2009/05/21 - 2009/06/09
79位(同エリア137件中)
らいとさん
タジキスタンは決して一概には居心地のいい国ではなかった。
子供はからかってくるし、大人はぼってくるし、それをどちらもあからさまにやってくる。
自分もムッとしたり、苛立つこともあったが、タジキスタンを抜ける頃には彼らの態度に慣れたのか、諦めるようになったのか、しかし、彼らの習慣に従うようになり日本では気がつかなかったことにもぶち当たる。
タクシーに乗車する際などの外国人料金も富の再分配という考え方からすれば理にかなっているとも言えるし、時間にはルーズだが、定員制で発車するタクシーは限られた資源を最大限に利用し経済的且、環境にやさしい。
日本と比べ、どちらがいいのかは一概にはわからないが、旅先の社会で人と出会い、価値観の相違に直面した際、「こうあるべき」という過信や思い込み自体に気づいていない自分たちの普段の考え方そのものに気づくことで、物事を捉える際に視点を変えてみようとしたり、気持ちにゆとりも生まれてくる。
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー ヒッチハイク
- 航空会社
- ウズベキスタン航空
-
≪Route. tajikistan≫
5/21 ドゥシャンベ
5/27 ホローグ
6/6 ムルガブ
:
6/9 オシュ(キルギス) -
5/22 ドゥシャンベ
写真はドゥシャンベ駅。モスクワからの直通列車がウズベキスタン領内を経由してタジキスタン国内のフジャンド、ドゥシャンベ、クローブの各都市を結んで走っているが、国内のこれらの各都市間を結ぶ路線がないため国内移動には使えない。 -
街角で地図を広げ突っ立っているとバックパックの紐を引っ張っられ、なんだと思って後ろを振り向くと女性が無言の笑顔で金を乞ってきた。ウズベキスタンでは地下通路やバザールなどの限られた場所でしか見かけなかった物乞も、ドゥシャンベでは街の至る所で見かけられる。それも年寄りや母子連ればかり。
タジキスタンは中央アジア諸国の中で唯一内戦を経験している国でもあり、失業率は高く、国民一人当たりのGDPが578$('07)と中央アジア5ヶ国の中では最も低い。一方で、スーパーやファストフード店では日本並みかそれ以上のチキンやスナック菓子が売られており、ロシア風の建物が立ち並ぶドゥシャンベの街並みは華やかに映ってみえるものの、街の中を歩いていると貧富の二極化が顕著にうかがえる。 -
ピロシキ屋さん。
肉入りやジャガイモ入りのピロシキの他、マントゥ(羊肉を餃子皮で包んだもの)やチャイ、コーヒーなどの飲み物も安価で飲み食いできる。日本の立ち食いそば感覚で店先に立って腹拵えする人もいれば、まとめて購入し持ち帰る人もいる。
ピロシキ(ジャガイモ) 0.4somoni
コーヒー 0.6somoni
※1$≒4.5somoni -
安価でも一つひとつが手作り
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運賃はバスが0.6somoni、トロリーバスは0.5somoniと若干安い。
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中央郵便局
大統領の肖像から民族絵、動植物など切手の種類が豊富にあるのだが、窓口の前でゆ〜っくり一枚ずつ眺めていたら…おばさんに怒られた。 -
5/25
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ドゥシャンベのモスク
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19時50〜10分程礼拝が行われる
照明が灯るとモスクの外壁が日中には見られなかった蒼い輝きを放つ。 -
モスク前
ほんの30分前まで明るかったが、午後8時を境に商店のシャッターも一斉に閉まる。 -
ドゥシャンベのスーパー
出口を抜ける際によく物乞いに遭う。
旅した中央アジア諸国のなかでもドゥシャンベが一番多く、肢体不自由な人が目立つのは内戦のためだろうか。 -
5/26 バダフシャン方面・乗合タクシーのターミナル
昨日、運転手と交渉し朝8時に待ち合わすことになっていたが、時間になってもタバコを吸ったり、ガソリンを注ぎ足したり、仲間と話し始めたりとなかなか出発せず、"まだ?"と尋ねると"もうすぐ"の繰り返しで、ようやく11時半頃になって出発する。 -
ドゥシャンベ→ホローグ(150somoni)
左の三人は出稼ぎ先のモスクワから故郷のイシュコーシム(バダフシャン)への帰郷となる。
左から2人目の青年は20歳だが妻子持ち。携帯電話の待受画面の妻の写真をじっと眺めたり、他の男たちもよく家族に電話を掛けては現在地を知らせたり、皆、表情が明るく故郷に帰る喜びがこちらにも伝わってくる。 -
ヌレク湖
