことのできる素敵な町です。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
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町並み観光駐車場に車を止めた私たちは、ここを起点に散策を開始。パンフレット片手に本川に沿って歩きだしました。
これは、新港橋の所にある頼山陽の銅像です。昭和55年、頼山陽の生誕200年を記念して建立されたものです。
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享保町から鳥羽町へと歩きます。たけはら観光コース、町並み保存地区、本町通りへの案内標識がありました。
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ここは鳥羽町から本町通りへと続く、たけはら町並み保存地区の一角です。
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ここは地蔵堂です。本尊は地蔵菩薩です。私たちは地蔵堂の前を通って、長生寺へと急ぎます。
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不老山長生寺にやってきました。長生寺は真言宗のお寺です。小早川隆景が、この地に身を寄せていて病没した伊予の湯築城主・河野道直のために建てた寺で、道直や村上水軍の村上元吉の位碑が安置されているのだそうです。
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これは長生寺の抱え地蔵です。抱えあげて願いを唱えればかなうといわれているのだそうです。
抱え地蔵は、長生寺のほかにもあります。それは竹原歴史民俗資料館の横の道を奥に入り込んだ所です。 -
これは長生寺の庚申堂の猿(見猿・言猿・聞猿)です。
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飾り付けがとてもおしゃれです。
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長生寺から引き返し、本町通りを行きます。
ここは「小笹屋 竹鶴酒蔵」です。小笹屋は江戸中期より塩造りをしていましたが、享保18年より酒造りを始め、今も酒を造り続けています。
ここはニッカウイスキーの創始者、竹鶴政孝氏の生家でもあります。
母屋は安政頃の建物で入母屋造妻入です。 -
ここは、竹鶴酒蔵からは道を挟んで斜め前にある松阪邸です。松阪邸は文政から天保頃の建物で、入母屋造平入り「てり、むくり」の大屋根の二階建てです。漆喰塗大壁造りで、塗込の窓額縁つき菱格子の出窓が見事です。この建物は竹原市の重要文化財で入館料は大人¥200で公開されています。(19歳未満は無料です。)
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昔懐かしい「こんぺいとう」を使って、お弁当のように仕上げた楽しいお菓子を売っている店を見つけました。洋食弁当、赤飯弁当、日の丸弁当の三種類がありました。どれも税込み¥450です。
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ここは浄土宗の寺、引接山西方寺です。元は禅宗の寺でしたが、慶長15年下市大火で類焼、翌年妙法寺跡のこの地に移ったのだそうです。
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竹原市の重要文化財の普明閣です。小早川隆景が京都の清水寺の舞台を模して建てたと伝えられています。普明閣は観音堂として十一面観音像がまつられていましたが、今は十一面観音像は守護堂に移され安置されています。普明閣からの竹原の展望は最高です。
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普明閣の所から眺めた竹原の町並みです。瓦屋根が続き、たけはらの景観の素晴らしさがよくわかります。
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ここは憧憬広場とそれに連なる歴史民俗資料館です。塩業、考古、民具、産業資料が展示されています。
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県史跡の頼惟清(らい これすが)邸です。頼山陽の祖父の家で、宝永頃の建物です。
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ここは「竹の茶屋 いっぷく」です。
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照蓮寺の所から回り込み、中ノ小路へと入ってきました。
ここはたけはら酒蔵交流館(藤井酒蔵)です。江戸末期の建物で、現在も使用している酒蔵をそのまま開放しています。 -
ここは光本邸です。郷土の至宝 いまい政之陶芸の館でもあります。
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大小路に面した家です。
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竹原の町並みです。
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ここは楠神社です。
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