2009/08/15 - 2009/08/15
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えるさん
8月15日は敗戦記念日(あえて終戦とは言わない)である。
靖国神社に行って気付いたことは、慰霊の日というわりにはやけに暴力的な空間になっていることだ。
最大の原因は右翼団体とそれに伴って現れる機動隊にある。写真からも分かるとおり、集った右翼の連中は、暴走族やヤクザとほとんど見分けがつかない。心静かに参拝したい人々にとっては迷惑なことだろう。
遊就館については、よく「戦争を美化している」という批判が聞かれる。だが、じかに見学して感じたのは、「美化」というより「正当化」だ。
よく口にされているようなプロパガンダがきつくない。まったくのノンポリがあの博物館を見学しても、おそらく心配するほどに感化されたりはしないだろう。近代日本の戦争博物館として見れば、展示品も充実していて見ごたえがある。
しかし、それなりの歴史認識を持って眺めると、展示品に付されている解説文がおそろしく無批判であることに気付く。歴史家の保阪正康は『「靖国」という悩み』の中で、遊就館を「“戦後”が完全に欠落した場所」と評している。
以下引用
「ここには日本の「負の史実」がむろん意図的にだろうが、見事なまでに欠落している。(中略)満州事変をはじめとして、昭和史の記述には「現在」、つまり「戦後の実証的な見方」が見あたらない。このことは遊就館の空間に身を置くと、いきなり昭和前期のそれぞれの時代の空気の中に飛び込んだことになる。(中略)あえて付け加えておくが、遊就館の展示、そしてその説明文は、ひとつに戦後60年余のアカデミズムやジャーナリズムの実証性があまりにもなさすぎる」
以上引用
まったく同感だった。40年以上、「アカデミズムやジャーナリズムの実証性」をこととしてきた歴史家なればこそ、よけいにこうした思いも強いのだろう。
靖国の境内を歩いていると、昭和陸軍の軍服を身にまとい、誇らしげにしているご老人の姿をチラチラ見かける。話を聞きに集まる人々もあり、注目を集めていることにご満悦といった様子だった。
「この人たちは、今、靖国の境内で注目されて満足そうな自分を、南洋で飢え死にした戦友が見たらどう思うか、思いいたさないのだろうか」と、余計なお世話と知りつつも考えずにはいられなかった。
勇猛果敢に戦って死んだ英霊は、実は一握りである。多くは飢えや病気で死んだのだ。機密保持の名目で、自分がどこに送られたのかも知らずに散った命も多い。
『夜と霧』でも記述されているように、アウシュビッツを生き残った人々の多くに、「自分だけが生き残ってしまった」という罪悪感が見られたというが、靖国神社の境内で誇らしげにポーズをとる軍服姿の老人に、果たしてそうした罪悪感は理解できるのだろうか。
終戦記念日の靖国神社は、お世辞にも厳かな空間ではない。しかし、戦争と平和を考えるにはいいきっかけを与えてくれる。
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東京メトロ九段下駅前にて
こういった連中は東トルキスタンの人権など考えていない。むしろ中共(中国共産党)を非難したいだけ。
アイヌ民族や琉球民族をどう考えているのだろうか。 -
これが靖国神社の本質。
「常識」を共有するもののみが参拝を許される。 -
大きな鳥居
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こういった人を見ると、平穏とは対極の空間と言える。
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暴走族?
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陸軍の衣装を身にまとう人々
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遊就館
軍事博物館
奥に見えるのは法政大学のビル -
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片腹痛き車。
靖国の本質は軍人への追悼を超えた「国家体制への無批判」つまり「追従」である。
自民党が権力に居座りすぎたため、
参拝することで国家に従うことが「常識」と言われるのも無理がない。
かつての日本は植民支配のプロセスにおいて中国や韓国に多大な被害を及ぼしたがゆえに、中国政府や韓国政府が「行くな」という気持ちを察するべきである。
かと言って、中国や韓国も靖国神社と同じ精神構造を持った施設を有しており、靖国神社の存在を批判する資格はない。
だから俺は総理の靖国参拝には賛同できないと同時に中国政府と韓国政府の言説には眉に唾をつけて聞いてる。
だが、東アジアは相互依存の関係になってもなお残る相互の不信感からいつ解放されるのだろうか。
相互理解と相互信頼の日が来るのはいつになるのだろうか…。
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