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道が塞がれた
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車はしょっちゅうオーバーヒートしては近くの沢から水を汲んできたり、その間に地元民に道を尋ねたりしている。土地勘がないのもそのはずで、同乗者たちはバダフシャンのパミール人たちだった。
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道路はアフガニスタンとの国境線であるパンジ川の渓谷沿いに入ると沢や滝で寸断されている箇所も多く、道幅も狭い未舗装の道路が何百キロメートルにも渡り続く。
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≪Route.Gorno-Badakhshan (Tajikistan)≫
5/27 ホローグ
5/30 イシュコーシム
5/30 ダルシャイ
6/1 ランガル
6/2 ブランクール
6/3 アリチュル
6/6 ムルガブ -
5/27 カライ・フム
翌朝6:30、ようやくカライ・フムに着く。外気が冷く朝食に出た熱いチャイに砂糖を入れ体を温める。 -
インフラ整備の遅れたタジキスタン側にも車道やそれにそって電柱が建ち並んでいるが、対岸のアフガニスタン側には土壁の家々と崖づたいの細い道の上をロバが歩いているだけ。そこに自分たちと同じ時間が流れていることが不思議に思えてくる。
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ホローグ
ドゥシャンベを出発してから25時間。ようやくゴルノ・バダフシャン自治州の州都ホローグに着く。ずっと車の座席に座っていただけだったが不眠と緊張から身体がへとへと。
ホローグの街は垢抜けており、ちょっとがっかり。
ワハン渓谷に沿ってもう少し先を目指してみる。 -
家壁に用いる土を網にかけ均す
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5/29 イシュコーシムへ
ホローグからパンジ川沿いに南へ約100キロ、渓谷沿いを3時間掛け走る。ここでもタクシーに乗る際には運転手との交渉を要し、現地料金がわからずこうした手間が面倒に思えてきたが、話し合いの結果25somoni支払う。荷をトランクに預け助手席に座ろうとするが既に女性が座っていて、その隣に申し訳なさそうにお尻を置かせ一つの席を分かち合うが、後部座席にも5人の男たちがいて、4人乗りに8人乗車して出発する。
途中で運転手が乗客から運賃を受け取っていたが明らかに値が安い。運転手が受け取った紙幣を確認しているその手元を自分が眺めていることに気づくと、"ブフッ"と思わず苦笑い。 -
イシュコーシムの商店
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ジュースやチョコレート、バターなどの他、石鹸や歯ブラシ、それに葉書やボールペンなど一通りの日用品は揃っている。ペットボトルの水を探し求めるも店内にはなく、向かいのレストランで見つけるが、店員の女の子に"いくら?"と尋ねると"いくら(がいいの)?"と聞き返される。いくらなんでも水の値段は決まっているはず。ここで安易に答えると損をする可能性があるので、相手に先に答えてもらい、そこからディスカウントを求める。
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5/30
イシュコーシムで寝泊りした民家の離れ。日中は日差しが暖かくポカポカするが、風が吹くと少し肌寒い。 -
ダルシャイへ
イシュコーシムからワハン渓谷沿いに約40キロ。
写真はタクシーの運転手(中央)と同乗者たち。右側の帽子を被ったおじさんたちはキルギス人。 -
ダルシャイの子供たち
子供は警戒して話し掛けてこないが、こちらの動作を見張るように着いてくる。 -
ちょうどタクシーを降りた道沿いの民家で宿泊することに。
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夕食は自分で作ってくれと言われたので、米と水、塩、それに卵2つと、庭の畑に唯一生えていた玉葱の芽を抜いてきて、ひっくり返した鍋底の上で微塵切りにしようとするが包丁の刃先が丸くて上手く切れない。
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5/31 ワハン渓谷
左手に見える山の麓にはアフガニスタン側の集落があり、その手前をパンジ川が流れる。
朝起きると既に家の人々は食事を済ましており、娘が居間で箒を掃いている。だいぶ寝過ごしてしまったのかと思い時計を見るとまだ6時半。庭先に出るともうそこがワハン渓谷で、男たちが放牧や畑の区画を整えている。 -
小麦畑
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灌漑用水路が民家の畑や家々の間を張り巡らすように続いており、後に訪れた新疆ウイグルのポータン(和田)にも灌漑用水路(カレーズ)はあったが、パミールのはシンプルで、土に窪みつけただけなので溝の側面が崩れていたりもするが、水量は豊富でパミール山系から集落を経由しバンジ川へと勢いよく流れていく。
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午前9時
マカロニの塩茹で、パン(ナン)、チャイを囲み一休み。玉葱の切り身が少し入っただけのマカロニの塩茹ではパサパサして硬く、車のタイヤみたいな匂いがして食べられたもんじゃないが、皆、おいしそうな笑顔をしている。食べ物じゃない、雰囲気を楽しんでいる。
この村の畑には小麦の他、じゃが芋と人参、トマト、玉葱、きゅうりなどがあり、水遣りの時だけ用水路から水を引き、畑が田圃のように水に浸かる。
今は畑に葱の芽しか育っていないが、これから人参を植えて8月には収穫できるという。
厳しい生活環境に思えるが、労働に身体を酷使している姿はなく、正直なところ、何をしているのかよくわからない。遊びと労働と休息という定義に当てはめようとするのではなく、遊んでいるようで実は働いていたり、働き出したかと思ったら休んでいる。それで生活がまわっている。 -
苗木畑
苗木は砂利の敷かれた底土の上に等間隔に列を組み植えられ、その間にはやはり灌漑用水路が浅く掘られているが、水は流れていない。
パミール建築の家を建てるのに用いる。 -
山に囲まれた谷には大木が少なく、そこをゴーゴーと音を立てながら風が自由に通り抜ける。作物を守るため川沿いの側に石垣を築いていく。
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昨日は警戒心の強かった子供たちも自分が辞書で単語を調べていると、数学の教科書を持ってきて隣で音読し始める。
ウズベク語がローマ字表記なのに対しタジク語はキリル文字表記。
学校では最近、露語に加え英語教育を始め、そのためか、イシュコーシムではよく道端で子供たちに”Hello!”、 ”What your name?”と覚えたての英語で話しかけられた。
学校では露語で授業を受け、家に戻るとパミール語で会話する。
タジク語は州外のタジク人と話すときに使用する。
外国人である自分に対しては露語。 -
ダルシャイの商店
先ほどの苗木の木が天井に敷かれている。 -
男性はさっきの子供たちの父親(コリボーナーリさん)。医師であり、今日は休診日だと言っていたが、血圧計を手に一人集落の家々を訪ねていく。
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商店の外観
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ダルシャイの小学校
6〜8月の3ヶ月が夏休み -
村のメインストリート
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奥に眺められるのが寝泊りをしている民家。
畦道の間には灌漑用水路が通っている。 -
昼食のマカロニは美味しかった。塩味で庭の葱の芽を振りかけて食べる。
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6/1 パミール建築の寝室
天井の板壁は幾層にも組まれており、奥がガラス張りのため天井から室内に陽射しが降り注ぐ。 -
今日、午後にバスが来るという話を聞いていたが正確な時間がわからず、早めに道沿いまで訪れておき、風が吹き冷えるので草むらで待機する。
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バスはおろか、車のエンジン音すら聞こえてこない。
今日もここに寝泊りか。明日はバスはないと言っていた。 -
1時間半ほど待ったか。一台のソ連製の中型車が通り過ぎて行ってしまったが"ピィィィー"とミルゾーベックさんが口笛を鳴らすとしばらくして車が停車する。
これがバスで、ワハン渓谷最深部のランガル行き。
約2時間程でランガルに到着(20somoni)。同乗していた老女たちは眉間に皺を寄せ気持ち悪そうな顔をしている。時折酔い止め薬を飲んだり、車に乗りなれていない様子が伺える。以前は村ごとの移動も対岸のアフガニスタン側のように徒歩かロバだったのかもしれない。
沿線は川沿いに緑が茂っているが、大地はワハン渓谷沿いのパンジ川を遡るに従い次第に谷間の幅も狭くなり砂土に包まれていく。 -
ランガル
砂風で周囲の集落がぼやけて見える。宿泊できそうな民家を訪ねガイドブック上の宿を見つけるも、入口に鍵が掛けられており人のいる気配がない。近くに斧を背負った中年男性がいたので、ホテルを尋ね、道を1キロほど歩き戻ったところに教師の家があり、そこがこの村のホテルだというので泊めてもらうことに。1泊50$だと言ってきたが、ダルシャイの家は20somoniで泊めてくれたことを訴えると、"じゃあ10somoniでいい"と一気に20分の一以下になり、悪いので20somoni支払う。ダルシャイの民家もそうだったが、男たちはみなモスクワへ出稼ぎに行っており、主の男性教師と男の子以外は皆、女性。 -
夕食風景
マカロニ、ナン、クッキー、杏の実など -
6/2 民泊の外観
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ランガルのバザール前
日用品を詰め込んだトラックが到着 -
川へ魚を採りに行く
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網では獲れず
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川辺で少年が魚を捕まえている
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買う。(同伴のウクライナ人<生物教師>の標本になる)
オスマンという川魚でこの辺りでは骨ごとぶつ切りにして、塩を振りから揚げにして食べる。 -
バザール脇に停車していたトラックの荷台から小麦粉の麻袋をいくつか担いでロバの背に載せると、集落のある山の中腹まで引き連れていく。
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川の方から音楽が聞こえてくるので振り向くと、対岸から小型のラジオを手に持ったアフガン人が大音量で打楽器の旋律を響かせながら川を渡りやってくる。地元の人は渡っていいのか!?背に布袋を背負っており、覗かせてもらうと、市場で売るために集めた細い枝がぎっしり詰まっている。
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ランガル→ブランクールへ
ランガルより先はほとんど車の行き来がなく、ホローグへ戻ることも考えていたが、運よく昨晩民泊で一緒になった旅行者の方の車に同乗。ワハン渓谷に別れを告げムルガブ方面へ北上する。 -
ワハン渓谷
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山の尾根でも放牧している
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パンジ川上流
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カラバン・サライ
アフガン領を抜け中国へ渡る -
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chokor-kul
舐めるとほんのりしょっぱい -
灰褐色の山脈と青い湖が所々に点在するほかに樹木が一本も生えず、宇宙のような空間で風がぐるぐると吹き荒れている。
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ブランクールに到着。
集落は山の頂の殺伐とした風景の中にあり、周辺には小さな塩湖の淵に緑が多い茂っているだけで、外気がひどく冷たく身に凍みる。 -
-
どこの集落に行っても誰かしらに声を掛ければ誰かしらが家に泊めてくれるので助かる。
今晩泊まった家では夕飯に川魚(オスマン)のから揚げが差し出され、バダフシャンに入ってからはナンとマカロニしか食べていなかったので、とても美味しくかぶりつく。
家族の人々は自分が居間を利用していたため玄関で細々とシルチャイ(塩味のミルクティ)にナンをちぎって入れ食べている。悪い気がして、から揚げを分け渡すが断られ、けれども、自分ひとりではとても食べきれないと言うと、申し訳なさそうに"スパシーバ(ありがとう)"と言いって、美味しそうに食べていた。 -
6/3 ブランクール→アリチュル
翌朝、M−41(パミールハイウェイ)の道路上まで送ってもらい、同乗させてもらっていた旅行者たちはドゥシャンベに戻るため、ここでお別れ。その後ヒッチハイク。しばらく座って待っていたが、なかなか車が訪れず、身を固めていると身体が冷えてきたので、軽くジョギングしてみるが(標高が高い為に)今度は息切れする。
しばらく歩いていくと道の先に一軒の家が建っているのが見えてきたが、遠近感がつかめず家との距離がなかなか狭まらない… -
1時間程歩き辿り着く。
民家に近寄ると軒先にいた少年も近寄ってきて、"お茶を飲もう"と家の中に招かれる。 -
シルチャイを沸かしてくれた。
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-
バダフシャンの人々はシルチャイの中にちぎったナンを浸し食べている。朝ごはんだと思ったら、夕飯も同じ場合が多い。
自分には正直物足りなく侘しく感じる。こんなんで栄養摂取できるのか、と心配になるが。 -
再び、歩き出す。しばらくして、ムルガブ方面へ向から自動車のエンジン音が聞こえてきた。猛スピードで迫ってくるが早めに手を挙げると少し過ぎたところで停車し快く乗せてくれる。途中のアリチュルという部落までだがお金は"二・ナーダ(必要ない)"。エンストを起こしながらも一時間ほど走ると右手にアリチュルの集落が見えてきた。
-
アリチュルに到着。ここからムルガブ行きの車に乗り換えようとマルシュルートカ(ミニバス)を探すが、今日の出発はない。タクシーの運転手と交渉していると英語の流暢な女性(ラヒーマ)が現れ通訳してくれたが、結局、話がまとまらず、彼女に"今晩はうちに泊まりに来なさいよ"と誘われ45somoni(10$)で泊めてもらう。
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ランガルの商店でようやく手にした水(炭酸水)も切れてしまっていたので、女性に尋ね商店へ連れて行ってもらうが、鍵が閉まっている。女性が大声を出して近くの民家から店番の女性を連れて来てくれたが、品種、品数共に少なく店内には僅かに取り揃えられた商品が棚の上に飾られるようにして置かれている。そもそも、パミール山系の新鮮な水が湧き出ているんだからこの地方の人たちに水を買う習慣なんてないのかもしれない。
この村で一番高いものは何か?と尋ねると、"すべて高い"と女性は言い、とりわけ小麦粉が高いんだと。気候が寒く、大地は塩分濃度が高く作物が育たない厳しい自然環境においてはすべて現金で得るしかない。しかし、食料品はホローグやムルガブ(又は隣国キルギスのオシュ)からトラック輸送で運ばれてきたものを購入するため、ドゥシャンベでは0.7somoni/kgのじゃが芋がここでは4somoni/kgもする。そのなかでも小麦粉が高いというのも、毎食食べるナンを作るのに必要なため。
小麦粉 3.5somoni/kg
マカロニ 7/kg
米 8/kg
砂糖 7
塩 2
茶 6
バター 15/kg
ビスケット、飴 14/kg
じゃが芋、玉葱 4/kg
トマト 10/kg(夏季は4〜5somoni) -
なぜ、ここを商店にしたのか!?
買い物が済むと再び扉の鍵が閉められ、店の女性は我が家に戻る。 -
子供は熱を出している。この村にも病院はあるのだが診察だけで薬が出ない。
″(夕食は)何が食べたい?″と聞かれ、先ほど商店でこの村の食糧事情を知った後で、そんなに豪勢なものは頼めないが、野菜が食べたいと言ったら、じゃが芋、人参、玉ねぎ、ニンニク等を切り刻んで具だくさんの温かいスープを差し出してくれる。唐辛子漬のペースト状のトマトで味付けされている。 -
一家は両親と3人姉妹だが、やはり、父はモスクワへ出稼ぎ、長女は大学に通うためホローグで暮らしている。
パン作りは次女の担当。ちょうど今の季節は夏休みだが友達とも遊ばず一日中家にいる。今朝、髪を洗っているときだけが自分のことをしているようで楽しそうだったが、家ではよく家事を手伝い、薪の準備に食器洗い、食事毎に居間や廊下を箒で掃き、文句も言わずにそれが当り前のように働いている。
ちなみに、”パン”は
露語で”хлеб(ヒリィエプ)”
タジク語で”нон(ナン)”
パミール語で”дарга(ダルガー)”
そして、このパミール語もバダフシャン内の地域によって5つの諸方言(ルッシャン、バルタング、シュグナン、イシュコーシム、ヤズグヮン)に分かれるというから複雑過ぎだが、
ラヒーマ(英語教師)は英語と露語、タジク語、それにパミール語(シュグナン)を話し相手に応じて器用に使い分ける。 -
外は6月というのに、晴れたと思ったら山の気候のように急に曇り、風が硬い粒の雪に変わる。パミールの家屋には浴室は勿論、屋内にはトイレがなく、その都度屋外に設けられた小屋に赴かなければらならなく面倒で、外は日中でも寒く、夜は街灯もないので真っ暗だが、意外と月明かりが頼りになる。
この家では電池式のラジオが唯一の電化製品で村に電気は通っていない。夜になりランプを燈すと家の中が明るく暖かくなった気がする。
再び雪が降り始め、末娘は窓に顔を当て雪が降り注ぐ暗い外の景色を覗くと嬉しくなって母の膝の上に寄りかかる。灯火を見つめながら家族が会話している。薪は食事の準備に使ったきりで、慢性的な寒さが続く。 -
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6/4 トイレ
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小屋の底を掘り、その上に木枠状の板を敷いたシンプルな構造。偶に小屋の片隅に置き忘れたような本が置かれているが、それがティッシュの代わりになっている。
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昼食の準備。娘は薪に火を点け、母は調理を行う。
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薪はテスカン(Teзкан)といい、山間の乾燥した場所でも育つ。男たちが山から採ってきたものを買うのだが、すぐに燃えてしまいあまり燃費が良くない。
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運んでいるのはテスカン
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これといった収入源のないアリチュルだが、近くには鉱脈があるらしく、
男たちはバイクにまたがりよく山へ出かける。
"(鉱山の)場所は教えないよ"といいながら手元にある幾種かの鉱石を誇らしげに掲げていた。 -
6/6 ムルガブへ
結局、英教師の家族との生活が楽しく3泊もしてしまったが、今朝起きると喉が痛み、我慢していた寒さにも耐え切れなくなり、荷物をまとめると家族に礼を述べ幹線道路沿いまで赴きヒッチハイクを試みるが、一向に車はやって来ず、また風と共に雪が降り始め、その場に立っているだけでしんどいので家に戻ると、暖かいじゃが芋のスープを作ってくれた。家族の優しさがありがたい。しかしここを抜け出したい。
午後13時頃、中国トラックの車列がやってくるとの情報を聞き、幹線道路まで駆け込む。もう7日間シャワーも浴びていなく、暖かいところへ逃れたい思い一心で必死になって手を挙げ一台のトラックを引き止める。 -
運転手はドゥシャンベのタジク人。右側の青年はまだ17歳。
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山の麓にムルガブの街が広がっている。
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2時間程でムルガブに着いた。その知名度からホローグのような洒落た街を期待していたのだが、真新しい建造物はなく、街全体が周囲の山々と同じような色調のモノトーン、荒んでいる。
ムルガブはタジキスタンで最も標高の高い町(標高3650m)。バックパックの重みが肩にのしかかり、外気の冷たさで体力が奪われていく。道端の子供が人の気も構わずからかってくる。 -
レーニン像
キルギス人の宿で一週間ぶりに湯を浴びるが、身体の震えが治まらず街へは一歩も出ずに3日間寝込んでしまった。 -
6/9 オシュ(キルギス)へ
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カラクル
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同乗者は故郷のオシュへ帰る、ムルガブに住むキルギス人たち。
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JICAが造った手動式の井戸
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旅の時期は比較的温暖な季節を選んだつもりだったが、特にバダフシャン州は厳しい自然環境で、首都ドゥシャンベとの寒暖差は激しく、ホローグからムルガブへの道のりは徐々に標高が高くなり、それとともに気温も著しく低下していく。
初夏でさえ雪の降るような地域であるにもかかわらず、入浴もできず、暖をとるのも食事の調理時だけで、慢性的に寒かった。
ブランクールやアリチュルのような木々も生えぬ殺風景なところにどうして人が住んでいるのか、不思議にも感じる程、それなのに、綺麗な瞳をした子供や大人たちの表情を見ると、ここで暮らしている人たちが羨ましくも思えてくる。
なんだかんだ言って、まだまだ物質的な豊かさにしがみ付いている自分には理解できないことを体感させてくれた、そんなバダフシャン。ありがとう。
次は、キジルアルト峠を抜けオシュ(キルギス)へ
*バダフシャン自治州・移動費*
◇ドゥシャンベ→ホローグ 150ts/マルシュルートカ
◇ホローグ→イシュコーシム 25ts/タクシー
◇イシュコーシム→ダルシャイ 20ts/タクシー
◇ダルシャイ→ランガール 20ts/バス
◇ランガール→ブランクール 60ts/車
◇ブランクール→アリチュル 無料/車
◇アリチュル→ムルガブ 20ts/トラック
◇ムルガブ→オシュ 100ts/車
※交渉によってなので確かな相場はわかりませんが、地元の人たちはもっと安く、半分以下、否、5〜10分の1ぐらいの値で利用してましたッ
思い切って安値で交渉を始めてみましょう!
それでもきっとぼられてます。
富の再分配。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- 哈桑湖さん 2011/01/20 16:20:17
- 素晴らしい、お写真です。
- タジキスタンの素晴らしいお写真、有難うございます。
私は、今夏か、来夏に、タジキスタンのカラクリ湖に行きたいのです。
この、お写真を見ると、タジキスタンは、安全みたいですね。
景色も、日本にはないみたな空間ですね。
私は、カザフスタンのアルマティからビシュケク、オシュを経て、タジキスタンのカラクリ湖にむかいたいのですが、このブログを拝見させていただきますと、オシュから1日あれば、カラクリ湖は、充分行けるみたいですね。
カラクリ湖の濃青色の湖が、どうしても見たいのです。
らいさまの、他のブログも、読ませていただきます。
- らいとさん からの返信 2011/01/22 11:53:53
- RE: 素晴らしい、お写真です。
- コメントありがとうざいます。
タジクは都市と農村、標高など、地域によって景観ががらりと変わり、
そこで暮らす人びとの生活スタイルも様々でした。
オシュからカラクル湖までは時間的には一日で移動できますが、
この区域には公共交通がなく、まず車を確保して、そして乗るまでに時間がかかります。うまくいけばその日のうちに出発できますが、私は3日掛かりました〜
あと、治安は心配ないと思いますが、入国に際して、最近は安定化してきているみたいですが、この地域の国境付近は情勢が流動的ですのでそちらのほうにやや気を遣いました。
特に、公共交通がほぼ皆無のバダクシャン(タジキスタン)では時間には余裕をもって行動されることをお勧めします。
素敵な旅を☆
-
- arfaさん 2009/08/02 11:46:18
- こんにちは、arfaと申します。
- タジキスタン、いい旅をされていますよね。このあたりの
言語はロシア語ですか?
私も中央アジアを今、準備中なのでとても参考になります。
昨年、体調を崩して行きそびれた西アフリカ同様このあた
りもトイレ、電気などまだまだ旧態依然としているところ
だと実感できました。
また、ドゥシャンベは半袖でみんないるのにパミールは防
寒着なのですね。峠越えの参考になります。
行かれたゴルノ・バダフシャン自治州はパーミットが必要な
エリアではなかったでしょうか? ここもカシュガルからク
ルマ峠を越せるようになったらチベットの東側のように面白
い村々があるのでしょうね。
休みの関係もあり、らいとさんほどの旅をする事はちょと無
理でしょうが参考にさせていただき私も行ってきます。
- らいとさん からの返信 2009/08/02 14:50:05
- RE: こんにちは、arfaと申します。
- コメントありがとうございます。
バダフシャン含め私が訪ねた地域では学校教育ではロシア語、家庭内では各民族語で会話していました。バダフシャンでは現在はロシア語に加え英語教育も行っています。そのせいか、やたらと子供に英語で声掛けられました。ホローグに限っては大学もあり、英語の話せる人も比較的に多かったですが、運良ければで、英語に頼っての旅はコミュニケーション面でやはり限界があると思います。私は日本から持ち込んだコンパクトタイプの露和−和露辞典をたいへん重宝していました。
あと、ドゥシャンベとバダフシャンでは季節や地域にも依るが、夏と冬ぐらいの寒暖差を覚悟しておくべきでしょう!ホローグとムルガブでも気候は全然違います。
バダフシャンはビザとは別にパーミットが必要です。私は在日タジク大使館でビザ申請時に同時に申し込みました(無料)。
外務省の安全渡航情報に記されているような危険な地域ではないというのが実感でしたが、情勢が流動的な地域であり、インフラも未整備な状態なので、その点を見極めながら行動されることをおすすめします。
素敵な旅を!
- arfaさん からの返信 2009/08/02 15:02:18
- RE: こんにちは、arfaと申します。
- らいとさん、早速詳細なご返事ありがとうございます。
やはりパーミットが必要なエリアなのですね。
しかし、比較的簡単にくれるようなので状況は変わっ
てきてるんでしょうね。
安全面で言えば、山賊などは出てきそうな雰囲気では
ない様には見えますね。
- らいとさん からの返信 2009/08/02 16:55:46
- RE: こんにちは、arfaと申します。
- 中央アジア全般について言えるのですが、敢えて言えば、国境・街中関わらず、ドキュメントの不備を理由に金品を騙し取ろうとする警官や軍人が一番面倒な存在でしょう。私は国境を越える際に管轄の軍人に賄賂を要求されたことが何度かありましたが、必要ないことを毅然とした態度で伝えればそれ程しつこくはしてきませんでした。
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